竜と世界の歩き方

モアイ

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一章

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夢を見ていた。

綺麗な赤い髪をした女性が、およそ人とは相容れるものではない、そんな大きな魔物の双翼を慈愛に満ちた表情で撫でている。絵面とは反してとても穏やかな時間、暫くそんな時間が続いた。夢にしては、随分と話に展開がないものだと思う。

ほんの一瞬のことだった。そんな時間を終わらせるかのように、彼女は何かを呟いた。その瞳には、涙が浮かんでいる。そして、世界は暗転する。




『何を呆けておるのだ』

「……ごめん、あまりにも気持ちいいものだから、寝ちゃってたみたいだ」

『全く、我が主は随分とお気楽者のようだ。そもそも、無防備に眠りにつくほど、我を信頼していいと思っているのか?一度は主を殺そうとしたのだぞ?』

脳に直接響くようなこの感覚は、慣れるにはもう少しかかるだろう。アストリットは、心底呆れたように、そのしなやかな翼を大げさに羽ばたかせた。

「お前の恐ろしさを忘れたわけじゃない。むしろ、覚えているからこそさ。お前が俺をどうにかしようとするなら、俺に抗う術はない。だけど、例えば俺に追っ手がやってきても、お前が味方でいてくれるなら、それをお前は一方的な力で蹂躙するだろう。なら俺は、こうやってのんびりと構えている位が丁度いいんだよ、きっと」

『物事を考えてるのか、考えていないのか、よくわからんやつよの』

「評価はお前に任せるけど、闘技奴隷の時は毎日毎日働かされたから、今くらいは休ませてくれ。後はまぁ、
単純にアストリットの乗り心地が思いの外いいのと、風が気持ちいいのが悪いよ」

吹き抜ける風は、空の旅を続ける俺達に色々な匂いを届けてくれる。全てが新鮮で、それだけで幸せな気持ちになれた。

『その境遇は同情に値するが、主の無賃乗竜っぷりには、些か憤りを覚えるぞ。我に払われる対価といえば、お主の魔力くらいのもの。それは我を満足に顕現させるのにも不足なくらいじゃ。そこはまけてやるにしても、主を乗せる屈辱で足りないぶん、何か退屈しのぎでもさせよ』

「退屈しのぎといってもな……」

この規格外の竜にも、退屈という感覚があるのかと思うと少し不思議だった。風を自らの翼で切って飛ぶのは、俺からしたらとても面白そうに見えるのだが、この竜は何をしたら退屈しのぎになるのだろう。

「うーん……ってなんだなんだ?」

はるか前方の地上に、アストリット程ではないものの、巨大な体躯の魔物が見えた。一度動くたびに辺りには土煙が舞い、整備されていたであろう街道は、根こそぎ抉られ、見るも無残な姿に変わっていく。その進行を押し止めようと、見たこともない装備に身を包む集団が奮闘しているが、戦況は芳しくないようだ。 今、最後の1人も倒された。

「近くに街があるのかな?」

『そうであろうな。あんな災害のような魔物をわざわざ人の身で食い止めるのは、やつの進む先に彼奴等の守るべきものがあるか、それともーー』

「それとも?」

『自らの力を過信した、ただの阿呆よ』

アストリットは、さして興味もなさそうにシンプルに切って捨てた。彼らは阿呆ではないだろう。自らより強いとわかっている存在に立ち向かう理不尽さは、アストリットから十分学んだ。このままでは、あの化け物がまだ見ぬ街を蹂躙するのだろう。

「なぁアストリット。あいつ、あの大きいの、なんて名前なのかわからないけどさ、アレ倒すの、いい退屈しのぎになると思わない?」

『ほぉ?』

「それとも、アストリットでもアレに挑むのは阿呆になるのかな?」

『そうであろうな』

俺の予想と反してアストリットは肯定した。しかし。

『我と奴ーーヨルムンガンドでは、あまりにも力の差があって、我の弱いものイジメになってしまうからな』

その肯定は己への絶対的な自信から。

「それじゃ、俺っていうハンデを抱えて丁度いいくらいだな」

『全く、主はお人好しだな。まぁ退屈しのぎにはなろうか』

そう言うと、アストリットは吠えた。あの魔物、ヨルムンガンドがこちらを向いた。自らを脅かす存在に、直進をやめ、一瞬で臨戦態勢をとり、おびただしい魔力の塊を放出してくる。

