131 / 415
それぞれの選択
130 翔一の訓練体験
しおりを挟む
運河で佇んでいた翔一は、トールに声を掛けられる。面倒事の匂いを嗅ぎ分けた翔一は、少し頭を押さえた。
その時の翔一には、ペスカがにやける顔が、ありありと浮かんでいた。
どうせペスカが手を回して、この男を自分の所に寄こしたのだろう。軍人然とした男に、修行でもつけさせようと企んでいるのだろう。
翔一の予想は、概ね正解である。しかし、ただの一般人である翔一とって、軍の訓練は想像以上に過酷である事を除けばであるが。
「翔一殿、聞いておられるか? 翔一殿?」
「え? あぁ、すみません。何の話しでしたっけ?」
「端的に申しますと、翔一殿には、我が隊の訓練にご参加頂きたいのです」
「はい? 何て?」
「訓練です。貴殿はペスカ殿の同胞でしょう? あの戦いでは、最前線にいらっしゃったと聞いてます。是非我々に、御指南頂けないでしょうか?」
予想通りの展開に、翔一は頭が痛くなる思いだった。トールを見やると、いたって真面目な顔をしている。
ただし、何もする事が無い翔一は、暇である事には変わりない。少し時間を置き、溜息をついてから、翔一は頷いた。
「わかりました。僕でよければ」
「おぉ有難い。では、行くとしようか」
トールの後について、翔一は歩き始める。
数時間前に訪れた、王立魔法研究所の近くに有る、エルラフィア軍の訓練施設に訪れた。
訓練施設には、既に多くの兵士が揃っていた。どの兵士も、真剣な顔つきをしている。それぞれに抱えた思いが有るのだろう。
それにしても、戦争が終わって直ぐにも関わらず、訓練をしている。どれだけ勤勉なのか。
ただ、日頃から訓練を行っているから、彼らは生き残れたのだろう。五体満足で、軍へ従事出来るのだろう。
翔一は、ぼうっと兵士達の訓練を眺めていた。そんな翔一に、トールから声がかかる。それは時間を惜しみ、翔一を急かしている様にも聞こえた。
「早速、始めましょうか」
少し翔一の方を振りむいたトールは、直ぐに兵達に向かい大声を張り上げた。
「貴様等! 今日は特別に、英雄の一人がお越し下さった。胸を借りるまたと無い機会だ。我こそはと思う者は、前へ出ろ!」
トールの掛け声と共に、何人かの兵が歩み出る。どの兵も屈強な身体つきで、死線を何度も潜り抜けた様な威圧感を漂わせていた。
トールは前に出た兵達を見やると、笑みを浮かべる。
「翔一殿。彼らは、あの戦いで生き残った戦士です。不足は有りますまい。さぁ」
トールは、翔一に木剣を差し出す。
翔一は深い溜息をついた後に、差し出された木剣を受けとった。この時、翔一は訓練を甘く見ていた。軽く付き合ったら、満足するだろうと考えていた。
木剣を受け取った瞬間から、翔一は宿に帰れる事は無くなり、寄宿舎で兵達と寝食を共にする事になる。
元ライン帝国の中隊長であり、エルラフィア王国で将校となったトール。その熱い心は、伊達じゃ無い。
祖国を失い、仲間を失い、尚も戦い続けるトールは、その身を預けたエルラフィア王国の地を、国を守り通す強い信念を持っていた。
それ故、戦争が終わって間もないにも関わらず、兵達の強化を行っていた。
兵達もまた、気合に満ちている。頑強な肉体と射殺さんとする瞳は、只人であれば恐怖をしていただろう。
だが翔一は、人知を超える者達の戦いを、間近で見て来た。それこそ、モーリス達の様な達人クラスと対峙しなければ、恐れは感じない。
いつもと同じ要領で、翔一は木剣にマナを纏わせる。それを見たトールは、ほぅと感嘆の声を漏らした。
ラフィス鉱石を含んで作られた剣に、マナを纏わせるのは基礎である。しかし何の変哲もない木剣にマナを纏わせるのは、かなり難しい。
これはある程度、剣を修めた者であれば、知っている事である。
そして訓練が始まり、代わる代わる翔一に向かって、兵が勝負を挑む。
どれも一瞬で決着が着いた。翔一の木剣と、誰も打ち合う事が出来ず、全て叩き折られる。死角に回り込まれて一撃を打たれ、簡単に意識を失う兵が続出した。
