美食耽溺人生快楽

如月緋衣名

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寤寐思服

寤寐思服 第一話

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 いけないことだと解っている。好きになってはいけない相手だと、ちゃんと頭には叩き込んである。
 それなのに、心と体は裏腹過ぎてどうしていいかわからない。
 
 
「あっ、あっあっあっ!!だめ!!そこそんなにしたら………!!」
 
 
 オグロが俺の身体をどう扱えば良いのかを、段々覚え始めているのが愛撫の仕方でよく解る。
 オグロは俺の中に指を入れて、俺の一番好きなところを擦っていた。
 打ちっぱなしの灰色の壁とコンクリートの冷たい床の部屋には、真っ白なベッドが置いてある。
 
 
 水曜日15時からの過ごし方が変わった。オグロが俺を赤い部屋から連れ出して、外で抱く。
 オグロの部屋にきたのは、今日が始めてだ。
 
 
「でもゼノ、今感じてる匂いだ……本当の事を話して………教えて………」
 
 
 オグロがそう囁いて、俺の唇を舌でなぞる。オグロに問いかけられれば、思わず身体の奥が疼いてしまう。
 見透かされている。そう感じながら、俺は唇を開いた。
 
 
「きもちよすぎてくるいそう…………」
 
 
 そう囁けばオグロは満足そうな笑みを浮かべて、俺の中をそのまま擦り上げる。
 俺の身体が跳ねて俺がイけば、オグロが恍惚の表情を浮かべた。
 
 
「んぁぁっ………!!」
 
 
 熱くなった身体で、乱れた呼吸を整える。
 オグロの身体をしなだれかかるように倒して、オグロのものを自分で宛がう。
 ゆっくりとそれが入るように身体を下ろせば、俺の下にいるオグロが悩ましげな表情を浮かべた。
 
 
 頬を真っ赤に染め上げて、目を潤ませたその表情だけで、感じてしまいそうになる。
 オグロの身体の上で腰を上下に振れば、潤滑剤と先走りが混ざりあって水音が響く。
 
 
「は……、んっ……あ……ああっ……!!」
 
 
 身体をくねらせながら、本能のままに快楽に溺れる。
 オグロが俺に手を伸ばし、俺はオグロの手に手を重ねる。指を絡ませるように手を握れば、オグロが俺の手にキスをした。
 
 
 オグロの口の中に指を這わせれば、オグロが俺の指先に舌を絡ませる。
 その表情が、舌先が、眼差しが愛しい。
 口元のケロイドに、光が反射するのを見ている。それを俺は綺麗だと思った。
 
 
 自分の気持ちのいい場所を教えるように上下に腰を動かせば、オグロが俺の身体を倒す。
 そして其処を擦るように、腰を動かした。
 
 
「あっ!!だめ!!ねぇもうだめ……いきそう!!!」
 
 
 俺がそう囁いてオグロの身体に脚を絡ませれば、オグロは俺を抱き寄せる。
 首筋を淡く噛みながら、ゆっくりと舌を這わせてゆく。
 
 
「……ゼノ、おれも……もう……!!」
 
 
 オグロが感じている。俺の身体で。俺の中で。そう思うと、理性を飛ばしそうな位に愛しかった。
 
 
「いって……!!イク顔……おれに……みせて……!!!」
 
 
 俺の身体が跳ねて、俺のものから白濁が漏れる。それと同時にオグロのものが達したのを感じた。
 二人で乱れた息のままで見つめ合い、深いキスを交わす。
 俺とオグロの関係性の中に、セックスが混ざり込むようになってからは、もうずっとこうして求め合ってしまっている。
 
 
*** 
 
 
 好きになってはいけないと思えば思うほど、相手の事を考えて土壷にハマってゆくのがわかる。
 オグロの部屋で目覚めれば、俺の隣にはオグロの姿がない。ベッドサイドに置いてある時計は、午前3時を指していた。
 
 
 まだ生暖かいシーツに触れてから、身体を起こしてベッドから降りる。コンクリートを素足で歩けば、ペタペタと湿気た足音が響いた。
 
 
 オグロの部屋はモノトーンに塗れていて、カラフルな色のものが無い。それに異様にだだっ広い。
 暗い廊下の奥から、何か音が聞こえる。物音のする方へ向かえば、其処にはキッチンがあった。
 
