籠中の鳥と陽の差す国〜訳アリ王子の受難〜

むらくも

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帰路

50.魔法師の更なる受難

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 細々とした修理と調整を積み重ねながらも船は順調に海原を進み、旅程も残すところ僅かになった。
 見せてもらえるようになった航路図と機器が示すおよその航行位置を比較しながら、相も変わらずエンジンの観察を続けていく。護衛対象が全く動かないせいで周囲の面々は手持ち無沙汰な様子だ。
 
 
 ………………ただ一人、アスルヤを除いては。


「魔法師使いが荒くありませんか殿下! 支給いただいている魔力剤は薬品なんですよ! いくら回復薬といえども、薬の飲み過ぎは体によろしくないんですよ!?」
 
「そう言わずに頼む。今のうちに適正な魔力の出力量を覚えておきたいんだ」
 
 鉱石加工での活躍に味をしめたらしいグラキエ王子は、船の中だというのにアスルヤを机に座らせて鉱石の加工を続けていた。
 安定した加工方法に目星がつき、魔法師一人の感覚のみにある魔力の出力量を学び取ろうという魂胆らしい。
 しかし当然、学び取るまでに何度も加工をする必要がある。やればやるだけ作業者の魔力は減っていく。
 おまけにグラキエ王子は魔力のコントロールが苦手だ。習熟に向けての試行回数は当然、得意な者がするよりも多くなる。
「殿下の魔力量に付き合っていたら薬漬けです! ホントにもうこの辺でご勘弁下さいー!」
 アスルヤはアルブレア国内でも魔力の高い血筋の生まれだと聞いているけれど、消耗している中の連続作業はやはり酷なのだろう。 
 しかし青い顔で音を上げる魔法師の声を右から左に聞き流し、グラキエ王子はしれっと次の石を机に置いた。
 これぞまさしく魔法技術の鬼。全く容赦がない。
  
 粘る魔法師と聞き流す王子の攻防を聞いている限り、アルブレア王室の三兄弟は生まれ持った魔力量が桁違いらしい。
 魔法師の称号は並以上の魔力を持っていないと取得できないとされているのに、アスルヤは既に五本の回復薬を空けている。対してコントロールに不慣れで余分に消耗しているはずのグラキエ王子は、口をつけるどころか瓶の開封すらしていない。
 作業を続けていた時の消耗を考慮するにしても、軽くアスルヤ四人分の魔力差があることになる。
 魔力の強さは魔法の第一人者と目されている第二王子だけの才だと思っていたけれど、そういう訳ではないらしい。
「アルブレアに戻った後は王城の業務があるだろう? 通常の業務後に時間を空けろと言うのは酷じゃないか?」
 とどめにそう話すのは、あくまでも大真面目な顔。
 このままでは帰国後も追い回される――そう悟った魔法師の顔が引きつり、瞬く間に真顔になっていった。
 
 腹を括ったらしいアスルヤは、すっかり丸くなっていた背をぴしりと伸ばす。急に圧のこもった視線を向けられ、今度は無茶振りをした方が面食らったような表情を浮かべた。
「仕方ありません。ならば一刻も早く、可及的速やかに覚えてください!」
「ど、努力はする……」
「そのような及び腰では困りますッッ!」
 気迫に圧されて後ろに下がろうとした腕をガッチリと掴まれ、グラキエ王子がラズリウの方を振り向いた。予想外の反応で困惑していると分かりやすく顔に書いてある。
 これは流石に自業自得としか言いようがない。目が据わるほどに相手を追い込んだのは、他ならぬグラキエ王子自身なのだから。
 
 向けられた視線を辿って、アスルヤの視線が追いかけてきた。ばちりと目が合い、橙色の瞳が何かの企みにぱあっと輝く。 
「そうです、ラズリウ殿下もご一緒にいかがですか! お二人で覚えれば後日のすり合わせも容易に可能ですよ!」
「……アスルヤ。それは流石にどうなんだ」
 どうやら帰国後のために手を打っておこうという魂胆らしい。
 黙って見守っていたグノールトから苦言が飛んできても、今後のために必死なアスルヤに届いている様子はない。
 
 とはいえ……言われることにも一理ある。 
 作業の経験者は複数いるに越したことはないのだから。
 ラズリウも手順と加減を覚えれば、上手くいかない時の検証は多忙な魔法師ではなく共にいる婚約者が対応する事になるはず。
 加工技術についての話だけならば、そうなのだが。
「せっかくだけど、一人はモニタリングしていた方がいいと思うから……」
 グラキエ王子はすっかり気が逸れてしまっているが、今はエンジンの動作を見守っている最中。ここで二人とも目を離してトラブルを見過ごしてしまえば、事の次第によっては海の上で立ち往生することになってしまうだろう。
 
 ……正直を言えば、混ざりたい気持ちがないわけではない。しかし自分は持ち場をしっかりと守らねば。 
「そ、そんなぁ! ラズリウ殿下ぁぁぁぁ……!」
「頑張って」
 記録用紙とペンを持ち直す様子に、目論見の外れたアスルヤは見捨てられた子犬のような顔を向けてくる。
 疲労困憊の彼には少し申し訳なく思うけれども。ここを譲ってはいけない。
 気を引き締め直したラズリウは、意識と視線をエンジンの方へ引き戻した。

 
 一枚、また一枚。

 記録紙がめくられるたび、穏やかな航路を進む帆は目的地へと近づいていく。
 ゆったりと揺れる船の中で、ラズリウは初めてアルブレアへ向かっていた頃の緊張を思い出していた。
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