ドラゴン・クロニクル

42神 零

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異界者召喚篇

05:どうにでもなれってんだああぁぁぁーっ!!!

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数時間前
ユーラウス森林



巨大な木々が支配するこの森の前に、一台の馬車が停まり、中から二人の人影が降りてきた。

一人は黒髪の天谷 蓮、そしてもう一人は白の長髪が特徴的なアルド=ブロウズ。

二人はここまで運んでくれたおじさんに軽くお礼して帰りを見送ると森の方へと視線を向ける。

森の入口は大きく口を開けたままで、相当深いのか奥までよく見えなかった。

地球にも同じく森は存在する。
だが一本一本の木が大きすぎるせいか、地球の森と比べてとても不気味な雰囲気が漂っている。

少なくとも観光目的で来るような場所じゃない。

そう察した蓮は腰に着いているダブルボウガンを両手に持ち、いつ何が来てもいいように身構える。



「…いい、心掛け」



対してアルドは何も構えない。
だが街にいた時よりも何やら雰囲気が違う。

どうやら武器を出していないものの、彼なりに周囲を警戒しているようだ。



「まぁな。ここに魔物がいるとなりゃ、いつ襲われてもおかしくねぇだろ?」



ボウガンを持ちながらも腕を回して軽い体操をする蓮。

やる気満々らしい。
でも緊張はしているらしい、その証拠に蓮の手のひらが汗でびっしょりとなっている。

それでも態度を変えないのは蓮のプライドだろうか、ニィと笑いを保とうとしている。



「…無理、しなくて、いい。緊張、誰にでも、ある」

「ははっ、バレた?」



だが、バレないように笑って誤魔化していたが、アルドは蓮が緊張していることがバレバレだったのか軽い励ましを送る。

蓮もバレてしまった以上、無駄に強がることなくあっさりと認めてしまったあたり、結構素直な性格をしているらしい。

流石は歴戦の猛者と言ったところだろうか。
バレないようにしていたとはいえ、素人ではとてもじゃないが見分けなど付かなかったにも関わらず、なんの迷いもなく簡単に見破ってしまった。



「ゴブリン、入口付近、いる。奥、行く、必要、ない」

「おぅわかった。よろしく頼むぜ、先輩!」



ボウガンを持った右手でアルドを小突き、笑いながら言う蓮は、警戒心を怠らないまま森の中へと入っていく。

アルドも遅れてその後を追い、ゆっくりと歩む…



(…確かに妙だ。前に森に異常が出ていると言っていたが…実際に来てみればなんだこの静けさは…)



が、何か違和感を感じるのか心の中で疑問が引っ掛かる。

先日調査から帰ってきた三人が「白鋼の塊を見た」だの「怪物のような足音が聞こえた」だの色々と言っていたが「そんなわけあるか」と誰も信じてくれなかった。

その会話を耳にしていたアルドは直ぐに調査へと赴こうとしたが、何やら別の調査依頼がやってきたらしく、そこへ調査したところ召喚に巻き込まれた蓮と出会ったそうだ。

そのためアルドがあの妙な一件の報告から森への調査に赴く任務はこれが初めて。

今までは調査員が派遣したものの、「確かに白鋼の塊はあったが、怪物など見当たらない」という報告だけ上がっていた。

だが驚くことに、その調査員の階級は低いものの、全員口を揃えて「魔物に遭遇しなかった」と述べている。

その為、ギルドは森を立ち入り禁止区域に指定せず、今まで通りに管理することとなった。

が、アルドの場合はそう簡単に結論を出す訳もなく、奥の方から何かの殺気を感じ取ったのか蓮にあらかじめ「森の奥は無用だから近付くな」と警告したのだろう。

即ち、奥に得体の知れないものがいる。
それも強大で、これまでに戦ってきた魔物とは比べ物にならない何かが…と仮説を立てるのには十分だった。

蓮に「何か森が妙だ」と言わなかったのは彼を心配させないための配慮だろう。

変に心配をかける訳にも行かない。
これが彼の初めてのクエストだ、いざとなれば自分が何とかするとアルドは強く思う。











しばらくして。
森の入口付近を散策する二人は討伐目標であるゴブリンを探す。

蓮はキョロキョロと忙しく首を振って周囲を見回し、アルドはただ黙って蓮の後ろへ着いていく。



(魔物どころか動物すら見当たらない…。報告通り、か…)