 
 キッチンの方を覗き込めば、殆んど使われていないような雰囲気を醸し出している。そして其処にはオグロがいた。
 キッチンの奥には大きな冷蔵庫がある。オグロは冷蔵庫を開いていて、庫内灯を浴びていた。
 その動作は明らかに、何かを食べている動作をしている。
 味のしない舌のフォークが、自ら望んで食べるものはたった一つだ。
 
 
 多分今オグロが口にしているものはケーキの肉だ。
 
 
 俺は何も見ていないふりをして、ベッドに戻り目を閉じる。
 そしてオグロが俺に対して絶対に、本能を剥き出しにしない理由を理解した。
 良くないことだと解っている。でも、仕方がないのを知っている。
 
 
 それは例えるなら俺は京條さんとの関係であり、この仕事だ。オグロはケーキの肉を口にするという事。
 俺たちには双方が双方で、触れてはならないが存在している。
 ベッドが軋む感覚に目を開ければ、ベッドに戻ってきたオグロと目が合った。
 
 
「……おかえり」
 
 
 俺がそう言って笑いかければ、オグロは切なげな表情を浮かべて笑った。
 
 
「……ただいま」
 
 
 その切ない笑顔を見ていれば、オグロが口にしていたものが、想像通りのものであることが解る。
 それにきっとオグロは、俺にケーキの肉を食べている所を見付かったと察していた。
 オグロの腕に絡まって、何事もなかったかのように目を閉じる。
 綱渡りをしているような、絶妙なバランスで俺たちは逢瀬を重ね合う。
 けれど綱を渡り切ったところで、向かう先が地獄なことはきっと変わらないのだろう。
 今俺たちが出来る事と言えば、良くないものから目を逸らすだけだ。
 
 
***
 
 
「………ねぇ先生、ケーキの肉を口にしたフォークがさ、自我を失わないで生きてゆく方法は無いの?」
 
 
 消毒液の匂いと、聞きなれたオルゴールの音楽。久しぶりの病院に訪れて、薬の処方がてらに質問をする。
 俺の問いかけに対して、浅間先生が首を傾げる。
 そしてほんの少しだけ心配そうな表情を浮かべてから、腕を組んで見せた。
 
 
「……どうしたの?最近その類の質問が多いんじゃないか?」
 
 
 そう言って笑い飛ばしながらも、先生は怪訝な表情を浮かべている。
 今先生は俺が良くない人間と関わってるかもしれないことを、察してしまっているかもしれない。
 確かにあまり良い質問内容では無い事位、正直解っていた。
 
 
「ちょっと、気になって……よく、都市伝説だとかそういうのでも見るし……」
 
 
 適当な誤魔化し方をしながら思わず先生から目を逸らせば、先生は少し呆れたような表情を浮かべる。
 そしてそのあとに、静かにこう答えた。
 
 
「……定期的にケーキの肉を口にさえしておけば、自我が崩壊することは無い。………でもそれ自体が、この国では違法みたいなもんだから」
 
 
 確かにオグロからは、壊れるような片鱗が全く垣間見えない。
 定期的にケーキの肉を喰らうことを、あの場所に居れば可能になる。
 そうして自我を守っていた事を察すれば、先生が少しだけ悲し気に囁いた。
 
 
「でも、ちょっと残酷な話だよ。フォークはケーキを欲するように遺伝子上なっているのにも関わらず、その身を食べてしまう事は、罪でしかないんだから。
ケーキもそう。愛すれば愛するほど食べられたいと思う遺伝子を持っているのに」
 
 
 先生の言葉を聞きながら、オグロの事を頭に過らせる。俺はオグロに食べられたいと、抱かれる度に思うのだ。
 もう十分な程にオグロに惹かれきっているのに、愛してはいけないことばかりが解る。
 
 
「………そうだね。ありがとう先生。………薬、何時もの量で」
 
 
 先生の言葉に相槌を打ち、診察室から出てゆく。そして処方薬を受け取り、静かに病院を後にした。
 病院の周りをぼんやりと散策しながら、なるべく違う事を考えようと試みる。
 それでも頭にどうしても浮かんでしまうのは、オグロの事だけだった。
 
 
 定期的にケーキの肉を喰らう事でしかオグロが自我を保てないのなら、オグロはケーキを殺す事をやめられない。
 それにケーキの肉が定期的にオグロの元に入らなくなってしまうのならば、オグロは壊れてしまうかもしれない。
 奏太以上に惹かれる人が現れた事は、俺にとってとても喜ばしい事だ。
 
 
 けれど諸手を上げて好きだとは、どう逆立ちしても言ってあげられないのだ。
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