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事故物件、その四。
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真先ニーナちゃん三歳の姿を虹の向こうに見送った後、スマホが鳴った。
「どうだい、まだ、長引きそうかい?」
いつもの不動産屋だ。
「いや、なんとか、終わりました」
ホッとした所なので、正直に答えてしまった。
「そりゃ、良かった。すまないけれど、次の案件、行ってくれる?」
人懐こそうな声で迫って来る。
ため息をつきながら、待っていると、不動産屋が現れて車で次の案件に移動した。
バイトで「事故物件」のロンダリングを始めて、数年になるが、自分の死生観が少し変わってしまった。
人間は誰しも老いる。老いた後は身体が衰えて、枯れたように朽ちていく。事件や事故で朽ちる前に、召される事もあるだろう。人間は「死」から逃れる事は出来ない。これは確実に確定された事実だ。
生まれた時から決まっている事実なのだ。
それに対して住んでいる賃貸物件に「死者」が出たぐらいで、何をビビっているのか。
そこで召されて、生きている状態ではなくなったというだけではないか。
藤原信也という随筆家が「東京漂流」で昔、書いたフレーズに「”ニンゲンは犬に食われるほど自由だ」というのがある。写真週刊誌のルポルタージュだったのだが、ガンジス川に浮かんだ死体を食っている犬を写したレポートだ。
この仕事をしていると思う。
「ニンゲンは死ねば事故物件の主になれるほど自由だ」
無茶苦茶言っているようだが、実際その通りなんだから、仕方ない。
「次の案件はここだ。どうだい?」
不動産屋は言った。
どうだいって、どういう案件か判らないのに、どうだいと言われても、困るだけだ。
「どういう状況なんです」
と、築40年は経っていそうな文化住宅の一件である。
なんてことはない。
地域の風景に溶け込んだ昭和の文化住宅そのものである。
「ちょっと、中に入ろうか」
不動産屋は鍵の束から、この住宅の鍵を素早く寄りだすと戸を開けて
「入るよ」
と、一声かけた。中の「住人」に対してだろう。
中の様子はハウスクリーニングによって、綺麗にされたものの、生活感がそこかしこに残っていた。
「かなりな年数、お暮しだったんですね」
「だな。オレがオヤジの代から引き継いでからの案件で、長い付き合いでさ」
不動産屋は茶の間の中央に胡坐をかくと、頭をかいた。
「だから、困っているんだよ」
「知り合いなんですか」
「ガキの頃からかな」
「だったら、自分でやってくださいよ」
「いや、オレも忙しい身でさ」
「だいたい、どういう『方』なんです」
「うん、こういう人」
不動産屋が指さす方向に、ひとりのお婆さんがいた。
静かに、挨拶したその人は穏やかな表情だった。
「三船千代さん。享年94,三年前の今日だったかな」
「じゃ、三回忌じゃないですか」
「そうなんだが、よくある自覚がないんだよ」
「あぁ、あれですか」
以前、扱った「心理的瑕疵」断定されたおじさんを思い出した。
「それで、君のご登場を願った訳で」
「じゃ、今回は何か月、ここに住めば良いんですか?」
「いや、今回は『心理的瑕疵』はなしなんだよ」
「?」
「実は、ここら辺、一帯、再開発が決まって、近々、取り壊す事が決まったんだよ」
「なら、壊せばいいじゃないですか」
「それがさ、いざ、取り壊しにかかろうとすると、千代さんがさぁ、ユンボの前をうろつくんだよ。業者の人間が怖がっちゃてさぁ。作業が進まないんだよ」
「それ、お祓いやさんか坊さんの仕事でしょ」
前にも言ったようなセリフを私は言った。
「お祓い屋さんも坊さんもダメでさ。前々回の案件も、ニーナちゃんの件も何とかしてくれたじゃない。頼むよ」
「頼むって、あんた」
「まぁ、ダメ元で良いから。じゃ、頼むよ」
不動産屋は鍵の束とポーチを抱えて車に乗ると帰って行った。
築40年の文化住宅に残されたのは、私と三船千代さん享年94だった。
「どうしましょう、千代さん」
