気付くのはいつも遅すぎて

横田碧翔

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 美紀は感情的になって裕也と別れたことを心底後悔していた。ちょっとうまくいかないからといって、高校での新しい出会いに目が眩み、裕也のことを振ってしまった。裕也は優しい人だった。何かに熱中すると周りが見えなくなるところはあったが、私のわがままによく付き合ってくれた。練習で疲れていたって、なかなか会えてないときは頑張って会いにきてくれたし、高校に入ってからほとんど行けてなかったけれど、デートだってたまにはしてくれた。でも、今の彼氏は違う。家にはよく誘ってくれるけれど、買い物や遊びは友達とすればいいと言う。美紀は、付き合うということがどういうことなのか分からなくなっていた。相手の全てを受け入れることが、好きということなのだろうか。分からない。だから、別れるべきなのかも分からない。私はどうしたらいいんだろう。悶々と考えていると、電車は自宅の最寄駅である終点に着いていた。ほとんど利用者がいない無人駅というやつだ。電車が折り返す前に慌てて降車する。降りると同時に電車の発車ベルが鳴る。すると、前の車両から見覚えのある男性が飛び降りた。顔は見えなかったが、あの後ろ姿、間違いない、裕也だ。ずっと追いかけてた背中だ。少し後ろで支えていた背中だ。いつも私を守ってくれた背中だ。いろんな思いが溢れ出して視界が滲む。声をかけたい。話がしたい。でも、いきなり振った私になんて、裕也はもう会いたくないだろう。嫌な顔をされるかもしれない。無視されるかもしれない。それでも、話しかけずにはいられなかった。スマホをいじりながらゆっくり歩く裕也に、美紀が駆け寄る。10m、8m、だんだん距離が縮まってくる。裕也の背中が近づいてくる。何て声をかけようか。久しぶり!と元気に行くべきか、歩いてたらたまたま気づいたみたいな反応から話しかけようか迷う。もう追いついてしまう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう。。。
「あ、もしもし?裕也だけど駅着いたよ。うん。ありがとう。俺も好きだよ。」
美紀が裕也に追いつく直前、裕也は誰かに電話をかけた。内容から相手の見当はつく。新しい彼女だ。私だって新しい彼氏がいるんだから裕也にいたって不思議じゃない。でも、その可能性を考えていなかった自分の浅はかさを後悔する。美紀はその場で立ち止まる。裕也はそれに気付かず歩いていく。あと少しまで縮まった2人の距離がどんどん離れてゆく。追いかけたいけど足が動かない。まるで自分の体じゃないみたいだ。誰もいない駅のホームで、美紀は涙を流すこと以外、何もできなかった。
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