兵達が弱すぎたのでは無い。
冬也に体捌きを叩き込まれ、ペスカに魔法を仕込まれ、実践を繰り返した翔一は、自分に合った戦い方を身に付けていた。
相手をしっかり観察し、行動を予測する。だから、相手の動きを読んで、死角に回り込めるし隙が突ける。
本能的に体を動かす冬也と違い、翔一は思考をしながら、的確に体を動かす。
翔一は何でも小器用にこなす。だが冬也の様に極めた者には、遠く及ばない。ただし、ある程度何でもこなせるからこそ、アドバンテージとなる事も有る。
翔一は、知恵や技術等ありとあらゆる、自分の中に有るものを駆使して、戦い方を身に付けた。例え非力でも、スピードに叶わなくても、マナの差が有ろうと、負けない戦い方である。
それが、この世界で翔一が学んだ技術であった。
その真価は、翔一にすら理解していない、高いレベルのものであった。
興奮したトールが、兵士達に発破をかける。翔一は碌に休む事が出来ず、次々と兵達と剣を交える。およそ五十名の兵を薙ぎ倒した所で、翔一の体力が尽きた。
「トールさん。もう、勘弁してくれませんか」
「ふむ、私もお相手頂きたかったが、仕方ない。今日は兵舎でお休みください。明日もよろしくお願いします」
「あ、いや。僕は宿に」
「翔一殿。お気になさらず。食事もご用意いたしますので」
「そうじゃ無くて」
「何をやっている、早くご案内差し上げろ」
トールの合図で、一人の兵士が動く。断り切れずに、翔一は後に続いた。
「はぁ。だから僕は駄目なのかな」
溜息をつきながら、案内係の指示し従い、翔一は寄宿舎の中に入る。ただそこは、体育会系も真っ青な、過酷な場所であった。
食堂では、大量の食事が翔一の前に並ぶ。所謂、食事も訓練の一つという事だ。沢山食べて激しい訓練をし、頑丈な肉体を作り上げるのだ。
「量、多く無いですか?」
「訓練中ですので、皆この位は食べております。翔一殿は、華奢でいらっしゃる。もう少し食べた方がよろしいかと」
疲れ果てていた為、食事が喉を通らない。無理やり押し込む様に、翔一は食事を口に運ぶ。
ようやく食事が終わると、部屋に通される。しかしそこは、囚人室の様に薄い敷物が置いてあるだけで他には何も無い。
「あの、これで寝るんですか?」
「例え貴族のご子息でも、兵になれば寄宿舎ではこれで寝ます」
こうして、翔一の訓練体験は始まった。
屋根が有るだけましであろう。アンドロケイン大陸では、野宿だってしたのだから。翔一は疲れて直ぐに寝息を立てる。そして翌朝、早朝に叩き起こされ訓練は始まった。
王都の警備と訓練を交代で行っている様で、メンバーの入れ替わりが多い。訓練施設に集まったのは、昨日の訓練ではいなかった面々である。
最初は、食事前に長距離のランニングである。翔一とて十代、ただのランニングなら訳はない。しかしこれは、ただのランニングでは無かった。
五十キロの土嚢を担がされる。そして隊列を乱さぬ様に走らされる。少しでも隊列を乱した者は、罵声と鞭が待っている。
へこたれる事は許されない。寧ろ、へこたれる者がいない。
約二十キロのランニングを終えた時点で、翔一はヘロヘロになっていた。そして食堂へ向かう。周りの兵士達が勢いよく食べ進める中で、翔一は満足に食事が喉を通らない。
吐きそうになるのを必死に堪え、翔一は食事を詰め込んだ。
「翔一殿。食べないと、訓練に着いて行けないぞ」
翔一が振り返るとトールが立っていた。
「翔一殿。この食事一つが、国民の血の結晶。残すなんて以ての外だ。感謝して、頂かないとなりませんぞ」
「いや、その前に。なんで僕が訓練を受けているんですか?」
「うん? お聞きになられていないのですか? ペスカ殿から、翔一殿を鍛える様に命じられましたぞ」
「あぁ、やっぱりか」
「そう言う事です。故郷に戻られるまで、しっかりと鍛えて差し上げます」
「いや、そういうのは要らないです」
