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第2章

第13話

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「音羽。今日は早く帰ってきたんだけど
褒めてくれる?」

そう言って甘ーい声で私の耳元で
囁くこの家の主。天宮 蓮さん。


帰ってくるや否や調理中の
私に背後から抱きしめてきて
お腹のあたりで腕を組んでいる。

そして甘く色気のある低音ヴォイスで
後ろから耳元に直接囁いてきているのだけど…


(いや!お腹の肉が気になりすぎて耳に入ってきませんから!)


あの日から社長は新しいオモチャを
手に入れた子供のように
執拗に私に近づくようになってきた。

朝の見送り時のほっぺにチューから
早い帰宅の時のバッグ抱擁!
廊下ですれ違う時や
リビングで鉢合わせる時には
手のひらにチューするのだ。

いや!三ヶ月間なんもなかったのに
どうして!いまさら!
こうなった!!!

…いや。これは確実に社長は
私で遊んでいるだけなのだ。

あの時私がタイプじゃないなんて
啖呵を切ったから。

社長のことだからどうせ
おれに落とせない女なんていないと思って
面白おかしく私にちょっかいかけて
きているだけなんだから。


ダメよ!妙にドキドキしては!

(顔を真っ赤になんかさせて
しまえばコイツの思う壺なんだから!!!)


そう思ってひたすら無心で無視をする。


するとクスクスと頭上から
忍び笑いをされた。

全然隠せてませんけど?

ちょっとムッとして振り返ると
シトラス香るスマイルが降ってきて
私の心臓を嫌でも加速させていく。

「お前、ブスだけどよくみたら可愛いのな。」


ドキ!!
これ以上社長の顔は見れなくて
慌てて手元に視線を戻して
料理を再開する。


「ブ!ブスは余計よ!」

ああこれでは更に顔が赤くなるだけだ。
本当にこの社長、タチが悪すぎる。

「ブスはブスなんだから仕方がないだろ。」

「ほんっと最低ね。」

恨みがましく睨みつけても
ちっとも効きやしない。
余計に意地悪な笑みを深くさせただけだった。

「今日は久しぶりの接待なしなんだから喜んでくれてもいいだろ。」

「いいえ。社長が接待の方が気楽で美味しくご飯が食べられます。」

「ひでぇ。なるべく早く帰るように心がけてやってるのに。」

「まったく!お気遣いなさらないで大丈夫ですので。それよりこれ持っていって!」

ニコリと嫌味な笑顔を向けてから
社長に彩りのあるサラダを二つ渡して
持って行ってもらう。

「仮にも雇い主なんだけど。」

文句を言いつつもちゃんと
持って行ってくれたあと
お箸も並べたりお茶とコップもだして
くれたりと手際がいい。


「「いただきます。」」

二人向かい合って手を合わせる。
あの日以来社長が家で食べるときは
一緒に食べるようになった。

私も一度で済むのでありがたいし
やっぱり一人のご飯より二人でのご飯のが
何倍も美味しいのだ。

相手はクズ社長だけど。

「ん?」

社長がメインのハンバーグを
口に入れたあと目を少し見開いて
少し驚いている。

「美味しくなかった??」

今日のメニューは検索をかけずに
自力で作ってみたのだ。
それ故に少しばかり社長の反応が
気になってしまう。

「いや。すごく美味しい。これもクッ○パッ○?」

「今日のは母から教えてもらった作り方です!美味しかったのなら良かった!」

美味しいの一言でホッとする。
いつもはクッ○パッ○で検索して作るんだけど
ハンバーグだけは母から教えてもらったレシピで作るのが一番好きなのだ。

美味しいと言ったあと
社長はそのまま固まってしまった。

「やっぱり不味かったですか?」

訝しんで再度尋ねると
ふるふると頭を振ったあと

「なんか昔食べたことあるような気がする。」

そう言っていつもより小さくハンバーグを
一口口に含んでゆっくり味わうように食べた。


「うん。…子どもの頃に一度だけ母に作ってもらったハンバーグの味に似ている。」


「社長のお母さん??」

そう聞き返したものの社長からは
返事はなくいつもはお調子者な社長だけど
食べ終わるまで無言のまま
黙々と食べていた。

(小説や漫画にありがちな不仲とかかな。)

異世界王道ものの
ヒーローの家庭環境って
ほとんど両親と不仲。
または妾の子。とかが多いのよね。

どうしてそんな不幸したがるの?

って思ったことあったけど
やっぱり面白いので
それもありあり!なんてウキウキしながら
読み漁ってます。はい。


そんなことを思いながら食べていたので
自分的にはあまり気まずい食事には
ならず二人とも食べ終わったのを
見計らって食器を流しに持って行った。

(今日は久しぶりにアプリで小説漁ろうかな。)

そうと決まればそそくさと
洗い物を終えて部屋にしけこもろう!
とお皿を洗っていると
後ろからギュツといつもより少しだけ
強く抱きしめられた。

「ハンバーグ美味しかった。また作って。」


声のトーンが少しだけ低くなって
心なしか落ち込んでいるような気がした。

(仕方ないなぁ。)

両手は泡だらけなので
肩に回された少し逞しい腕に
顎を乗せてグリグリしてやった。

「社長が食べたい時にいつでも作りますよ。
任せて!」

「出来のいい家政婦だな。」

そう言ってふっと息を吐いたあと
片腕だけほどいて私の顔をつまんで
むにむにともみまわした。

「ちょっと!洗い物し辛いんだけど?」

「ちゃんと手は動かせるだろ?しっかり汚れを落とさなかったからやり直しだからな?」

社長がいつもの調子に戻ったみたいで
私はなんだか安心した。

「もうハンバーグ作りませんよ!?」

「そうなれば職務放棄で罰金だな。」

「そ!それはダメです!頑張る!」

罰金なんて言わらたら意地でも
頑張るよ!
公私混同しすぎだから!

「じゃあ後はよろしく。」

後ろからホッペにキスをされる。

もうかれこれホッペにチューを
何度か受けたが相変わらず慣れなくて。

泡だらけなのも忘れて
キスされた頬に手を当てながら
自室に帰っていく社長に何か
言ってやりたかったが
ハクハクと口が動くだけで何も言葉が出なかった。


「頬についた泡ちゃんと流せよ?お肌は女の命だからな?おやすみ音羽」

振り返りざまにそう言ったのだけど
私がそうしているとどうしてわかったの!?

振り向く前から確信してたよね!?

べっと舌を出したあとひらひら手を振って
社長は廊下へと消えて行った。


さっきまで落ち込んでだと思ったのに!
本当に振り回されてムカつく!!


(…だけどショボくれた社長よりかはずっといいかな。)

見えなくなった扉を見つめていたが
洗い場に視線を落として再び
食器を洗いはじめた。

社長のプライベートに口出し
するつもりはないし
家族のことは他人からとやかく
言われるのは嫌だろう。
社長の家族が不仲だろうとなかろうと
私にはどっちでもいい。

ただいつものクズな社長のまま
で居てくれるなら
どっちだっていいんだ。

(って!別にクズは最低だし!私には関係ないってば!!)

ボボボッと顔に熱がたまっていく
気がして慌てて横に振って
考えを停止させる。

最近社長に翻弄されすぎている。

気を引き締めなきゃ!!



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