異世界転移したよ!

八田若忠

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3巻

3-3

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 さて、ギルドに到着して受付に向かうところで悩んだのは、どの受付に行くかである。とはいえ、さすがに新人受付嬢には相談しにくいので、断腸だんちょうの思いでナナさんのところへ向かった。

「ナナさん……度重たびかさなる昇進おめでとう御座います」
「ありがとう……」
「まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで……」
「私以外全員新人だから、飛んでいる鳥ももういないけどね……」
「……」
「次はいつ?」
「は?」
「合コンよ」
「まだ決めてませんけど、参加希望ですか?」
「会場に火を放つから場所を教えて」
「……」

 コツコツと机を指で叩き、見るからに苛立いらだっているナナさんは、獰猛どうもうな肉食獣の笑みを浮かべてさらに食い下がる。

「いつなの?」

 イヌ男くんは既に床の上に寝そべり、お腹を見せて服従ふくじゅうのポーズになっていた。

「次は……ナナさんが主役で開催を……」
「聞こえない……」
「次の合コンは……ナナさんナイトを開催予定です……」
「うふふふふ……」
「ナナさん?」
「うははははは! 私の時代がやっと巡ってきたのね? そうなのね?」

 カウンターの上に立ち上がり高笑いをするナナさん、それを見てドン引きする満員のハンター達と受付嬢。
 この時俺はまだ、悪魔との契約書にサインをしたとは思ってもいなかった。

「それで? 今日はどうしたの? 隣の影の薄い人がどうかしたの?」

 テンションが上がったナナさんが、初対面のマツオくんに酷い事を言う。

「仮住民登録の申請に伺ったんですが、ナナさんならわかるかと思いまして」
「ああ……なるほどね、その申請なら私ぐらいしか対応できないわね」

 ナナさんはカウンター奥の書類棚から、申請用紙らしき物を数枚取り出し説明を始めた。

「まずこれが申請用紙ね。これに名前を書いて」
「住居がないのですが……」
「住所はいらないわ、名前を書いて。ここのらんにイヌ男と書けばいいわよ」
「マツオで御座る」
「そしてこっちが保証人記入欄よ。二人必要だけど、ハンターBランク以上と騎士団関係者ね、用意できる?」
「俺でいいですか?」
「いいわよ。肝心なのは騎士団関係者だけど……」
「アーノルドさんが連名で名前を書けと言ってましたが、騎士団を退団した彼でも関係者になるんですか?」
「元団長? それなら申し分ないわね。アーノルドさんは予備騎士団員だから関係者よ」
「予備騎士団員? てなんですか?」
「騎士団を退団した後も、有事の際に駆け付けるのが退役騎士団員ね、一年に二回の訓練義務を果たし、元騎士団幹部候補生以上の階級を持った人達を予備騎士団員って言うのよ。一年に二回の訓練で破格の日当をもらえる代わりに、予備騎士投入要請があった場合は即座に駆け付ける義務があるの」
「大変なのか余裕なのかわからない制度ですね」
「平和なうちは余裕よね」

 申請用紙に俺の名前とアーノルドさんの名前を記入する。

「本当は本人が記入する物なんだからね? まったく、みんな面倒くさがりなんだから!」
「ナナさんが合コンにエリーさんをねじ込むから、アーノルドさんが忙しくなったんですよ」
「そうよね~……独身女性最後の牙城がじょうが崩れたのよね……エリーさんがいるから大丈夫とか考えていた私が馬鹿だったわ~」

