丁度いい女

アキヨシ

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結婚退職しませんよ

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 そんなこんなで明けた翌日。

「会長! お嬢さんが結婚退職するって本当ですか!?」

 わたしの上司、経理のボスがお父さんに殴り込み……げふん、怒鳴り込んた。
 逞しい“おっかさん”タイプのボスは、育児が落ち着いた後の再雇用組。ちょっとやそっとじゃ動じないんだけどね。

「――退職はしないぞ。でもなぁ、この際だから後輩に譲ってもいいんじゃないか、ミリー」

 ボスの圧に仰け反りつつ、いつまでも職場に居座る娘を心配している風な発言をするお父さん。
 何だか傷つくわー。

「とんでもない! あの使えない新人、伝票見るより手鏡で自分を見ている方が長いんですよ!
 何度教えても覚えない! 計算は間違う! 書き込む数字は平気で桁を間違う!!
 アレを経理に据えたら商会が破産しますよ!!」

 あ、ボスが言ってくれたわ。
 でもわたしだって、あの子は使えないって、同じような事をお父さんには伝えてたんだけどなー。

「そうよ。いくら親戚に頼まれたからって、仕事を覚える気がない人間をいつまで置いておくの!?
 彼女は仕事をしに来たんじゃなく、婚活しに来たのよ!」

 ついでにわたしも今までの不満をぶつけてみた。

 新人ちゃんはお父さんの従兄弟の娘さんで、かれこれ半年経つけど、店頭で接客やらせたら代金とお釣りを間違うし、裏方で来客対応させたら若いお金持ち風な男性にお茶を渡しながら媚び売ってるし、倉庫管理に回したら『荷物が重くて持てなぁい』と若い従業員に摺り寄るしで、経理に回って来たんだけどボスの発言通り使えねー。

 アレをわたしの代わりに据えるってか!?
 わたしの評価ってあの子程度!? 泣くぞ!

「ああ、お嬢さん。だから他の商会で働いた方が良かったんですよ。
 会長の娘だから大した仕事をせず、甘やかされていると色眼鏡で見る奴らもいますからね」

 会長補佐で番頭、歴戦のツワモノな風格を出しているゲイリーさんが今更な事を言い出した。
 大した仕事をしていない娘がいる経理なんて、誰でも代われる程度――なんて思っている奴がいるらしい。

 ム カ つ く !!

 本店から支店の決済を一手に引き受けているのは、わたしとボスだぞ!
 
「酷いゲイリーさん! わたしが学院卒業した時、経理担当者が結婚退職したから、経済科出だからって、次の人が決まるまでとりあえず働いて欲しいって言ったのゲイリーさんじゃない!」

 ツワモノが視線を泳がせた。どうやら思い出したらしい。

「あー、あの時は短期間のつもりでおまえに頼ったんだがなぁ。
 いつまでたっても経理に人が居つかず、なし崩し的に……もう七年目か……」

 お父さんが大きな溜め息を吐く。
 ボスとわたしの仲も七年だ。
 ボスの厳しい指導と、捌いても捌いても終わらない仕事に、皆挫けて脱落していったのよね。
 で、残ったのがわたし。

「とにかく、わたしの仕事に不満があるなら今すぐにでも辞めます!
 そうじゃなければ結婚して妊娠するまで続けますよ!」

 お父さんというよりゲイリーさんに宣言する。
 ボスはわたしの味方だと分かったし。

「新たな経理担当の求人を出す。商会内でも異動希望者を募ろう。
 それまではミリーに働いてもらう」

 商会長の顔で言った側から、“お父さん”の顔で眉尻を下げる。

「でもな、ミリー。おまえの嫁入り先は伯爵家だ。貴族の付き合いや生活スタイルがある。
 いくらマシューが働いていてもいいと言っても限度があるぞ。線引きは必要だ」

 そうなのだ。分かってはいるつもりで分かっていなかった。

 年始の舞踏会までに、時間を作ってはお母さんに貴婦人の立ち居振る舞いを見直され、更にダンスの特訓も加わった。
 おかげで睡眠不足でふらふらに。
 ドレスの為にダイエットしなきゃ、と思ってたのに自然と痩せたわ。
 ラッキー。なーんて余裕はない。

「無理しているよね。目の下の隈が酷いよミリーちゃん」

 時々陣中見舞いにマシューがやって来るんだけど、ちょっと話しているうちにわたしは居眠りしちゃう有様で。
 この前は膝枕されていたわぁ。あああ。

 もう誰が見ても大丈夫ではない状態なので、「頑張る!」とだけ答えている。
 お披露目を兼ねた王宮舞踏会まで、あとちょっと。


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