『児戯だな』

その渾身の一撃を、アストリットは防ぐ様子もなく、その魔力の中をただ真っ直ぐ進んだ。振り落とされないように必死の俺を尻目に、アストリットはヨルムンガンドに一瞬で肉薄する。

そして、アストリットの一撃。
たった一撃でヨルムンガンドは地に伏せた。

「……お前、本当に凄いんだな」

『世間知らずの元奴隷にも、ようやくそれくらいはわかるようになったか。人の成長とは早いものよな』

アストリットの言うように、世間知らずの俺でも、このヨルムンガンドがこの世界の生き物として規格外なのがわかる。こんなものが平然と跋扈している世界なら、とうの昔に人なんていなくなってるだろう。そして、そんな存在を、一撃で下すアストリット。そんな化け物が、俺と契約を結んだという事実。

1つだけわかるのは、そんなものとの契約が、ただこちらに力を分け与えてもらうだけ、なんて都合のいいものではないということだろう。

『どうした?主よ』

契約、その本当の意味を聞く勇気は、今の俺にはなかった。

『呆けてるとこ悪いが、かなり手加減したからな。こやつはまだ動くぞ』

「そうなのか?」

『主が自らをハンデと言ったのだろう。ほぼ虫の息と言ったところだが、後はお主がどうするのか、高見の見物をさせてもらうぞ。そっちの方が、いい退屈しのぎになりそうだからのう』

いい趣味をしてる。確かに、ヨルムンガンドの目は死んでいなかった。自らの生存の可能性を信じて、目の前の俺目掛け猛進してくる。その突進と対峙してわかる、これは受けられない。慌てて回避する。

『どうした、躱すだけでは勝負はつかんぞ』

「武器も無いのに、こんなのどうしろと!」

『やれやれ、甘い考えの次は、泣き言抜かしよって。しょうがない。我の魔力で、お主の望む武器とやらを錬成してやる。我の魔力で作るのだ、ヨルムンガンドの分厚い皮膚であろうと、難なく切れるであろうよ。そこから先はお主次第じゃ。さぁ、想像せよ。お主の武器を』

想像?そんなことしてる余裕なんてない。アストリットとの契約で己のものとは思えない魔力とそれに伴う身体能力の向上。そのおかげでヨルムンガンドの突進もなんとか躱しているが、それも時間の問題。

なら倒すしかない。この化け物を。答えはシンプルだ。

闘技奴隷として、使い慣れたもの、無骨な形の剣、そして、少し短めの槍。俺が得意とした、いつでも鮮明に思い出せるその感触。想像する。

いつの間にか、俺の両手には、その二つが握られていた。形こそ似通っていても、纏う魔力は、およそ別物だった。

『さぁ、我を楽しませよ』

その言葉で覚悟を決める。突進をぶつかる寸前の所で避けて、すれ違いざまに槍を突き刺す。人に突きつけるよりも、あっさりとその刃はヨルムンガンドに突き刺さった。動きが止まった。渾身の力を振り絞り、跳躍する。ヨルムンガンドの眼前を通り過ぎ、頭部に到達する。そして、そのまま落下しながら、剣で袈裟斬りのように斬りつける。ヨルムンガンドの首をつないでいた部分が、俺の通る先からちぎれていく。地面に到達する頃には、まるで頭部と体が別のものみたいな、そのくらい綺麗に別れていた。

『倒したか。やれやれ、地上の支配者と呼ばれたものが、今では人間に倒されるとは、腑抜けたものよのう』

「9割お前が倒したようなもんだけどな……さて、それじゃ、怪我人の手当てしないとな」

『手当てなどして主になんの得が……いやもういい。そういう性格なのはよくわかった。お主の手当てなど時間の無駄であろう、我がすぐ治してやる』

そう言うと、アストリットは怪我をしてうずくまっていた人達の体を舐めはじめた。突然のことに驚いてる俺をアストリットは、呆れた顔で言った。

『我の唾液でも、人間にとっては万能の霊薬になるのだ。まぁ、人の生命力では、回復の許容量を超えて1日くらい寝込むことになるが、我の姿を見られて喚かれても面倒であるし、丁度いいであろう』