 あ……変なスイッチを押しちゃった。

「えーと……イヌ男くん書けたっすか?」
「マツオで御座る、書けました」

 意外と達筆たっぴつな文字で記入された書類をナナさんに差し出す。

「仮住民登録ってそもそも何ですか?」
「わからないで申請に来たの? 確かに滅多めったに申請される事のない書類だけどね……」

 ナナさんが背筋を伸ばし「コホン」と咳払いした後に説明を始めた。

「仮住民登録ってのは、人族以外の民族を国の庇護下ひごかに置く事を目的としたシステムでね。そもそも基本的に国のサービスってのは、納税者にしか与えられないサービスなのよ。その一方で納税者の獲得も必要でね。国ができた当初は税収を増やす事が急務で、手当たり次第に国民を増やして行ったのよ。その一環として、国のサービスを受けるメリットを、身を以て体験してもらうお試し期間をもうけたのが仮住民登録ね。その代わり、犯罪者や別の国の密偵みっていを牽制する為に、行動の制限もあるわ」
「行動の制限ですか?」
「まず、当該地域とうがいちいきの行政機関が指定する場所での寝泊まりね」
「住む場所を指定されるんですか?」
「公営住宅を格安で提供されるわ」
「なるほど」
「それから、騎士団もしくはハンターギルドでの就業と単独行動の禁止」
「単独行動禁止なんですか?」
「仕事中の話だけどね。簡単に言うと住居は格安で貸し出しますよ、その代わり仕事に行くならパートナーを見つけてくださいね、って事よ。それから最後に、年齢問わず十五年分の税金を、ローンで良いから支払う必要があるわ」
「イヌ男くん何歳でしたっけ?」
「マツオは二十歳になりました」

 格安公営住宅入居と、五年分の税金免除と、過去の税金をローンで支払いできるって事は……。

「凄いお得じゃないですか!」
「あまり知られてない制度だけどね」
「これで拙者もバリバリ働けるで御座るな? 寝食しんしょくを惜しんで働きたいで御座る!」

 マツオくんは尻尾をブンブン振りながら、目を輝かせた。

「それでパートナーはイントくんでいいのね?」
「お、俺ですか? ……拙者は働きたくないで御座る……」

 今回一番の難関が立ちはだかった。

「それにうちの奥様達が許す訳ないじゃないっすか」

 ナナさんは苦笑いでマツオくんは身震いしている。

「なんかこう、ヘビーローテーションで仕事をしていて、真面目で、向上心にあふれていて、騙されやすい人に心当たりありませんか?」
「わかってて言ってるようにしか聞こえないわね……」
「やっぱり一人しかいないっすか?」
「今訓練場にいるから声かけてみたら?」

 ナナさんはくいくいと親指を立てて訓練場を指差した。

「行きますよイヌ男くん」
「マツオで御座る」


   ◇◇◇


 ギルドの訓練場にて、一人木剣ぼっけんを振るい、汗を流す女性がいた。

「どうもー……こんにちはー」

 不意に声をかけられた彼女はこちらに振り向き、顔をこわばらせた。

「何の用だ? またペテンにかけに来たのか?」

 彼女……ワックちゃんはかなり警戒しているようだ。

「いえいえとんでもない、今日はワックさんに耳寄りな情報をお持ちしただけです」

 ますます警戒したようで、その場から辞去じきょしようと荷物をまとめ始める。

「とてもお得な情報ですよ? 今逃げ出すと後悔しちゃいますよ?」
「逃げる……だと?」
「まあまあ、お話だけでも聞いてくださいよ」
「ま、まあ話だけなら……」

 そこでイヌ男くんの生い立ちと、今までの経緯けいいを多少脚色しながら説明をした。

「要はモグリのハンターを、私に押し付けようって魂胆こんたんなのだな?」
「いえいえ、モグリじゃありませんよ。仮住民登録の手続きも終わってますので、立派なハンターです、ワックさんが認めてくれれば」
「また私をペテンにかけて、騙すつもりだな?」
「とんでもない。彼は誠実で真面目すぎるので、俺みたいないい加減で適当な人間では持て余すんですよ」

 ワックちゃんの眉がピクリと跳ね上がった。
 もう少しか……。

「そこでギルドでも真面目で、仕事熱心なワックさんに彼の先生になって欲しくてですね……」
「せ……先生だと……?」

 ワックちゃんが目に見えて動揺どうようしだした。

「はい、先生です。ぜひともワックさんに彼の手本になっていただきたく……そして可能であればパートナーに推薦したいのですが」

 ワックちゃんは若干顔を赤らめながら、鼻の穴をぴくぴくふくらませてゴキゲンになって来た。
 かかった……。

「いや、しかしだな、私には先生になるほどの実力は……」
「この通りで御座るワック先生」

 イヌ男くんが土下座した。
 ナイスアシスト!

