Au Soleil(オ・ソレイユ) ~太陽に向かって~

夏瀬檸檬

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第2話 鞠と香月燎

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「今日から、このクラスの副担任として音楽講師をやらせていただくリッド・アジャーニと言います。よろしくお願いします。」
リッド先生はいつも通り挨拶した。
今日は日差しが強く、リッド先生の金髪が一層輝いて見えた。
一時限目が始まる前の10分放課が始まると、お嬢様方以外みんなリッド先生に飛びついた。
「お嬢様方は、あまり興味がないみたいね。」
私がそう麗華に話しかけると麗華はクスッと笑った。
「だって、私を含めたお嬢様方はこのようなどんなに素敵な方が現れても、恋愛に発展しても、結婚を許されはしないのよ。婚約者がいずれ出てきてしまうのだから。」
「悲しいね…」
「え?あら、そんなに悲しくはないわ。それが私の人生なんだもの。不満はないわ。家族の為だもの。これがお嬢様方である私たちの努めよ。」
悲しくないなんて…すごいなぁ。
お嬢様方は、性格がいい人が多い。優しくて、上品で庶民の私たちとも話をしてくれる。麗華もその一人。
そりゃあ、お嬢様方の中には、絶対庶民と仲良くしない人もいるけれど、それは少数派。
麗華だって普通の恋愛がしたいのかなと思っていたけれど、麗華も麗華でいろいろ考えてるのね。ちょっと尊敬しちゃった。

「龍翔麗華…ね。」
リッドは鞠を見ながら小さい声でぼそりと言った。


『龍翔 麗華。
世界でも有数の貿易会社の御息女。
美人で、スタイルもいい。性格も優しく品がある。
誰とでも仲良くできるが気を許しているのは鞠にだけ。鞠もその気持ちを大切にしている。家族思いで妹である麗奈の事を特に大切にしている。』
「へえ。」
リッドは、塾の前に一度家に帰り龍翔麗華の資料を見ながら一息ついた。
「龍翔 麗華という人物は、鞠の闇にあまり関係なさそうですね。」
そう言って資料の次のページをめくった。
次のページの文を見た時、リッドは少し体が静止した。
『妹を大切にしている理由は、2年前のあの件が関係している。』
「秘密…ね。調べてみますか。」


「リッド先生。やっぱりすごい人気でしたね。」
トゥールでの集団授業の時一人の生徒が言った。
「え?そんなことないですよ。」
「トゥールに来てない子も来てる子もみーんな先生の虜だったよ。」
また一人の生徒が言った。
「ありがとうございます。でも、そんなことないんですよ。」
みんなが授業中にたのしそうに話している中私は静かにノートを取っていた。なんか、今日は少し疲れてしまった。リッド先生が学園に入って、麗華の想いを知って、今日は盛りだくさんの1日だったし、それに、今日は、お母さんが残業で家に帰ってくるのは、23時を回ってからだ。
毎日頑張ってトゥールや学園に行けていたのは、帰って来た時、お母さんが楽しそうな顔をしてご飯を作って待っていてくれたからなんだ。今日は、夜ご飯はトゥールで済ませようと思っていたけれど、あんまり食べる気しない…。私って本当にめんどくさいやつだな。
リーン リーン
二限目終了の鐘がなった。
トゥールでの休み時間は、15分。
一コマ1時間で、それを私は2コマやる。
トゥールは、学園の近くにあるため早めの時間の4時55分に始まって、7時終わる。
夕食を食べる子もいるのでその場合は、隣のカフェで食べてもいいことになっている。
今から夕食の時間だけど、私は、外の花壇で「はぁ。」ため息をついた。
「ため息をつくと幸せが逃げてしまいますよ。」
後ろから聞こえた声に振り向いた。
「リッド先生。」
リッド先生は、私の言葉にニコッと笑った。
「そうですよね…。昨日麗華にそう言ったはずだったのに。」
「…夕食は食べないのですか?他の人たちはカフェに行きましたよ。」
「今日は要りません。」
私のその言葉に反応したように、リッド先生は考え込んで、いきなり言葉を発した。
「…もしや、今日は、お母様のおかえりが遅いのでは?」
「な、なんでそのこと…」
「受験生の時も同じようなことが2、3回あったではないですか。そうなんですね。鞠。」
「お母さんが帰ってこないだけでこうやって悲しくなるのは子供っぽいですよね…。」
私が花壇の近くの階段に座り込むとリッド先生も座り込んだ。そう言ってクスッと笑って私の頭を撫でた。
「そんなことありませんよ。それほどあなたの心は繊細だってことです。恥じることはありません。顔を上げなさい。」
「めんどくさい生徒でごめんなさい。」
なんで、私っていつもこう悲観的なんだろう…もーやだ…
やばい…。涙出てきた。
そう思って顔を上げてももう遅かった。
ポロポロ涙はこぼれ落ちた。
やだ。こんな女うざいよ…。いきなり泣いて、悲観的になる生徒なんてリッド先生にとっては邪魔で仕方ない、、
本当にもうやだよ…
「私…今日はもう帰ります…。」
私は階段から立ち上がってリッド先生を見ずに歩き出そうとした。
「如何したんです。鞠。」
「…これ以上いると先生迷惑でしょう…。」
「迷惑…自分からいろいろと身を引くようになったのは、お父様が原因ですか。」
私はその言葉と同時に振り返った。
「何故そのことを?!」
「…すみません。口が滑りました。忘れて下さい。」
「忘れろって…。一体何故そのことを知っているのですか?!誰から聞いたのですか?!答えてください!リッド先生!」
リッド先生は、少し下を見て真剣な顔をして私を見た。
「長くなります。それでも良いですか?」
「勿論です。」


