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第1章 初めてのデスゲーム
第1話 開始
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深い眠りについていた雅史の耳に、不快なブザーが鳴り響いた。
あまりの大音量に、驚いて跳ね起きる。
いつものスマホのアラームにしては、音量がでかすぎる。
急いで止めようと頭上に手を伸ばしたところで、違和感に気付いた。
(……待てよ。こんなアラーム音、俺知らないんだけど……?)
寝ぼけてぼんやりとしていた視界がはっきりしてくると、そこにはいつもの部屋とは違う光景が広がっていた。
(……は?)
それは、雅史にとって全く見覚えのない場所だった。
壁、床、天井に至るまで、全てが灰色で塗り尽くされた部屋。
長方形をしており、広さは小さめの体育館ぐらいだろうか。
扉のない出口が2つあり、向かい合った2辺に据えられている。
部屋の中には5、6脚ほどの椅子が置かれていて、それぞれに人が座っている。
彼らの中に、雅史が見知った顔はいないようだった。
椅子は部屋のちょうど真ん中辺りを中心として、ぐるりと円を描くように並べられており、その全てが円の内側を向いて配置されている。
その椅子の1つに、雅史自身も座らされていた。
(え?あれ?昨日はちゃんと、布団で寝たはず、だよな……?)
彼、此方 雅史は大学生だ。
一人暮らしの自由な身とあって、友人との飲み会で泥酔し、見知らぬ屋外で目覚めるような自堕落な経験もしたことはある。
だが、こんな意味不明な状況で目が覚めるのは初めてのことだった。
「え……?何……?」
「おい、なんだよこれ……。」
「はぁ?ここどこぉ?」
幾人かから、戸惑うような声が聞こえてくる。
どうやら彼らも、目の前に広がる光景に理解が及んでいないようだ。
一体何がどうなっているのだ。
何も分からず呆然としていると、やがて耳障りなアラームが鳴りやんだ。
同時に、突然視界がまばゆく光り、雅史は思わず目を細めて顔を覆った。
「うわっ!って、なんじゃこりゃ……。」
目が明るさにゆっくりと慣れていくにつれ、光を発するものの正体が見えてきた。
それは、椅子の前に設置されたタブレット型のモニターだった。
床から支柱が伸びて、タブレットが斜めに固定されている。
どうやら目の前に最初からあったようだが、困惑のあまり視認できていなかったらしい。
よくよくみれば、ここにいる全員の椅子の前に設置されている。
明るく光を放つ画面には、一言だけ文字が表示されていた。
『Get ready.』
画面中央にポツリと現れたその文言はしばらく表示されたままだったが、やがてうっすらと霞んで消えていった。
そして次に現れたのは、画面いっぱいに映し出された文字と画像だった。
「いや、なんなの本当に……いきなり情報量多すぎるって。ええとこれは……何かのカウントダウン?」
最初に目に入ったのは、画面の一番上にある、数字の羅列だった。
『00:09:48』
時間を表しているのであろうその数は、みるみる減っていく。
これが何らかのカウントダウンだとすれば、残り時間はおよそ9分ほどだ。
このカウントが終わった時、一体何が起こるというのだろうか?全く持って理解が追いつかないが、残りの文章を読めば何かわかるかもしれない。
そう思ってモニターを読み進めようとした雅史の目は、文章中のある箇所に釘付けになった。
『ルール1:あなたたちの中に1匹、狼が紛れ込んでいる。狼に噛まれた場合、あなたは死亡する。』
“あなたは死亡する”。
インパクト強めの文言に、雅史はギョッとして固まってしまった。
「いや……ええ?死亡って、物騒すぎるだろ……。何のルールなんだよ一体。」
その手前に出てくる“狼”という言葉も、何か不穏なものに思えてしまう。
これは何かの比喩表現なのだろうか?
例えば、鬼ごっこで言う“鬼”のような、何らかの役割を指しているとか。
あるいはこの建物内に、実際に狼が紛れ込んでいるとか?
そして、その狼から逃げられなかった人間は“死亡する”?
(いやいや、そんな無茶苦茶な。)
自分で想像しておいてなんだが、荒唐無稽にも程がある。
古代ローマでは、犯罪者をライオンのような猛獣と戦わせる刑罰があったそうだが、現代日本でそんな残虐な行為が許されるはずもない。
少し考えればわかることだ。
とはいえ、妙にリアルに想像してしまったせいで、頭の片隅に一抹の不安がよぎってしまった。
見知らぬ場所に突然連れて来られたという、常識では考えられない奇妙な状況が、嫌な想像に拍車をかけているのは間違いない。
(……さすがに、本当に死んだりとかは、無い、よな?)
嫌な想像がじわじわと膨らんでいく。
それを振り払うため、モニターにもっと近づいて精査しようとしたところで、その行為が不可能であることに気付いた。
「お、な、なんだよこれ。動けないじゃん……。」
皆が座らされている、何か無機質な素材で出来た椅子。
その背もたれの付け根あたりから、これまた同質の素材のベルトが雅史の腰回りをがっしりと捕らえていた。
これでは、腰を浮かすことすらままならない。
慌てて周囲を見回すと、他の人間達もやはり同様に椅子に拘束されているようだった。
「おい、んだよこれはぁ!ざけんなこら!」
薄暗い室内に、突然の怒声が響く。
目を向けると、まるきりチンピラな見た目をした男が虚空に向かって吠えていた。
出来れば生涯を通して関わりを持ちたくない手合いだ。
だが、怒る気持ちも分からないではない。
目が覚めたら、突然見知らぬ場所で体を拘束されているのだ。
こんなことは、法治国家である日本において許されることではない。
(何か……この状況、割とやばくね?)
いよいよ不安は募るばかりだった。
何か安心できる材料を探さなくては。
雅史は再びモニターに目を落とす。
「ええと、これは……、参加者……ここにいる人間の写真か?」
謎のカウントダウンの下には、 “参加者”という単語とともに、数人の顔写真が横並びに表示されていた。
周囲の人間と写真の顔をちらりと見比べると、両者は一致しているようだった。
雅史自身は勿論、先ほどのチンピラ風の男もしっかりと表示されている。
人数は全部で6人のようだ。
“参加者”というからには、ここにいる雅史を含めた人間たちは、何らかのイベントに参加させられているとでもいうのだろうか。
あいにくと、そんなものに応募した覚えは一切ないのだが。
「で、後は……ルールの説明、だけか……くそっ、なんなんだよ。もっと先に説明することがあんだろが。」
“参加者”の項の次には、ルール説明の文章が数行に渡って並んでいた。
しかし、今雅史達が置かれているこの意味不明な状況に対する説明などは一切なく、そこで文章は終わりのようだ。
その不親切さに雅史が憤慨していた時だった。
「あ、あれ?」
突然モニター画面の文字や画像が消え、何もないまっさらな状態へと戻った。
あっけにとられて画面を眺めていると、間を置かずして画面には一言だけ文字が浮かび上がってきた。
『Start.』
急な変化についていけずにいると、数秒ほど経った後、画面は元の文字と画像の羅列に戻っていった。
それと前後して、腰のあたりでカチリという音がした気がした。
次の瞬間、不意に雅史は前方につんのめり、モニターに顔面を思い切り打ち付けてしまった。
「ぶえ!」
どうやら、音とともに腰のベルトが外れたらしい。
身を乗り出してモニターを凝視していたため、ベルトの拘束がなくなって勢いよく前方に放り出されてしまったようだった。
強打した鼻を押さえながら身を起こすと、周りの人間達も椅子から解放されたらしく、皆様子を伺いながら立ち上がり始めていた。
「大丈夫かい?」
声をかけてきたのは、雅史の右隣にいた男だった。
工場勤務者が着ているような作業着姿で、やや太り気味、歳は40~50ぐらいだろうか。
髪の毛が少し寂しい感じから、苦労人の管理職といった印象だ。
「あ、だ、大丈夫です。」
「うん、血は出てなさそうだね。」
「は、はい。ありがとうございます。」
気さくな物言いに、異常な状況におかれた緊張が若干ほぐれる気がした。
「ところで、ここは一体どこなんだろう。君、何か知ってる?私は、気づいたらこの椅子に座らされていて、いつどうやってここに来たのか覚えてないんだよ。」
「お、俺も全く一緒です!目が覚めたと思ったらこんな知らない場所にいて……。」
「あー、それ、あたしもそーなんだけど。やば、そんなことってあり得る?」
作業着の男と話していると、派手なメイクに茶髪の女が割り込んできた。
ギャル系アパレルショップの店員といった風貌で、服装もとてもギャルギャルしい。
メイクのせいで年齢はよくわからないが、20代半ばといったところだろうか。
「うーん、何が何だか、わけがわからないねぇ。」
「あたし今日せっかく休みだったのに、突然こんなとこ連れて来られてマジ迷惑なんですけど。」
「は、はあ……。」
急に日常感のある話をされて、なんと返していいか分からず生返事をする。
だが、どうやらこの2人は雅史と同じ境遇のようだ。
誰も事態を把握できていないのは不安だが、味方が出来た気がして少々安堵する。
「いやあ、私も今日は大事な打ち合わせがあるから、早いとこ会社に戻らないといけないんだよねぇ。今何時なんだろう。……あれ?」
作業着の男の動きが、驚きの声とともに止まった。
視線は男自身の左手首あたりへ向いている。
「ど、どうかしました?」
「いや、私の腕に、なんか見覚えの無いものが着けられてるんだけど……。あれえ、いつの間に?私の時計はどこいった?」
そう言う男の手首には、いわゆるスマートウォッチらしき黒色の何かが巻いてあった。
液晶画面の光が、男の顔をうっすら照らしているのが分かる。
「それ、自分のじゃないってことですか?」
「そうだよ。私はこういうデジタルなやつ苦手だから、こんなの持ってるはずがない。」
困惑する男を眺めながら、ふと自分のスマホを確認しようとジーンズの尻ポケットを探ってみる。
そこには、いつも肌身離さず持っているはずのスマホが無かった。
(やべっ、どっかで落としたか?)
慌てて視線を自分の尻ポケットの方へ向けたところで、雅史は違和感を覚えた。
(いや待て。寝起きのはずなのに、なんでジーンズ履いてるんだ?そもそも、俺はどういうタイミングでここに連れて来られてるんだ?)
ここにきて、根本的な疑念が浮かんでくる。
自分が何故かいつもの外出着でいることを確認したところで、ふと自分の左腕にも、見慣れぬものが着けられていることに気がついた。
「あ!こ、これ、俺も同じものが!」
それは、作業着の男の腕にあるものと同じ、スマートウォッチらしき端末だった。
こんなものを持っていた覚えはない。一体、いつから着けられていたのだろうか。
「げ!あたしもだ!なにこれ~いらないんだけど~。」
「ありゃ、みんなおんなじ物かい?ひょっとして、ここにいる全員がつけられてるのかな。一体どういう事なんだろう。」
作業着の男が首をかしげる。
実際、こんなものを持たされる意図が全く分からない。何のためのものなのだろうか?
えも言われぬ不安を覚えながら、端末の液晶を見てみる。
そこには時刻はなく、画面上部には先ほど見たような謎のカウントダウンがあった。
『01:56:12』
現在のカウントは残り2時間弱といったところだ。
そして画面の下半分には、大きく四角い枠が2つ表示されており、その内側には太字でそれぞれ“call” と“action”という単語が書かれていた。
“call”の方は枠の中が白、“action”の方は赤く表示されている。
(コールにアクション……って、なんのこっちゃ。意味が分からん。)
理解が及ばずに思考停止していると、作業着の男が近づいてきた。
「お、表示されてるのも同じみたいだねぇ。どういう意味なんだろう?」
「いやあ、さっぱりです。」
「うーん、せめて現在時刻ぐらい表示してくれないと。こんなものいらないから、私の時計返してくれないかなあ。」
そういって、作業着の男が腕からスマートウォッチを外そうとしている。
腕に固定するバンドは磁石か何かでとまっているらしく、引っ張れば簡単に外れそうだった。
「あ、これ使って、何かやらされたりするんですかねえ。みんなに配られてるってことは。」
ふと思いついたことが、口をついて出た。
「へ?どういうこと?」
「や、なんか、鬼ごっこ?かなんかのルールっぽいものが、そこのモニターに書いてあるんですよ。何かそういうのをやらせるために、ここに連れてこられたのかなって思って……。」
雅史の推測を聞いた2人は顔を見合わせ、一斉に不満を口にし始めた。
「なんだいそりゃあ。急にこんなわけわからん場所に連れて来られた上に、いい年して追いかけっこなんかしなきゃいけないってのかい?」
「マジ意味わかんない。そんなん絶対やりたくないんだけど。」
「や、俺もちゃんと読んでないんで、よく分かんないんですけどね……。」
ふいに頭に浮かんだことを言っただけなのに、こちらを責められても困る。
不満を漏らし続ける2人を前に、余計なことを口走ったと後悔していると、思わぬ方向から助け舟が入った。
「その話、当たってるかも知れないですよ。」
会話に割り込んできたのは、30代くらいのスーツを着た青年だった。
淡い紺色のストライプのスーツに、やけに尖った革靴、髪はツーブロック。
いかにもコミュ力が高そうな、営業マン風のいで立ちだ。
「あ、横からすいません。いやね、僕もこのモニターに書いてある内容ざっと読んでみたんです。」
スーツの青年は、椅子の前に設置されたモニターの傍に立っており、画面を指でいじりながら言葉をつづけた。
「ここに我々を連れてきた何者かは、どうやら何かのゲームをさせたいらしいですね。で、そのルールがつらつらとここに書いてあるんですよ。」
「ゲーム?それが、鬼ごっこってこと?」
「プラス、脱出ゲームって感じですかね。制限時間以内に、ここから脱出しろ、みたいなことが書いてあって。」
「あ~、何かそういうの、テレビで見たことあるわ~。」
青年の説明に食い付くギャル系女子達をよそに、雅史は改めてモニターを見返してみた。
“狼”の存在をほのめかすルール1に続けて、その下にはこう書いてあった。
『ルール2:制限時間以内にこの建物から脱出できなかった場合、あなたは死亡する。』
なるほど。確かに、建物から時間内に脱出しろという内容が示唆されている。
しかし気になるのは、再び登場した“あなたは死亡する”という文言だ。
もっと言うと、ルールにはさらに続きがあってどうやらルール5まであるようなのだが、そのルールの末尾全てにおいて、“あなたは死亡する”と結んでいるのだ。
ここまで執拗にやられると、文章の裏ににじみ出るルール作成者の底意地の悪さを感じずにはいられなかった。
(これを作った奴、絶対性格悪いな……。)
そんなことを考えながら画面を眺めていると、作業着の男がげんなりした声をあげた。
「うーん、正直よくわかってないけど、何だってこんなことを我々にやらせようとしているんだろう?だいたい、こんなの言ってみれば誘拐みたいなもんじゃないか。」
「え~、何か、テレビのドッキリとか?カメラとかその辺にあったりして~。」
「ええっ、そんな、テレビとか急に言われてもなあ。」
確かに、これだけの人数を理由も告げずに連れてきたり、専用の部屋(あるいは建物ごと?)を用意するとなると、テレビ局ぐらいの規模で動いていないと難しいような気はする。
だが、ちょっとしたことで炎上しかねない昨今、本人の了解も無く素人をゲームに参加させたりなんて、テレビで放映できる内容だろうか?
今一つ得心がいかず、口を挟もうか迷っていると、スーツの青年が先にしゃべり始めた。
「ドッキリかどうかは何とも言えないですけど、例えテレビ局だろうが、我々みたいな一般人を勝手に見知らぬ場所に連れて来るような連中に、わざわざ従う必要なんてないですよ。」
「確かに~。こっちの都合ガン無視だもんね。じゃあ、どうすんの?ばっくれる?」
ギャル系女子が、スーツの青年に同調する。
「僕はそのつもりです。こんなゲーム無視して、さっさと警察に通報して日常に戻る。やることはそれだけですよ。ってことで、どなたか電話持ってたら貸してほしいんですけど……。」
スーツの青年はそう言うと、全員の顔を見回した。
「残念ながら、さっきから私の鞄は見当たらなくてねえ。」
「あたしもー。バッグもスマホも変えたばっかなのに!」
「お、俺も同じくです。」
皆が口々に否定の言葉を告げると、スーツの青年は残った2人にも目を向けた。
まだ会話に参加していなかったのは、いかにもチンピラ風の年齢不詳の男と、高校生らしき制服姿の少女だった。
「そちらのお2人も同じですかね?」
女子高生はともかく、見た目からしてアレなチンピラに平気で話しかけるスーツの青年に、雅史は内心畏れ入ってしまった。
これが陽キャの力というものか。
このチンピラは、こんな何もわからない状況で、虚空に向かって怒鳴り散らしていたような男だ。
自分から話しかけるなど、雅史には絶対に出来そうもない。
リーゼント?らしき髪型に、派手な黄色地のアロハを着ていて、いかにもチンピラ風だ。
これに金のネックレスとセカンドバッグを持たせれば完璧だ。
対照的に、女子高生の方はやや大人しめ、というか地味な印象だった。
肩まで伸びた黒髪ストレートに、黒縁眼鏡。化粧っ気もあまりなさそうだ。
チンピラを怖がっているのか、あるいはこの状況のせいか、完全におびえきっている様子だった。
「……ああ、俺の荷物も見当たらない。」
意外なことに、チンピラの受け答えは驚くほど普通だった。
嫌な空気にならなかったことに、雅史はこっそり安堵した。
女子高生の方は、おびえるあまり声も出ないのか、小刻みに首を左右に振って答えていた。
「なるほど。警察に通報できれば、一番安心だったんですけどねえ。」
「でも、ここがどこだか分からないと、警察も駆けつけようがないんじゃないかな?」
「いえいえ、今どきスマホの逆探知くらい、やってくれると思いますよ。勿論、電波が届かなかったらそれも無理でしょうけど。まあしょうがない。とにかく、自力でここから出ることにしましょうか。」
「出るって、でも、その脱出ゲーム?みたいなやつだったら、出口ってそんな簡単に見つからないんじゃないの?」
ギャル系女子が、意外に真っ当な意見を述べた。
「いや、さっき言った通り、ゲームに付き合う気はないですからね。出口が見つからないんなら、ドアとか壁とか壊してでも帰りますよ。」
「えっ、そこまでするのかい?だ、大丈夫かな……?後で弁償とか……。」
「それこそ、さっきおっしゃってたじゃないですか。こんなの誘拐、ってか犯罪レベルなんですから。悪いのは向こうですよ。気にすることはない。」
「うーん、そんなもんかな……。」
なんだかスーツの青年のペースになってきている。
だが、特に反対するような理由は見当たらなかった。
他の人たちもそれは同じのようだ。
謎のゲームのルールを完全に無視することに一抹の不安はあるが、とっとと家に帰れるのならそれに越したことはない。
ここはこの男に任せて、先導してもらうのが楽な道かもしれない。
「というわけで、僕は出口を探しに行きますけど、皆さんどうします?さっきチラッと見た感じ、この建物結構広そうなんで、手伝ってもらえると正直助かるんですけど。」
この部屋の、2つある出口の片方を指し示しながら、青年は提案してきた。
「まぁこんなとこで時間を無駄にしたくないしなぁ。私も一緒に行くよ。」
「あたしも~。まじさっさと帰りたいし。」
作業着の男とギャル系女子はすぐさま同意を示した。
「あ、お、俺も行きます。」
乗り遅れまいと、雅史も手を上げる。
もしチンピラ風の男と二人きりなんて事になれば、目も当てられない。
当のチンピラが同行するのかは未知数だが。
自然、残りのチンピラと女子高生に視線が集まる。
それに気づいたチンピラは、舌打ちをした後かったるそうに口を開いた。
「悪いが顔も知らない連中とつるむ気は無いんでね。好きにやらせてもらう。あんたらはあんたらで好きにやればいい。」
そう言い放つと、スーツの青年が指していたのとは反対方向の出口へと、すたすたと歩き始めてしまった。
「はは、手厳しいなぁ。まあ、個人の自由は尊重しないと。」
チンピラの態度に苦笑しつつ、スーツの青年は肩をすくめた。
実際のところ、雅史はあの男と同行せずに済む方がありがたかった。
こんな訳の分からない状況で、いかにも危なそうな男の近くにいるのは正直ご遠慮願いたかった。
「で、君はどうする?」
青年は続いて、女子高生に向かって尋ねた。
彼女はびくりと身じろぎすると、うつむいて目を泳がせながら何度も瞬きをした。
見ず知らずの人間達についていく事に、迷いがあるのだろうか。
だが、こんなところで一人でいる方が、よっぽど不安な気もする。
それと天秤にかけても他人と一緒にいる方が嫌だと言うのなら、相当内気な性格なのかも知れない。
見た目からは確かに、かなり内向的っぽいタイプに思えた。
雅史がそんなことを考えていると、ようやく決心したのか少女は絞り出すように声を出した。
「い、一緒に行きます……。」
消え入るようなか細い声だったが、何とか耳に届いた。
まあ普通に考えれば、この状況で他に選択肢はないだろう。
「よし、じゃあ善は急げ。行きますか。」
スーツの青年の先導に従って、一行はぞろぞろと動き始める。
困惑するもの、理不尽に憤るもの、不安におびえるもの。
その表情は様々だ。
雅史自身はといえば、いまいち現実感が湧かない、ふわふわした心持ちだった。
それこそ、何かのゲームの世界にでも迷い込んでしまったかのようだ。
日常とかけ離れた光景に、これは本当に現実なのだろうかという疑問を抱かずにはいられなかった。
(まぁ、なるようになるさ。)
ここで悩んでいても仕方がない。とりあえず動いてみてから考えればいい。
雅史は深く考えることを放棄した。
思えば、彼の人生はいつもそうだった。
部活動を選ぶ時も、バイト先を選ぶ時も。進路の選択ですら、他人の意見に流されて決定してきた。
主体性がない。全てにおいて楽観的な男なのだ。
だが、そんなお気楽な考え方でいられる時間も残りわずかだということを、彼はまだ知らなかった。
あまりの大音量に、驚いて跳ね起きる。
いつものスマホのアラームにしては、音量がでかすぎる。
急いで止めようと頭上に手を伸ばしたところで、違和感に気付いた。
(……待てよ。こんなアラーム音、俺知らないんだけど……?)
寝ぼけてぼんやりとしていた視界がはっきりしてくると、そこにはいつもの部屋とは違う光景が広がっていた。
(……は?)
それは、雅史にとって全く見覚えのない場所だった。
壁、床、天井に至るまで、全てが灰色で塗り尽くされた部屋。
長方形をしており、広さは小さめの体育館ぐらいだろうか。
扉のない出口が2つあり、向かい合った2辺に据えられている。
部屋の中には5、6脚ほどの椅子が置かれていて、それぞれに人が座っている。
彼らの中に、雅史が見知った顔はいないようだった。
椅子は部屋のちょうど真ん中辺りを中心として、ぐるりと円を描くように並べられており、その全てが円の内側を向いて配置されている。
その椅子の1つに、雅史自身も座らされていた。
(え?あれ?昨日はちゃんと、布団で寝たはず、だよな……?)
彼、此方 雅史は大学生だ。
一人暮らしの自由な身とあって、友人との飲み会で泥酔し、見知らぬ屋外で目覚めるような自堕落な経験もしたことはある。
だが、こんな意味不明な状況で目が覚めるのは初めてのことだった。
「え……?何……?」
「おい、なんだよこれ……。」
「はぁ?ここどこぉ?」
幾人かから、戸惑うような声が聞こえてくる。
どうやら彼らも、目の前に広がる光景に理解が及んでいないようだ。
一体何がどうなっているのだ。
何も分からず呆然としていると、やがて耳障りなアラームが鳴りやんだ。
同時に、突然視界がまばゆく光り、雅史は思わず目を細めて顔を覆った。
「うわっ!って、なんじゃこりゃ……。」
目が明るさにゆっくりと慣れていくにつれ、光を発するものの正体が見えてきた。
それは、椅子の前に設置されたタブレット型のモニターだった。
床から支柱が伸びて、タブレットが斜めに固定されている。
どうやら目の前に最初からあったようだが、困惑のあまり視認できていなかったらしい。
よくよくみれば、ここにいる全員の椅子の前に設置されている。
明るく光を放つ画面には、一言だけ文字が表示されていた。
『Get ready.』
画面中央にポツリと現れたその文言はしばらく表示されたままだったが、やがてうっすらと霞んで消えていった。
そして次に現れたのは、画面いっぱいに映し出された文字と画像だった。
「いや、なんなの本当に……いきなり情報量多すぎるって。ええとこれは……何かのカウントダウン?」
最初に目に入ったのは、画面の一番上にある、数字の羅列だった。
『00:09:48』
時間を表しているのであろうその数は、みるみる減っていく。
これが何らかのカウントダウンだとすれば、残り時間はおよそ9分ほどだ。
このカウントが終わった時、一体何が起こるというのだろうか?全く持って理解が追いつかないが、残りの文章を読めば何かわかるかもしれない。
そう思ってモニターを読み進めようとした雅史の目は、文章中のある箇所に釘付けになった。
『ルール1:あなたたちの中に1匹、狼が紛れ込んでいる。狼に噛まれた場合、あなたは死亡する。』
“あなたは死亡する”。
インパクト強めの文言に、雅史はギョッとして固まってしまった。
「いや……ええ?死亡って、物騒すぎるだろ……。何のルールなんだよ一体。」
その手前に出てくる“狼”という言葉も、何か不穏なものに思えてしまう。
これは何かの比喩表現なのだろうか?
例えば、鬼ごっこで言う“鬼”のような、何らかの役割を指しているとか。
あるいはこの建物内に、実際に狼が紛れ込んでいるとか?
そして、その狼から逃げられなかった人間は“死亡する”?
(いやいや、そんな無茶苦茶な。)
自分で想像しておいてなんだが、荒唐無稽にも程がある。
古代ローマでは、犯罪者をライオンのような猛獣と戦わせる刑罰があったそうだが、現代日本でそんな残虐な行為が許されるはずもない。
少し考えればわかることだ。
とはいえ、妙にリアルに想像してしまったせいで、頭の片隅に一抹の不安がよぎってしまった。
見知らぬ場所に突然連れて来られたという、常識では考えられない奇妙な状況が、嫌な想像に拍車をかけているのは間違いない。
(……さすがに、本当に死んだりとかは、無い、よな?)
嫌な想像がじわじわと膨らんでいく。
それを振り払うため、モニターにもっと近づいて精査しようとしたところで、その行為が不可能であることに気付いた。
「お、な、なんだよこれ。動けないじゃん……。」
皆が座らされている、何か無機質な素材で出来た椅子。
その背もたれの付け根あたりから、これまた同質の素材のベルトが雅史の腰回りをがっしりと捕らえていた。
これでは、腰を浮かすことすらままならない。
慌てて周囲を見回すと、他の人間達もやはり同様に椅子に拘束されているようだった。
「おい、んだよこれはぁ!ざけんなこら!」
薄暗い室内に、突然の怒声が響く。
目を向けると、まるきりチンピラな見た目をした男が虚空に向かって吠えていた。
出来れば生涯を通して関わりを持ちたくない手合いだ。
だが、怒る気持ちも分からないではない。
目が覚めたら、突然見知らぬ場所で体を拘束されているのだ。
こんなことは、法治国家である日本において許されることではない。
(何か……この状況、割とやばくね?)
いよいよ不安は募るばかりだった。
何か安心できる材料を探さなくては。
雅史は再びモニターに目を落とす。
「ええと、これは……、参加者……ここにいる人間の写真か?」
謎のカウントダウンの下には、 “参加者”という単語とともに、数人の顔写真が横並びに表示されていた。
周囲の人間と写真の顔をちらりと見比べると、両者は一致しているようだった。
雅史自身は勿論、先ほどのチンピラ風の男もしっかりと表示されている。
人数は全部で6人のようだ。
“参加者”というからには、ここにいる雅史を含めた人間たちは、何らかのイベントに参加させられているとでもいうのだろうか。
あいにくと、そんなものに応募した覚えは一切ないのだが。
「で、後は……ルールの説明、だけか……くそっ、なんなんだよ。もっと先に説明することがあんだろが。」
“参加者”の項の次には、ルール説明の文章が数行に渡って並んでいた。
しかし、今雅史達が置かれているこの意味不明な状況に対する説明などは一切なく、そこで文章は終わりのようだ。
その不親切さに雅史が憤慨していた時だった。
「あ、あれ?」
突然モニター画面の文字や画像が消え、何もないまっさらな状態へと戻った。
あっけにとられて画面を眺めていると、間を置かずして画面には一言だけ文字が浮かび上がってきた。
『Start.』
急な変化についていけずにいると、数秒ほど経った後、画面は元の文字と画像の羅列に戻っていった。
それと前後して、腰のあたりでカチリという音がした気がした。
次の瞬間、不意に雅史は前方につんのめり、モニターに顔面を思い切り打ち付けてしまった。
「ぶえ!」
どうやら、音とともに腰のベルトが外れたらしい。
身を乗り出してモニターを凝視していたため、ベルトの拘束がなくなって勢いよく前方に放り出されてしまったようだった。
強打した鼻を押さえながら身を起こすと、周りの人間達も椅子から解放されたらしく、皆様子を伺いながら立ち上がり始めていた。
「大丈夫かい?」
声をかけてきたのは、雅史の右隣にいた男だった。
工場勤務者が着ているような作業着姿で、やや太り気味、歳は40~50ぐらいだろうか。
髪の毛が少し寂しい感じから、苦労人の管理職といった印象だ。
「あ、だ、大丈夫です。」
「うん、血は出てなさそうだね。」
「は、はい。ありがとうございます。」
気さくな物言いに、異常な状況におかれた緊張が若干ほぐれる気がした。
「ところで、ここは一体どこなんだろう。君、何か知ってる?私は、気づいたらこの椅子に座らされていて、いつどうやってここに来たのか覚えてないんだよ。」
「お、俺も全く一緒です!目が覚めたと思ったらこんな知らない場所にいて……。」
「あー、それ、あたしもそーなんだけど。やば、そんなことってあり得る?」
作業着の男と話していると、派手なメイクに茶髪の女が割り込んできた。
ギャル系アパレルショップの店員といった風貌で、服装もとてもギャルギャルしい。
メイクのせいで年齢はよくわからないが、20代半ばといったところだろうか。
「うーん、何が何だか、わけがわからないねぇ。」
「あたし今日せっかく休みだったのに、突然こんなとこ連れて来られてマジ迷惑なんですけど。」
「は、はあ……。」
急に日常感のある話をされて、なんと返していいか分からず生返事をする。
だが、どうやらこの2人は雅史と同じ境遇のようだ。
誰も事態を把握できていないのは不安だが、味方が出来た気がして少々安堵する。
「いやあ、私も今日は大事な打ち合わせがあるから、早いとこ会社に戻らないといけないんだよねぇ。今何時なんだろう。……あれ?」
作業着の男の動きが、驚きの声とともに止まった。
視線は男自身の左手首あたりへ向いている。
「ど、どうかしました?」
「いや、私の腕に、なんか見覚えの無いものが着けられてるんだけど……。あれえ、いつの間に?私の時計はどこいった?」
そう言う男の手首には、いわゆるスマートウォッチらしき黒色の何かが巻いてあった。
液晶画面の光が、男の顔をうっすら照らしているのが分かる。
「それ、自分のじゃないってことですか?」
「そうだよ。私はこういうデジタルなやつ苦手だから、こんなの持ってるはずがない。」
困惑する男を眺めながら、ふと自分のスマホを確認しようとジーンズの尻ポケットを探ってみる。
そこには、いつも肌身離さず持っているはずのスマホが無かった。
(やべっ、どっかで落としたか?)
慌てて視線を自分の尻ポケットの方へ向けたところで、雅史は違和感を覚えた。
(いや待て。寝起きのはずなのに、なんでジーンズ履いてるんだ?そもそも、俺はどういうタイミングでここに連れて来られてるんだ?)
ここにきて、根本的な疑念が浮かんでくる。
自分が何故かいつもの外出着でいることを確認したところで、ふと自分の左腕にも、見慣れぬものが着けられていることに気がついた。
「あ!こ、これ、俺も同じものが!」
それは、作業着の男の腕にあるものと同じ、スマートウォッチらしき端末だった。
こんなものを持っていた覚えはない。一体、いつから着けられていたのだろうか。
「げ!あたしもだ!なにこれ~いらないんだけど~。」
「ありゃ、みんなおんなじ物かい?ひょっとして、ここにいる全員がつけられてるのかな。一体どういう事なんだろう。」
作業着の男が首をかしげる。
実際、こんなものを持たされる意図が全く分からない。何のためのものなのだろうか?
えも言われぬ不安を覚えながら、端末の液晶を見てみる。
そこには時刻はなく、画面上部には先ほど見たような謎のカウントダウンがあった。
『01:56:12』
現在のカウントは残り2時間弱といったところだ。
そして画面の下半分には、大きく四角い枠が2つ表示されており、その内側には太字でそれぞれ“call” と“action”という単語が書かれていた。
“call”の方は枠の中が白、“action”の方は赤く表示されている。
(コールにアクション……って、なんのこっちゃ。意味が分からん。)
理解が及ばずに思考停止していると、作業着の男が近づいてきた。
「お、表示されてるのも同じみたいだねぇ。どういう意味なんだろう?」
「いやあ、さっぱりです。」
「うーん、せめて現在時刻ぐらい表示してくれないと。こんなものいらないから、私の時計返してくれないかなあ。」
そういって、作業着の男が腕からスマートウォッチを外そうとしている。
腕に固定するバンドは磁石か何かでとまっているらしく、引っ張れば簡単に外れそうだった。
「あ、これ使って、何かやらされたりするんですかねえ。みんなに配られてるってことは。」
ふと思いついたことが、口をついて出た。
「へ?どういうこと?」
「や、なんか、鬼ごっこ?かなんかのルールっぽいものが、そこのモニターに書いてあるんですよ。何かそういうのをやらせるために、ここに連れてこられたのかなって思って……。」
雅史の推測を聞いた2人は顔を見合わせ、一斉に不満を口にし始めた。
「なんだいそりゃあ。急にこんなわけわからん場所に連れて来られた上に、いい年して追いかけっこなんかしなきゃいけないってのかい?」
「マジ意味わかんない。そんなん絶対やりたくないんだけど。」
「や、俺もちゃんと読んでないんで、よく分かんないんですけどね……。」
ふいに頭に浮かんだことを言っただけなのに、こちらを責められても困る。
不満を漏らし続ける2人を前に、余計なことを口走ったと後悔していると、思わぬ方向から助け舟が入った。
「その話、当たってるかも知れないですよ。」
会話に割り込んできたのは、30代くらいのスーツを着た青年だった。
淡い紺色のストライプのスーツに、やけに尖った革靴、髪はツーブロック。
いかにもコミュ力が高そうな、営業マン風のいで立ちだ。
「あ、横からすいません。いやね、僕もこのモニターに書いてある内容ざっと読んでみたんです。」
スーツの青年は、椅子の前に設置されたモニターの傍に立っており、画面を指でいじりながら言葉をつづけた。
「ここに我々を連れてきた何者かは、どうやら何かのゲームをさせたいらしいですね。で、そのルールがつらつらとここに書いてあるんですよ。」
「ゲーム?それが、鬼ごっこってこと?」
「プラス、脱出ゲームって感じですかね。制限時間以内に、ここから脱出しろ、みたいなことが書いてあって。」
「あ~、何かそういうの、テレビで見たことあるわ~。」
青年の説明に食い付くギャル系女子達をよそに、雅史は改めてモニターを見返してみた。
“狼”の存在をほのめかすルール1に続けて、その下にはこう書いてあった。
『ルール2:制限時間以内にこの建物から脱出できなかった場合、あなたは死亡する。』
なるほど。確かに、建物から時間内に脱出しろという内容が示唆されている。
しかし気になるのは、再び登場した“あなたは死亡する”という文言だ。
もっと言うと、ルールにはさらに続きがあってどうやらルール5まであるようなのだが、そのルールの末尾全てにおいて、“あなたは死亡する”と結んでいるのだ。
ここまで執拗にやられると、文章の裏ににじみ出るルール作成者の底意地の悪さを感じずにはいられなかった。
(これを作った奴、絶対性格悪いな……。)
そんなことを考えながら画面を眺めていると、作業着の男がげんなりした声をあげた。
「うーん、正直よくわかってないけど、何だってこんなことを我々にやらせようとしているんだろう?だいたい、こんなの言ってみれば誘拐みたいなもんじゃないか。」
「え~、何か、テレビのドッキリとか?カメラとかその辺にあったりして~。」
「ええっ、そんな、テレビとか急に言われてもなあ。」
確かに、これだけの人数を理由も告げずに連れてきたり、専用の部屋(あるいは建物ごと?)を用意するとなると、テレビ局ぐらいの規模で動いていないと難しいような気はする。
だが、ちょっとしたことで炎上しかねない昨今、本人の了解も無く素人をゲームに参加させたりなんて、テレビで放映できる内容だろうか?
今一つ得心がいかず、口を挟もうか迷っていると、スーツの青年が先にしゃべり始めた。
「ドッキリかどうかは何とも言えないですけど、例えテレビ局だろうが、我々みたいな一般人を勝手に見知らぬ場所に連れて来るような連中に、わざわざ従う必要なんてないですよ。」
「確かに~。こっちの都合ガン無視だもんね。じゃあ、どうすんの?ばっくれる?」
ギャル系女子が、スーツの青年に同調する。
「僕はそのつもりです。こんなゲーム無視して、さっさと警察に通報して日常に戻る。やることはそれだけですよ。ってことで、どなたか電話持ってたら貸してほしいんですけど……。」
スーツの青年はそう言うと、全員の顔を見回した。
「残念ながら、さっきから私の鞄は見当たらなくてねえ。」
「あたしもー。バッグもスマホも変えたばっかなのに!」
「お、俺も同じくです。」
皆が口々に否定の言葉を告げると、スーツの青年は残った2人にも目を向けた。
まだ会話に参加していなかったのは、いかにもチンピラ風の年齢不詳の男と、高校生らしき制服姿の少女だった。
「そちらのお2人も同じですかね?」
女子高生はともかく、見た目からしてアレなチンピラに平気で話しかけるスーツの青年に、雅史は内心畏れ入ってしまった。
これが陽キャの力というものか。
このチンピラは、こんな何もわからない状況で、虚空に向かって怒鳴り散らしていたような男だ。
自分から話しかけるなど、雅史には絶対に出来そうもない。
リーゼント?らしき髪型に、派手な黄色地のアロハを着ていて、いかにもチンピラ風だ。
これに金のネックレスとセカンドバッグを持たせれば完璧だ。
対照的に、女子高生の方はやや大人しめ、というか地味な印象だった。
肩まで伸びた黒髪ストレートに、黒縁眼鏡。化粧っ気もあまりなさそうだ。
チンピラを怖がっているのか、あるいはこの状況のせいか、完全におびえきっている様子だった。
「……ああ、俺の荷物も見当たらない。」
意外なことに、チンピラの受け答えは驚くほど普通だった。
嫌な空気にならなかったことに、雅史はこっそり安堵した。
女子高生の方は、おびえるあまり声も出ないのか、小刻みに首を左右に振って答えていた。
「なるほど。警察に通報できれば、一番安心だったんですけどねえ。」
「でも、ここがどこだか分からないと、警察も駆けつけようがないんじゃないかな?」
「いえいえ、今どきスマホの逆探知くらい、やってくれると思いますよ。勿論、電波が届かなかったらそれも無理でしょうけど。まあしょうがない。とにかく、自力でここから出ることにしましょうか。」
「出るって、でも、その脱出ゲーム?みたいなやつだったら、出口ってそんな簡単に見つからないんじゃないの?」
ギャル系女子が、意外に真っ当な意見を述べた。
「いや、さっき言った通り、ゲームに付き合う気はないですからね。出口が見つからないんなら、ドアとか壁とか壊してでも帰りますよ。」
「えっ、そこまでするのかい?だ、大丈夫かな……?後で弁償とか……。」
「それこそ、さっきおっしゃってたじゃないですか。こんなの誘拐、ってか犯罪レベルなんですから。悪いのは向こうですよ。気にすることはない。」
「うーん、そんなもんかな……。」
なんだかスーツの青年のペースになってきている。
だが、特に反対するような理由は見当たらなかった。
他の人たちもそれは同じのようだ。
謎のゲームのルールを完全に無視することに一抹の不安はあるが、とっとと家に帰れるのならそれに越したことはない。
ここはこの男に任せて、先導してもらうのが楽な道かもしれない。
「というわけで、僕は出口を探しに行きますけど、皆さんどうします?さっきチラッと見た感じ、この建物結構広そうなんで、手伝ってもらえると正直助かるんですけど。」
この部屋の、2つある出口の片方を指し示しながら、青年は提案してきた。
「まぁこんなとこで時間を無駄にしたくないしなぁ。私も一緒に行くよ。」
「あたしも~。まじさっさと帰りたいし。」
作業着の男とギャル系女子はすぐさま同意を示した。
「あ、お、俺も行きます。」
乗り遅れまいと、雅史も手を上げる。
もしチンピラ風の男と二人きりなんて事になれば、目も当てられない。
当のチンピラが同行するのかは未知数だが。
自然、残りのチンピラと女子高生に視線が集まる。
それに気づいたチンピラは、舌打ちをした後かったるそうに口を開いた。
「悪いが顔も知らない連中とつるむ気は無いんでね。好きにやらせてもらう。あんたらはあんたらで好きにやればいい。」
そう言い放つと、スーツの青年が指していたのとは反対方向の出口へと、すたすたと歩き始めてしまった。
「はは、手厳しいなぁ。まあ、個人の自由は尊重しないと。」
チンピラの態度に苦笑しつつ、スーツの青年は肩をすくめた。
実際のところ、雅史はあの男と同行せずに済む方がありがたかった。
こんな訳の分からない状況で、いかにも危なそうな男の近くにいるのは正直ご遠慮願いたかった。
「で、君はどうする?」
青年は続いて、女子高生に向かって尋ねた。
彼女はびくりと身じろぎすると、うつむいて目を泳がせながら何度も瞬きをした。
見ず知らずの人間達についていく事に、迷いがあるのだろうか。
だが、こんなところで一人でいる方が、よっぽど不安な気もする。
それと天秤にかけても他人と一緒にいる方が嫌だと言うのなら、相当内気な性格なのかも知れない。
見た目からは確かに、かなり内向的っぽいタイプに思えた。
雅史がそんなことを考えていると、ようやく決心したのか少女は絞り出すように声を出した。
「い、一緒に行きます……。」
消え入るようなか細い声だったが、何とか耳に届いた。
まあ普通に考えれば、この状況で他に選択肢はないだろう。
「よし、じゃあ善は急げ。行きますか。」
スーツの青年の先導に従って、一行はぞろぞろと動き始める。
困惑するもの、理不尽に憤るもの、不安におびえるもの。
その表情は様々だ。
雅史自身はといえば、いまいち現実感が湧かない、ふわふわした心持ちだった。
それこそ、何かのゲームの世界にでも迷い込んでしまったかのようだ。
日常とかけ離れた光景に、これは本当に現実なのだろうかという疑問を抱かずにはいられなかった。
(まぁ、なるようになるさ。)
ここで悩んでいても仕方がない。とりあえず動いてみてから考えればいい。
雅史は深く考えることを放棄した。
思えば、彼の人生はいつもそうだった。
部活動を選ぶ時も、バイト先を選ぶ時も。進路の選択ですら、他人の意見に流されて決定してきた。
主体性がない。全てにおいて楽観的な男なのだ。
だが、そんなお気楽な考え方でいられる時間も残りわずかだということを、彼はまだ知らなかった。
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