「パートナーになるとしても、実力が伴わないとだな、その、どちらかが足手まといになっても、困るしな」
「マツオくんは機敏きびんさを持ったアタッカーって感じですかね?」
「拙者はできれば、敵を引き付け攻撃を受けたりする、タンカーの役目が希望で御座る」
「おおお! それならばワックさんの戦闘スタイルにぴったりじゃないですか」
「獣人特有の鼻と耳で索敵さくてきも得意で御座る」
「ますますワックさんのパートナーにぴったりですね」

 イヌ男くんと調子を合わせていると、ワックちゃんも乗ってくる。

「うむ……まずは軽く手合わせをしてもよろしいか? 疑っている訳じゃないんだが、お互い足手まといになるのも嫌だしな?」

 ちっ……疑り深くなっている。
 ワックちゃんは壁際に乱雑に置かれている木剣を持ち出し、マツオくんにそれを放る。

「では、手合わせをお願いする」

 お互いに向かい合い一礼をした後に、マツオくんとワックちゃんの手合わせが始まった。

「では……参る」

 マツオくんがまず剣先を跳ね上げた。
 跳ね上げた剣先をその場に残したまま、身体だけ一メートルほど踏み込んでいる。
 剣先のみに視線を囚われていたら、瞬間移動でもしたかと思うだろう。
 さらにタイミングを外した気合を掛ける。

「ちぇぇりゃあ」

 気合の掛け方もタイミングを外せば見事なフェイントになるが、ワックちゃんとて伊達に一人黙々と剣を磨いてきた訳ではない。
 真っ直ぐで素直な剣筋は、いくつものフェイントをり交ぜた初太刀にもかかわらず、マツオくんの実の剣のみ払い落とす。
 マツオくんがにやりと笑い、姿勢を正した。
 小手先の剣筋では通じないと、早い段階で見切ったのだろう。

「おうらああ!」

 ちょこちょこと素早い足捌あしさばきから、突然足を止めて剛の剣を繰り出す。
 マツオくんの剣を柔らかくいなし、踊るように回転して胴をぐワックちゃん。
 マツオくんは胴薙の剣をあえて身体で受ける。
 タンカー希望のマツオくんなりの、デモンストレーションだろう。上半身裸の胸板にワックちゃんの木剣がめり込んだ。

「オゥフ」

 あれ?
 ワックちゃんが目を剥いて驚く。

「怪我は?」
「大丈夫で御座るよ、普段から鍛えておるゆえ」

 マツオくんが何事もなかったかのように木剣を構える。

「ははっ、上等だ」

 ワックちゃんの剣速が上がる。
 マツオくんはワックちゃんの剣をいなし、かわし、受け、時には投げや蹴りを織り交ぜて盾役を見事に務める。
 最後にワックちゃんの剣を巻き取り、取り上げた。

「ここまでは真剣では不可能で御座るが……」
「いや、充分すぎるほどの腕前だ。モグリなどと馬鹿にして悪かった」

 二人はがっしりと握手をした。

「で……いかがでしょ? マツオくんの実力は?」
「私のパートナーには、もったいないと思うんだが」

 ワックちゃんが頭を振る。

「いえいえ、俺が扱いに困っているのは、マツオくんの仕事熱心すぎるところなんですよ」
「な、何?」
「剣の腕より何より、仕事に対する姿勢の問題ですよねぇ」
「な、何てもったいない……」

 ワックちゃんがワナワナしています。

「俺とマツオくんが組むと、色々と……」
「決めたぞ! イヌ男と言ったな? 私と組んでくれ!」

 ワックちゃんが姿勢を正し、ぺこりと頭を下げた。

「ワック殿、頭を上げてくだされ。拙者はハンター駆け出しで御座る。そして町にも馴染んでおらぬゆえ、何かと面倒をおかけすると思いますが、貴女の真っ直ぐな剣筋にれました。ぜひ拙者の姫様になって欲しいで御座る」
「ひ……ひめ?」
「あ~えーと……後の手続きはナナ部長にお願い致しますね、ワックさん」
「お、おい待て、ちょっと待て!」

