選定書官リンネと飛べない動物たち

橙と猩々

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飛べない動物と武官

1 アブフィロプルマ   羽毛を持って進化した竜甲類を意味する。 

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            世界は一から四の総和で出来ている。
                      
                     *



 私は空を仰いだ。
 照りつける日差しは容赦なく、こめかみに浮かんだ汗は乾いた空気にたちまち消えていく。
 視界には広大な砂漠と地平線。
 空の青と砂漠の素晴らしいコントラストだ。
 見るものに絶望感を与えないのは、低木や草花も群生しているからかもしれない。
 何らかの生き物が木陰を求めたり、その葉を食べに現れたりしそうである。
 実際に小さな蜂が顔にたかってくるのを手で払った。
 死地という訳ではなさそうだ。

……目の前の遺跡を除いてはね。

 私は日よけのストールを肩へ滑り落とした。
 背の半ばまで伸ばした黒髪が胸へ流れる。その後をぽろぽろと砂が追った。
 仕方ない。この国は全体的に砂っぽいのだ。
 
 目の前の茶色い遺跡を見上げる。
 遺跡?
 そんな立派なものじゃないだろう。風化した防壁はただ積み上がった土にしか見えない。
 一応踏み固めて舗装してある急な階段を登ることにする。
 両脇が競り上がった土塊(門か?)をくぐり、足場の悪い道を進むと眼下に繰り抜いたような遺跡が見えた。方眼のように穴が開いた遺構が続いている。私はかつての防壁の上に立っていたが、崩れて低地へ流れ出している急斜面に手をつけると一気に滑り降りた。乾いたレンガや砂埃が私の後を追う。視界が低くなり、自分が遺構の中に入ったことが分かる。そっと壁を触ると、ひんやりとした感触が伝わる。案外にしっかりしている。土に藁が練り込まれているようだ。足元には土に還る寸前のレンガが散乱していた。

 ただの風化寸前の砦。

 私がここで分かることはそれくらいだ。
 仕事でなければこんな所来るもんか。
 私は髪を掻き上げて、遺跡の下位部分へ向かった。
 ここの発掘調査チームに会うのが仕事だ。
 階段を下っていくと作業員の姿が見えた。土埃に塗れた男の一人が私に気付いて声を掛けて来る。

「もしかして官吏様ですか?首都エナンティオから派遣された?」

 男は、私が本当に文官なのか怪しんでいる。
 目の前にいるのが今年十六になったばかりの小娘だから、この反応は当然だろう。
 私は前を閉めたツイードジャケットの中に手を突っ込むと、乱暴にペンダントトップを引き出して男に見せた。

「エナンティオの書官、リンネです」

 ペンダントは国から発行された証明書のようなものだ。男はすぐに納得する。

「失礼いたしました。チーム長はあちらのグリット…奥に赤い旗が立っているのが分かりますか?あちらに」
 
 私は軽く頷いた。あの方眼の穴をグリットと呼ぶらしい。新しいものには見えなかったが、今回の調査で掘ったのだろうか。

「ここでは試掘調査を?」

 私が聞くと男が頭を振った。

「いいえ。実際は確認調査も含めて十数年前に済んでいる遺構です。今回は古生物調査ですよ。オストロム先生が率いているチームですからね。」

 詳しくは先生に、と言われ私は奥のグリッドへ進んだ。旗まで来ると調査用の細道から飛び降りる。片側は高い土壁に覆われていて、下部には暖炉のような穴が開いていた。人の気配がある。これは、化石マニアのオストロムに違いない。

「オストロム先生?」

 穴を除いて声を掛けた瞬間、中から風が吹き出した。風だけじゃない。大量の砂や埃も一緒だ。私は顔を庇いながら豪快に咽た。髪も新調したばかりのブルーのジャケットもぐしゃぐしゃだ。風は穴から音を立てて吹き荒れ、収まる様子はない。私は右手を軽く翳して、指を開いた。5本の指が太陽の熱を感じる。
 ぼんっ。
 目の前で土壁が爆音を上げる。
 防壁まで届く上部は崩壊し、煙突のように煙と風が吹きあがった。
 作業員が驚いた声を上げているが、大したことはないはずだ。加減はした。風も止まった。
 私は何食わぬ顔で今度こそ穴を覗く。
 すっかり風通しの良くなった土壁の中で、白衣を真っ黒にしたオストロムを見つけた。眼鏡を軽く直すと、深い皺まで日焼けした中年の顔を向けて来る。

「君、4の質火の質だね?この土地が1の性質土の性質だから、5の力か。
 土壁を違う形状に替えて穴をあけるなんてなかなかやるなぁ」
 
 のんびりした声だ。私はブレスレットを摘んで、今更ながら挨拶をする。

「選定書官のリンネです。別に珍しくもないでしょう。ノーニス人間の大多数が4の質火の質ですよ、先生。
 先生こそ、今何を?」

 オストロムはふふんと鼻を鳴らすと、右手の小石を誇らしげに見せつける。

アブフィロプルマ竜甲類の化石だよ。
 恐らく足の部分だ。
 この土壁の中から発掘したんだが、逸る気持ちを抑えられず、つい2の力風の力を使ってクリーニングしてしまったのだ!」

 その言葉を聞いて、状況確認に来た作業員たちがげんなりした。

「先生、クリーニングはハケとキリでお願いしますよ。遺跡がぶっとんじまう」

 よくあることなのだろうか。皆あきれながらも、直ぐに持ち場へ戻っていく。
 古生物学者のオストロムは化石マニア。
 噂くらいは聞いていたが、土壁まで掘り起こす偏狂ぶりだとは。

「それにしても風、ね。
 先生は1の質土の質ですか?」
 
 この遺跡の1の質土の質を足して2の力。それは風を操る力になる。

「珍しいですね」

 私が続けるとオストロムはにやりとする。

「そうだろう、そうだろう。ノーニス人間で1の質は少ない。
 1はアブフィロプルマ龍甲類の性質。すでに彼らは存在しないが、こうして我々に過去の姿を教えてくれる」

 彼は私の右手を掴むと掌にそっと小石を乗せた。道草を食っている場合ではないが、好奇心からじっと見つめてしまう。クリーニングされた表面に、3cm程の茶色い線が入っている。間違いなく化石のようだ。
 爪が付いた、三本の指。
 合わさった指の基点から伸びる膝は細く、一本の棒に見える。
 骨だと分かってはいるが、その細さは頼りなく、ある動物を思い出す。
 翼のあるその動物を思い描いていると、オストロムが口を開いた。

「状態が良いね。体長15cmくらいのアブフィロプルマの化石だ。恐らく一億五千万年くらい前の」
「一億五千万年前?そんなにこの遺跡は古いの?」
「いやいや、出土した壁画や美術品から見て、ここはせいぜい二千年程前のものだよ。ここに化石があるということは、当時の人々が見つけて保管したということだ」

 保管?当時から化石は貴重だったのだろうか?化石の正しい知識があったとも思えないが。思案しているとオストロムが私の掌から化石を摘み上げた。

「二千年前から我々ノーニス人間アブフィロプルマ龍甲類にロマンを感じていたという証拠さ。この種類の化石は周辺の遺跡や岩肌から多数発掘されているから、こいつの名前も分かるよ。イベロメソルニスだ」
「イベロメソルニス?」

 イベロメソルという、ここより少し北に進んだ町の名に似ている。
 砂漠の中にある、国最南の都市だ。

「そうだ。近くの町の名前はこの化石にちなんで付けられたに違いないよ」
「なるほど。大変勉強になりましたが、私はその町へ急ぐ途中でね。
 一体何の用で選定書官を呼んだんですか?」

 私は本題に入ることにする。オストロムは片手で頭を掻くと、空いた手で白衣の中を弄った。

「実は、イベロメソルの役所に書類を届けて貰いたいんだ。提出を急かされていてね」

 白衣の内ポケットから引っ張り出された書類を受け取る。書面に目を通して私は呆れ声を出した。

「埋蔵文化財発掘届?これだけ調査を進めてからの提出ですか?」
「んん、書類仕事は苦手でね。そうだ、これは郵務市局長に渡してくれるかい?更に首都エナンティオへ送って貰いたいんだ」

 私は先ほどの書類とはうって変わって、大事に扱われた封筒を受け取った。指にしっとりと吸い付く上等の紙だ。恋文かと思ったが、裏に書かれたオストロムの名前は恐ろしい程整っていて、甘い雰囲気のものではないと、書官の勘が働く。

「要請にすぐ答えてくれて助かったよ。ここは砂漠の真ん中だし、一月程は誰も来ないと思っていたからね」
「砂漠を横断中にたまたま近くのゲルに泊まっていたというだけです」
「ああ、急ぐんだったか。移動は駱駝らくだかい?」
「いえ、車です」
 
 今日の夜にはイベロメソルに着く、と私が言うとオストロムは肩を竦めた。車を所有している人間は僅かしかいない。バスは普及しているが、一般市民は馬車や馬を使うことが多いだろう。ここでは駱駝か。オストロムはこんな小娘に車かと言いたそうだ。車は軍で支給されたものだと説明しようかと思ったが止めた。最新の自動車は砂漠移動の為に支給されたものだとしても、私には過ぎたものだろう。

「さすが、首都の文官様だ。いや、選定書官だったね」

 彼が思いついたように顎を撫でる。

「君の行使できる力は、ここでは5だ。
 5の質には運が含まれているらしい。
 我々の発掘調査が素晴らしい成功を上げるように、是非、選定書官様の言葉を戴けないかな」
「私に運は操れませんよ」 

 溜息をつきながら否定する。この化石マニアの先生には、忍耐を貫く者は満足という財をなすことができる、と言う言葉を贈ってやろうかと思ったがやめておいた。私達の話を聞いて作業員たちが集まって来たのだ。皆言葉の祝福が見たいようだ。言葉の祝福、それは選定書官のみが行使できる力。
 すっかり群衆に取り囲まれた私は右脇のポケットから小さな手帳を取り出した。
 左手に手触りの良い皮のカバーを乗せ、右手で中身をめくる。
 すぐに指を止めると、私は呼吸を整えた。祭りの歌の一節を詠む。

「 〽 スマラクの中に石があり
    その石には願いがある
    その願いを唱えたら
    いいことが起こるだろう1   」
 
 私の声に呼応するように大地がほのかに光った。
 とたんに歓喜の声が上がる。
 私が贈った言葉を1の性質のこの遺跡が受け取ったのだ。
 私達選定書官は、時折発掘される古書や歌の言葉をこうして与えることが出来る。一度贈った言葉は永遠に失われるが、贈られたには力になるのだ。力を得たからと言って、この遺跡から大物が発掘されるとは限らないが。
 ぱちんと手帳を閉じると乱暴にポケットへ押し込んだ。オストロムがのんびりと顎を撫でながら近寄って来る。

「スマラクか。しばらく食べてないな。次の祭りには家に帰れるように頑張るかなあ」

 スマラクとは祭りの時に町中で振舞う小麦で作ったジャム状の甘い食べ物だ。発芽した小麦をペースト状になるまで煮詰めて作る。祭りや故郷を思い出したのか、皆朗らかな顔をしていた。
 私の仕事はようやく終わった。遺跡を辞そうとして、気になっていた事を口にする。

「それはそうと、オストロム先生。貴方はどうして発掘調査で白衣を着ているんですか?
 汚れるでしょう」

 オストロムが再び頭を掻いた。

「君こそ。その小奇麗な恰好、ランウェイでも歩くのかい?直ぐにでも首都エナンティオのコレクションに参加できそうだ」
「……ここに来る予定じゃなかったからだ」
 
 返答に困るのは私だった。砂漠のど真ん中で、一番浮いているのは間違いなく私だ。有名ブランドの新作一式を着込んでいる。訳があって新調したものだが、上手い説明は出来そうにない。オストロムは先ほどから良からぬ想像をしているのかニヤニヤしている。

「イベロメソルに恋人がいるんだろう」

 やっぱり。下世話なネタで揶揄うつもりだ。
 ふと、顔を照り付ける日差しが気になった。
 ここで狼狽えるぐらい初心な娘であったら。
 めかし込んで会いに行くような相手が待っているなら。
 私は顔を俯けた。 

「私にもスマラクの中に願いの石が入っているように祈ってくれないか、先生。
 イベロメソルで恋人に会う。
 殺し合うために」

 そう不敵に嗤った顔には影が差しているだろう。
 オストロムは目を瞠ったが、直ぐに礼――右手の拳を心臓の上に置く姿勢で目を瞑る態勢――を執った。

「エナンティオの選定書官様におかれましては、アブフィロプルマのご加護があらんことを」
 
 貴方にも、と形通りに答えて私は踵を返した。
 湿気を含んで膨れ上がった砂地は、踏む度に音を立てて崩れていく。
 小気味の良いその音は妙に私を急かした。
 
 早く会わなければ。
 彼女に。



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                 参考文献
1.  斎藤 完 2016 ウズベキスタン共和国におけるユネスコ無形文化財・ナウルーズの実践―国家主催によるナウルーズの祭典― (未公刊) 

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