86の約束

仙道 神明

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Lap 20 「クリスマスプレゼント」

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12月25日・クリスマス

 冬晴れの空が広がる朝。ガレージ風馬の店内には、いつも通りの空気が流れていた。

 いつも通り、シュミレーター前でタイムアタックを終えた悟が古川の元に戻ってきた。
 早矢も片付けを終えて、休憩スペースに顔を出す。

「ふー、疲れたー! 今日のタイム、まぁまぁってとこかな!」

「へっ、俺のが速かったけどな」

「え~っ、あれは一回だけじゃん!」

「あはは、確かにな」

 そんなふたりに向かって、古川がニヤニヤしながら声をかける。

「今日はシュミレーター作業終わったら予定ないんだろ? どうだ、2人して食事にでも行ってこいよ!」

「……え?」

「な、なんで急に……?」

「実はな、スポンサーの招待で嫁と食事の予定だったんだが、嫁が風邪ひいちまってよ、代わりにお前ら行ってこいよ!」

「……」

「……」

「な、なんだよ、そんな顔すんなよ……!早矢に、その…あれだ、いつも世話になってるしな!スポンサー対応とか」

 早矢の目がぱっと輝いた。

「都内の老舗ホテルだぞ! フルコース! 夜景見える窓側!」

「えっ、本当に……? クリスマスの夜にそんなの……!」

 悟はぽりぽりと頬を掻きながら、照れたように苦笑した。

「……まぁ、せっかくだし。俺たちみたいなのが行っていいのかはわからんが……な」

「ふふっ、行く行く。ね?」

「お、おう。じゃあ、行くか」

──

 いったんそれぞれ自宅へ戻り、ドレスとスーツに着替えた二人。日が沈んだ頃、悟がハチロクで早矢を迎えに来た。

「……乗るの、ちょっと緊張するな」

 早矢はドレスの裾を気にしながら助手席に乗り込む。悟は軽く笑いながらエンジンをかけた。

「動く博物館だな、こいつは」

「でも、いい音。これが悟さんの音なんだって感じする」

 赤信号で止まった交差点。フロントガラス越しに、街のイルミネーションがちらちらと映り込む。

「……今日のメイク、いつもより丁寧だな」

「そりゃ、クリスマスだしね。……変じゃない?」

「いや、似合ってる」

 くすっと笑いあって、再び静けさが戻る。

 クラシカルなエンジン音が、冬の街に馴染んでいった。

──ホテル到着

 ライトアップされた高級ホテルのエントランスに、AE86が滑り込む。
 そのレトロな佇まいに、出迎えたスタッフが一瞬動きを止めた。

「キーをお預かりします」

 差し出された手を、悟がやんわりと断る。

「すみません。この車、ちょっとクセがあって。自分で移動します」

 スタッフが戸惑いながらも頷く中、早矢がくすっと笑った。

「やっぱり、悟さんじゃないと動かせない車なんだね」

──クリスマスディナー

 館内レストランの一角。静かな照明のもと、キャンドルが揺れるテーブルに二人が向かい合う。

 グラスが軽く触れ合う音が響く。

「まさか、本当にこうやって二人で来るなんてね」

「古川のおかげだな。早矢ちゃんに嘘ついたことの罪悪感もあったんじゃない?」

「古川さん、嘘つくの下手なんだもん、バレバレ」

 コース料理の最後、デザートが運ばれてきたタイミングで、早矢が少しもじもじと鞄を開いた。

「……あの、はいっ」

 差し出された小さな箱。中には、白と黒のツートンのAE86 ──ミニカーが収まっていた。

「急だったから、他に用意できなくて……でも、悟さんならこれが一番かなって」

 悟は驚いたように笑い、自分のコートの内ポケットから小箱を取り出す。

「奇遇だな。俺も……用意してたんだ」

 開けると、そこには真っ赤なGR86のミニカー。

 思わず2人、同時に吹き出した。

「お互い、車バカってことか」

「うん。でも、それが一番嬉しいプレゼントだったりするんだよね」

 キャンドルの炎が、ミニカーのボディを静かに照らしていた。

──その後のことは、あえて語るまい。

 それは野暮というものだし、そもそも、語られるようなことでもないのだから。

 ただ、ひとつだけ確かなのは──

 あの夜、彼らの胸に灯った温もりは、冬の空気の冷たさなど簡単に溶かしてしまうほど、やさしく、そして確かなものだった。
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