 マツオくんはワックちゃんの足元にひざまずき、頭を下げていた。


 その後ナナさんのところに行って報告を済ませると、ナナさんが逆上する。

「ワックちゃんにまで男ができるなんてえええ!」
「いやいや、パートナーですよ、パートナー」

 手が付けられない。
 訓練場から戻って来たワックちゃんは、ナナさんが騒ぐせいで注目の的になった。

「き、貴様という奴は……」

 俺を睨むワックちゃん。

「いやいやいや、俺じゃないですよ、部長さんですよ!」
「部長言うなや!」
「ま、まあ良い。ナナさん、パートナー登録をお願いします」
「はいはい。ワックちゃん、この後イヌ男くんを公営住宅まで案内してもらっていい?」
「な、なんで私が」
「パートナーでしょ? 少しでも助け合ってお互いの呼吸を合わすのが、大事なんじゃない?」
「ぐ……」
「姫、ここは拙者一人で大丈夫で御座るよ」
「だから姫は……」


「姫……」「ひめ?」「ひめらしいぞ?」「姫か」


 ギルド中の注目を再び集める。
 ナナさんの噛み締めた下唇から血がしたたっている。

「ぐぬぬ……書類は終わったな? 行くぞ! イヌ男!」
「ははっ、姫」

 ずんずんと足音を立てて、ギルドを出て行くワックちゃん、ハンカチを噛み締めて悔しがるナナさん。


「なんかあとは周りが勝手にくっつけちゃいそうですねぇ、今回は俺は関係ないですよ」
「イントくん、最近お見合いおばさんみたいになってるわよ」
「まあ、気になるところはありますけど、丸く収まればいいじゃないですか」

 その時の俺はもう、味噌煮込みうどんしか頭になかったので、急いで家に帰ってしまった。


   ◇◇◇


 数日後。
 ギルドに薬草の納品に行くと、珍しくワックちゃんに話しかけられた。

「あ~その、今いいか?」

 ワックちゃんは未だに俺に対して苦手意識があるらしく、話し掛けにくそうにこちらにやって来た。

「ええ、平気ですよ。何かありました? イヌ男くんの事ですか?」
「う、うむ。そうなんだが……」

 なんか言いづらそうだ。

「何か粗相そそうをしたとかですか?」
「いや、彼はとても仕事熱心で、真面目で、至って紳士的だ。ただ……」
「ただ?」
「イヌ男は防具をつけたがらないから、いつか大怪我をしそうで心配なのだ。訓練場での稽古けいこでも、意図して攻撃を受けるふしがある」

 野生で生きて来たイヌ男くんだから、身を守る防具は嫌なんですかねぇ?

「私は心配なのだ。いつか取り返しの付かない事態になるのではないかと」
「なるほど、防具っぽくないくさり帷子かたびらとかはどうです?」
「重くて足運びが阻害そがいされるらしいのだ」

 オリハルコンシリーズは、うちの奥様達以外に使うと騒ぎになるとアサカーさんに釘を刺されているし……。

「生地の厚いジャケットとかはどうです?」
「暑苦しいらしくて嫌がるのだ」

 ううむ……。

「とりあえず、最近の獲物って何を狩ってますか?」
「狼や鹿、大猪と山に出る中型モンスターだな。武器持ちのモンスターはまだ相手にしてないが、ゆくゆくは相手にする予定だ」
「なるほど、じゃあ牙や角から身を守るのが目的になりますね」
「うむ、それほど鋭くはないが、当たりが強いと怪我は避けられないだろうな」
「鉄より軽く、服より通気性に優れた防具ですか」
「それでお手上げなのだ」

 ううん……メッシュ素材の服なんか防具の意味を成さないし、軽さを重要視するなら鉄は最初から除外されるし。

「布を編んで重要な部分だけ保護するのはどうです?」
「編むのか?」
「普通の布なら防具の意味がないから、り合わせて強度を出すんです」
「縄じゃだめなのか?」
「ああ、縄を強めに巻き付けてもいいかもしれませんね、なわ帷子かたびらって防具もある事だし」
「縄帷子か、それなら通気性もいいし軽さも申し分ないな」

