選定書官リンネと飛べない動物たち

橙と猩々

文字の大きさ
12 / 20
飛べない動物と武官

5 1と4、2と3の和 ①

しおりを挟む
―――私は世界の中心ではなくそこまである程度離れていることは分かっているが、私とあなたの距離を考えた場合それは無にも等しい。

 ウィラビィがふと呟いた。

『なあに、それは恒星と惑星のこと?』

 私がそう言うと、彼女の唇が綺麗な弧を描いた。

『貴女の手帳にはロマンティックな言葉はないのね』

 夜着のまま近づいてくるとベッドに横になったままの私の瞼に軽いキスを落す。そして、端正な顔立ちのわりに柔らかい表情で私を見下ろしていた。私は彼女を引き寄せようと手を伸ばす。

「ウィラビィ…」

 伸ばした指がシーツを掴んだ。隣には当然だが誰もいない。私は半身を起こすと頭を振った。夢だ。いや、あれは過去の出来事だったかもしれない。胸がじんわりと温かい。早速夢に見るなんてらしくないじゃないか。彼女とはたった数か月の付き合いだった。傷つくほどの事でもない筈だし、裏切りには断罪を与えるだけだ。私は手早く身支度を済ませるとイベロメソル郵務市局へ向かった。
 
 かつて飛脚を組織的に活用していたのは商人たちだった。彼らは町から町へ商品を運んでいく。ついでに手紙や書簡を運んでいくようになると、それがまた商売に発展した。都市間での飛脚の活動が活発になり、集荷店舗には回収が一日に六度も来ることあったらしい。そこに目をつけたのがエナンティオの軍部だった。まだ、この地方に小さな国が乱立していたころの話だ。国内外の戦争が激化する中、彼らは飛脚組織を買い上げて物資や伝令配達、書簡の検閲に用いた。エナンティオが勢力を拡大していき、小国が自治都市や統治都市として統合されると、国が郵便組織として運営を行うことになる。現在は郵務局として設立され、都市間の郵便や公文書のやりとりを担当している。文化庁の下部組織として置かれ、長官直轄の選定書簡局に身を置く私と同列組織でもある。その為か、年配である目の前の中年の男は私に対して随分と横柄な態度を取った。

「私は迅速に書類を届けて欲しいと依頼したはずだったんだがね」

 椅子の上で盛大に膨れた腹を逸らした男――ここの市局長が私をじろりと睨む。私は十代半ばでやっと身に着けた処世術とやらを発揮することにする。

「お待たせして申し訳ない。任務が重なったものですから」
「ふん。めかし込んで昼過ぎにやってくるのは、最近の若者の礼儀なのかね?それとも長官の庇護を受ける身としては当然だと?」

 ねちっこい言い回しに溜息が漏れそうになるのを必死に堪える。確かこの男は、昔、選定書簡局に身を置いていたはずだ。ただし家柄のみの採用で、乏しい才能では選定書官として功績を残せるはずもなく、そうそうにこちらに天下った御仁ではなかったかな。長官の庇護を受けることも出来なかった身でよくも言えたものだ。私は苦笑を噛み殺してオストロムから預かった発掘調査依頼書を机に滑り込ませた。それにしても、この男の名前は何だったかな。

「あの偏狂学者は何をやっている。今更こんなものを役所へ届ける身になってみろ。
 また嫌味を言われるぞ。そもそも奴らの使い走りみたいなことをなぜわしがやらねばならないのだ」

 それをしたのは私ですよ、とは言わずもう一つの封書を差し出す。

「こちらは長官宛てです」

 支局長はちらりとそれも見やっただけで、煙草に火をつけた。

「…それは君が直接長官に渡せば良い」

 彼は煙を吐き出すと同時につまらなそうに言った。私は首を傾げる。

「私はこの町に暫く滞在する予定です。急いでエナンティオへ郵送して頂いたほうが宜しいのでは?」
「いや、その必要はない。フェドゥーシア文化庁長官は今この町にいらっしゃるのだ。
 夕刻にお時間を頂けるそうだから、ご報告に上がりたまえ」

 続けて長官が滞在するホテル名を知らせると、彼は早々に私を追い出した。
 私は手にしたままの手紙を再び眺める。それは恋文のようでとても長官に提出するような代物には見えなかった。偽装するほど重要なものなのだろうか?普段は書官だからと言って、帯同する公文書の中身を詮索することはない。今だって大して興味があるわけではないが、あの男に直接関わることになると話は別だ。これは最悪に面倒くさい案件に違いなかった。私は狡猾に笑う上官の顔を思い出しながら、上着のポケットに手紙を押し込む。その指が、かり、と硬質なものをひっかいた。

 背高い正面玄関の門を潜って表の通りに出た。この地方独特の上部がしずく型に繰り抜かれた門は複雑な彫刻が施され、更に幾何学模様を彫り込んだ青いタイルがはめ込まれている。郵務局も歴史的な建築物のひとつのようだった。そこを一歩出ると、すぐに高さがまちまちな煉瓦の通りになる。郷愁的なこの町の全て――道、家、壁、を作る物がこの古めかしい日干し煉瓦だ。住民自らがこしらえるそれらが道の隅で積み上がっている光景を良く目にする。郵務局の目の前でさえ、煉瓦が散乱していた。その周りに数人の子供たちが集まっている。

「〽 ひとつのたまごはりゅうこうるい
   にわのにわとりこけこっこー
   さんはさみしいさばくがめ
   よんはよくばりおじいさん 」
 
 子供たちが楽しそうに歌う。覚えやすい節の付いたこの歌は、数字と生物を覚える為に良く歌われる。子供たちの間では生物を替えながら歌っていく一種のゲームとして広まっている。彼らに近づいてその輪の中心を見ると茶色いアベメタタリアがいた。硬い甲羅と伸びたり引っ込んだりする首を持った生き物、

「砂漠の亀か」

 私が上から覗き込むと子供達がわっ、と一斉に話だす。この町の子供達は多く訪れる観光客に慣れているのか人懐こい。

「マルガメだよ」
「砂漠と同じ色なの」
「砂の中に隠れているんだよ」
 
 子供達が口々に教えてくる。
 擬態と言う言葉はさすがに知らないようだが。
 少年という年にも満たない子供が立ち上がって私の腕を掴む。

「お姉ちゃんは飛ばないアヴァイラ?」

 子供は見上げながらそんなことを言った。
 飛ばないアヴァイラとは?
 そもそも私は見ての通りのノーニス人間でアヴァイラではない。
 そう言おうとして、はた、と思いつく。

「飛ばないアヴァイラ?旅人のことか?
 この町のノーニス人間は言葉遊びが好きだな」

 子供達が嬉しそうに笑うところへ私は軽く溜息を吐いて苦笑する。そして、上着のポケットから個包装のキャンディー――郵務局の待合からくすねたもの、を出すと子供達に配った。

「ところで、最近この町に来たを知らない?金髪で背の高い美人だ」

 喜んで菓子を受け取った子供たちが首を傾げる。最初に口を開いたのは私の腕を掴んだ男児だ。

「金髪の女の人なんてこの町にたくさん来るけど」
「そうだよね」

 子供達が口々に同意する。

「…でも、金髪で綺麗なお姉ちゃんなら知っているよね」
「でも小さいよね」
「チビ」
「…そう言ったらお姉ちゃん怒るけどね」

 可愛らしい高い声が通りに広がる。少子化の一途を辿る他市に比べると、この町は子供が多いようだ。子供の扱い方など分からない私は脱線した話を元に戻すことを諦めて、じゃあね、と声を掛けてその場を離れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた

しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。 すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。 早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。 この案に王太子の返事は?   王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

処理中です...