だがいくら探せど魔物以前に動物の姿すらなく、小鳥の鳴き声もなく、聞こえてくるのはただの風の音だけ。

それでいてどこからか突き刺さるような視線を感じ、その方向へ向いても影一つない。

一言で言えば不気味だ。
この森は本当に生きてるのかどうかすら疑わしいほどの静けさだけが残っていた。



「なぁアルド。本当にここが目的地の森か?なんにもいねぇぞ」

「…間違い、ない。魔物、いる、はず」



そう、本来ならいるはずなのだ。
ゴブリンやオーガと言った魔物が、野鹿や狐といった野生の動物が。

だがおかしい事に、小鳥の一匹すらいない。
この空間で生きてるのが蓮とアルドの二人だけだと錯覚してしまうほどの静けさだけが残る。

仮に何かがいるとすれば足跡や捕食された動物の死体など残るはずだが、それすらも無い。

何かがいて、何かがあるはずだ。
現にアルドから何かの視線が突き刺さってる。

だがその方向へ振り返っても何も無い。
しかし移動したのか移動した際の風圧のせいか木の葉が何枚か散っている。



「そんな事言われてもな、こんだけ静かだと返って不気味___」

「…待て、レン…!」



突然アルドが蓮を守る形で前に出る。
何かを察したのか、いつものアルドとは様子がおかしい。

口数で物静かなアルドが声を大きくしたのだ。
それだけで蓮はアルドが何かを見つけたのかと察した。



「ちょっ、おいどうしたんだよ」

「…なにか、来る…!」



空いた片手が一度光ると魔法陣が展開され、その中から大型の白い弓が出現する。

アルドが愛用する武器なのだろう、金と青の装飾が施されたその白い弓が握られると腰に同じ色と装飾で統一された矢筒が現れた。



「お、おぉ…!」



初めての魔法を目の当たりにした蓮は目を少し輝かせながらマジマジと見るが、アルドは矢筒から矢を一本取り出すと弦にセットしてゆっくりと後ろへ振り絞る。

振り絞れば絞るほど、不思議なことに矢の周囲に吸い込まれるような形で風が集結していく。

これがアルドの二つ名【白風の狙撃手】の由来なのだろう、彼の片目には白くて小さな魔法陣が展開されていた。

恐らく望遠鏡のような役割を持つのだろう、何重にも重なっていた魔法陣が立体的に浮き出て、最終的には片眼鏡型のゴーグル形態に変化する。

最大限で振り絞った弦は揺れることなく狙いがブレることなく正面を向いているため、アルドがどれほどこの弓の扱いになれてるのかが伺える。



「………」



静寂。
聞こえるのは吸収する風の音だけで、アルドは正面を見たまま何も言わない

その後ろにいる蓮も自分だけでもと並んでダブルボウガンを構えた。

並んできた蓮をアルドは横目で確認し、再び真正面へ視線を向け、やってくる何かに備えるべく、弦を引き続ける。






そして時は来た。
奥からドドドドッという足音が何重にも重なったような音が聞こえてきた。

何かの群れだろうか。
その足音が聞こえてくると群れの鳴き声の特徴なのだろうか、『ギチギチ』と嫌な音を立てて二人の方へ向かってくる。

そしてその群れは森の奥にある草むらから飛び出し、二人の前に現れる。

見た目は二足歩行する人並みの大きさを持つネズミだが、鋭い前歯と前足には木製の棍棒を握りしめた、なんとも異形な姿をしている魔物だった。

ゴブリンだ。
ファンタジーの世界なら姿を思い浮かべるのだろうが、この世界でのゴブリンとはネズミのような外見をしているらしい。



「うっ…!!」



蓮は絶句した。
自分が思っていたものとは違い、まさか地球に存在する齧歯類げっしるいの、それも人並みの大きさを持つネズミなど鳥肌が立つ。

それでも構えていたダブルボウガンを手放さないのは彼の根性なのだろう、見るやいなや引き金を引くのではなく、アルドの指示を待つだけで構えている。

対してアルドは未だに矢を放たない。
むしろそれどころか振り絞っていた弦を緩み始めた。

