異世界転移したよ!

八田若忠

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web連載

吸血鬼

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「おい! 駅まで俺の鞄を持って行けよ!」

 クラスメイトの一人が鞄を投げつけて来る。

 鞄の中には授業で使用する教科書などは然程入っていないのか、大した重量は無いので、衆人の眼前で他人を使いパシリにする自分の優位性をアピールする為の行為なのだろう。

 日常的に行われている行為に、逆らう事を諦めた僕は俯きながら鞄を拾い上げ、精一杯の抵抗のつもりで無言で歩き出す。

「返事くらいしたらどうなんだ?」

 足を払う様な蹴りで膝裏を蹴られ、バランスを崩してその場で無様に転がる僕を見て、クラスメイト達は能面の様な表情で見つめている。

 イジメグループは笑いながら、何か僕の身体的特徴を揶揄した悪口を言っている。

 羞恥と怒りで頭に血が昇ったが、鼻先に怪我が残らない程度の緩い蹴りを受けて、昇った血がするりと下がる。

 怖かった……痛い目に合うのが怖かった……一人になるのが怖かった……

 口の中に広がる血の味が恐怖を助長した。

 歯並びが悪い為に容易に切れてしまう口中の血の味は、条件反射の様に身体を守る為にアドレナリンを分泌させて、僕の身体を時間が過ぎ去るのを待つだけの時計の様に、数を数える機械にしてくれる。

 歯並びが悪いだけでここまで馬鹿にされているんじゃ無くて、歯並びの悪さは単なるトリガーだったんだろう……どこで間違ってこうなったのかを僕は何度も振り返って反芻していた。

 昔から歯並びの悪さをコンプレックスにしていたが、そのコンプレックスを遊び道具にされている現在では、もうどうでも良くなっていた。

 現実逃避に全ての意識を集中して、今現在行われている暴力行為から、意識や痛覚を切り離す術を身に付けた僕は、格好の遊び道具なのだろう。

 意識が混濁して行きながらも、加速度的に関係の無い思考を巡らしている僕に対して、イジメグループは何時もより執拗な暴力行為をする。

 傷跡や痣などが残らないポーズだけの暴力行為は、野生動物におけるマウンティングと似た行為なのだろう。

 ああ……圧倒的な力が欲しい、報復行為に怯える事の無い圧倒的な力が、司法制度にも怯える事の無い力が欲しい、他人に恐怖を植え付けるだけの力が欲しい、昔見た深夜番組の吸血鬼の様な力が欲しい。

 コンプレックスの根源であるこの歯を牙に変えたい。

 身体を巡る血の温度が上がって行く気がした。

 硬く瞑っていた目を開けてみると、目の前に誰かの首筋が目の前にあった。

 プロレス技でも掛けようとしたのであろう、組み付いて来た瞬間と僕の狂気がピッタリと噛み合った。


 コリ……


「イテ……何すんだ……ああああ!」

 イジメグループの一人がコテリと尻餅をついた。

 噴水の様に噴きあげる血に腰を抜かす面々、散々馬鹿にした僕の歯から滴る血を見て、真っ青になっている。

 能面のような表情を恐怖の色に変えて、悲鳴をあげるクラスメイト達。

「あは……あははははははは!」

 可笑しい可笑しい! なんて顔をしているんだみんな! あんなに馬鹿にしていた歯が牙になった瞬間にこのリアクションだ! 気持ち良い! 血を吸う行為の気持ち良さにすっかり酔っていた僕は、必死に噴きあげる血を押さえているもう一人のイジメグループの男に、背後から近付き首筋に勢い良く噛み付いた。

 今度は噴きあげるのでは無くて、まるで鼓動でもしているかの様にリズミカルに噴出している。

 頸動脈を傷付けてイタズラに血を噴き上げさせているだけでも、みんなの目には吸血に見えるのだろう、教室からバタバタと出て行く人の群れが見える、ここらで少しサービスをしておくか……

「美味い! 美味いぞ! 久しぶりの血は! 我に血を捧ぐ者はもう居ないのか?」

 大声を上げて場の空気を暖める。

 学校の一角は恐慌状態に陥った。


 ああああ……気持ちが良い……最高だ……



 体育教師が職員室に常備されている刺股を手に走り寄って来るのが見えた。

 はは……ここまでか、流石に体育教師相手に大立ち回りをする元気は僕には無い、楽しかった時間はこれでお終いか。

 体育教師の刺股が僕の胴体に減り込む、してやったりと体育教師が満面の笑みで、僕を見据えた瞬間に驚愕の表情に変わった。

 暴徒鎮圧用の刺股が、僕が握り締めた場所からくにゃりと曲がり始めたのだ。

「まだまだ宴はこれからだ! はははは!」

 漫画や小説で見た芝居掛かった台詞が口をついて出る。

 辺りに飛び散る血糊で足を滑らせた体育教師が、女の子の様な悲鳴をあげた。

「ああああ、楽しいな……こんな気分だったんだね……これは確かに癖になるね……」

 ぬるつく足場を一歩一歩体育教師の下に歩み寄り、その首筋に手を掛けた時に家庭用電源のブレイカーが落ちる様な音が響いて、辺りが漆黒の闇に包まれた。

「やり過ぎだ……」

 誰かの声が聞こえた。
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