2 / 415
異世界への旅立ち
2 最初のバトル
しおりを挟む
見たこともない非日常に遭遇した時、人はどんな行動を取るのだろう。
まさか、これが異世界! よっしゃー! これからチート能力でやりたい放題だぜ! と意気揚々に探索を始めるのだろうか。
それとも、慌ててスマホを取り出し、電波が通じるか確認をするのだろうか。
それとも、只々呆然とし、現実逃避をするのだろうか。
冬也は、突然の事態を理解出来ずに、唖然とし佇んでいた。
玄関を開けると突然に風景が変わった。見慣れた住宅街では無い、そこは鬱蒼とした森の中。勿論、自宅が辺鄙な場所に有るわけではない。一応は東京都で、閑静な住宅街に存在する普通の家だ。自宅を出たら森の中なんて、あり得る訳がない。
何度も瞬きしても、目の前の風景は変わらない。そのあり得ない事態は、冬也のキャパシティーを超えていた。
VRなら可能だろうか。もしかすると、ペスカがいたずらを仕掛けたのか?
いや、それなら気が付いてもいい。ペスカが自分に気が付かれずに、VRゴーグルを嵌められるはずがない。
それとも、夢か? それなら、早く起きて朝の支度をしなければ。茫然としながらも、脳の一部は危険を察知し、異常な程に回転を行う。
「・・・ちゃん、・・いちゃん、・にいちゃんってば」
五分位は経っていただろうか。棒立ちの冬也の耳に声が届く。声が聞こえると共に、段々と冬也の意識がはっきりとしてくる。
「お~い! おに~ちゃん~! おにいちゃんや~い。聞こえてますか~?」
「あ、あ、あぁ! ペスカか? ちゃんと居るのか?」
「居るよお兄ちゃん。さっきからず~と呼んでるのに」
冬也は未だ身に降りかかった異常事態を、整理しきれていなかった。妹の呼びかけには答えていたが、心は現実を拒否していた。
いくら知識の無い冬也でも、イチョウや楓くらいは見た事が有る。光がほとんど差し込まない森の中には、見た事の無い毒々しい色の実を付けた木々が生えている。周囲を飾る花々は、まるで牙でも生えているかの様に、花弁を開いている。
夢なのか?
でも、この生暖かく頬を撫でる風が、夢だとは思えない。
現実か?
現実に、こんな事が起こってたまるか!
すこしずつ冬也は現実に引き戻されていく。そして、覚醒した冬也の脳裏に過るのは、ペスカの安否であった。
明るい声は聞こえていた、だから安全だろう。しかし、この異常事態の中で何が起こっているかわからない。
冬也はいったん落ち着こうと、深呼吸をする。そして、無事を確認する為に、ペスカの方へと顔を向けた。それでも動揺しているのか、冬也の声はやや上ずっていた。
「ぺ、ペスカ! 痛い所無いか? 苦しいところは? 頭とか大丈夫か?」
「平気だよ。ってゆうか平気じゃないの、お兄ちゃんでしょ? 何度呼んでも無視するし」
冬也はその時、先の出来事を思い出す。玄関を開けたら光が差した。そうだ、玄関はどうした?
冬也が慌てて振り向いても、有るはずの玄関は消えている。その時やっと、冬也は見知らぬ場所に取り残されている事を自覚した。
「なぁペスカ、玄関無くなってねえか? ってかここ何処だ?」
「う~ん。異世界?」
「はぁ? 何言ってんだペスカ! 異世界なんて有るわけ無いだろ!」
「じゃあ、お兄ちゃんは何処だと思うのよ」
「アマゾンとかアフリカの奥地とか?」
「馬鹿だな~、お兄ちゃんは。こんな変な植物が、地球に生えてる訳無いじゃない!」
ペスカが指を指した先には、冬也も見た人食い植物に似た異様な植物。だが、呆れるほど呑気なペスカの態度に、冬也は些か疑問を感じた。
「ペスカお前、なんか冷静だな」
「う~ん。お兄ちゃんが役立たずだしね」
「何か隠してるのか? 怒らないから、全部話してみろ」
「あはは、やだな。お兄ちゃんってば、アハハ」
「話す気はねぇのか? でも、場所がわからないなら、帰れないぞ」
「だから、異世界って言ってるじゃない。信じてないお兄ちゃんが悪いんだよ」
ペスカの言っている事が、冬也には全く理解出来ない。異世界なんて有るはずが無い。もしかすると、玄関を出る前に感じていた胸騒ぎは、これの事だったのか?
薄々とではあるが、冬也はこの場所から、容易に帰る事が出来ないと感じていた。
「まあ、此処にいても仕方ないし、取り合えず森を出るか! そうすれば帰る方法も見つかるかも知れないしな」
「そうだね、お兄ちゃん。レッツ異世界!」
「元気だなペスカ。隠し事は今の内に話せよ。そうじゃ無いと、すげぇ痛いお仕置きするからな!」
そうは言っても、どちらに進めば良いのだろう。冬也が周囲を見回していると、不意にガサガサと音がして、木々の間から何かが飛び出してきた。
その容姿は地球に存在している物と似ているが、明らかに違う生物だった。グルゥ~と低い声を上げて、鋭い歯をむき出しにしている。頭部には、刺されば致命傷確定と思える程、尖った角が生えている。そして、いつでも飛び掛かって来そうな態勢で、こちらを見つめている。
「わぁ! な、なんだあれ! ウサギか? いや、ちげぇな」
「お兄ちゃん、ビックリし過ぎ。ウサギだよ、ウサギ」
「ウサギには角なんてねぇよ!」
「じゃあ、角ウサギ? でも、ウサギさんこっちガン見してるね」
冬也はペスカを背に庇う様に位置取りする。そして角ウサギは、今にも飛び掛かろうと姿勢を低くし、じりじりと距離を詰めてくる。
「ペスカ、絶対に俺の後ろから出るなよ。あの角は危ねぇぞ」
「お兄ちゃんどうするの? やっつけるの?」
「無茶言うな。あんな訳のわかんねぇのと戦わねぇよ! 隙を見て逃げるんだよ!」
「え~! 異世界での最初のバトルなのに?」
「馬鹿な事、言ってんじゃねぇよ! ゲームじゃねぇんだぞ!」
冬也がペスカを叱る為に、角ウサギから視線を外した一瞬だった。角ウサギは、頭の鋭い角を真っすぐに冬也に向け、飛ぶようにジャンプする。冬也はペスカを背に庇い、左手で払い除ける様に角をいなす。
最初の一撃を避けられたものの、角ウサギはグルゥゥと引く声で鳴き、威嚇をしながら距離を詰める。すこしずつ、角ウサギと冬也の間合いが詰まっていく。
角ウサギと対峙した瞬間に、野生の獣と相対した時の緊張感を感じた。これは本物の命のやり取りだと、冬也は確信した。
父に格闘技を仕込まれていた冬也は、暴漢からペスカや友人を守る為に、喧嘩をする事が多かった。負けた事は一度たりとも無い。
だがそれだけに、人間と違い本能で襲い掛かる怪物に対し、緊張を覚えていた。
再び角ウサギが、飛ぶようにジャンプする。先ほどと同様に、左手で角を往なしすと、冬也は右の拳で横腹を突く。角ウサギは、ギャンと鳴いて吹き飛ばされ、森の中を転がった。
やや、角ウサギとの距離が離れた瞬間、冬也はペスカの手を引き、この場を去ろうとした。しかし、ペスカは動こうとしない。
「ペスカ、逃げるんだよ。何してんだ!」
角ウサギがふらつきながらも起き上り、態勢を立て直そうとしている。野生の動物であれば、当然であろう。敗北は、死と同義なのだから。
時間をかけて、角ウサギは態勢を立て直す。そして、再び姿勢を低くする。唯一の技なのだろう。自分の角を活かした攻撃で、冬也に致命傷を与えようと鋭い目を輝かせる。
その時だった。背中越しのペスカから、囁く様に声がかかる。
「お兄ちゃん集中して! 火の玉をイメージするの」
「火の玉? 何言ってんだペスカ!」
「良いから、言う事聞いて。私を信じて! 火の玉を具体的にイメージするの」
ペスカの意図が、全く理解出来ない。だが冬也はペスカに言われた通り、頭の中で炎の塊をイメージする。不思議な事に冬也は、自分の体に不思議な力が流ているのを感じた。
「イメージ出来たら、それを思いっきりあいつにぶつけるの」
頭で中でイメージした炎の塊を、ボールを投げる様に意識して、冬也は腕を振るう。自分の中に流れる力が集まり、炎の塊が具現化される。そして、炎の塊は角ウサギに飛んでいく。
突撃の姿勢を取っていた角ウサギは、避ける手段を持ち合わせていない。足に激突しギャンと叫び、角ウサギは二人との距離を取った。
確実に角ウサギは警戒をしている。これまでと違い、後方へとじわじわ下がっていく。そんな角ウサギに対し、冬也は驚きの声を上げていた。
「なぁペスカ。なんか出た。なんか出たよペスカ」
「魔法だよお兄ちゃん。やっぱりやれば出来るじゃない」
「魔法ってお前。いや今は、これを乗り切るのが先決か」
「集中してもう一発だよ。それと魔法を放つ時は、名前を叫ぶと上手くいくよ。頑張れお兄ちゃん」
冬也は未だに状況を理解出来ないでいたが、やるべき事ははっきりとしている。冬也は、再び角ウサギに向けて魔法を放つ。今度は角ウサギと距離が有り、魔法は角ウサギの手前の地面へ激突し地面を抉った。一方の角ウサギは逃げる機会を伺い、冬也の魔法を大きく避ける様に動く。
無我夢中の冬也から、幾度も炎の塊が放たれる。その内、一つか二つの塊が角ウサギの体を掠めて、火傷を負わせる。
角ウサギは必死に動きながら、二人との距離を広げていく。そして隠れる様に、茂みの中へ消えていった。
野生の獣との戦いは、緊張を強いられる。相手は、人間より遥かに身体能力が高いのだから。角ウサギが茂みに消え去ると、冬也は深いため息を着いて地面にへたり込んだ。
「お疲れ~、お兄ちゃん。やっぱりやる子だね、お兄ちゃんは」
「あぁ、ありがとうペスカ。怪我は無いか?」
「お兄ちゃんが守ってくれたし大丈夫」
冬也はペスカに危険が及ばなかった事に安堵していた。だがここは見知らぬ森、自分達を襲って来る脅威は一匹とは限らない。やや怠さが残る体を奮い起こす様に、冬也は立ち上がった。
だがこの事態は、おかしい。日本では見た事も無い植物、角の生えたウサギ、自らが放った炎の塊。
現実で有る事は間違いないが、何か妙な事が起きている。それはいったい何だ。ペスカは何を隠してる。冬也の中で疑問が膨れ上がり、ペスカに問いかける。
「わかったペスカ。これ昨日の夜にやったゲームだろ。お前に付き合わされたVRゲーム。良く出来てるな~。兄ちゃん引っ掛かっちゃたよ、ビックリ大成功だな」
「お兄ちゃん、馬鹿なの? 一緒に玄関から外に出たでしょ!」
「いい加減にしないと、兄ちゃんだって怒るぞ。夕飯はお前の嫌いな、ネバネバ尽くしにするからな」
「ネバネバ嫌いはお兄ちゃんも一緒じゃない。馬鹿なの?」
「じゃあ何なんだよこの状況! お前なにか知ってんだろ?」
冬也は思わず怒鳴り散らしていた。ペスカと暮らし始めて十年間、叱る事はあっても、ここまで激しく怒鳴った事は無い。激しい口調で問い詰められ、ペスカは瞳に涙をいっぱい浮かべ俯く。
やがてペスカの瞳から、大粒の涙がポロポロと零れだした。
「ばか~! お兄ちゃんのばか~! そんなに怒鳴る事ないじゃない! 嫌い~! お兄ちゃん嫌い~!」
「ご、ごめんペスカ。兄ちゃんが悪かったごめん」
ペスカが泣き止み機嫌が収まるまで、あれやこれや色んな手で、冬也は宥めすかす。ペスカが落ち着くのを見計らうと、今度は優しく話しかける。
「なぁペスカ。知ってる事があったら、兄ちゃんに教えてくれないか?」
「ぐすっ。良いよ。ぐすっ。何が聞きたいの?」
「ここは何処だ?」
「異世界。ぐすっ」
「それじゃ話になんね~よ。そう言えば旅行、駄目になっちゃったな」
「大丈夫。ぐすっ。目的地ここだから」
「はぁ? 何言ってんだお前」
「だから、目的地はここって言ったの」
冬也は、やはりペスカの言葉の意味を、理解が出来なかった。これは唯の始まりに過ぎない事を、冬也は知らない。そしてペスカでさえも、待ち受ける困難を想像しきれていない。
やがて二人は、世界を揺るがす大波乱に巻き込まれていく。これは、兄妹の冒険の始まりであった。
まさか、これが異世界! よっしゃー! これからチート能力でやりたい放題だぜ! と意気揚々に探索を始めるのだろうか。
それとも、慌ててスマホを取り出し、電波が通じるか確認をするのだろうか。
それとも、只々呆然とし、現実逃避をするのだろうか。
冬也は、突然の事態を理解出来ずに、唖然とし佇んでいた。
玄関を開けると突然に風景が変わった。見慣れた住宅街では無い、そこは鬱蒼とした森の中。勿論、自宅が辺鄙な場所に有るわけではない。一応は東京都で、閑静な住宅街に存在する普通の家だ。自宅を出たら森の中なんて、あり得る訳がない。
何度も瞬きしても、目の前の風景は変わらない。そのあり得ない事態は、冬也のキャパシティーを超えていた。
VRなら可能だろうか。もしかすると、ペスカがいたずらを仕掛けたのか?
いや、それなら気が付いてもいい。ペスカが自分に気が付かれずに、VRゴーグルを嵌められるはずがない。
それとも、夢か? それなら、早く起きて朝の支度をしなければ。茫然としながらも、脳の一部は危険を察知し、異常な程に回転を行う。
「・・・ちゃん、・・いちゃん、・にいちゃんってば」
五分位は経っていただろうか。棒立ちの冬也の耳に声が届く。声が聞こえると共に、段々と冬也の意識がはっきりとしてくる。
「お~い! おに~ちゃん~! おにいちゃんや~い。聞こえてますか~?」
「あ、あ、あぁ! ペスカか? ちゃんと居るのか?」
「居るよお兄ちゃん。さっきからず~と呼んでるのに」
冬也は未だ身に降りかかった異常事態を、整理しきれていなかった。妹の呼びかけには答えていたが、心は現実を拒否していた。
いくら知識の無い冬也でも、イチョウや楓くらいは見た事が有る。光がほとんど差し込まない森の中には、見た事の無い毒々しい色の実を付けた木々が生えている。周囲を飾る花々は、まるで牙でも生えているかの様に、花弁を開いている。
夢なのか?
でも、この生暖かく頬を撫でる風が、夢だとは思えない。
現実か?
現実に、こんな事が起こってたまるか!
すこしずつ冬也は現実に引き戻されていく。そして、覚醒した冬也の脳裏に過るのは、ペスカの安否であった。
明るい声は聞こえていた、だから安全だろう。しかし、この異常事態の中で何が起こっているかわからない。
冬也はいったん落ち着こうと、深呼吸をする。そして、無事を確認する為に、ペスカの方へと顔を向けた。それでも動揺しているのか、冬也の声はやや上ずっていた。
「ぺ、ペスカ! 痛い所無いか? 苦しいところは? 頭とか大丈夫か?」
「平気だよ。ってゆうか平気じゃないの、お兄ちゃんでしょ? 何度呼んでも無視するし」
冬也はその時、先の出来事を思い出す。玄関を開けたら光が差した。そうだ、玄関はどうした?
冬也が慌てて振り向いても、有るはずの玄関は消えている。その時やっと、冬也は見知らぬ場所に取り残されている事を自覚した。
「なぁペスカ、玄関無くなってねえか? ってかここ何処だ?」
「う~ん。異世界?」
「はぁ? 何言ってんだペスカ! 異世界なんて有るわけ無いだろ!」
「じゃあ、お兄ちゃんは何処だと思うのよ」
「アマゾンとかアフリカの奥地とか?」
「馬鹿だな~、お兄ちゃんは。こんな変な植物が、地球に生えてる訳無いじゃない!」
ペスカが指を指した先には、冬也も見た人食い植物に似た異様な植物。だが、呆れるほど呑気なペスカの態度に、冬也は些か疑問を感じた。
「ペスカお前、なんか冷静だな」
「う~ん。お兄ちゃんが役立たずだしね」
「何か隠してるのか? 怒らないから、全部話してみろ」
「あはは、やだな。お兄ちゃんってば、アハハ」
「話す気はねぇのか? でも、場所がわからないなら、帰れないぞ」
「だから、異世界って言ってるじゃない。信じてないお兄ちゃんが悪いんだよ」
ペスカの言っている事が、冬也には全く理解出来ない。異世界なんて有るはずが無い。もしかすると、玄関を出る前に感じていた胸騒ぎは、これの事だったのか?
薄々とではあるが、冬也はこの場所から、容易に帰る事が出来ないと感じていた。
「まあ、此処にいても仕方ないし、取り合えず森を出るか! そうすれば帰る方法も見つかるかも知れないしな」
「そうだね、お兄ちゃん。レッツ異世界!」
「元気だなペスカ。隠し事は今の内に話せよ。そうじゃ無いと、すげぇ痛いお仕置きするからな!」
そうは言っても、どちらに進めば良いのだろう。冬也が周囲を見回していると、不意にガサガサと音がして、木々の間から何かが飛び出してきた。
その容姿は地球に存在している物と似ているが、明らかに違う生物だった。グルゥ~と低い声を上げて、鋭い歯をむき出しにしている。頭部には、刺されば致命傷確定と思える程、尖った角が生えている。そして、いつでも飛び掛かって来そうな態勢で、こちらを見つめている。
「わぁ! な、なんだあれ! ウサギか? いや、ちげぇな」
「お兄ちゃん、ビックリし過ぎ。ウサギだよ、ウサギ」
「ウサギには角なんてねぇよ!」
「じゃあ、角ウサギ? でも、ウサギさんこっちガン見してるね」
冬也はペスカを背に庇う様に位置取りする。そして角ウサギは、今にも飛び掛かろうと姿勢を低くし、じりじりと距離を詰めてくる。
「ペスカ、絶対に俺の後ろから出るなよ。あの角は危ねぇぞ」
「お兄ちゃんどうするの? やっつけるの?」
「無茶言うな。あんな訳のわかんねぇのと戦わねぇよ! 隙を見て逃げるんだよ!」
「え~! 異世界での最初のバトルなのに?」
「馬鹿な事、言ってんじゃねぇよ! ゲームじゃねぇんだぞ!」
冬也がペスカを叱る為に、角ウサギから視線を外した一瞬だった。角ウサギは、頭の鋭い角を真っすぐに冬也に向け、飛ぶようにジャンプする。冬也はペスカを背に庇い、左手で払い除ける様に角をいなす。
最初の一撃を避けられたものの、角ウサギはグルゥゥと引く声で鳴き、威嚇をしながら距離を詰める。すこしずつ、角ウサギと冬也の間合いが詰まっていく。
角ウサギと対峙した瞬間に、野生の獣と相対した時の緊張感を感じた。これは本物の命のやり取りだと、冬也は確信した。
父に格闘技を仕込まれていた冬也は、暴漢からペスカや友人を守る為に、喧嘩をする事が多かった。負けた事は一度たりとも無い。
だがそれだけに、人間と違い本能で襲い掛かる怪物に対し、緊張を覚えていた。
再び角ウサギが、飛ぶようにジャンプする。先ほどと同様に、左手で角を往なしすと、冬也は右の拳で横腹を突く。角ウサギは、ギャンと鳴いて吹き飛ばされ、森の中を転がった。
やや、角ウサギとの距離が離れた瞬間、冬也はペスカの手を引き、この場を去ろうとした。しかし、ペスカは動こうとしない。
「ペスカ、逃げるんだよ。何してんだ!」
角ウサギがふらつきながらも起き上り、態勢を立て直そうとしている。野生の動物であれば、当然であろう。敗北は、死と同義なのだから。
時間をかけて、角ウサギは態勢を立て直す。そして、再び姿勢を低くする。唯一の技なのだろう。自分の角を活かした攻撃で、冬也に致命傷を与えようと鋭い目を輝かせる。
その時だった。背中越しのペスカから、囁く様に声がかかる。
「お兄ちゃん集中して! 火の玉をイメージするの」
「火の玉? 何言ってんだペスカ!」
「良いから、言う事聞いて。私を信じて! 火の玉を具体的にイメージするの」
ペスカの意図が、全く理解出来ない。だが冬也はペスカに言われた通り、頭の中で炎の塊をイメージする。不思議な事に冬也は、自分の体に不思議な力が流ているのを感じた。
「イメージ出来たら、それを思いっきりあいつにぶつけるの」
頭で中でイメージした炎の塊を、ボールを投げる様に意識して、冬也は腕を振るう。自分の中に流れる力が集まり、炎の塊が具現化される。そして、炎の塊は角ウサギに飛んでいく。
突撃の姿勢を取っていた角ウサギは、避ける手段を持ち合わせていない。足に激突しギャンと叫び、角ウサギは二人との距離を取った。
確実に角ウサギは警戒をしている。これまでと違い、後方へとじわじわ下がっていく。そんな角ウサギに対し、冬也は驚きの声を上げていた。
「なぁペスカ。なんか出た。なんか出たよペスカ」
「魔法だよお兄ちゃん。やっぱりやれば出来るじゃない」
「魔法ってお前。いや今は、これを乗り切るのが先決か」
「集中してもう一発だよ。それと魔法を放つ時は、名前を叫ぶと上手くいくよ。頑張れお兄ちゃん」
冬也は未だに状況を理解出来ないでいたが、やるべき事ははっきりとしている。冬也は、再び角ウサギに向けて魔法を放つ。今度は角ウサギと距離が有り、魔法は角ウサギの手前の地面へ激突し地面を抉った。一方の角ウサギは逃げる機会を伺い、冬也の魔法を大きく避ける様に動く。
無我夢中の冬也から、幾度も炎の塊が放たれる。その内、一つか二つの塊が角ウサギの体を掠めて、火傷を負わせる。
角ウサギは必死に動きながら、二人との距離を広げていく。そして隠れる様に、茂みの中へ消えていった。
野生の獣との戦いは、緊張を強いられる。相手は、人間より遥かに身体能力が高いのだから。角ウサギが茂みに消え去ると、冬也は深いため息を着いて地面にへたり込んだ。
「お疲れ~、お兄ちゃん。やっぱりやる子だね、お兄ちゃんは」
「あぁ、ありがとうペスカ。怪我は無いか?」
「お兄ちゃんが守ってくれたし大丈夫」
冬也はペスカに危険が及ばなかった事に安堵していた。だがここは見知らぬ森、自分達を襲って来る脅威は一匹とは限らない。やや怠さが残る体を奮い起こす様に、冬也は立ち上がった。
だがこの事態は、おかしい。日本では見た事も無い植物、角の生えたウサギ、自らが放った炎の塊。
現実で有る事は間違いないが、何か妙な事が起きている。それはいったい何だ。ペスカは何を隠してる。冬也の中で疑問が膨れ上がり、ペスカに問いかける。
「わかったペスカ。これ昨日の夜にやったゲームだろ。お前に付き合わされたVRゲーム。良く出来てるな~。兄ちゃん引っ掛かっちゃたよ、ビックリ大成功だな」
「お兄ちゃん、馬鹿なの? 一緒に玄関から外に出たでしょ!」
「いい加減にしないと、兄ちゃんだって怒るぞ。夕飯はお前の嫌いな、ネバネバ尽くしにするからな」
「ネバネバ嫌いはお兄ちゃんも一緒じゃない。馬鹿なの?」
「じゃあ何なんだよこの状況! お前なにか知ってんだろ?」
冬也は思わず怒鳴り散らしていた。ペスカと暮らし始めて十年間、叱る事はあっても、ここまで激しく怒鳴った事は無い。激しい口調で問い詰められ、ペスカは瞳に涙をいっぱい浮かべ俯く。
やがてペスカの瞳から、大粒の涙がポロポロと零れだした。
「ばか~! お兄ちゃんのばか~! そんなに怒鳴る事ないじゃない! 嫌い~! お兄ちゃん嫌い~!」
「ご、ごめんペスカ。兄ちゃんが悪かったごめん」
ペスカが泣き止み機嫌が収まるまで、あれやこれや色んな手で、冬也は宥めすかす。ペスカが落ち着くのを見計らうと、今度は優しく話しかける。
「なぁペスカ。知ってる事があったら、兄ちゃんに教えてくれないか?」
「ぐすっ。良いよ。ぐすっ。何が聞きたいの?」
「ここは何処だ?」
「異世界。ぐすっ」
「それじゃ話になんね~よ。そう言えば旅行、駄目になっちゃったな」
「大丈夫。ぐすっ。目的地ここだから」
「はぁ? 何言ってんだお前」
「だから、目的地はここって言ったの」
冬也は、やはりペスカの言葉の意味を、理解が出来なかった。これは唯の始まりに過ぎない事を、冬也は知らない。そしてペスカでさえも、待ち受ける困難を想像しきれていない。
やがて二人は、世界を揺るがす大波乱に巻き込まれていく。これは、兄妹の冒険の始まりであった。
15
あなたにおすすめの小説
99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える
ハーフのクロエ
ファンタジー
夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。
主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~
空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。
もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。
【お知らせ】6/22 完結しました!
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~
ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。
コイツは何かがおかしい。
本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。
目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる