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漢字一文字タイトルシリーズ №9 「対」

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 男女、師弟、左右など相反する言葉が数多にも存在する。

 それはさておき、私は女子の白バイ警官。格好つけて言えば、道路上の悪者を取り締まるのが私の使命だ。今日も自足15キロオーバーのスピード違反した運転手に、俗に言う「違反切符」を切った。運転手は土木作業員風の男性で、グレーのワンボックスカーに常用。年齢は30代前半。サングラスをかけていた。切符を手渡すと、舌打ちをしてその場から走り去った。この様に不快な態度や、憎まれ口を叩かれるのは、もう慣れっこだ。
 処理を済ませてホッとしたのも束の間、異常な轟音を荒げて、一陣の烈風が私の真横をすり抜けて行った! 全身全霊硬直した私は驚きの余り、微動だにできなかった。しかし両眼は、烈風の正体である黒い大型二輪(いわゆる750CCオートバイ)と、ナンバープレートを捉えていた。私は直ぐに白バイに跨りサイレンを鳴らして、その大型二輪を猛追した。

 県道を二つ目の交差点を右に曲がると、私鉄の踏切に差し掛かる。幸運と言うべきか、私はその運転手に追いついた。当人はおそらく急行通過を待っていたのだろう。
 私は白バイから降りて、運転手に近付いた。でも正直言って危険な雰囲気を感じた。フルフェイスのヘルメット、レザー製のライダースーツ、そして大型二輪がそれこそ徹頭徹尾よろしく、漆黒に統一されていた。しかし何故か車体に白い文字で「黒獅子」と書かれていた。私は運転手を刺戟しない様、やんわりと交通違反の趣旨を伝えた。すると運転手はヘルメットのフェイスガードを上に開け、さらにスーツのファスナーを開け胸元を探った。私は条件反射で、腰に提げていた警棒に手を当てた。しかし運転手が出したのは、何と警察手帳だった。しかも女性で階級は警部補だ。私は慌てて背筋を伸ばし、敬礼した。しかし警部補の針の様に鋭く厳しい眼差しは、それを良しとしなかった。警部補いわく取り逃がした犯人は、実は私がさっき違反切符を切った作業員風の男だった。しかもその車にロシアから密輸した末端価格にして、3千万円のクロコダイル(覚醒剤の一種。依存度は最強)を積載して逃走している。私は申し訳なく思い、何度も頭を下げた。しかし、
 「謝っている暇があるなら、私についてきな」
 と、スケバン口調で命令を受け、犯人を追うことになった。

 三車線の県道を走ると、意外にも早く捜していたグレーのワンボックスカーを発見。私たちは緊急車両を知らせるサイレンをけたたましく鳴らした。グレーの車両は赤信号にもかかわらず、スピードを上げ走って行く。それはさっき私が取締の対象とした速度をはるかに超えているのは、スピードガンで測定しなくても明らかだった。私たちはそんな驚愕な光景に負けてはいられなかった。私たちはハンドルを絞り上げ、追跡するのみだった。
 
 グレーの車両は埠頭近くにある廃コンテナ置き場へ逃走した。私たちが到着した途端、グレーの車両はいきなり、コマの様に早急にスピンした。砂煙を巻き上げた後、グレーの車両は錆び付いたコンテナに激突! 煙幕がゆっくり消えると何故か、運転席には男の姿はなかった。突如、言葉にならない野獣の様な叫び声が後方から聞こえた。振り向くと、鶴嘴を振り上げていた。私たちは直ぐに、その場を逃げようとしたが、焦って転倒してしまった。男は容赦なく警部補に襲い掛かった。警部補はホルスターから拳銃を抜いたが、焦りで落としてしまう。男は遂に鶴嘴を振り下ろした! が、間一髪、警部補は柄を押さえて防御していた。しかし体力に限界が来たのか、手放してしまう。鶴嘴の先端がヘルメットを突き破った! 顔が顕わになった警部補は倒れこみ、逃げるのに必死の形相だった。私は二人の揉み合いの弾みで、置き去りとなった拳銃を拾い上げ、天上に引き鉄を引いた。
発砲音に驚いたのか、男は鶴嘴を後ろへ落とした。男が呆気に取られている内に、警部補は男の股間に、爪先で蹴り上げた。男は倒れ込み、蹴られた箇所を押さえて悶絶している。私たちは二人掛かりで男を確保。応援に駆けつけた警官隊に身柄を引き渡した。

 所轄の警察署にて、警部補の詳細について色々とわかった。警部補は警察大学校出身で、実務を体験中のことだった。しかも22歳と同年齢だった。警部補は威圧的な態度で接したことを詫び、
 「今度、暇ができたら何処かで、食事に行こうよ?」
 不確かな約束に私は笑顔で受け入れていた。実現するかはわからないけど、その日が来るのを楽しみにしている。
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