気付くのはいつも遅すぎて

横田碧翔

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 いつも通りの電車で学校に向かう美紀は、この後にやるべきことを頭の中でシュミレーションしていた。この後、学校の最寄駅に到着したらおそらく彼氏が改札で待っている。気分屋だからいない日もあるが、昨日は全く連絡もせずに寝てしまったし、今日は来てくれているはずだ。そして、学校に着くまでに別れを告げる。放課後など、時間があるときだと上手いこと言いくるめられたり、逃げられたりするかもしれない。だから美紀は、チャイムという時間制限を味方につけることにしたのだ。なんて言うかも決めている。それを頭の中で何度も何度も繰り返し練習する。緊張もするし、怖さもある。でも、自分の本当の気持ちに気付いてしまった。この気持ちをしまっておくなんてことは美紀にはできそうになかった。目を瞑り、覚悟を決めて、大きく深呼吸をする。そして、ゆっくり目を開けると、ちょうど扉が開くところだった。力強く地面を踏みしめて電車を降りる。階段を昇り、改札を抜けると彼氏がいた。美紀の姿を見て、駆け寄ってくる。彼が近づいてくるにつれて、心臓の鼓動が速くなる。
「おはよう。昨日どうした?」
「おはよう。昨日はごめんね。帰ってそのまま寝ちゃって」
「そっか。何もなかったならよかったよ」
「うん」
なんだかソワソワして上手く会話が続かない。どうにか話を切り出さなければと思っていると、彼が話を続ける。
「やっぱりなんかあった?」
私の落ち着かない様子を見て、彼氏が質問を投げかけてくる。これは話を切り出すチャンスだ。でも、いざ言うとなると上手く言葉が出てこない。電車の中であんなに練習したのに。そして、早く言わなきゃと焦れば焦るほど言葉が出てこなくて思考が止まりそうになる。そのとき、昨日見た、裕也の背中が頭に浮かんだ。すると、安心感で心が満たされ、ぐちゃぐちゃに散らかっていた思考が、パズルのように合わさっていく。
「昨日ね、元カレを見かけたの」
「復縁するの?」
私の前置きに、かなりストレートに質問をぶつけてくる。
「復縁はしない。というよりもできない。彼女いるみたいだから」
さっき、明らかに鋭くなった彼氏の雰囲気が少し和らぐ。だが、切れ味抜群の質問の刃は美紀を攻撃し続ける。
「それで、それがどうしたの?」
「えっと、、その、、なんていうか、、」
彼氏の、今まで見たことない鋭い目つきと圧に押され、言葉に詰まる。それでも、ここまできて引き返すわけにはいかない。
「私、元カレが好き。忘れられない。彼女がいても好きなの。だから、もう付き合えない。ごめんなさい」
勇気を出して言いきった。最低な奴だとかクズだとか言われるかな、もしかしたら殴られるかなと思ったが、さっきまでの鋭い雰囲気はなくなり、穏やかで優しい彼に戻っていた。
「そっか。元カレが忘れないんだね」
「うん」
「まだ別れて2ヶ月くらいでしょ?それは誰だってそうじゃないかな?それでも、新しい恋をして乗り越えていくものだと俺は思うけどどう?」
雰囲気が穏やかになり、受け入れてくれたのかと思ったが、そうではなかった。付き合う前の優しい口調と雰囲気で別れることをやめさせようとしているのだ。
「それでも、私は裕也が好きなまま、あなたとは付き合えない」
「今はそれでも俺は受け入れるよ。時間をかけて忘れさせてあげる」
そう言って、優しく肩を抱いてくる。このまま彼に身を委ねたらきっと楽になれるだろう。でも、もうこの手には騙されない。この際だ、はっきり言ってしまおうと美紀は覚悟を決め、手を振りほどく。
「そういうところだよ!付き合う前は優しくて思わず身を委ねたくなる甘さを出して、付き合ったら下心のあることばっかり!今だってそう!都合が悪くなったからって、付き合ってからは初めて優しい姿になってさ!ずるいよ!私もう耐えられない!」
付き合ってから溜め込んでた思いを一つ残らず吐き出した。すると、彼氏の雰囲気が過去最大に鋭くなり、こちらを睨みつけてくる。
「はぁ。お前もういいわ。ちょっと顔がいいからって調子乗るなよ。お前くらいの奴なんていくらでもいるし、高校生にもなって下心がとか言ってなんよ。冷めたわ」
そう言って、彼は早足で校門をくぐっていった。一人になった美紀は喜びと達成感を噛み締める。裕也とは復縁できないがしれない。むしろ、復縁するなんて考えがおこがましいくらいだ。それでも、奇跡を起こすための大きな一歩を踏み出したことに変わりはない。これから先は思いやられるけど、今はこのスッキリした気持ちを満喫することにしよう。美紀は、スキップしながら校門をくぐった。
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