高校生、異世界の「救世主」になる。

トナミ

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第1章 召喚されちゃった!

第1話 異世界に行く、その前のお話

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「帰れないんです! 帰すことができないんです! ――あなたが世界を救ってくれないと!」

 
「……は?」
 

 本当に意味がわからなくて、かすれた声で聞き返すのが精一杯だった。
 ……は?
 ……はあああ? 何言ってんのこの子!?

 目の前の全身白のローブに身を包んだ女の子は申し訳なさそうに眉を顰《ひそ》めて私から目を逸らしている。
 
 何もかも突然すぎて、理解が追い付かない。
 そもそも私はなんで『ここ』にいるんだっけ?

 
 こうなった原因、きっかけは昼休みだ。
 昼休みに学食に行って、それで――



 ◇◆



「今日もばっちり普通!」

 昼休みが始まったばかりの女子トイレの中、洗面台の前に一人、自己暗示をかけるように鏡に映った自分自身に唱えていた。

「大丈夫、目立ってない」

 傍から見ればこれ以上なく怪しい人物だと思う。一応トイレの個室には誰もいないことは確認済みである。
 髪はきちんと整えて一つ結びにしているし、スカートの長さも膝がしっかり隠れている。
 制服の乱れなし。
 ごく普通の女子高生だ。
 

 準備は万端。
 それじゃあ、行こうか学食戦場へ。



 「優絵ゆえ

 学食へ向かっている途中で呼び止められ、足を止めて振り替えればお馴染みの顔があった。

「良くん」
「部長」

 名前を呼ぶとかぶせるように訂正してくる。

「りょ――」
「部長」

 ぶれないなあ。

「わかりましたよ、石津――石津良輔いしづ りょうすけ部長」

 一学年だけとはいえ、先輩だ。逆らってもいいことない。
 先輩後輩ってよりは幼馴染だし、剣道道場の兄弟子だし、もっと気安い仲だけどね。
 なぜか剣道部の部長に就任してからやたらと先輩風を吹かせてくるので戸惑う。
 道場でも師範の孫だからという理由でちょいちょい横柄なところはあったな、そういえば。

 食堂に急流のようになだれこむ人波の中足を止めていたせいで、目立ってしまっている。
 慌てて廊下の端へと移動すれば、良くんも私の後ろについてきた。
 『こんなところで話しかけてくるなよ』、という気持ちをこめ幼馴染みを見やった。
 私の視線にこめられたものを気づいてはいるのだろう。
 だが、全く気にしていないのはちょっと悔しい。

「で、部長? 何のご用でしょうか?」
「うむ、今日第二体育館が設備工事で使えないんで部活休み。ほらなんか電気つかないとこあったじゃん? だから本日は各自で筋トレと自主練よろ」
「それ、今この場でわざわざ呼び止めて伝える必要ある!?」

 昼休みの席争奪戦は時間との戦い。
 誇張なく死活問題なのに。
 思わず棘のある言葉を漏らせば、良くんはあれんばかりの笑顔で答えてくださった。

「もちろん嫌がらせだ、幼馴染みくん」
「こうかはばつぐんだ! って、もう行くからね!」
「ははは、飢えろ~、飢えろ~」

 まるで呪いのような笑い声を振り払うように食堂へ向かう人の流れに再び紛れ込む。
 競歩のような速度で食堂に滑り込み辺りを見回せば、まだいくつか席は空いている。
 よかった、このぐらいの混雑状況なら全然セーフだ。

 発見した一人分座れそうなスペースへ素早く移動し、空きを確認して座席をキープ。
 食べる場所さえ確保してしまえば何も問題はない。
 やった。良くんの呪いに打ち勝った。

 浮かれ気分を表に出さないように気を付けながら、食券の券売機前に移動する。
 部活が休みだったらそんなにガッツリ食べなくても問題がないか。
 ならば、ここは月見うどん一択だ。
 ただの素うどんに卵が入っているだけ、なのに心が躍る一品。
 ただ部活があるときはエネルギー切れが確実なので、部活が休みでかつ食堂利用と条件が重ならないと食べられない。

 今日は、うどん♪ 月見♪ 月見♪ 月見うどーん♪

 上機嫌で作詞作曲:私/片山優絵、な歌を脳内で歌いながら食券を購入し、麺類受け取り口へと軽やかな足取りで進んだ。
 いつもの無愛想な学食のおばちゃんに食券を渡して待つ。

 ふと、意識したつもりはなかったが、食堂中央に吊り下げられているテレビを見やった。
 食堂は、校内で唯一テレビを見ることができる場所。
 今は見慣れた消臭スプレーのCMが流れている。
 何気なく一瞥して、沸き上がった嫌な予感に背筋がすっと冷たくなった。

 あれ、今日って、何月何日だっけ?
 近くの壁にかかっているカレンダーを見て確認する。
 6月も半ば。もうすでにちょっと暑い。……あれ、今日ってひょっとしたら、ひょっとする……?