確かに、ヨルムンガンドなんかより、アストリットの存在の方がよほど問題だ。問題から大問題が続いたら、流石に食い止めようとしていた人達も酷だろう。

「なんというか、本当に規格外だな……」

『それは当然のことじゃが……我が器になれるという事実を、主はもう少し理解するべきだな』

「それってどういう……」

『……さて、それでは街に向かうか。幸い進行方向はわかっているわけだし。主にとって初めての街だ、せいぜいお上りさんにならないように気をつけることじゃな』

失言だから忘れろ、そんな風に言っているように思えた。

俺とアストリット、お互いがどのような影響を与えるのか、今はまだ何もわからない。


ヨルムンガンドの道標を上空から進んでいくと、大きな街が見えた。四方から繋がる街道、そして街中には至る所に陽の光を浴びてキラキラと反射する青色が見える。

『巨大な湖を中心とした街のようだな。人間にとって、水は欠かせないもの、それが豊富にあるところに人が集まるのも自然なことかもしれんな』

「あれが湖か……綺麗だな」

『やれやれ、感想が童のようだな。まぁ、世界を知らないお主はある意味ではそうかもしれんが』

「これからいろんなことを知っていけるかと思うとワクワクするよ。しかし、街の大きさの割に、街道には人がいないな」

『ヨルムンガンドが来ているのに、わざわざ外に出るやつもおるまい。嵐がきてるのにわざわざ好奇心で扉を開ける者は、無駄な怪我をして終わるだけよ』

その街は、巨大な壁に囲まれていて、街道の出発点である四方に設けられた大きな門には、大掛かりな兵器のようなものが設置されていた。確かに、この様子なら、逃げたりするより、街の中の方が安全かもしれない。

『さて、それでは地上に降りるとするか』

「お前がそのまま飛んで行ったら、歓迎されるどころか、全力で拒まれるだろうしな。しかしどうするんだ?降りたとこで待ってる?」

『我を甘く見るでない。要は警戒されなければいいのだろう?我が体躯をいかにも人の庇護がなければ生きられない、そんな姿に変えることなど容易なことじゃ』

そう言うと、アストリットは自らの体をその双翼で包み込み、その体から光を放った。眩い光の後には、俺の肩に乗れるくらいの、小動物のような外見に自らを作り変えていた。

「最早何でもありだな……」

「どうだ?可愛らしい姿であろう?喋り方も可愛くしてやろうか?」

「普通に喋ってるし……まぁそれなら警戒されないだろうし、行くか」

「人がどのような発展を遂げたのか、少し楽しみじゃな。さて、乗られる屈辱、お主にも味あわせてやろう」

アストリットは、その小さくなった体を俺の肩に預けて来た。質量も変わっているらしく、本来の竜の時の重さではなく、その小さい体に相応しい重さだった。

自分の足で街に近づくにつれて、街の規模が実感できた。大きいと理解していたはずの壁も門も、遠くから見るのと近くで見るのでは迫力が違った。ヨルムンガンドも大きかったが、それをも上回る高さと大きさ、これを人が作ったという事実に驚きを隠せなかった。

「本当にお上りさんではないか」

「しょうがないだろ……しかし、世界はこんなに大きな街ばかりあるのかな?」

「この街は、世界でも相当に大きい部類だと思うぞ。いきなりこんな街を当てるなど、刺激が強すぎるのではないか?」

軽口を叩きながら自らの胸の高鳴りを抑えて進んで行く。しかし、異変は起こった。

街道の石畳が途切れ、いよいよ街の領域に入る、そんな境界で、突然あの大きな門から、耳をつんざくような音が鳴り出した。

「なんだなんだぁ!?」

「これは……探知の類の魔法か。どうやら、領域内に一定以上の魔力を持つものが侵入したら、あの門と共鳴するらしい。外敵対策か。我とその力を分け与えたお主が入れば、それはもう、鳴らぬわけがないな!はっはっは!」

