妹と歩く、異世界探訪記

東郷 珠

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134 旅する料理人の誕生

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 ペスカがエルラフィア王都に戻って間もなくの事であった。メルフィーとセムスが、王立魔法研究所に呼ばれた。

 メルフィーとセムスは、人間の国では異質の存在である。
 マナ増加剤の実験で、彼らは半モンスター化している。デフォルメされたクマの顔を持つ、ゆるキャラの様なメルフィー。ライオンの顔を持つセムス。両者は、恐れの対象となってもおかしくない。
 しかし、長らくメイザー領の都市マーレで、食堂を営んでいた。不断の努力により、彼らの知名度はエルラフィア王国で高まっている。その為、余程の事が無い限り恐れる者はいない。

 気軽に入る事は出来ない、それが王立魔法研究所である。しかし彼らは、シリウスの用事で、何度も研究所に訪れた事が有る。守衛や職員達は顔見知りであり、特に疑わる事はない。
 異質の存在にも関わらず、彼らはしっかりと信用を得ていたのだ。

 正門を抜けた彼らは、研究棟の一階の事務所で、呼び主の居場所を聞く。そして、屋外の仮設建物に向かった。
 仮設建物に入ると、所狭しとマットの様な物の上に、寝かされている者達がいる。服装からするに、旧メルドマリューネの兵士だろう。

 かつての敵兵とはいえ、怪我人をジロジロと見るのは失礼である。二人は素早くその横を通り抜け、奥へと進む。
 奥にはペスカの姿が見える。ペスカも二人に気がついたのだろう。手を振って呼びかけて来た。

「お~い、こっちだよ~!」
「ペスカ様、お呼びにより、参上しました」

 二人はペスカに頭を下げ、セムスが代表をして挨拶をする。そんな畏まったセムスに、ペスカは笑顔を向けて手を振った。

「二人共、疲れてるでしょ? ごめんね」
「いえ、ペスカ様のお呼びであれば、どんな時でも参ります」
「ありがとう。それより、マーレのお店ってどうしてる?」
「はい。弟子に任せております。この様な状況ですし、弟子に店を譲る事も視野に入れております」

 セムスは淡々と語った。しかし、軽々と他人に譲れるものではあるまい。彼らにとってマーレの店は、努力して築き上げた、自分達の居場所であるのだ。

 しかし彼らは食堂以外に、国から命じられて任務を熟している。
 ペスカに同行し帝国に向かって以来、帝国で死闘を演じ、そのまま軍に留まる事を請われた。旧メルドマリューネのとの戦争にも参加し、前線で戦った。
 その間の店は、自分達が育てた弟子に任せていた。そして彼らは、そのまま店を弟子に譲り、自分達は国の為に尽くそうとしている。

 ペスカの目頭が、熱くなる。そして言葉に詰まる。
 確かに、彼らの命を救ったのはペスカである。人間の国で生きていける様に、様々な技術を伝えた。料理はその一環である。
 彼らが人と異なる容姿でも、人間社会で認められたのは、努力を怠らなかったからだろう。

 せっかく彼らは、人並みの幸せを掴んだのだ。安定した生活を得たのだ。それを投げ出させ、戦争に巻き込んでしまった。本当は、自分だけの幸せを求めて欲しい。
 だが彼らだからこそ、出来る事が有る。

 なかなか発する事が出来ない言葉を、ペスカはゆっくりと紡ぐ。

「あのさ、断ってくれて良いよ。命令じゃないの」

 語りかけたペスカは、直ぐに言い淀む。
 普段と違う様子のペスカに、メルフィーとセムスは視線を合わせた。ペスカとは、長い突き合いになる。言い辛そうにしている様子は、伝わっていた。
 雰囲気を察したメルフィーは、優しいトーンで答える。

「ペスカ様、お気になさらずに。私達は、ペスカ様が大好きです。だからお役に立ちたいのです。何でも仰って下さい」
「メルフィーのばか。そんな事言われたら、余計に言いにくくなるじゃない」
「すみません、ペスカ様」
「ううん。ありがとう、メルフィー」
「ペスカ様。ところで、お話とは?」

 ペスカは少し深呼吸して息を整えると、メルフィーとセムスを見つめる。

「あのね。二人には大陸の各地を、回って欲しいんだよ」

 メルフィーとセムスは、ペスカの真意がわからずに首を傾げた。ペスカは補足をする様に、説明を続けた。
 
「ここに並んでる人達は、旧メルドマリューネの兵士達だよ。ロメリアの被害者で、あなた達の仲間みたいなもんだね」

 改めて、二人は建物内を見回す。
 二人は、戦場の最前線で戦っていた。状況は痛いほど、理解している。
 既に人間とは、明らかに容姿が異なっている。中には目や耳等の一部の器官のみに、人間を残している者もいる。
 それはかつて人だった者としか呼べまい。間違いなく、自分達よりも酷い状態なのだ。
 改めて見回すと、悔しさや同情が混ざった様な、複雑な思いがこみ上げてくる。