 CMが終わって、番組が再開された。
 普通のトーク番組で、ゲストは、中堅所の人気女優。

 カメラに向かって微笑むその顔は、ドラマやバラエティでお茶の間を和ませる高感度の高い女優さんだった。
 知名度は高いから、たいていの人は知っているだろう。
 私にとっては見慣れた顔だ。――ただし、テレビで、ではない。

 顔が引きつっているのを自覚する。
 やばい。今日が出演日だなんてすっかり忘れていた。

 このままダッシュで逃げちゃおうかな、なんて考え始めたら、おばちゃんがタイミングよく月見うどんを持って戻ってきてしまう。

 いつも無愛想な人なのに、今日に限っては目がきらきらしている。
 目は口ほどにものを言うとは言うけれど。

「あの女優さん、あんたのお母さんなんだって?」

 いきなりテレビを指差され言われしまえば、黙って頷くしかない。
 気分が悪くなって、うどんのお椀を乗せたトレーを奪い取るように受け取ると、私は早足でカウンターを離れた。

 幸いなことにキープした席からはテレビが見えない。
 最悪なことにテレビの音はクリアに聞こえる。

『家事はあんまり得意じゃないんです。だから母親の役ってムリじゃないかと知っている人はみんな言うんですよ』
『ちょうど、思春期の娘がいますから、気持ちも行動も共感できるんですよ』

 その女優は、出演しているドラマの役について語っている。

 学食にいる人たちから、好奇の視線がいくつも私に向けられている気がするのは自意識過剰じゃないと思う。
 視線が痛い。助けて!

 あんなに楽しみだった月見うどんの味も、全然わからず必死で食べた。
 早くテレビから逃げたかった。誰でもいいからチャンネル変えてほしい。



 そう、私の母親は人気女優。
 表には出てこないけれど、父はちょっと名の通った脚本家。
 二つ年上の姉は親の存在を隠して地下アイドルをやっている。

 見事なまでに有名人を家族に持つけど、私はただの普通の高校生。
 演技なんてできっこないし、文章だって上手くない。ぶっちゃけ音痴。
 なのに、向けられる目はそんなのお構いなしで、「すごいんでしょ?」と問い掛けてくる。

 実際は何にもすごくない。
 私自身は普通。どっちらかと言えば地味寄り。

 だから目立たないように、見つからないように、気を付けて学校生活を送っているのに!
 お母さんめ、なぜ今日に限って家族アピールしてんの!
 帰ったら抗議してやる!
 
「片山」

 テレビの中の母が、父との馴れ初めを語り始めた。もう限界だ。
 そろそろ撤退だ、と、本格的に逃げる算段をつけはじめた私の向かいの席に、聞き覚えのある声の主が腰を下ろした。

「なんだよ、1人で飯かよ。誘ってくれっていつも言ってんじゃん」

 完全に逃げるタイミングを逃した。
 舌打ちしたい気持ちを抑え小さくため息をつく。
 もちろん目の前の奴には視線すら向けない。

「ご飯ぐらい一人で食べて」

 今の私は結構イライラしている。
 冷たく言い放っても文句言わないでほしい。

「あのさ、俺の気持ち知ってんだろ? お前にとって俺はなんなの?」

 はあ? 気持ち悪いんですけど。
 気持ち、という言葉に含みを持たせるように言って、私の反応を待つそいつ。
 人のことを「お前」呼ばわりする人をどう思うかなんて決まっている。

「ストーカー予備軍」

 まとわりつくのをやめてほしい。どうせ有名人の娘だからとかそういう理由なんでしょ。
 冷たく告げて、私は席を立った。

 うどんの器の乗ったトレーを手に持ち、そいつ――田島《たじま》に背を向ける。
 が、次の瞬間、ぐいっと腕を引っ張られた。

「ちょっと待てって」

 ぞっとした。
 触らないでよ! という気持ちを込めてその手を力いっぱい振り払う。
 
「別に真剣なお付き合じゃなくても、もっと軽い感じでどうよ?」

 なんでこいつに付き合って自分を消費しなければならないのか。
 どう考えても時間の無駄でしかない。

「だって、好きじゃない」
「そんなの――」
「私が田島のことを好きじゃないのもそうだけど、田島も私のこと好きじゃないんだから、絶対無理」

 そのまま田島を一瞥もせずに移動し食器を片付けると、私は逃げるように学食を出て行った。
 真剣でもないお付き合いなんて絶対しない。

 どうせ、私に好意があるわけじゃないんだろうし。
 自分が卑屈すぎるんじゃないかと、どこかでわかっている。
 でも、やっぱり家族と比べれば私自身はたいしたことがない。
 
 田島に掴まれた手首が気持ち悪くて仕方ない。
 手洗い場で洗い流す。別に汚れてないのはわかっているけど。
 掴まれた瞬間を思い出すと寒気がするから、全部洗い流す。
 男子はちょっと苦手。
 触られた瞬間、叫ばなかった自分を褒めてあげたい。我慢できて偉かった。

「やだなー……」

 掴まれたぐらいで、動じないぐらい強くなりたいのに。
 本当に私はたいしたことがない。

 家族と比べてもそうだし、他の誰かと比べても普通だ。
 そもそも、周囲の私に対する期待値が高すぎる気がする。
 実物を知ったらたいがい失望して「たいしたことがない」って思われる。
 失望されるたびに、私は私を嫌いになっていく。

 だから必要以上の期待をかけられるのは嫌い。
 期待に応えられない自分は大嫌いだ。

 誰にも期待されないよう地味に生きたい。
 そうすればもっと楽に生きられる気がする。

 だから鏡の前で自分が普通で地味だって暗示をかけている。
 そうすれば、安心できるから。
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