 ワックちゃんが明るい表情を見せる。

「動きを阻害する部分は縄を巻かなければいいし、鉄と違って加工も楽ですね」
「うむうむ」
「問題は着脱が面倒ってとこですね」
「それは私が手伝えば問題ない」

 言い切った後にハッと我に返り、みるみる赤面するワックちゃん。

「パートナーですものね」
「そ、そうだ、パートナーだからしょうがない!」
「お、おう……」
「とにかく助かった。これで私の気持ちも少し楽になった」

 軽く赤面したワックちゃんは、誰にも顔を見られないようにギルドを飛び出した。

「春が来ましたねぇ」


   ◇◇◇


 夜行性動物が闊歩かっぽする夜の森は、未だ人智の及ばぬ魔界と言っても過言ではない。
 夜の森で最も獲物をほふるのにけているのは森狼しんろうであろう。
 独特の感知センサーを駆使し、森中の生き物を察知して群れで囲むすべは、森の王者と言われる所以ゆえんである。
 その夜、王者に献上けんじょうされた生贄いけにえは人間が二人。二十頭ほどの群れには丁度良いディナーと見られた。
 森狼は獲物をいつものように囲い込み、逃げ道を潰すように仲間を呼び寄せる。
 攻撃専門の若く大きな森狼が獲物を威嚇いかくして、用意した囲いに追い込む。
 今夜の獲物である人間は、鈍い動きだったため容易に囲い込まれた。
 追撃要員である狼達も姿を見せ始め、リラックスムードを漂わせる。
 最初に獲物の喉笛のどぶえを噛み切ろうと踏み込んだのは、経験の浅い若い森狼だった。
 軽自動車ほどの大きさの森狼が、獲物にのしかかろうとした瞬間、首を切り落とされる。
 同時に二人の人間のうちで、大きい体躯たいくを持った方が、地響きにも似た唸り声を上げた。

今宵こよいの満月に捧げる獲物は貴様らなりや?」

 フードを外しギラギラと光る眼を向け、再度唸り声を上げると、森狼の注意はその男に集まった。
 花火が弾けるように一斉に飛び掛かる森狼達と、その注意を一身に引きつける男。
 その男の影より這い出て、森狼の死角から次々と屍の山を築いていく女性剣士。
 二人のコンビネーションの前に、森狼達の連携は総崩れになっていく。
 八割方の森狼が沈んだ頃に、森の空気の温度が数度下がったような気がした。
 と同時に、ワンボックスカーほどもある巨躯きょくを、音も立てずに茂みの中から躍らせて現れたのは、森狼のボスだった。
 ボス狼は、何のめも無く予備動作も無く視線を送る事も無く、男に噛み付いた。
 男は左腕で牙を受けると、噛まれた腕をさらにねじ込むようにしてボス狼の喉奥に突っ込む。
 ボス狼が噛み付いたのは、荒縄がガッチリと巻かれた部分なので、男には何のダメージも通っていなかった。

「はっはぁ、貴様が喰らおうとした物が何なのかわからせてやろうか!」

 命のやり取りで興奮状態にあるのか、その言葉とともに男は羽織はおっていたローブを脱ぎ捨てる。
 ローブの下から出て来た男の体躯は、鍛え抜かれた筋肉と歴戦の傷跡、そして亀の甲羅状に張り巡らされた荒縄に包まれていた。
 ボス狼が色々な意味で怯んだ瞬間、亀甲縛きっこうしばりの戦士はボス狼を抱え込みホールドした。

「姫ぇ! 今だ!」
「応!」

 姫と呼ばれた女性が亀甲縛りの荒縄に靴を掛け、駆け上る。

「オゥフ」

 ゴツいハンター用のブーツが亀甲縛りの首筋を蹴り飛ばし、女性剣士は宙へ躍り出た。

「オ、オゥフ!」

 重力加速度の付いた勢いで、女の剣がボス狼の背中から心臓に向けて深々と突き入れられた。

「ふう……」
「姫、油断召されるな」
「了解」

 二人がギルドから受けた依頼はボス狼討伐と狼の毛皮だ。
 討伐依頼に関しては、名実ともにエンガルギルドでトップとなるパーティが、ここに誕生した。
 ただしこのパーティは、ギルド訓練場での鍛錬は禁止されている。
 理由は本人達には知らされていなかった。
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