私と先生は、応接室を貸してもらうことになった。
真剣な話だから、気にすることはない。と先生は言った。
「……教えてくれたのは、君のお母様です。」
「…え?」
「君のお母様は、私に言いました。鞠はかわいそうな子なんです。と。」
「かわいそう?」
「受験という大切な時期に父親を失った。たった一人の肉親であるお母様も長くはそばにいられない。一人で抱え込んでしまう子だから。どうか、よく見ていてほしい…と。」
「だからですか。」
「え?」
「私をよく気にかけてくれたのは…。学園に来てまで私の母の言葉に答えたいですか?本当に…大人って読めない。どこまでが本当なのかわからない。もう信じられないよ…。」
「…鞠。それは違います。決して、お母様からの言葉を守るのが全てではありません。」
「じゃあ、学園やトゥールから褒められたいからですか?だから、そういう行動しかしないんですか?みんなに認められたいから、みんなに優しくするんですか。」
「鞠…それは、違います。」
「何が違うんですか…人として、先生として、私という生徒を守って、他の人からの評価を得たいだけでは…」
「鞠」
「大人なんて本当、信じちゃダメな人ばっかり。」
「鞠!」
リッド先生の怒ったような強い声を聞いたのはこれが二回目。
その言葉に私はびくっとして、先生と目を合わせるのをやめた。
「鞠…人として、先生として、生徒を守るのは当然のことじゃないのですか。」
「…」
「そして、私には評価を得て得することなど何もありません。元々評価があるからです。というより、権力があるからといったほうが正しいでしょうか。」
権力?私は意味がわからないので、何も言葉を発せなかった。
先生に権力?確かに先生は、フランス人でお金持ちだ。
でも、それが如何して権力と関係する?
「…如何いうこと…ですか。」
「今は言えません。言ったら、鞠は私から離れていくでしょう。」
「…え?」
「取り敢えず、今日はもう個人授業は、やめましょう。今日は家に帰ってゆっくり体を休めなさい。きっと、今の鞠には冷静に物事を考えることはできない。送ります。」
「結構です。一人で帰ります。」
「そうですか。では、気をつけて。」
私だけじゃなく、リッド先生も冷静じゃないでしょう。
そんな風に思ったけど、口には出さなかった。
私は、鞄からスマホを取り出して麗華の連絡先を見た。
通話ボタンを押してスマホを耳に当てる。
「麗華…今もしかして習い事中かなぁ…」
『もしもし?鞠?どうかしたの?』
「麗華。今大丈夫?」
『ええ。平気よ。先程、お琴が終わったばかりでこの後はもう何もないわ。どんな話でも聞くわよ。』
「…」
『鞠?』
「嫌なお願いしてもいい?」
『いいわよ。だって、親友でしょう?』
親友…そうだ。
麗華は、私の親友。
誰よりも信頼している麗華。麗華が親友なんだ。
「…今日、麗華の家に泊まっちゃダメかな…」
『え?』
「厚かましいと思うけど…お願い。今日は家に帰れない…」
『いいに決まってるわよ。親友でしょう。迎えに行くわ。今どこ?』
「今…トゥールの門の前だよ…」
『わかったわ。行くから待っててね。塩谷、次の角で右折して、トゥールに向かってちょうだい。じゃあ、一旦切るね。』
「うん。ありがとう。」
塩谷さん…
今もずっとこれからも、運転手さんは、塩谷さんなのね。
塩谷 慎さん。25歳。
麗華の車のお迎えはいつも塩谷さんだ。
若くて、優しい。いつも黒のスーツを着ている。
中一の時麗華に知り合って、遊んだりする時は、いつも麗華の車でだった。運転はいつも塩谷さん。
私と麗華がお昼を食べるためにファミレスに入った時も、外で不審者がいないか見張っていた。別の意味ではSPだ。
お金持ちのお嬢様だもんね。麗華は。
いつ誘拐されてもおかしくないし。
その点私は、何も起こらない。普通の普通の中の普通の平凡な家で育ったから。
中学受験はもともとするつもりだった。
だけど…フルールは如何しても受けたかった。
フルールに入りたかった。
フルールは名門のお嬢様学校。それに、頭のいい人しか入れない。学費も高い。
それでも、受けたかったのは、リッド先生がいたから。トゥールの見学の時初めて先生を見た。見た目だけじゃない。なんでも一生懸命なリッド先生がいたから。だから、入りたかったんだ。でも、いまは、何がなんだかもうわからない。
私の前に影が入って、センチュリーが止まった。皇室でも使われることがあるというほどの高級車のことだ。
「鞠。」
その車の中から、麗華がでてきた。
「麗華様。これを。」
塩谷さんが麗華に羽織りものをかけた。
もう4月といえど夜は冷える。
「鞠。車に乗って。外は冷えるもの。家に着いてから話しましょう。」
「ありがとう。」
塩谷さんは、私にも羽織りものをかけてくれた。
執事みたい…。

「無事帰れそうですね…」
リッドは、センチュリーに乗る鞠を見送ってからトゥールに戻っていった。


麗華の家に着くと、まず驚いたのは車の数だった。
ずらりと高級車が並べられていて、綺麗な車庫だった。
「すごい数の車なのね。」
「そう?でも、ここは、本宅だから、確かに少し多いかもしれないわ。」
「本宅?別宅もあるの?」
「え?ええ。でも、2つよ。フランスとアメリカ。」
「フランス…」
次に驚いたのは敷地の広さと家の大きさ。
大きさなんて、みんなが思うお屋敷みたいなくらい大きかった。
敷地なんて、歩き回ったらダイエットができちゃいそう…。
「鞠様。あんまり、キョロキョロしていると転びますよ。」
「塩谷さん。私のこと覚えていたのですね。」
「もちろんですよ。一年生の頃よく麗華様と遊んでおられたではありませんか。麗華様の口からもよく鞠様の名前が出ますよ。」 
「麗華の口から?」
「はい。」
嬉しい。こんなに嬉しいことはない。
家でも、私のことは忘れないでいてくれてるのね。
「お嬢様。その方は?」
女の人が私の顔を少し見てから麗華に聞いた。
「私のお友達、親友よ。ばあや。」
ば、ばあや?!
小説の中の言い方みたい…
「あ、池本鞠と言います。学園では、麗華にお世話になってます。」
麗華は
「礼儀の正しい子でしょ。」
と言って自慢げに笑った。
「体が冷え切っているから、温かい飲み物を用意してちょうだい。塩谷はもう行っていいわ。あとで、何かあったら呼ぶと思うけど…。鞠。私の部屋に行きましょう。聞きたいことが山ほどあるわ。」
「あ、うん、麗華のお母さんは?」
「フランスにいるわ。」
「お父さんは?」
「アメリカ。政略結婚だったから、お父様もお母様も離れていても不安じゃないみたい。私のことだって心配してくれたことないし。」
「そ、そうなんだ。」
「やだわ。そんなに深刻な話じゃないのよ。ただ、普通の家庭だったら、こんなことなかったのかな。なんて。思ったりするだけよ。」
「…そう。」


「今日はどうしたの?鞠。」
麗華は、部屋に着くと椅子を2つ用意して、座らせた。私は、俯きながら、静かに話し出した。
涙も出た。苦しくてしゃべる途中何度も行き詰まったけど、静かに麗華は最後まで聞いてくれた。
途中、塩谷さんも部屋に入ってきて一緒に話を聞いてくれた。
「…そんなことがあったのね。」
「…うん。私、先生の優しさは心の中から出てきているものだと思ってた。でも、それは違っていて、そういうものとは違っているんだと思ったらもう止まらなくなってて…。」
「…あの、私の意見を聞いてもらってもいいでしょうか。」
そう言って静かに聞いてきたのは塩谷さんだった。
「塩谷?」
「塩谷さん…?」
「リッド先生…という方がどういう方かは私も知りません。ですが、彼の優しさは彼の心から滲み出ているものだと思いますよ。彼は、本当の紳士だと思います。」
「それは、どういうこと?」
「どういうことですか?」
塩谷さんは少し黙ってから話し出した。
「……私は、麗華お嬢様そして、麗華お嬢様の親友である鞠様をお守りするという使命がございます。ですから、人より周りを見て観察する洞察力というものが備わっています。トゥールに迎えに行った時、リッド先生と思われる金髪の青い瞳をした男性が門の少し遠く、トゥールの扉の前です。そこからじっと鞠様を見ていました。彼は、鞠様が車に乗って帰るところまでずっと見守っていました。。車のミラーを見ても、道の角を曲がるまで、彼はずっとそこから見守っていたんです。」
「…それは…」
「彼は、個人的に、性格からか、鞠様を心配なさっていると思います。」
「心配…私を?」
「鞠様。あなたは人に頼ることを得意としないようですね。一度、先生に頼ってみてはいかがですか?」
「頼る?」
「はい。心配してくれる先生という人がいるのなら、その先生にたくさん心配してもらえということです。麗華お嬢様も心配なさってますよ。もちろん、私も。」
「…で、でも、お母さんは…」
「お母様は心配して先生にお願いしたんでしょ?なら、何も心配することないのよ。」
「…お母さんの中でいちばん大切なのは、お父さんだもん…。」
「え?」
「あ、ごめん…何でもないよ。」
馬鹿みたい。
お父さんはもういないじゃん。きっと、これからも戻ってこないのに。待ってても無駄ってわかっても、やっぱり単身赴任だと思っていたい。お父さんは単身赴任だって自分に言い聞かせても、この歳になるとちょっと無理がある。
私がいなければ、お父さんとお母さんはいつまでも仲良くやれていたのかな。
リッド先生も私がいなければ普通にトゥールだけで働いていたかもしれない。
みんな、私が不幸にしてるのかな。
私がいなければ…私がいなければ…
「…私がいなければ…」
「…鞠。」
「…鞠様。」
私本当にここにいていいのかな。
結果的に私がいるからいけないんだよね。
なら、いなくなればいいんじゃん?
私がいなくなったらすべてがうまくいくかもよ?
私の頭の中でいろんな言葉が交わされる…。
私がいなくなれば?
消えちゃえばいいんじゃない?
うまくいくよ。きっと。私がいなければ。
やだ…頭の中の言葉が本当のような気がしてきて…
涙が止まらなくなってた。
私の頭の中は、自分で支配してるくせに規制できない。
怖いんだよ。私が必要とされなくなったその時が…
今はまだいいほうだけど…
『鞠がいるからお父さん何もうまくいかないんだよ。』
『鞠がいるから…お父さん出て行っちゃった…』
あ、あぁ。やめて。これ以上思い出させないで。
忘れさせて。思い出したくない。苦しむのは嫌だ。やだ。6年生の頃の二の舞には…なりたくない…。
重い人間にはなりたくない…。
そう思いながら、私の手はどんどん首のほうへ向かっていく。首に思い切り爪を立てて引っ掻いた。血も出てきた。でも、私の頭の中は考えをやめない。
「鞠?」
苦しい…息ができないよ。私をここから出して。
お父さん…お母さん…
その数秒後。私は意識を失って倒れていた。


冷たい…冷たい風。
白色の天井…
私は目が覚めた。
そこは、麗華の家じゃなかった。
「…びょう…いん?」
やっと意識がはっきりしてきた。
ナースコール…おせば…いいのかな。
そうだ。私倒れて。救急車で…
また迷惑かけちゃった。何で…迷惑ばっかり。
いつから私は普通じゃなくなったのかな。普通で、普通すぎる家に生まれて普通の人生を生きるはずだったのに…予定はキャンセル。
「…あら、目覚めたのね。鞠さん。」
看護師さんが替えの点滴を持ってきてから言った。
「お友達はもう家に帰ったわよ。すごいお金持ちの方だったわね。お母さんは来れないみたいだけど、代わりの人が来てくれたから。」
「代わりの人?」
「そうよ。お友達が呼んでくれたの。金髪の青い瞳をしたかっこいい人よ。彼氏?ふふ。今日は1日検査入院して明日結果を報告するから。彼氏さんは、今日1日あなたを見ていてくれるみたいだから。お願いしておくわね。」
そう言って看護師さんは部屋から出て行った。
金髪で青い瞳って…
「目が覚めたのですね。」
「…リッド先生。何で…。」
「頼まれてるからじゃないですよ。自分の意思で来ました。私が行こうと思ったからです。」
「……お母さんは…電話で何の反応も示さなかったでしょうね。」
「…そうでしょうね。鞠のお母様は、公務員ではないのですから。」
「知ってます。小学生の時…知りました。」
「君のお母様が今何をしているかは?」
「…知りません。母は何度も職を変えているようでしたから。」
「…キャバクラにいますよ。」
「…そうですか」
「本人も好きでやっているようです。」
「母は私よりも綺麗ですからね。いいお母さんぶるのにも中学生の私には無理があります。本当はお母さんじゃなくて、女のくせに…。いつもこうでした。公務員だなんて…父がいなくなってからすぐやめたくせに。土日はいつも家を空けて遊び歩いて。私は絶対ああはなりたくない。母を反面教師に見てきた。でも、小学生の時は良い母親でしたよ。思えば私が悪かったのかもしれませんね。どうせ、調べ上げてるんでしょう。先生は。」
「…」
「自分からは言いません。私にとってあの過去を思い出すことは死ぬことと一緒です。」
「…鞠…」
「でも、ごめんなさい。先生。」
私は向き直ってから頭を下げた。
「…鞠?」
「私は、過去を掘り返されて少しイライラしていて、先生にひどいことを言いました。ごめんなさい。」
「鞠。君は悪くないです。調べたこちらが悪いです。」
「でも、教えて下さい。権力とは何のことですか?」
「…………離れて行きませんか?鞠。」
「信じます。」
「…私は、この学園の創立に携わり、初代学園長を務めたマティス・アジャーニの曾孫です。」
「え?」
「この国きっての権力者のようなものです。曾祖父であるマティスは、一代でその富を気づきあげ恵まれない子供にたくさんの支援をした。このことから、たくさんの人たちに讃えられています。死んでからもその富は潰えることはなかった。学園の中での権力も、日本の中での権力も、フランスでの権力も、アジャーニ家が大半を占めています。独占。と言ってもおかしくはない。だから、君が去っていかないか不安でした。君は、公平ではないことを嫌うから。だから、私に評価は必要なかったのです。やろうと思ったことは大抵できますから。」
「そうなんですか…。」
「…ですが、曾祖父の思いとは違う方向へ進んで行っているアジャーニ家の次の跡取りは私です。どうにか、アジャーニ家を曾祖父の思いと同じような元のアジャーニに戻したい。なら、まずは、普通の生活をと思って日本にやってきました。」
「そうだったんですね…。」
その時、鞠はリッドが半分本当で半分嘘を言っていることに気づいていなかった。
「……今日は、鞠が眠るまでそばにいます。安心しておやすみなさい。」
私はその言葉を聞いてベッドに横たわった。
でも、私はすぐにリッド先生のスーツの腕の裾をつかんだ。
「鞠?」
「…眠ってしまったら、先生家に帰ってしまいますか?」
私は恥ずかしくてたまらなかったけど、聞いてみた。
先生はクスッと笑って私の頭を撫でて私の左手をぎゅっと握った。
「いいえ。朝まで手を握っていますよ。だから、今日は安心してゆっくり眠りなさい。」
「はい。」
こんなに、安心して眠りにつけるのは何年ぶりだろう。
あの喧嘩を境にお父さんは帰ってこなかった。でも、小学5年生の時もよく喧嘩をしていたから、もしかしたら金銭的に問題があったのかもしれない。中学受験のためトゥールに通い始めたのが小学四年生くらいだったし。
でも、今日は、ゆっくり眠れる気がする。
お父さんのように大きな暖かい優しい手が朝までずっと私の手にあるから。