「まぁ、そう仰るな」
笑いながらトールは食堂を後にする。
食事を終えれば、午前は筋力トレーニングを行う。筋力トレーニングといっても、地球のそれとは大きく異なる。五キロは優に超える大剣を、ひたすら振るうのだ。
これだけの重量を振るうのだ。足をしっかり踏みしめなければ、振り回す事は出来ない。
剣を上下させるのには、背筋を使う。ただし五キロを超える大剣ならば、すっぽ抜けない様に強く握る為、握力が必要になる。更に降り下ろしの際、定位置で止める為には腕力も必要になる。
休む事は許されない。一瞬でも手を止めた者は、罰として土嚢を担いで走らされる。翔一は、何度も罰のランニングをさせられ、昼食時には体を動かす事も辛くなっていた。
午前の訓練が終わる頃、トールが警備の指揮を終えて戻って来る。そして食堂に行かず、一人で訓練施設に残り仰向けになる翔一を、見下ろながら言い放った。
「翔一殿。訓練は如何でしたか? まぁ、聞くまでも無いですね」
息も絶え絶えの翔一は、トールに答える事が出来なかった。
「翔一殿。投げ出しても、咎める者はおりません。諦めますか?」
翔一は、首を横に振った。半ば巻き込まれたとは言え、逃げ出したくはない。
挑発でもする様なトールの言い回しで、翔一の瞳に闘志が宿る。それを見てトールが笑みを零した。
「そうですか、流石ですな。これでもここに集めたのは、体力に自信が有る者ばかりです。それに今行っているのは、帝国式の訓練でして逃げ出す者が多いんです。期待してますよ、翔一殿」
昼食を詰め込んだ後には休憩が有る。翔一は、入念にストレッチを行い、午後に備えた。
午後は、戦闘訓練が行われる。昨日、五十名の兵を圧倒した力は、トール隊全員の知る所となり、翔一と手合わせしたいと望む者が多かった。
だが翔一の前には、午前中に巡回に出ていたトールが立ちはだかる。
「先ずは、私とお手合わせ頂けないでしょうか?」
「わかりました。よろしくお願いします」
相手は将校。翔一の顔が引き締まる。朝からの訓練で、翔一の体は酷く疲れている。そんな体で、どこまで戦えるのかわからない。
それでもこの瞬間は、今の自分を計る絶好の機会であろう。
「負けない!」
翔一は、小さく呟いた。
その時の翔一には、ペスカがにやける顔が、ありありと浮かんでいた。
どうせペスカが手を回して、この男を自分の所に寄こしたのだろう。軍人然とした男に、修行でもつけさせようと企んでいるのだろう。
翔一の予想は、概ね正解である。しかし、ただの一般人である翔一とって、軍の訓練は想像以上に過酷である事を除けばであるが。
「翔一殿、聞いておられるか? 翔一殿?」
「え? あぁ、すみません。何の話しでしたっけ?」
「端的に申しますと、翔一殿には、我が隊の訓練にご参加頂きたいのです」
「はい? 何て?」
「訓練です。貴殿はペスカ殿の同胞でしょう? あの戦いでは、最前線にいらっしゃったと聞いてます。是非我々に、御指南頂けないでしょうか?」
予想通りの展開に、翔一は頭が痛くなる思いだった。トールを見やると、いたって真面目な顔をしている。
ただし、何もする事が無い翔一は、暇である事には変わりない。少し時間を置き、溜息をついてから、翔一は頷いた。
「わかりました。僕でよければ」
「おぉ有難い。では、行くとしようか」
トールの後について、翔一は歩き始める。
数時間前に訪れた、王立魔法研究所の近くに有る、エルラフィア軍の訓練施設に訪れた。
訓練施設には、既に多くの兵士が揃っていた。どの兵士も、真剣な顔つきをしている。それぞれに抱えた思いが有るのだろう。
それにしても、戦争が終わって直ぐにも関わらず、訓練をしている。どれだけ勤勉なのか。
ただ、日頃から訓練を行っているから、彼らは生き残れたのだろう。五体満足で、軍へ従事出来るのだろう。
翔一は、ぼうっと兵士達の訓練を眺めていた。そんな翔一に、トールから声がかかる。それは時間を惜しみ、翔一を急かしている様にも聞こえた。