気まずい私はそうやって会話を始めた。
会話を始めたものの、相手は穏やかな表情で返して来るだけだ。
意思の疎通が存在しない。
だって、喋れないんだから。
よく事故物件で耳元で囁く声が聞こえるが、あれは意思の疎通を目的としていない。お前は何者だ。邪魔だから、帰れという威嚇行為である。
穏やかにほほ笑む千代さん享年94は日常の動作を繰り返し始めた、
水屋のあったらしいところから、食器を取り出す動作と台所でおさんどんをする動作を始めた
召された感覚のない人間は日常の動作を決まった時間に始める。
女性は特にそうだ。
それから、小さな庭に行くと水を捲く動作を樫の木に向かって撫で始めた。
樫木を見ると、平仮名で「じゅんたはっさい、じゅんぺいろくさい」と彫ってあった。
私は不動産屋に電話をかけると、ある提案をした。
その提案は実現が可能かどうか判らなかったが、祟りがあるよりマシだろうという事になり、実行に移された。
三船純太さん、三船順平さんは三船千代さんの息子で今はとなりの県に住んでいた。
私の提案を聞くと、最初、戸惑っていたようだが、安い区画で見晴らしのいい土地が見つかった。
費用はこの一帯の地主が出すという事で話はまとまった。
そうなのだ。
この築40年の文化住宅を綺麗に解体、樫の木と一緒に引っ越しをするという計画だ。
最初、解体が始まった時、三船千代さん享年94歳は戸惑ったようだが、見晴らしいい土地に寸分たがわず組み立てが始まり、樫の木も同じ方向、歩幅で植えられた。
「あれから、どうなりました」
三か月後、不動産屋に電話で聞いてみた。
「何とか、千代さんもついて来てくれたみたいで、ひと解決といった所だね。掃除のおばさんも最初は驚いたみたいだが、慣れたみたいだ」
「そうですか」
「問題はこの事を知っている関係者が鬼籍に入ったら、千代さん、ひとりになっちまうな」
「なら、社長、昔のよしみで一緒に暮らしてあげれば」
「よせやい。何てこと、いいやがる」
不動産屋は笑いながら、電話を切った。
空を見上げると、雲はなかった。
夏が真っ盛りであった。
「どうだい、まだ、長引きそうかい?」
いつもの不動産屋だ。
「いや、なんとか、終わりました」
ホッとした所なので、正直に答えてしまった。
「そりゃ、良かった。すまないけれど、次の案件、行ってくれる?」
人懐こそうな声で迫って来る。
ため息をつきながら、待っていると、不動産屋が現れて車で次の案件に移動した。
バイトで「事故物件」のロンダリングを始めて、数年になるが、自分の死生観が少し変わってしまった。
人間は誰しも老いる。老いた後は身体が衰えて、枯れたように朽ちていく。事件や事故で朽ちる前に、召される事もあるだろう。人間は「死」から逃れる事は出来ない。これは確実に確定された事実だ。
生まれた時から決まっている事実なのだ。
それに対して住んでいる賃貸物件に「死者」が出たぐらいで、何をビビっているのか。
そこで召されて、生きている状態ではなくなったというだけではないか。
藤原信也という随筆家が「東京漂流」で昔、書いたフレーズに「”ニンゲンは犬に食われるほど自由だ」というのがある。写真週刊誌のルポルタージュだったのだが、ガンジス川に浮かんだ死体を食っている犬を写したレポートだ。
この仕事をしていると思う。
「ニンゲンは死ねば事故物件の主になれるほど自由だ」
無茶苦茶言っているようだが、実際その通りなんだから、仕方ない。
「次の案件はここだ。どうだい?」
不動産屋は言った。
どうだいって、どういう案件か判らないのに、どうだいと言われても、困るだけだ。
「どういう状況なんです」
と、築40年は経っていそうな文化住宅の一件である。
なんてことはない。
地域の風景に溶け込んだ昭和の文化住宅そのものである。
「ちょっと、中に入ろうか」
不動産屋は鍵の束から、この住宅の鍵を素早く寄りだすと戸を開けて
「入るよ」
と、一声かけた。中の「住人」に対してだろう。
中の様子はハウスクリーニングによって、綺麗にされたものの、生活感がそこかしこに残っていた。