アストリットの説明を聞いて、笑ってる場合かとたしなめる前に、門からヨルムンガンドと戦っていた集団と似たような装備で、それでいて、明らかに練度が違うとわかる集団がこちらを見ていた。同じ部隊の精鋭だろうか。

「ほぉ、人にしては中々悪くない集まりではないか。お主1人では、手に余るかもしれんな」

珍しく、アストリットが人を賞賛している。それがより一層俺の警戒心を強くした。

「戦うつもりなんてないって……しかし、どう見ても仲良くお話しましょうって感じではないよなぁ」

門が鳴り、覚悟を決めてやって来たであろう精鋭達は、俺たちの姿を確認すると、何やら一様に怪訝そうな顔を浮かべていた。恐らく、相対する相手はヨルムンガンドだと思っていたのだろう。それなのに、眼前にいるのは、1人と1匹の小動物なのだから、困惑するのも無理はない。

「どういう状況なのかわからないが……まずこちらの非礼を詫びよう。突然このように威圧する形になってしまってすまない。我々は、この西門を守護する、グラバル聖騎士団という。斥候から、かの有名な魔物、ヨルムンガンドがこの街に向かってきているとの報告を受けてな。その対策をして待機していた所、門が鳴ったもので。貴方は旅人ですか?」

グラバル聖騎士団とやらの隊長だろうか、怪しい俺たちに対しても笑顔で礼儀を弁えていて、それでいて警戒は怠らない模範的な騎士、そんな印象を受けた。

「まぁそんなものです。田舎からやってきたのに、突然門が鳴るものだからびっくりしましたよ。どんな仕組みかわかりませんが、何か誤作動でも起きたんですかね」

闘技場を抜け出して、道中ヨルムンガンドを倒して空から来た、なんて話を信じてもらえるわけもない。めんどくさいことにならないように、なんとかこの場面を乗り越えることを考える。

「ふむ……まぁ、もう古い装置ですからね。そのようなことが起きても不思議ではないかもしれませんね。して、この門から入ってくるということは、貴方はフェール領からやってきたのですよね?」

「え?えっと……」

「各国を繋ぐこの街道からこのクレイドルまでは、一本道です。貴方がフェール領からやってくるには、例えば空でも飛ばない限り、ヨルムンガンドと接触していなければおかしい。時間的にも、ヨルムンガンドの到着予想時間と合致しますしね。それでいて、斥候からヨルムンガンドが進路を変えたなんて報告もない。そもそも、本国からはクレイドル方面には出国禁止の命令が出ている。さて、もう一度聞きます、貴方は何処からやってきたのですか?」

「……」

穏やかに見えた笑顔が、今では随分と攻撃的なものにみえた。まずい。あの騎士は俺を怪しんでいる。そもそも、聞き慣れない単語が多くて、理解が追いついていないというのに。

「……答えられませんか。害のあるような方には見えませんが、一応、事情聴取させてもらいましょうか。悪いようにはしませんので、大人しく連行されてくれませんか?」

手で合図を出して、騎士団長らしき人物の部下が力任せに俺を抑えつけようとする。混乱してた俺はつい反射的に、それを避けて、一撃を見舞ってしまった。

「あっ」

「おお、手を出すのか。大立ち回り、期待するとしようか」

「ちがっ!つい無意識にだな……」

「ほう……」

騎士団長らしき人物は先ほどの事務的な様子とは変わって少し興味深げにこちらを見ている。

「我が精鋭を容易く……ただの旅人では無さそうですね。少し興味が湧きました。他の者は手を出すな、私が相手する」

「くっそ……なんでこんな目に……」

騎士団長らしき人は、剣を脇に構えた。隙が大きそうな構えに見えて、その実、間合いに入ったら一太刀で切って捨てられる。長年命のやり取りをしていた俺の勘がそう告げている。強い。

「せめて丸腰じゃなければな……」

仮に、相手の攻撃が防げても、素手ではそこから相手を無力化させるだけの決め手が持てなかった。

「また我が錬成してやろうか?」

「あんなの人に使えるわけないだろ……」

「……来ないのであれば、此方から行かせてもらいますよ」

来る!

直線的な体捌き、ただ速く此方に接近し、自らの強みを押し付けていく、そんな自らの力量に自信を持っている者の動き。
横振りの一閃を懐に潜り込むことでなんとか躱す。しかし、追撃の手は止むことはない。突き、縦斬り、いかなる攻撃の後でも、間断なく次の攻撃に繋げてくる。本格的に、強い相手だ。
何か打開策は無いのか。ふと、視界に先ほど一発くれてやってのびてる男が見えた。その手には、一振りの剣。

「ちょっと借りる……よっと!」

「チィッ!」

横振りが、彼の剣とぶつかる。防戦一方だった俺から、思わぬ反撃を食らったことに苛立ったのか、笑顔は消えていた。

「あの、もう大人しく連行されるので、剣を納めてくれないでしょうか?」

「それは出来ませんね。久々に私と互角に打ち会えそうな相手に出会えたのですから、それを途中でやめるだなんてとんでもない」

「……戦いを楽しむやつは嫌いだ」

「そんなこと言って、それだけの実力があれば、戦いが楽しいと思ったことは一度や二度ではないでしょう」

「…………言葉には気をつけてくれ……そんなことは生まれてから一度だって、ない。それに、俺がしてたのは戦いじゃなく、殺し合いだ」

こちらも全力で仕掛ける。アストリットの力のおかげで、相手との距離なんていくらでも詰められる。先ほどまでの打ち合いとの速度とは違う、人外の速度、しかし相手も実力者だ、その動きに無意識に反応した。しかし、こちらは意識的にこの動きが出来る、その反応を逆手に取って、相手が空振りした隙。その無防備な剣を弾く。そして首筋に剣を突き立てる。勝負はついた。

「……まだやりますか?」

「……ふざけるな、俺が、お前みたいなよくわからないやつに、負けるわけが……」

「やれやれ、一回は手打ちにしてやろうとしたレーグを無視して、この体たらくだというのに、生意気なやつよの」

「……クソ、クソ、クソ!!」

騎士団長らしき人物の敗北を目にして、狼狽してる他の団員と、この状況をどう収めるべきかわからない俺達。どうしようか悩んでいると、騎士団の方が何やら騒がしくなった。

「これは一体、なんの騒ぎ?」

1人の人物が、団の中から近づいてくる。その絢爛な鎧姿からは想像もつかない高い声色。女性? 

「だ、団長……」

「えっ?貴方が団長じゃ……」

「バールは確かに優秀だけど、みての通り性格に難があってね。私としても、この座を脅かす人物が現れて欲しいのだけど。それはさておき、貴方、名前は?」

「……レーグだ」

「いい名前ね。さて、レーグ、貴方には色々と聞きたいことがあるの。悪いけど、しばらく眠って貰おうかしら」

顔を覆っていた兜が外され、その顔が衆目に晒される。少し垂れ目がちな赤眼と、整った顔立ち、そして光り輝くような黄金の長髪。大事に育てられた、御伽話に聞く姫のようにも、存在するだけで部隊を鼓舞するような、そんなカリスマ性のある団長のようにも見える。どこにいても、人の目を集めるのは間違いないだろう。

「さっきから、そうしてくれって言ってたのに、おたくのとこの団員が攻撃してきたんだけどな……」

俺は剣を構える。バールと呼ばれた男、それ以上の実力であろうこの女団長。しかし、言葉とは裏腹に剣を抜くそぶりは見せない。その代わりに、彼女は目を閉じた。

『ーー福音よ来たれ、福音よ来たれーー』
 
そして彼女が口ずさむ、その歌声を聞くうちに意識が朦朧としていく。耳を塞ごうにも、体が反応してくれない。

「これは……霊歌だと?まだそんなロートルな体系を使うものが……」

「あら、そのよくわからない生き物、詳しいわね。やっぱり、何かあるわね」

女団長が近づいてくる。かろうじでそう認識できるだけで、意識はもう飛んでいきそうだ。

「私の霊歌を聞いて、意識を保てる相手は久しぶりよ。ようこそ、クレイドルへ。目覚める時には、貴方はこの大きな揺りかごの中よ」

鉄の塊で殴られたような鈍痛。そうして俺の意識は途切れた。



















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