「早速、始めましょうか」
少し翔一の方を振りむいたトールは、直ぐに兵達に向かい大声を張り上げた。
「貴様等! 今日は特別に、英雄の一人がお越し下さった。胸を借りるまたと無い機会だ。我こそはと思う者は、前へ出ろ!」
トールの掛け声と共に、何人かの兵が歩み出る。どの兵も屈強な身体つきで、死線を何度も潜り抜けた様な威圧感を漂わせていた。
トールは前に出た兵達を見やると、笑みを浮かべる。
「翔一殿。彼らは、あの戦いで生き残った戦士です。不足は有りますまい。さぁ」
トールは、翔一に木剣を差し出す。
翔一は深い溜息をついた後に、差し出された木剣を受けとった。この時、翔一は訓練を甘く見ていた。軽く付き合ったら、満足するだろうと考えていた。
木剣を受け取った瞬間から、翔一は宿に帰れる事は無くなり、寄宿舎で兵達と寝食を共にする事になる。
元ライン帝国の中隊長であり、エルラフィア王国で将校となったトール。その熱い心は、伊達じゃ無い。
祖国を失い、仲間を失い、尚も戦い続けるトールは、その身を預けたエルラフィア王国の地を、国を守り通す強い信念を持っていた。
それ故、戦争が終わって間もないにも関わらず、兵達の強化を行っていた。
兵達もまた、気合に満ちている。頑強な肉体と射殺さんとする瞳は、只人であれば恐怖をしていただろう。
だが翔一は、人知を超える者達の戦いを、間近で見て来た。それこそ、モーリス達の様な達人クラスと対峙しなければ、恐れは感じない。
いつもと同じ要領で、翔一は木剣にマナを纏わせる。それを見たトールは、ほぅと感嘆の声を漏らした。
ラフィス鉱石を含んで作られた剣に、マナを纏わせるのは基礎である。しかし何の変哲もない木剣にマナを纏わせるのは、かなり難しい。
これはある程度、剣を修めた者であれば、知っている事である。
そして訓練が始まり、代わる代わる翔一に向かって、兵が勝負を挑む。
どれも一瞬で決着が着いた。翔一の木剣と、誰も打ち合う事が出来ず、全て叩き折られる。死角に回り込まれて一撃を打たれ、簡単に意識を失う兵が続出した。
兵達が弱すぎたのでは無い。
冬也に体捌きを叩き込まれ、ペスカに魔法を仕込まれ、実践を繰り返した翔一は、自分に合った戦い方を身に付けていた。
相手をしっかり観察し、行動を予測する。だから、相手の動きを読んで、死角に回り込めるし隙が突ける。
本能的に体を動かす冬也と違い、翔一は思考をしながら、的確に体を動かす。
翔一は何でも小器用にこなす。だが冬也の様に極めた者には、遠く及ばない。ただし、ある程度何でもこなせるからこそ、アドバンテージとなる事も有る。
翔一は、知恵や技術等ありとあらゆる、自分の中に有るものを駆使して、戦い方を身に付けた。例え非力でも、スピードに叶わなくても、マナの差が有ろうと、負けない戦い方である。
それが、この世界で翔一が学んだ技術であった。
その真価は、翔一にすら理解していない、高いレベルのものであった。
興奮したトールが、兵士達に発破をかける。翔一は碌に休む事が出来ず、次々と兵達と剣を交える。およそ五十名の兵を薙ぎ倒した所で、翔一の体力が尽きた。
「トールさん。もう、勘弁してくれませんか」
「ふむ、私もお相手頂きたかったが、仕方ない。今日は兵舎でお休みください。明日もよろしくお願いします」
「あ、いや。僕は宿に」
「翔一殿。お気になさらず。食事もご用意いたしますので」
「そうじゃ無くて」
「何をやっている、早くご案内差し上げろ」
トールの合図で、一人の兵士が動く。断り切れずに、翔一は後に続いた。
「はぁ。だから僕は駄目なのかな」
溜息をつきながら、案内係の指示し従い、翔一は寄宿舎の中に入る。ただそこは、体育会系も真っ青な、過酷な場所であった。
食堂では、大量の食事が翔一の前に並ぶ。所謂、食事も訓練の一つという事だ。沢山食べて激しい訓練をし、頑丈な肉体を作り上げるのだ。
「量、多く無いですか?」