そしてゴブリンの群れは二人の存在を認知し、そのままこちらへ突っ込…まず、二手に分かれると我先にと逃げていった。

スルーである。
今は人間二人に構ってられないと言わんばかりに。



「あ、お、おい!!待てよ!!」



ターゲットであるゴブリンを逃してしまった蓮は振り返り追いかけようとするが、片手でアルドに阻止され、走ろうとしていた足を止める。



「お、おいアルド!!なんで止め…!!」



蓮は止めに入ったアルドの顔を見ると思わず目を見開いた。





ポーカーフェイスである彼が目を見開き、コートの襟でよく見えないが口を開け、額からは嫌な汗が流れていた。

見た事が無いアルドの表情を見て只事じゃないと察した蓮は同じように嫌な汗が流れる。

そして勘づいた。
今のゴブリンの群れが自分たちを襲ってきても構わないというのに無視して去っていったことに。




その行動はまるで、そういう風に見えた。




_ドスッ…!!ドスッ…!!

今度は鈍い音がした。
その音は恐らく足音なのだろうが、先程のゴブリンの群れとは違い一匹でありながら群れ一つ分の足音に匹敵するような、重く強い足音。

それが一歩、一歩とゆっくりとした足取りで二人に近付いてくる。


_ドクンッ

それと同時に蓮の心臓が高まる。
足音だけでわかったらしい、と。

対してアルドも同じだった。
最初はゴブリンより巨体を持つオーガなのではと思っていたが、突き刺さるような殺気に血のような匂い、そして初めて嗅ぐ獣の異臭からして全くの別個体だろうと判断したが、正体ははっきりとわかっていない。



「…慌てず、動かず、仕掛け、ない。様子、見る」



震えた声で蓮に伝えるとコクリと頷く。
未知数が多い相手に対し、攻撃を仕掛けるのではなく野生のクマと遭遇した時のように動かないで慎重に行動することを心掛ける。



_ドスッ…!!ドスッ…!!

足音が次第に大きくなる。
それにつれ鼓動も大きくなってその速度も早くなる。

今にも破裂しそうな心臓を我慢しながら、言われた通りにジッとして身構え、ただ相手の出方を待つ。




そしてしばらくして。
足音の持ち主が姿を現す。



「なっ…!?」

「…!!」



その姿を見た二人は共に驚く。
驚きのあまり構えが緩くなり、思わず手を下に下げてしまう。

やってきたのは死体を口にくわえている、翼を持つ巨大な生物だった。

翼と一体化した腕に体を支える二本で太い足、尻尾は長く先につれしなやかな動きを見せ、後頭部には鹿のように生える二本の角が伸びている。

顔は凶悪でひと睨みされただけだ腰が抜けてしまいそうなほど鋭く、全身には鎧よりも頑丈そうな黄緑色の鱗と黒い甲殻を持ち、口には何重にも重なったような牙がズラリと並んで剥き出し、獲物の死体を銜えたまま二人を見つめる。

銜えられているのは醜く太った巨漢に額から短い二本の角を生やした魔物・オーガである。

三メートル弱を越す巨体を持つオーガがまるで赤子のように、その化け物に銜えられたままピクリとも動かず、血の跡と異臭だけ残す。

その化け物がギョロりと目を動かすと二人の存在に気付いたのか、ズシリ、ズシリと重く鈍い足音を立てながら、ゆっくりと歩いて近付いてくる。




「こ、これが…ド、ドラ…」



蓮はガタガタと震える。
プライド故、収まらせようとしても収まらない、ただ静かに全身が小刻みに震えていた。

かく言うアルドも同じだ。
蓮程ではないが、ゾッとしたのか背中に嫌な汗がダラりと流れ続ける。

だが二人は動かない。
ここでもし背を見せたのなら間違いなく追いかけてくる。

かと言って、無闇に攻撃をすれば怒りを買って何をしてくるのかわかったもんじゃない。

今はただ動かず、じっと待って相手が去るのを祈る。

出来ることはそれだけだが、時間が過ぎる度に胸の高まりが大きく早くなる。

心臓に悪いとかそう言う次元じゃない。
いつ死んでもおかしくない、そんな状態が続いた。




_グルルル…!!

化け物が喉を鳴らす。
死体を銜えたまま、その巨大な翼を大きく開き、身を低くする。

完全に威嚇だ。
ただの威嚇だけだと言うのに完全戦闘状態になったオーガの数十倍の迫力がある。

そんな状態で容赦なく一歩、また一歩と進み、二人の距離を縮める。

対して二人は息を殺し、近付くに連れて一歩、また一歩と後ろへ下がり、無理矢理距離を取ろうとするが、このままだといずれ詰められて襲われてしまうのも時間の問題だろう。



「…気、惹く。…逃げろ」

「え…!?」



このまま埒が明かないと察したのか、アルドは蓮に次の指示を出す。

蓮は戸惑うも、アルドは返答を待たずに弓を構え、弦を振り絞った。

同じように矢を中心に風が一点に集中して吸収されていくが、化け物もといドラゴンは不思議そうにしていたが、なにか来ると悟ったのか口にしていた死体を放り投げた。

魔物では捕らえた獲物を投げて攻撃なんてしてこない。

これだけで魔物とドラゴンの知識力があるというのが伺える。



「っ…!!」



予測していない攻撃が飛んできたが、アルドはすぐに落ち着きを取り戻し、絞り切った矢を放つ。

風を纏った矢が音速の如く飛んでいき、飛んできた死体と接触すると貫通してその奥に佇んでいるドラゴンの胸に命中した。



_グオオォォォォ!!!

血を噴出して揺れる巨体、ドラゴンは咆哮をあげて痛がるも死には至らないらしく、倒れることは無かった。

もちろんのことだが、アルドは一撃で急所である心臓部分を狙い撃ち、葬ろうとしたがそれがどうしたとドラゴンは立っている。

ありえない話だ。
アルドは間違いなく急所を撃ち抜いたものの、それでも目の前の相手は痛がりながらも吠えて立っているなど、信じ難い話である。

ただ単に急所が違ったのか、それとも直撃して尚活動できる生命力を持つのか、とても理解し難いがなによりも人類の脅威になりうるというのは明白である。



「逃げろ…!!」

「あ…っ、あぁ…っ!」



今度は日本語ではっきりと蓮に伝える。
だが蓮は恐怖で動けないらしく、ヘタレこんでいた。

しかし、それでいて戦う気力が残っているのかダブルボウガンだけはしっかりと握っている。

アルドを置き去りに出来ず、またドラゴンに対する恐怖心が混ざり、蓮はまともに動けない状態だった。



「っ…!!」



アルドは再び前へ向き直り、後ろへ走り一本の巨木の方へと向かっていった。

もちろんドラゴンはアルドを追いかけ、その巨体を動かして距離を縮ませる。

ゆうに人の身体を越える巨体だと言うのにその身に合わないような速度で走り、ゆっくりだが確実にアルドとの距離が縮まりつつある。

だがアルドは振り返らず、ひたすら巨木の方へ進む。

追いかけられていることぐらい理解しての行動、彼は何かを考えているらしい。

そして巨木とアルドの距離が縮まると、アルドは勢いを殺さず巨木に駆け上がり、重力に負けて落ちる前に蹴り上げて大きくバク宙をする。

突然目標がいなくなったことに気付いたドラゴンは勢いよく巨木に衝突するもピクリとも動かず、首を後ろへ向き、体勢を変える。

その視線の先には逆さまに落ちながら弓を構えているアルドの姿が。

これが目的だったらしく、心臓の次に頭を狙い撃ちをするために高所から狙う戦法に写った。

あとは引き絞った矢を放つだけ。
それだけだと言うのに次にドラゴンはアルドに向けて口を開け、身構えている。

それと同時に口周りから炎が吹き出し、周囲から空気が焦げたような臭いが漂う。



「!!!」



まさかと思い、アルドは引き絞っていた矢を相手より早く放った。

と、同時にドラゴンの口から一つの火球が飛び出してアルドの方角へと飛んでいく。

風を纏った矢とドラゴンが吹く火球が距離を縮め、接触すると爆発を起こして周囲を焦がしながら衝撃波を放つ。

空中にいたというのもあってかアルドは体勢を取れず、衝撃波によって吹き飛ばされ、他の巨木に背中を打ち付けられて吐血を吐き出す。

対してドラゴンは特にこうもいった様子もなく、ゆっくりと落ちていったアルドの方へ歩みを進める。

アルドは地面に落ちると息を切らしながら近付くドラゴンに向けて弓を構え、再び矢を振り絞るが距離が十分になく、最大限に振り絞れたとしても既にその牙で食われてしまうのかもしれない。

それでもアルドは構え、振り絞る。
自分の命が無くなるまで足掻くようだ。

対するドラゴンはそんなのお構い無しにゆっくりと歩く。

走らないのは勝利を確信したためか、それともただの傲慢なのかはわからないが、完全にアルドを見下している。

何やら恐怖で動けない人間がいるようだが、眼中に無いらしく今はただ戦闘能力が高いアルドを潰そうと牙を剥き出したまま近付く。

ポタポタと最初の一撃で射抜かれた胸から血が流れているが、そんなもの気にせずと目の前にいる人間を食らうと口を開いた。

アルドは逃げるつもりもなく、弓を構える。
最後の賭けに掛けるようだが、力が上手く入らない今となれば成功率などもって十パーセントぐらいだろう。

痛みで苦しそうな顔をするも、照準をドラゴンの頭に合わせるも、ドラゴンはヨダレを撒き散らしながらアルドの頭を___






_ドスッ!!

何かが刺さる音がした。
それはアルドの目の前から聞こえてきたもので、ドラゴンの目が小さい矢が刺さっている。

流石にこれは効いたのだろう、片目が失明したのと同時に焼けるような痛みに襲われ、ドラゴンは悲鳴のような咆哮をあげて無我夢中に暴れ出す。

アルドは何事かと思い、矢の飛んでき方へ目を向けると、そこには腰が抜けてしまいながらもダブルボウガンを構えている蓮の姿があった。

カタカタと体を震わせているが、勇気を振り絞ってアルドを死なせるかとばかり、矢を放ったのだろう。

とにかく、隙が出来たアルドは背中から来る激痛に耐えながら弓を構え、再び弦を絞り始めた。

深呼吸を繰り返し、落ち着きながらしっかりと狙いを定める。

撃つべき場所は頭、では無く脳。
心臓がダメなら脳を撃ち抜けば動かなくなるはずだとそう思ったのだろう。

だが時間が無い。
痛みが引いてきたのか暴れていたドラゴンが落ち着きを取り戻すと、奇襲してきたのであろう蓮に目標を変え、一気に走り出す。

圧倒的な殺意。
先程の傲慢のような態度とは違い、純粋な怒りを感じた蓮は何度もダブルボウガンを撃つが、武器の性能も相まってか全て甲殻や鱗に弾かれるだけに終わる。

そして距離が縮まると再び人三人分一気に入るんじゃなかろうかと思う巨大な口が開き、立ち並ぶ牙が顔を覗かせ、蓮を喰らおうと迫り来る。

蓮は悲鳴を上げようにも恐怖のあまり声が出なかった。

涙を流し、迫り来る死と直面するのが怖いのか目を強く瞑って、来たるべき痛みに耐えようと身構える。






_ドスッ!!

また似たような音が響いた。
そして次に来たのはヌメリとした、何かの液体。

その液体が蓮の顔に付着して濡らすと、今度はドサリと何かが倒れるような音がした。

何が起きたのかわからない蓮は瞑っていた目を恐る恐る開くと、目の前には動かなくなったドラゴンの顔が写っていた。

ただ額辺りに蓮が装備するボウガンの矢とは比べ物にならないほどの大きさを持つ矢が奥深くまで突き刺さっている。

どうやら蓮に夢中になっていたドラゴンがアルドの存在に気付かず、そのまま射抜かれたらしい。

だが死体だと分かっているとはいえ、巨体と鬼や獅子よりも恐ろしい形相をした顔が目の前にあるとしたら恐怖で仕方がない。



「はぁ…はぁ…」



その死体の後ろから脇腹を抱えて痛そうに歩くアルドの姿が。

辛うじて動けるようだが、あの衝撃で骨が何本か骨折したようだ。



「ア…ルド…!!」



蓮は自力で立ち上がり、弱っているアルドへ向かうと腕を肩に回して一緒に歩き出した。

アルドはその身を蓮に預け、ズルズルと片足を引きずりながら弱々しく歩く。



「…レ、ン…置いて、け。逃げ…ろ…。時間…無、い」

「馬鹿野郎!!置いていけるわけねぇだろ!!」



涙を貯めながら怒鳴って返答する蓮。
このままだと危険なのは分かっているが、それよりも出来た友達を見殺しにする方がもっと怖いと思ったのか、何としてでもアルドを救う一心でゆっくりと歩く。

だがアルドの言う通りかもしれない。
蓮が必死になってるため気がついていないようだが、はるか上空で何かが飛翔し、照らす日光を遮って影を生み出す存在に。



_グオオォォォォ!!!

耳をつんざくような鈍く重い音がする。
森の奥から響いたそれは蓮の脳裏に危険信号が発せられ、逃亡を急かしてくる。

だが諦めない。
引きずっててもアルドを救う、その真っ直ぐな意思を持って森からの脱出を目指した。

幸いここは入口付近にあるため遠くはない。
出口である光が漏れ、必死に歩く蓮を迎え入れようと照らしていた。



「あと…もう少しだ…!!頑張れぇ…!!」



小柄の蓮は自分より大きいアルドを引きずり、ただ前へと進む。

そして光が蓮を飲み込み、蓮はその光の中へと…












「嘘…だろ…?」



森から脱出して思わず出した第一声がこれだった。

蓮はあるものを見て絶句し、同時に絶望した。
アルドもまた同じく、息を切らしながらも信じられないものを見るような目でその光景を眺めている。






さっきまでいた城下町に向かって、あのバケモノドラゴンの群れが進軍を開始していた。

数は数え切れず、少なくとも百はゆうに越すその軍勢は目に入った魔物を焼き尽くしながら、ただ多くの人間エサを求めて、空を飛ぶ。

そのバケモノドラゴンが、数えきれない数で押し寄せてくるなど、絶望の他ない。

蓮はただ呆然と棒立ち、アルドは嫌な汗を大量に流し、息を切らしながら空を悠々と飛ぶドラゴンたちを睨み付ける。



「…このまま、街、危、険…!!」

「分かってる!!分かってるけど…こんなのって…!!」



受け入れたくない現実を目の当たりにした蓮は強く拳を握り、自分の無力さを悔やんだ。

恐怖ばかりで動けず、何も出来ない自分を恨んだ。

このままだと人が大量に死んでしまう。
そんなことは分かっているが、蓮には自分の自信が無かった。

数日という短い期間であるものの、あの街ではお世話になったことに変わりない。

出来れば救いたい。
だが体が思うように動かない。

…気がつけば蓮の目から涙が流れていた。
自分の無力さを、悔しさを、お世話になった人々の思いを。

そして、こんな危険な世界に巻き込まれた相棒竜也がひとつになって、蓮の心にのしかかる。

その重さに耐えきれず、蓮は涙を流す。
諦めてはいない、だがこのままどうすればいいのか、悩みに悩み抜く…。



「…馬、車」

「えっ…?」



だが、対してアルドは冷静だった。
何かが来たのを察したのか、近付く影を見つめ、観察していたらあのおじさんが操縦する馬車が猛ダッシュでやってきたのだ。

馬を走らせ、土煙を巻き上げ、これでもかと言わんばかりに走らせる馬車は二人の前まで来ると急ブレーキを掛ける。

勢い余って二人の位置よりかなりズレたが、なんともいいタイミングでやってきた馬車にすぐに乗り込み、再び馬を走らせた。



「お、おいお二人さん!!この騒ぎはなんだい!?」

「わか、らない…。だが…こんな、もの…普通、じゃない…」



馬を走らせる中、上を見渡すと悠々とドラゴンの群れが空を飛ぶ。

行先は全て同じ方向で、その先にはアグザリオ王国を囲う対魔物壁の物体が見える。

明らかに異常事態だが、ドラゴン達はあの国を狙っているのは一目瞭然である。



「アルド…もう少しだ、頑張ってくれ…!!」



涙目になりながらも横に寝かせたアルドの手を握り、励ます蓮。

今はこうする他出来ない。
幸いにもドラゴン達はこちらの存在に気付いていないようだが、街へ帰っても戦うことになるのは同じだろう。

それでも蓮は街へ戻ることを決意した。
今度こそ、今度こそ臆することなくドラゴンと対峙すると、心の中でそう強く決め付ける。











同刻
アグザリオ王国・路地裏



「くそっ!!なんでよりによってここに来るんだよ!!」



人々が逃げゆく中、竜也は頭を抱えていた。
戦う決意こそ出来たものの、その直後に敵であるドラゴンが攻め込んできたのだ。

表はまだ人が逃げ惑っているだけでドラゴンのような生命体は見られないものの、カリンが言うことが本当ならば時間などほとんど残ってないのだろう。

決意はできた。
あとは戦う心の準備だけだ。

竜也の表情が次第に悪くなる。
だがこの時なのだろう、先程カリンが言っていたというものが。



「残念だけど、時間が無いわ。この街を見殺しにしたくなかったら、シグルズを発動させるしかない」



そう、時間が無い。
竜也は英雄など興味はないが、無関係の人が大量に死んでいくその最中を見てもいい気分には慣れない。

だが、それだからといってドラゴンの、しかも大群相手に自分の力が通用するのか、不安だった。



「リューヤ!!」



時間がひとつ、ひとつ、餌を食らおうとゆっくり近付く獣のように過ぎていく。

嫌な汗が滝のように流れ、竜也はギィ…と歯を強く噛み締めた。

もう間もなくドラゴンがやってくる。
攻撃を開始したのなら、この街は火の海となるだろう。

人の断末魔、カリンの叫び声、逃げ惑う人々の足音、敵襲を知らせる鐘の音。

今聞こえる全ての音が竜也の背中を少しづつ押し始めてるように錯覚する。






「…もう…」



両手で強く拳を握り締める。
同時に竜也の背中から赤白い線が出現し、ある形を形成しながら型取り始めた。

それを見たカリンは少し驚いたが、竜也の意志を察したのかクスリと小さく笑った。



「もう…!!」



周囲の空気が竜也に集中する。
背中の真ん中に備わったジェットブーストが具現化し、集中していた空気が一瞬にして周囲を吹き飛ばした。

そして竜也は身を低くして膝を曲げ、飛び立つ体勢に入ると思い切ってつま先から蹴り上げ、空高く向かって駆け出した。

直後、衝撃と風圧が裏路地を覆い、その場にいたカリンは身を屈んで耐えると空へと見上げた。



「もう…!!!!」



いきなり空に人が出てきたことに驚いた人々は一斉に視線を空に向け注目する。

対して竜也はその視線を無視して自分の体周辺に赤白い光の線を形成し、巨大なを纏い始めた。

何も無い空間から脚部、腕部、胴体、頭部、背中がひとつとなって合体し、それに伴って背中から展開された翼も大きさに合わせて巨大化する。

全身黒に輝くそれは大きく。
頭部にはハチマキに似たようなものが伸び。
太く頑丈な胴体とそれに見合った二本の腕と脚。

背中から扇形に展開されたブレード状の翼が広がり、刃の部分がオレンジ色に変色して空気を焦がす。

同時に胴体、脚部、腕部、頭部と縦二本に脈打つようにオレンジ色の輝きが走り、両手には刀身が黒く刃がオレンジ色の大剣と銃口が合体したような刀が二刀流の形で握られていた。

そして右胸にはの文字が浮き出てると胸部中央で回っている熱機関が回転し、さらに熱を加速させる。








『どうにでもなれってんだああぁぁぁーっ!!!』



搭乗した竜也の叫びに応じて刃の部分に炎が走る。

人の目に当たる部分が繋がっており、そこからブゥンと鈍い音がすると鋭くて煌びやかな紅色の光が出現した。

完全に起動した機械兵器のような鎧はそのまま高速で飛行し、迫り来るドラゴン軍団の中へと突っ込んで行った。



「…間違いない」



その様子を地上で眺めていたカリンは笑いながら自分の中で確信する。

そしてボロボロのコートで隠れて見えなかったが、赤色の勾玉という不思議な首飾りを見つめ、握り締める。







「…、見つけたよ。荒ぶる神スサノオの名を冠するシグルズを乗りこなせる竜殺しのドラゴン英雄スレイヤーを…!!」



竜也は二本の刀を構え、背に着いているブースターの火の軌道を残しながら突貫していく。

無我夢中で荒ぶるその姿はまさに荒神、鬼神などと多くの人々は呼び、いつしか人類は黒きこの神をこうと呼んだ。




荒ぶる神スサノオ、と。
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