「彼らは、これからエルラフィアで生きていく。あなた達は、今まで人の何倍も努力して、自分の居場所を作って来たよね」

 ペスカの言葉に、間髪入れずにメルフィーが答えた。

「ですが、それはペスカ様がいて下さったから。私達は、幸運なのです」
「うん。今度は、あなた達が私の代わりに、この人達の居場所を作ってくれないかな」

 ペスカは語った。
 いずれ、国が何らかの対策を打つだろう。法律で守られたとして、彼らは本当に幸せになるだろうか。
 人間の心は、そう簡単に割り切れはしない。いずれ溝が出来て、争いの種になるかも知れない。
 それは、お互いに望む事だろうか?
 違うはずだ。

 争うきっかけとなるなら、隔離するれば良いのか?
 それは根本的な解決にならない。
 亜種族となった彼らもまた、人間と共に手を取り合えるはず。だから、その架け橋になって欲しい。
 
 メルフィーとセムスが、マーレという都市で店を営み繁盛させたのは、ペスカの知名度がきっかけとなった。
 だが、地域の住人を始め、来店する客達との溝を埋めるには、小さな努力を二人がコツコツと積み上げた成果である。
 二人は、何度挫けそうになったかわからない。
 人間が人外を受け入れるには、受け入れて貰う為の、並々ならぬ努力が無くしては成し得ない。
 身を持って知っている二人だからこそ、ペスカの言葉を深く理解した。

「あなた達は、広告塔になって欲しいんだよ。亜人とも違う、半モンスター化した人間でも、怖くないんだ。一緒に生活出来るんだって所を、国中回って見せてあげてよ」

 国民の半分を失い、更に多くの難民を抱えるエルラフィア王国は、潜在化している問題が多くある。
 放置すれば、あっという間に内部から崩れ落ちる。だがその問題とて、小規模の内であれば、好機となり得る。
 人で不足の今だからこそ、人ならざる者は労働力としての需要が有るだろう。だが単に働かせるだけでは、只の奴隷と変わらない。いずれ差別が起きる。
 だからこそ、メルフィーとセムスの様な存在が必要なのだ。

 二人は、自分達を重ねる様に、彼らの境遇を慮った。そして深々とペスカに頭を下げる。
 
「畏まりました、ペスカ様」
「必ずやご期待に沿えましょう」
「二人共、ありがとう」

 主の瞳から零れる一筋の涙が、二人の涙を誘う。
 命を救って貰った。優しくして貰った。色々な事を教えて貰った。居場所を作って貰った。そして、充実した毎日を過ごす事が出来た。
 全て貰ってばかり、だから恩を返したい。一生かけても、返しきれない恩を。

 メルフィーとセムスの瞳は、赤々と燃える。やり遂げて見せる、そんな決意に満ちている様だった。ペスカは二人の表情に、胸が温かくなる想いを感じた。
 少し目元を拭ったペスカが、言葉を続ける。

「それでね。あなた達にやって貰おうと思ってるのは、屋台料理店なの」
「屋台料理とは何でしょう、ペスカ様」

 ペスカの言葉に、首を傾げるセムス。

「移動する店舗だよ。いつかやろうと思って設計図を書いておいたんだ。工場には直ぐ作る様に、伝令を入れとくよ」

 ペスカが設計図を広げると、メルフィーとセムスは、繁々と設計図を見つめる。流石は一流の料理人なのだろう。設計図を元に、メルフィーとセムスの間で、意見の交換が始まる。

「これは、帝国に行った時の車に似てる様だ。そうか、横が開くのか」
「セムス。あなたの体では、調理の場所が狭く感じられます」
「そうだな、メルフィー。後はお客様の席だが、どうするのだろうな?」
「セムス。テーブル等は、収納するみたいですよ」
「収納と言っても、移動をするなら、食材も積まなければならないだろう。限りがあるな」
「そうですねセムス。食材の調達次第では、お出しする料理も考えなければ、いけませんね」
「メルフィー。一先ずは、料理の手順と接客を踏まえて、問題を洗い出してみよう。ペスカ様、この図面は頂戴しても宜しいでしょうか?」

 二人の頼もしい姿に、ペスカは頬を緩めて頷いた。

「因みに、成果を上げた暁には、王都で出店する権利を、陛下に認めて貰ったからね」

 終ぞ、メルフィーとセムスの二人は、王都で出店する事は無かった。
 彼らは生涯をかけて、世界各地を旅する事になる。そして各地で半モンスター人間の地位向上と、人間達との融和に尽力する。
 差別が無い世界を目指した二人を、人々は平和の象徴と称える事になる。
 これは後の世に語り継がれる料理人の、始まりの一歩である。
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