「訓練中ですので、皆この位は食べております。翔一殿は、華奢でいらっしゃる。もう少し食べた方がよろしいかと」
疲れ果てていた為、食事が喉を通らない。無理やり押し込む様に、翔一は食事を口に運ぶ。
ようやく食事が終わると、部屋に通される。しかしそこは、囚人室の様に薄い敷物が置いてあるだけで他には何も無い。
「あの、これで寝るんですか?」
「例え貴族のご子息でも、兵になれば寄宿舎ではこれで寝ます」
こうして、翔一の訓練体験は始まった。
屋根が有るだけましであろう。アンドロケイン大陸では、野宿だってしたのだから。翔一は疲れて直ぐに寝息を立てる。そして翌朝、早朝に叩き起こされ訓練は始まった。
王都の警備と訓練を交代で行っている様で、メンバーの入れ替わりが多い。訓練施設に集まったのは、昨日の訓練ではいなかった面々である。
最初は、食事前に長距離のランニングである。翔一とて十代、ただのランニングなら訳はない。しかしこれは、ただのランニングでは無かった。
五十キロの土嚢を担がされる。そして隊列を乱さぬ様に走らされる。少しでも隊列を乱した者は、罵声と鞭が待っている。
へこたれる事は許されない。寧ろ、へこたれる者がいない。
約二十キロのランニングを終えた時点で、翔一はヘロヘロになっていた。そして食堂へ向かう。周りの兵士達が勢いよく食べ進める中で、翔一は満足に食事が喉を通らない。
吐きそうになるのを必死に堪え、翔一は食事を詰め込んだ。
「翔一殿。食べないと、訓練に着いて行けないぞ」
翔一が振り返るとトールが立っていた。
「翔一殿。この食事一つが、国民の血の結晶。残すなんて以ての外だ。感謝して、頂かないとなりませんぞ」
「いや、その前に。なんで僕が訓練を受けているんですか?」
「うん? お聞きになられていないのですか? ペスカ殿から、翔一殿を鍛える様に命じられましたぞ」
「あぁ、やっぱりか」
「そう言う事です。故郷に戻られるまで、しっかりと鍛えて差し上げます」
「いや、そういうのは要らないです」
「まぁ、そう仰るな」
笑いながらトールは食堂を後にする。
食事を終えれば、午前は筋力トレーニングを行う。筋力トレーニングといっても、地球のそれとは大きく異なる。五キロは優に超える大剣を、ひたすら振るうのだ。
これだけの重量を振るうのだ。足をしっかり踏みしめなければ、振り回す事は出来ない。
剣を上下させるのには、背筋を使う。ただし五キロを超える大剣ならば、すっぽ抜けない様に強く握る為、握力が必要になる。更に降り下ろしの際、定位置で止める為には腕力も必要になる。
休む事は許されない。一瞬でも手を止めた者は、罰として土嚢を担いで走らされる。翔一は、何度も罰のランニングをさせられ、昼食時には体を動かす事も辛くなっていた。
午前の訓練が終わる頃、トールが警備の指揮を終えて戻って来る。そして食堂に行かず、一人で訓練施設に残り仰向けになる翔一を、見下ろながら言い放った。
「翔一殿。訓練は如何でしたか? まぁ、聞くまでも無いですね」
息も絶え絶えの翔一は、トールに答える事が出来なかった。
「翔一殿。投げ出しても、咎める者はおりません。諦めますか?」
翔一は、首を横に振った。半ば巻き込まれたとは言え、逃げ出したくはない。
挑発でもする様なトールの言い回しで、翔一の瞳に闘志が宿る。それを見てトールが笑みを零した。
「そうですか、流石ですな。これでもここに集めたのは、体力に自信が有る者ばかりです。それに今行っているのは、帝国式の訓練でして逃げ出す者が多いんです。期待してますよ、翔一殿」
昼食を詰め込んだ後には休憩が有る。翔一は、入念にストレッチを行い、午後に備えた。
午後は、戦闘訓練が行われる。昨日、五十名の兵を圧倒した力は、トール隊全員の知る所となり、翔一と手合わせしたいと望む者が多かった。
だが翔一の前には、午前中に巡回に出ていたトールが立ちはだかる。
「先ずは、私とお手合わせ頂けないでしょうか?」
「わかりました。よろしくお願いします」
相手は将校。翔一の顔が引き締まる。朝からの訓練で、翔一の体は酷く疲れている。そんな体で、どこまで戦えるのかわからない。
それでもこの瞬間は、今の自分を計る絶好の機会であろう。
「負けない!」
翔一は、小さく呟いた。
0
あなたにおすすめの小説
令和日本では五十代、異世界では十代、この二つの人生を生きていきます。
越路遼介
ファンタジー
篠永俊樹、五十四歳は三十年以上務めた消防士を早期退職し、日本一周の旅に出た。失敗の人生を振り返っていた彼は東尋坊で不思議な老爺と出会い、歳の離れた友人となる。老爺はその後に他界するも、俊樹に手紙を残してあった。老爺は言った。『儂はセイラシアという世界で魔王で、勇者に討たれたあと魔王の記憶を持ったまま日本に転生した』と。信じがたい思いを秘めつつ俊樹は手紙にあった通り、老爺の自宅物置の扉に合言葉と同時に開けると、そこには見たこともない大草原が広がっていた。
ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語
Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。
チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。
その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。
さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。
異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!
夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。
ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。
そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。
視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。
二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。
*カクヨムでも先行更新しております。
【完結】魔術師なのはヒミツで薬師になりました
すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
ティモシーは、魔術師の少年だった。人には知られてはいけないヒミツを隠し、薬師(くすし)の国と名高いエクランド国で薬師になる試験を受けるも、それは年に一度の王宮専属薬師になる試験だった。本当は普通の試験でよかったのだが、見事に合格を果たす。見た目が美少女のティモシーは、トラブルに合うもまだ平穏な方だった。魔術師の組織の影がちらつき、彼は次第に大きな運命に飲み込まれていく……。
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
異世界転生!ハイハイからの倍人生
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は死んでしまった。
まさか野球観戦で死ぬとは思わなかった。
ホームランボールによって頭を打ち死んでしまった僕は異世界に転生する事になった。
転生する時に女神様がいくら何でも可哀そうという事で特殊な能力を与えてくれた。
それはレベルを減らすことでステータスを無制限に倍にしていける能力だった...
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる