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アメリカザリガニ

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 あるおとぎ話です。

 ある日、この世に生を受けたアメリカザリガニの子供たちがいました。

 その子供たちは多くの兄弟に恵まれていましたが、そこに外来魚のブラックバスが兄弟の群れに向かって来ました。

 「わぁ、たいへんだ。逃げろや、逃げろ」

 多くの兄弟はブラックバスの口の中に消えていきます。
 
 「あぁ、にいさんやおねえさん、おとうと、いもうとが消えていく」

 食物連鎖の世界は過酷です。

 やがて、その群生体は人間の捨てたビールの空き缶に逃げ込みました。

 「やれやれ、何とか助かった」

 子供たちは自分たちの生きている事を実感しましたが、ブラックバスはビールの空き缶の周りを回遊し始めました。

 出てくるのを待っているのです。

 そのうち、外の様子を見る為に、一匹、また、一匹と出ていきますが、水藻の影に隠れていたブラックバスの急襲を受けて行きました。

 「やっぱり、外は危険なんだ」

 残った子供たちはビールの空き缶に留まる事に決めました。

 最初はビールの空き缶に浮遊しているプランクトンやミジンコを捕食していましたが、身体が大きくになるにつれて、居住空間と食料が足りなくなってきました。

 限界点に達した時、事件は起こりました。

 ある一匹の兄弟が兄弟を小さなはさみで捕えて襲い始めました。

 兄弟が兄弟を食べ始めたのです。
 
 やがて、兄弟たちは群れを作り始めました。

 強いものと弱いものと。

 それからは膠着状態に陥ったかと思うと、今度は群れを作った中で兄弟たちが暴れて、兄弟たちを始めました。

 数はだんだんと少なり、ビール缶の端と奥の方でテリトリーが出来始めて、にらみ合いが続きました。

 ときおり、生まれたて子魚がブラックバスに追われて、逃げ込みますが、彼ら兄弟の供物になりました。

 にらみ合いが続いたある日、ビール缶の端の方、出口に近い方の一匹が外に出ました。

 ブラックバスにねらわれる危険はあるますが、それはビール缶にとどまっても同じことです。

 外の様子をうかがい、無事に水藻の中へ隠れて見えなくなりました。

 用心深いビール缶の奥にいた兄弟も、やがて、やがて、一匹、また、一匹と出て行きました。

 残ったのは数少ない兄弟たちですが、それも出て行くもの、他の兄弟のえじきになるものと、数がだんだん少なり、残り一匹になりました。

 もう、食べる兄弟も繁殖する為の異性もいません。

 これだけ、身体が大きくなったから、ブラックバスも襲ってこないだろう。

 決心して、ビール缶の外に出ることにしましたが、今度はビール缶の入り口に引っ掛かり、出る事が出来ません。

 最後の一匹はときおり入ってくる子魚を食べながら、暮らす事に決めました。

 ある日、ため池の大掃除が決まり、水藻もブラックバスも駆除の対象になり、コンテナに雑に積まれました。

 アメリカザリガニの入ったビール缶もゴミの方に区分されて、処分されました。

 ビール缶はプレス機に潰される時、彼の体液がこぼれましたが、誰も気づくものはいませんでした。
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