「ん…。」
私は朝の日差しを浴びて目を覚ました。
横を見ると、リッド先生が座っていた。もちろん手は握ったままでだ。
私は驚いて体を勢いよく起こした。
頭がグラグラして、ベッドから転げ落ちた。
「鞠!?」
「ううっ。痛い…。」
「そんなに勢いよく体を起こしてはいけませんよ。早くベッドに横になりなさい。」
そう言って、先生は私を抱き上げた。
そのままベッドに運んで寝かせた。
本当にこういうことをさらっとするのは、フランス人っぽいよね…。ってか、よく私を持ち上げれるね。重すぎるはずなんだけど…
「どうしました?」
私がうーんっと考え込んでいると、先生に心配されてしまった。
「あ、いえ…。って、先生今日って学園ありますよね?!もう時間ないから急いで行かないとっ。」
「鞠。何を言っているんですか。今日は休みなさい。」
「え?いや、1日学園行かないと授業意味わかんなくなりますし…。」
「それは、私が教えてあげますから。鞠は、発作で倒れたんですよ。ゆっくり休んでから学園に復帰しなさい。」
そうなのだ。
私は、過呼吸発作を起こしたのだ。
でも、それは、別に体が疲れていたからではない。
別に、そういうわけではなくて…
「ありがとうございます。先生。」



「…もう異常は無いようですね。」
「お世話になりました…。先生。」
私は、今回検査に当たってくれた先生に頭を下げた。
「一応、また苦しくなった時は病院に検査に来てください。私が担当になると思います。香月 燎と言います。名刺です。」
と言って、私に名刺を差し出した。
「香月、先生…。お世話になります…。」
「いえいえ。いつでも、病院にいらしてください。ここは精神科ですからね。話でもなんでも聞きます。頼って下さいね。」
「…ありがとうございます。」
「過去のトラウマがどんなものなのか、私は知りませんが、いつか教えてくれる日が来るといいと願ってます。」
「…そうですね…いつかは…きっと。」
「鞠さん…。」
「はい、?」
「…あ、いえ、なんでも無いです。」
「そうですか。」
「では、親御さんが来るまで待ってましょう。私は戻りますが、鞠さんはゆっくりしてらして下さい。」
「…ありがとうございます…」
私は香月さんの心をうまくつかめなかった。
不思議な人だった。
いつも笑顔だけど、何か押し込んでる?
そう思いながら見ていた。
香月 燎先生 24歳。
この若さながら精神科の医師だ。
ちなみにこれを調べてくれたのは、リッド先生。
リッド先生は、医療関係、政治関係そこらへんは大抵通じてるらしい。
見た目はリッド先生と変わらずかっこいいと思う。でも…
「掴み所のない、なんか、謎っていうか、不思議な感じの人だよなぁ…。マントとか似合いそう。ふふ。」
そう独り言を私は言っていた。
「鞠~。」
そう言ってカーテンが開いた。
この声、
「麗華っ。」
「お見舞い♪来ちゃったっ。塩谷もいるわよ。会いたい?」
「塩谷さん?どうして?」
「どうしてって…塩谷泣くよ?」
「な、なんで、塩谷さんが泣くのよ。」
「もうっ。鈍感なんだからっ。」
(塩谷は、鞠のことが1年も前から気になってるっていうのに)
もちろんこんなことは、鈍感な鞠は知らない。
「ま、塩谷は置いておいて。格好の良い方ね。担当医の香月先生。雰囲気はミステリアスな執事?ちょっと違うわ。探偵?」
「そんなこと話しにきたの?」
「違うわよ。塩谷があるお見舞いに行きたいって言うから。ね。塩谷。」
麗華がそう言うと、後ろから塩谷さんが出てきた。
「鞠お嬢様。お元気で何よりです。」
そう言って私に花束をくれた。
「うわぁ。ありがとうございます!」
「いえ。麗華お嬢様の大切な方なので…。」
周りからもそう見えてるのね。良かった!
嬉しくてニヤニヤしているのを遮ったのは1つのノート。
「何ニヤニヤしてらっしゃるの?ふふ。これは、今日の授業のノートよ。私のノートを参考に塩谷がわかりやすくまとめてくれたから使ってくださる?」
「ありがとう!ごめんね。いつも…。」
「ううん。いいのよ。私が学園を早退した時、鞠は次の日にノートを貸してくれたでしょ?そのお返しよ。」
「そんな日もあったね。ふふ。でも、本当にありがとう。このノートを参考にしながらリッド先生に教えてもらうね。」
私が元気よく笑うと、麗華は拍子抜けしたような顔をしてクスッと笑った。
私がなぁに?と聞くと、クスクス笑いながらなんでもないよ。と言った。塩谷さんも一緒に笑っていた。
「何をそんなに楽しそうに笑ってんのー?」
「なーんだ。」
「え?」
「もう仲直りできたのね。」
「あ、リッド先生のこと?うん!仲直りできたわよ。麗華のおかげで。」
「ふふ。あ、違うの違うのよ。私がリッド先生を呼んだんじゃなくて塩谷が呼んでくれたのよ。」
そう言って、私と麗華は同時に塩谷さんの方向に振り返った。塩谷さんは少し微笑んで私に頭を下げた。
「鞠様の意識が戻った時、側にいるのは私たちではなく、リッド先生のほうがよろしいかと思いまして。」
「塩谷さんありがとう。塩谷さんのおかげで仲直りできました。」
「いえ。お気になさらないでください。」


そのあと、私と麗華は二人でお話に花を咲かせた。
久しぶりに楽しい時間だったと思う。
麗華が帰って、1時間くらいだった頃お母さんが迎えに来た。
「鞠っ!無事でよかった!」
あーあ。なに良いお母さんぶってんの。
この場にいるみんなに味方して欲しいわけね…。
キャバクラから帰ってきたあとのお母さんはいいお母さんぶる。でも、裏ではすごい黒いお母さんだ。
ほら、今も小声で、
「なに倒れてんのよ。迷惑だわ。本当に。」
と言っている。私に聞こえないように小さな声で言ってるんでしょうけど丸聞こえよ…。お母さんは私の前でも良いお母さんぶるから…一昨日の夜だって本当だったら迎えに行きたいって言うけど…時間がある時でさえ迎えに来てくれた試しはなかった。
もう、最近は怖くもないし悲しくもない。慣れって本当に怖い。周りの大人を惹きつける綺麗な顔をしているお母さんはみんなに味方してもらおうとする。
きっと…香月先生もまたお母さんの味方になるんだろうなぁ。暗い人生…
「はぁ。」
またため息。
「幸せが逃げてしまいますよ。甘いものは元気が出るんですよ。」
香月先生が私の真後ろに立って耳元で囁かれた。
体が大きくビクッとした。
ん?私の手の上に何かある?
と思って手の中を見てみた。
飴?どうして…あ、さっきの香月先生に囁かれた時、
「甘いものは、元気が出るんですよ。」
って、言われた…。
面白い先生…
「あなたが、鞠さんのお母さんですね。」
「はい…、遅くなって申し訳御座いません…仕事が片付かなくて。」
「そうですか。鞠さんは、ストレス性の過呼吸発作です。なるべく、リラックスできる環境を整えてあげてください。」
そうですか?
お母さんの言葉のあとそうですか。で片付ける人初めて見た…香月先生って、美人とかになびかないタイプ?
お母さん悔しがってるし……
「キャバクラで働くなんてよほど男の人が好きなようですね。」
は?え?
キャバクラのことなんで知ってんの?
「な、なんでそのこと…。」
お母さんがうろたえながら聞く。
「…男の臭いとタバコの臭い、お酒の臭いと他にもその他もろもろで。格好も、化粧の仕方もキャバクラで見るタイプです。私鼻が効くものでして。」
「な、なんで…!なによ!!あんただってキャバクラ行くんでしょ!そんなに詳しいってことは!」
お母さんが怒鳴り声を上げながら聞いた。
香月先生は、はぁ。とため息をついて少しお母さんを睨んだ。
「ようやく化けの皮が剥がれましたね。詳しい?この程度でなにを言いますか。ま、親父がしょっちゅうキャバクラ行くもんで、私もその辺は知ってます。」
「はっ。父親がそんなんでザマァないわね!」
お母さんが言えることじゃないでしょ?
と言い返したかったけど、言ったら後悔しそうだったから言わなかった。
香月先生は、ニコッと笑ってまた強い睨みの顔に変わった。これには、この一部始終を見ている全員に鳥肌が走った。もちろん私も。
「過呼吸発作、それもストレス性の発作を起こした娘の知らせを聞いて1日経ってからくる貴方に言われたくないですね。馬鹿にしないでほしい。私の父は、女好きでしたが医者でした。脳の中の大切な部分が欠けている貴方に言われたくありませんね。」
「…なっ!」
「親である以上子供のストレスくらいには気づいて欲しいものです。それで、鞠さんが死んでしまっていたら、お母さん。貴方はどうするつもりでしたか。」
しーんっと、沈黙が走る。
この騒ぎを聞いた他の患者さんたちもみんな集まって私たちを見ている。
「…少々大人気なかったでしょうか。鞠さん。大丈夫ですか?」
「え?あ、はい。」
香月先生の変わりように驚いて私は拍子抜けしたように口が閉まらなくなった。
お母さんは、もうすごい死にそうな顔をしている。
「香月先生。ごめんなさい。母が迷惑かけました。」
「いいえ。私が喧嘩ふっかけましたからね。お母さんも売り言葉に買い言葉でしたでしょうし。申し訳ありません。ですが、お母さん。私に貴方の色気は通じませんよ。精神科の医師を甘く見ないでください。」
「……」
お母さんは黙ったままだ。
「…鞠さん何かあったら先ほど差し上げた名刺の電話番号、または、アドレスにメールください。いつでも、話を聞きますから。」
「あ、ありがとうございます。」
「私の話は以上です。もう帰っていただいて構いませんよ。」
「あ、そうですか。お母さん、立てる?」
私の差し伸べた手をお母さんは振り払った。


その夜、お母さんは私に何度も何度も言い続けた。
キャバクラなんかで働いていないよ。
公務員だよ。
さっきのは取り乱しただけだよ。
お母さんはキャバクラなんかで働いていないからね。
これを延々と長い間聞かされた。
ここまで言うと例え、本当に公務員だとしても嘘だと思われる。今のお母さんにはそれを判断することもできなかったんだろう。

昨日の夜は、安心して眠りにつけたのに…
あの優しい温かい手がないと眠れない。
苦しい…息苦しいよ。この家は。
ベッドに入ってからも眠れなかった。
私はポケットから今日もらった名刺を取り出した。
香月燎先生
リッド・アジャーニ先生
私の中には二人の助け人が現れた。
それを何度も思い返してやっと眠りにつこうとしたところだった。
スマホのバイブ音がなった。
「誰だろう。こんな時間に。」
麗華?
なんだろう…
〈夜遅くごめんなさいね。
言い忘れていたけれど、今日、お見舞いに来たのは、塩谷が行きたいって言ったからだけじゃなくて、リッド先生が行ってやりなさいって言われたからよ。貴方を心配してくれている人は、たくさんいるのよ。安心しておやすみなさい。麗華〉
心配してくれる人ね…一人増えた。香月先生。
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