妹と歩く、異世界探訪記

東郷 珠

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終わりと再生

249 混沌から生まれ出るもの

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 その日、世界から悪意が消えた。
 ロイスマリアを包み込んでいた、かつて無い程に大きな悪意の渦が消えうせた。

 ラフィスフィア大陸に住まう人間達が、全てペスカの演説に感動したのだろうか?
 アンドロケイン大陸に住まう亜人達が、ミューモの言葉をきっかけに、己を見つめなおしたのだろうか?
 否、それは生まれ変わる、ただのきっかけでしかない。
 悪意は、そう簡単に消え去ったりしない。

 ☆ ☆ ☆

 エルフ達を断罪した女神ラアルフィーネは、直ぐに国へ戻る様に命じる。
 肩を落とし歩いていくエルフ達の背中には、悲痛よりも憤りに近い何かが宿っている様にも感じた。

「あれで、本当に良かったのかしら」

 溜息をつきポツリと漏らした言葉には、女神ラアルフィーネの未だ晴れない迷いが現れたのだろう。
 ただ、その思いをばっさり切り捨てる様に、冬也は言い放つ。

「駄目だろうな」
「冬也君・・・」

 冬也の言葉に項垂れる女神ラアルフィーネ。しかし、冬也は言葉を続けた。

「仕方ねぇよ。あんたの決断は最善じゃねぇ。だけどこの場合では最良だ。どんな罰を与えても、多分あいつらは変わらねぇよ。身を持って、痛みを知らねぇとな」

 顔を上げ、冬也の顔を見つめる女神ラアルフィーネ。その表情には、憂いが残る。愛を司る女神故か、下した決断の重さに誰よりも苛まれているのは、女神ラアルフィーネだろう。
 女神ラアルフィーネの心中を慮ってか、ペスカが静かに口を開いた。

「ラアルフィーネ様。私達は今出来る事をしてます。でも、最善の策は取れません。誰もがそうやって苦しんで選択をしてるんです」
「ペスカちゃん・・・」
「きっと、彼らは再び呑まれます。だけど彼らが痛みを知り、真に変わろとするならば、ミューモが助けるはずです。私は、地上に生きる者達の可能性を信じます。だから、ラアルフィーネ様も信じてあげて」

 女神ラアルフィーネは、無言で頷いた。そして笑みを作ると、去っていく。
 大地を復興させる為に、神々の下へと。

 女神ラアルフィーネが去り、ペスカと冬也は顔を見合わせる。
 万全の状態ではない。立ち向かう為には、未だ足りない物ばかり。それでも最悪の事態を回避する為に、手を尽くした。
 災厄に対抗する為の策も用意した。
 
 ズマを中心に魔獣達は、団結している。人間は絶望を乗り越え、抗おうとし始めている。亜人は争いを止め、手を取り始めている。

 ペスカと冬也、そして兄妹の意思を継ぐ者達が、必死に作り上げた状況である。しかし、事態は進行している。

「なぁペスカ」
「駄目だよ、お兄ちゃん。今はまだ駄目。私達が動くのは最後」
「わかってる。でも」
「うん。ラアルフィーネ様にあんな事を言ったんだもん。私達が一番みんなを信じてあげなきゃね」
「あぁ、そうだな」
 
 ペスカと冬也の表情は、今までにない程、固く強張っていた。
 戦いに赴く、緊張の様なものが浮かんでいた。そう、既に兄妹の戦いは始まっていた。

 世界から緩やかに、悪意が収縮し始める。
 射殺さんとする狂気が、ドロドロとぬめり着く様な嫉妬が、ロイスマリア全体に漂う悪感情が、一点に集まり、生き物の様に自ら動き始める。
 ゆっくりと、まるでブラックホールの様に、世界中に蔓延した悪感情を全て吸い込んでいく。

 神の喪失に伴う、世界中で起きた混乱。そして壊れ行く世界で、地上に生きる者達からは、次々と悪感情が芽生えていった。
 引きずられる様に、諍いが起きた。特に亜人の大陸アンドロケインは、各地で戦争が起き、多くの死者を生んだ。
 戦争による狂気は、悪意の渦を膨らませる大きな要因となった。
 
 膨らみきった悪意は、ペスカ達の尽力を持ってしても、抑えきれなかった。まるで飽和し破裂したかの様に、とんでもなく巨大な力のうねりが生まれる。巨大なうねりは、一つの形を作っていく。
 そして悪意は、意思を持ち始めた。

 嫉妬の神メイロード、混沌のグレイラス、そして邪神ロメリア。混沌勢と呼ばれる神々は、かつてラフィスフィア大陸を混乱に陥れた、
 いずれも、強い力を持った神であった。邪神ロメリアは消滅して尚、残滓がドラグスメリア大陸を混乱に陥れた。
 
 新たに意思を持った悪意は、どの神よりも強大な力を持っていた。
 恐れていた災厄は、静かに始まっていた。

 崩壊しかけた世界をどうにか繋ぎ止めようと、僅かな力を振り絞る神々。そして地上に生きる者達は、平和への道を歩み始めたばかり。
 歩み始めた乳飲み子は、わずかな耐性すら持ち合わせていない。世界は未だ、災厄への備えは十全でない。
 しかし残酷にも、災厄は生まれていた。

 意思を持った悪意は、世界の記憶へリンクする。それは、何も知らない生まれたばかりの意思が、行くべき道を探っているのだろう。
 そして記憶を吸収した悪意は、ゆっくりと形を作り上げていく。

 それは、雌雄を持たない中世的な姿。それは、見る者の心によって、映す姿を変えるだろう。悪鬼の様に、殺人鬼の様に、悪魔の様に、モンスターの様に。
 混沌の塊、歪みの中心、だからこそ有りもしない矛盾を内包する。

「アルドメラク」 
 
 悪意は自らをそう呼んだ。

「終わらせよう。先達が成し得なかった願いを、我が叶えよう」

 悪意は目的を持った。そして、ゆっくりと噛みしめる様に呟いた。

「我が名はアルドメラク。混沌の神にして、世界を破壊せし定めの下に生まれた。かつて世界に存在した偉大な神々の願いは、ここに叶えられる。全ての神に鉄槌を! 生きとし生ける者達の願いは、ここに叶えられる。この腐った世界に終焉を!」

 自らをアルドメラクと名乗ったそれは、邪神ロメリアの残滓によって同胞を殺された、魔獣達の憎しみから生まれた。飢えに苦しむ人間達の、絶望から生まれた。戦いの中で、狂気に呑まれる亜人達の怒りから生まれた。
 
 こんな絶望に満ちた世界は、終わらせないといけない。そう切望した。
 世界の記憶から、混沌勢の願いを汲み取り、意思を継ごうと誓った。だから、神々を滅ぼそうと切望した。

 その日、世界から悪意が消え、一つの存在を生み出した。
 世界に新たな邪神が誕生した。

 それは歪んだ願いを叶える存在であった。それは淀んだ夢を叶える存在であった。
 これは試練の始まりであった。
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