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イクタラ
夜のお仕事
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里のエルフ達が寝静まり、ムサシ達も深い眠りについている深夜過ぎ、ムサシは何時もの特等席である青い目のホワイトタイガー、亀吉の腹の毛と毛布に包まり太い尻尾を握り締めて独特なイビキをかいている。
あまり寝相のよろしくないムサシの毛布をかけ直すのは亀吉の仕事であるが、彼にはまだまだ重大な仕事がある。
「むにゅ……亀吉……」
寝言混じりでムサシが亀吉の名を呼ぶと、亀吉はムサシの顔に自分の顔を寄せる。
亀吉の鼻腔をくすぐる様に子供独特の香りが広がり、食欲では無く不思議な気持ちが湧き上がるのだが、亀吉はその気持ちが嫌いでは無かった。
自分の尻尾を握り締め、自分の名を呼ぶ小さな子供に亀吉は誰にも見せた事の無い柔らかい視線を送る。
「亀吉……おしっこ……」
亀吉の毛が一瞬で総毛立ち耳が後ろを向き、眉間に皺を寄せて辺りを見回し寝ぼけたムサシを柔らかく咥えて、急いで茂みに連れて行く。
ムサシは用を足している間も亀吉の尻尾を離さないので、茂みの側で大人しく座りムサシを待つ亀吉は辺りを警戒しつつ小さな溜息を吐く。
「おわったー」
闇の中を寝床まで連れて行くのも亀吉の仕事である。半分寝ているムサシが尻尾を握り締めているので、亀吉はムサシの歩幅に合わせてゆっくりと寝床までエスコートすると亀吉はムサシの頭から毛布をバサリと被せ、再度寝付くまで背中を尻尾で一定のリズムで優しく叩くまでが亀吉の夜の仕事である。
ムサシが漸く寝付き特徴的なイビキが聞こえて来た頃に亀吉は、先程から外で感じる気配に面倒くさそうに立ち上がり野営ドームを後にする。
二色の月明かりに照らされて夜の散歩をしている様な足取りから、段々と狩りや戦いに赴く様な足捌きへと変わって行き、亀吉を試す様な気配を先程から放っている気配の主の前に着く頃には獣の王が纏うドス黒い闘気を漲らせて臨戦態勢になっていた。
「暫く顔を見せぬと思うたら乳飲子の世話係をしておるとはな、腰を抜かすかと思うたぞ……久しいのう青目」
月明かりを背中に背負い大きな岩に腰掛ける人物は、逆光で顔を見る事は出来ないが影に塗り潰されたシルエットの中でも光を失わず、不気味に光る金色の瞳はその人物は誰かを雄弁に語る。
「羽虫の姫巫女が我に何の用ぞ?」
一層強く立ち昇る亀吉の闘気に苦笑いをする姫巫女は、武器を持たない証をたてる様に両手を広げ戯けた様に話し出す。
「カハッ……用って程の物では無いがの、旧交を暖めたかったのと……」
夜空を見上げながら姫巫女が話を途中で止める。
「のと?」
亀吉が先を急かす様に言葉尻を繰り返す。
「里に入り込んだ本当の理由を聞きたくてのう?」
ゆっくりと視線を亀吉に送りながら姫巫女の身体から尋常では無い数の精霊の気配が立ち昇った。
「何の事だか解らぬが殺りあうと言うのであらば吝かでは無いな、羽虫でどれ程腹が膨れるかは解らぬが些少の足しにはなるだろうて……」
亀吉の爪と牙がミシミシと音を立て巨大化し、背中の筋肉を肥大させる。
「ハハハッ! 懐かしい姿じゃの青目! 獣の王たる醜さじゃ!」
姫巫女は狂った様な笑顔を浮かべ、自分の腰掛ける大きな岩の下から縦横無尽に木の根を走らせた。
「のう、青目よ、お前が付いていて森の中で迷うなど有り得ぬだろう? のう、青目よ、森歩きの精霊魔法を使いながら森で迷うなど有り得ぬだろう? のう……青目よ、妾は出来る事なれば童の命は断ちとうないのじゃ、青目よ」
先程まで夜空に輝いていた二つの月が、目に見えない筈の精霊に隠れてしまい辺りを漆黒の暗闇にする。
「羽虫の姫巫女よ、我がここで闘いを選べば勝てるとは言わんが、負けるとも言わぬぞ、三日三晩は暴れ続ける自信はある。この里にそれを支える地力がある様に見えぬがの?」
姫巫女は小さく舌打ちして精霊の密度を徐々に薄くして行く。
「それと羽虫の姫巫女よ、お主は考え違いをしておるようじゃ」
「ほほう?」
亀吉の言葉に姫巫女が即座に食いついた。
「我とお主の力の差は、自惚れ無しにしても小さな運気で左右される程度と我は思っておる」
「ふむ……」
亀吉の落ち着いた態度に毒気を抜かれる様に姫巫女も身に纏う精霊の力を弱めて行く。
「だがの……あの童にとって我の立ち位置は飼い猫程度だ。そして我も同じ認識である」
「……」
「……」
向かい合う二人の間に沈黙が訪れる。
冗談なのか本気なのかの真意を問うにも、余りに荒唐無稽な言葉に二の句を告げない姫巫女の耳に、遠くからムサシが亀吉を呼ぶ声が聞こえて来た。
「青目よ……飼い主が呼んでおるぞ……」
亀吉は溜め息を一つ吐き無造作に背中を向けて闘気を仕舞い込む。
二、三歩進んだ後に亀吉は不意に足を止めて姫巫女に向き直った。
「それとな、姫巫女よ。我の事を青目と呼ぶ事は許さぬ、我の名は亀吉ぞ……」
かつて何度も姫巫女と殺り合った頃を凌駕するドス黒い闘気と殺気が姫巫女を襲い、恐怖と絶望に足が竦むのを感じた時には既に亀吉は姿を消していた。
大岩にペタンと座り込み、自重気味の笑顔を浮かべた姫巫女はポツリと呟いた。
「憶えておこうかの……」
あまり寝相のよろしくないムサシの毛布をかけ直すのは亀吉の仕事であるが、彼にはまだまだ重大な仕事がある。
「むにゅ……亀吉……」
寝言混じりでムサシが亀吉の名を呼ぶと、亀吉はムサシの顔に自分の顔を寄せる。
亀吉の鼻腔をくすぐる様に子供独特の香りが広がり、食欲では無く不思議な気持ちが湧き上がるのだが、亀吉はその気持ちが嫌いでは無かった。
自分の尻尾を握り締め、自分の名を呼ぶ小さな子供に亀吉は誰にも見せた事の無い柔らかい視線を送る。
「亀吉……おしっこ……」
亀吉の毛が一瞬で総毛立ち耳が後ろを向き、眉間に皺を寄せて辺りを見回し寝ぼけたムサシを柔らかく咥えて、急いで茂みに連れて行く。
ムサシは用を足している間も亀吉の尻尾を離さないので、茂みの側で大人しく座りムサシを待つ亀吉は辺りを警戒しつつ小さな溜息を吐く。
「おわったー」
闇の中を寝床まで連れて行くのも亀吉の仕事である。半分寝ているムサシが尻尾を握り締めているので、亀吉はムサシの歩幅に合わせてゆっくりと寝床までエスコートすると亀吉はムサシの頭から毛布をバサリと被せ、再度寝付くまで背中を尻尾で一定のリズムで優しく叩くまでが亀吉の夜の仕事である。
ムサシが漸く寝付き特徴的なイビキが聞こえて来た頃に亀吉は、先程から外で感じる気配に面倒くさそうに立ち上がり野営ドームを後にする。
二色の月明かりに照らされて夜の散歩をしている様な足取りから、段々と狩りや戦いに赴く様な足捌きへと変わって行き、亀吉を試す様な気配を先程から放っている気配の主の前に着く頃には獣の王が纏うドス黒い闘気を漲らせて臨戦態勢になっていた。
「暫く顔を見せぬと思うたら乳飲子の世話係をしておるとはな、腰を抜かすかと思うたぞ……久しいのう青目」
月明かりを背中に背負い大きな岩に腰掛ける人物は、逆光で顔を見る事は出来ないが影に塗り潰されたシルエットの中でも光を失わず、不気味に光る金色の瞳はその人物は誰かを雄弁に語る。
「羽虫の姫巫女が我に何の用ぞ?」
一層強く立ち昇る亀吉の闘気に苦笑いをする姫巫女は、武器を持たない証をたてる様に両手を広げ戯けた様に話し出す。
「カハッ……用って程の物では無いがの、旧交を暖めたかったのと……」
夜空を見上げながら姫巫女が話を途中で止める。
「のと?」
亀吉が先を急かす様に言葉尻を繰り返す。
「里に入り込んだ本当の理由を聞きたくてのう?」
ゆっくりと視線を亀吉に送りながら姫巫女の身体から尋常では無い数の精霊の気配が立ち昇った。
「何の事だか解らぬが殺りあうと言うのであらば吝かでは無いな、羽虫でどれ程腹が膨れるかは解らぬが些少の足しにはなるだろうて……」
亀吉の爪と牙がミシミシと音を立て巨大化し、背中の筋肉を肥大させる。
「ハハハッ! 懐かしい姿じゃの青目! 獣の王たる醜さじゃ!」
姫巫女は狂った様な笑顔を浮かべ、自分の腰掛ける大きな岩の下から縦横無尽に木の根を走らせた。
「のう、青目よ、お前が付いていて森の中で迷うなど有り得ぬだろう? のう、青目よ、森歩きの精霊魔法を使いながら森で迷うなど有り得ぬだろう? のう……青目よ、妾は出来る事なれば童の命は断ちとうないのじゃ、青目よ」
先程まで夜空に輝いていた二つの月が、目に見えない筈の精霊に隠れてしまい辺りを漆黒の暗闇にする。
「羽虫の姫巫女よ、我がここで闘いを選べば勝てるとは言わんが、負けるとも言わぬぞ、三日三晩は暴れ続ける自信はある。この里にそれを支える地力がある様に見えぬがの?」
姫巫女は小さく舌打ちして精霊の密度を徐々に薄くして行く。
「それと羽虫の姫巫女よ、お主は考え違いをしておるようじゃ」
「ほほう?」
亀吉の言葉に姫巫女が即座に食いついた。
「我とお主の力の差は、自惚れ無しにしても小さな運気で左右される程度と我は思っておる」
「ふむ……」
亀吉の落ち着いた態度に毒気を抜かれる様に姫巫女も身に纏う精霊の力を弱めて行く。
「だがの……あの童にとって我の立ち位置は飼い猫程度だ。そして我も同じ認識である」
「……」
「……」
向かい合う二人の間に沈黙が訪れる。
冗談なのか本気なのかの真意を問うにも、余りに荒唐無稽な言葉に二の句を告げない姫巫女の耳に、遠くからムサシが亀吉を呼ぶ声が聞こえて来た。
「青目よ……飼い主が呼んでおるぞ……」
亀吉は溜め息を一つ吐き無造作に背中を向けて闘気を仕舞い込む。
二、三歩進んだ後に亀吉は不意に足を止めて姫巫女に向き直った。
「それとな、姫巫女よ。我の事を青目と呼ぶ事は許さぬ、我の名は亀吉ぞ……」
かつて何度も姫巫女と殺り合った頃を凌駕するドス黒い闘気と殺気が姫巫女を襲い、恐怖と絶望に足が竦むのを感じた時には既に亀吉は姿を消していた。
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「憶えておこうかの……」
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