選定書官リンネと飛べない動物たち

橙と猩々

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飛べない動物と武官

6 2と4、3と3の和 ②

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 私は彼の細面を慎重に見る。
 彼――フェドゥーシアは優秀な選定書官でもある。実践的に古文書の力を使う第一部に所属していた頃の武勇伝は数知れず。頭脳と力に秀でた彼の功績は国内外に知れ渡っている。当然の如く文化庁長官の座に付く彼ならば、私の書物を没収することは造作もないことで本来ならば貴重なそれは彼の手元にあるべきだった。

「あの書のが分かるのは君だけだからね」
 
 しかし彼は感情を読み取らせない整った顔に微笑を浮かべるだけだ。
「私は、本当に知りたいんだけなんだ。
 ……もしこの世界に理というものがあるのならね。
 ところで、私のような勉強熱心な男にお使いを頼まれたんだろう?」
 
 そう言われてオストロムの浅黒い顔を思い出す。上着から手紙を取り出して彼に手渡した。

「君はこの手紙に何が書かれているのか気にならないのかい?」

 すぐさま開封されて、印璽が施された封蝋が崩れていくのを何となく見ていると声が掛かった。手紙の内容だって?全く興味はない。それよりも早く退出を命じて欲しいのだ、とは言えず無表情を決め込んだ私の顔を上目遣いに見た彼は、何を思ったのか白い紙を渡してきた。
 読め、と言うことか。
 私は諦めて一枚きりの手紙に目を通した。
 
・C10H15N・HCI
・Iberomesornis

「……?」
 
 時間は掛からなかった。書かれてあるのはたった二行。
 一行目は興奮剤として出回っている薬物の事だろう。二行目は―――イベロメソルニス。
 小さく呟いたのを、フェドゥーシアは見逃さなかった。

「最近その名前を聞いた?」
「オストロム氏から……この町のイベロメソルという町の名はイベロメソルニスと言う小さなアブフィロプルマ竜甲類からとられた名だと――その化石も見せて頂きました」

 私がそう言うと途端に、フェドゥーシアが破顔する。あの化石マニアめ、と噴き出す顔は珍しく温かみがあった。彼らは親しい仲なのかもしれない。

「彼にはとあるものの成分分析を依頼していたんだよ。それが結果なわけだが……
 やっぱりアブフィロプルマが使われていたかぁ。
 1の性質は侮れないな」

 相変わらずの口調だが、その瞳はもとの冷えた色に戻っていた。

「黒のノーニス、君にはこれが何だか分かる?」
「……一行目の化学式は見たことがあります。戦時中に兵士に配られていた興奮剤のものかと」
「その通り。さすが、一部で突出した選定書官だ。この薬は――気分が高揚するとか、夜間に目が冴えるとかで製造されたんだが、まあ周知の通りひどい副作用と依存性で廃人を山のように作りだしてね。今は製造が禁止された……はずの薬が巷で出回っているのは知っているね?中毒性が高いから戦後も薬を求める者が後を絶たない。ところが最近ルート不明の類似品の存在が報告されてね、我々も手に入れてみたんだよ。どうやら効果も副作用も全く違っているらしい。出所の不明のこの薬をH・Iとでも呼ぼうか。
 成分解析の結果、H・Iから従来の成分が検出されて、てっきりかさを増す為に何か混ぜ物をした為の変容だと思ったんだが……妙に1の性質を帯びているということで、オストロムに白羽の矢が立ったんだ。奴は1の質だし、1と言えばアブフィロプルマ。彼が調べた結果の報告がそれだ」
「しかし、イベロメソルニスとは……」

 アブフィロプルマは絶滅しているのに?私は眉を顰める。フェドゥーシアが横目で私を見やった。口元だけを笑わせる。

「化石だよ」
「まさか…」
「いや、最近の研究でアブフィロプルマの化石に1の質が残留していることが報告されているよ。勿論、その事もH・Iの事も極秘事項だからくれぐれも気を付けてくれたまえ」

 その言葉にげんなりとする。極秘事項の内容をこんなに容易く聞きたくはない。やはり顔を突っ込むべきではなかったのだ。単純であったはずの配達仕事が面倒な案件に変ろうとしていた。
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