「かなりな年数、お暮しだったんですね」
「だな。オレがオヤジの代から引き継いでからの案件で、長い付き合いでさ」
不動産屋は茶の間の中央に胡坐をかくと、頭をかいた。
「だから、困っているんだよ」
「知り合いなんですか」
「ガキの頃からかな」
「だったら、自分でやってくださいよ」
「いや、オレも忙しい身でさ」
「だいたい、どういう『方』なんです」
「うん、こういう人」
不動産屋が指さす方向に、ひとりのお婆さんがいた。
静かに、挨拶したその人は穏やかな表情だった。
「三船千代さん。享年94,三年前の今日だったかな」
「じゃ、三回忌じゃないですか」
「そうなんだが、よくある自覚がないんだよ」
「あぁ、あれですか」
以前、扱った「心理的瑕疵」断定されたおじさんを思い出した。
「それで、君のご登場を願った訳で」
「じゃ、今回は何か月、ここに住めば良いんですか?」
「いや、今回は『心理的瑕疵』はなしなんだよ」
「?」
「実は、ここら辺、一帯、再開発が決まって、近々、取り壊す事が決まったんだよ」
「なら、壊せばいいじゃないですか」
「それがさ、いざ、取り壊しにかかろうとすると、千代さんがさぁ、ユンボの前をうろつくんだよ。業者の人間が怖がっちゃてさぁ。作業が進まないんだよ」
「それ、お祓いやさんか坊さんの仕事でしょ」
前にも言ったようなセリフを私は言った。
「お祓い屋さんも坊さんもダメでさ。前々回の案件も、ニーナちゃんの件も何とかしてくれたじゃない。頼むよ」
「頼むって、あんた」
「まぁ、ダメ元で良いから。じゃ、頼むよ」
不動産屋は鍵の束とポーチを抱えて車に乗ると帰って行った。
築40年の文化住宅に残されたのは、私と三船千代さん享年94だった。
「どうしましょう、千代さん」
気まずい私はそうやって会話を始めた。
会話を始めたものの、相手は穏やかな表情で返して来るだけだ。
意思の疎通が存在しない。
だって、喋れないんだから。
よく事故物件で耳元で囁く声が聞こえるが、あれは意思の疎通を目的としていない。お前は何者だ。邪魔だから、帰れという威嚇行為である。
穏やかにほほ笑む千代さん享年94は日常の動作を繰り返し始めた、
水屋のあったらしいところから、食器を取り出す動作と台所でおさんどんをする動作を始めた
召された感覚のない人間は日常の動作を決まった時間に始める。
女性は特にそうだ。
それから、小さな庭に行くと水を捲く動作を樫の木に向かって撫で始めた。
樫木を見ると、平仮名で「じゅんたはっさい、じゅんぺいろくさい」と彫ってあった。
私は不動産屋に電話をかけると、ある提案をした。
その提案は実現が可能かどうか判らなかったが、祟りがあるよりマシだろうという事になり、実行に移された。
三船純太さん、三船順平さんは三船千代さんの息子で今はとなりの県に住んでいた。
私の提案を聞くと、最初、戸惑っていたようだが、安い区画で見晴らしのいい土地が見つかった。
費用はこの一帯の地主が出すという事で話はまとまった。
そうなのだ。
この築40年の文化住宅を綺麗に解体、樫の木と一緒に引っ越しをするという計画だ。
最初、解体が始まった時、三船千代さん享年94歳は戸惑ったようだが、見晴らしいい土地に寸分たがわず組み立てが始まり、樫の木も同じ方向、歩幅で植えられた。
「あれから、どうなりました」
三か月後、不動産屋に電話で聞いてみた。
「何とか、千代さんもついて来てくれたみたいで、ひと解決といった所だね。掃除のおばさんも最初は驚いたみたいだが、慣れたみたいだ」
「そうですか」
「問題はこの事を知っている関係者が鬼籍に入ったら、千代さん、ひとりになっちまうな」
「なら、社長、昔のよしみで一緒に暮らしてあげれば」
「よせやい。何てこと、いいやがる」
不動産屋は笑いながら、電話を切った。
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夏が真っ盛りであった。
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