あやとり

吉世大海(キッセイヒロミ)

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六本の糸~地球編~

8.迫る

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 第6ドームから出港し、戦艦が安定した。



 シンタロウと別れてから数時間が経った。



 未だ実感しないままコウヤはキースに誘われドールの調整を手伝っていた。



 最初はモーガンが偉そうに教えていたが、コウヤの扱っていたドールは何故か触らせてくれなかったので、キースと二人でキースのドールの調整にあたった。



「モーガンはどうして俺が乗っていたドールを触らせてくれないんですかね。」

 コウヤは狭いコックピットの扉を開き、操縦席に座るキースを見下ろす形で座っていた。



「ああ。それについては後から説明があると思うけど、お前は大丈夫か?」

 彼はシンタロウと別れたことを言っているのだろう。心配そうにコウヤを見た。



「はい。キースさんにまで心配をかけましたか。」



「当然だ。軍に入るのならシンタロウ君は俺の可愛い後輩になるし、お前は今は俺の部下みたいなものだろ。ほら可愛い。」

 キースはコウヤに笑った。



「キースさんは聞いていたんですね。シンタロウが軍に入るってことを」



「まあな。いち早くパイロットになりたいと言われてな。頭いいからもったいない気がしたけど、本人の意思が強くてな。相談を受けた。助言というよりも口出ししかしていないけどな。」

 キースは困ったようにコウヤに笑いかけた。



「キースさん・・・・・あいつは何でおれに黙っていたんですか?」

 コウヤはずっと感じていた寂しさの理由を訊いた。



「そりゃあ、お前さんに言うと決心が鈍るからだろう。」



「・・・・俺、あいつの邪魔になっていたのか?」

 コウヤはシンタロウの決心を自分が鈍らせていると聞いて、理由は分からないが軽い自己嫌悪を覚えた。



「何言ってるんだ?お前がいたからここでさっぱりと降りられたんだ。」



「でも、決心が鈍るってさっき・・・・」



「あいつにとって、お前とアリアちゃんは一つの心の頼りで帰れる場所になっているんだ。」



「親を亡くすっていうのは帰る場所を失くす様なことなんだ。・・・・・でも、シンタロウ君は帰る場所が一つだけでなかったということなんだよ。」

 キースは熱弁するように身振り手振り言った。



「あんまりわからないですね・・・・」

 コウヤはキースがコウヤの言っていることを否定していることだけは分かった。



「お前とアリアちゃんが帰る場所としていてくれる限りシンタロウ君はどこにだって行こうと思えるってわけだ。」

 キースは頷いてコウヤを安心させるように優しく笑いかけた。



「そんな深いこと考えていたんですか・・・・シンタロウが・・・・」



「すまん・・・今のは少し話を盛った。」











 マーズ研究員のあだ名は「マックス」である。元々研究者気質の性格と天才であることの妬みからマッドサイエンティストとマウンダーを取って「マッド」と呼ばれていた。



「マッドって厭じゃないのか?悪口だろ。」

 七歳離れた弟が特に嫌がらない様子を見て不思議そうな顔をした。



「慣れている。悪口なら陰でもっとひどいことを言っていることは知っている。俺よりも劣るやつだ。口では勝たせてやらないと悪いだろ。」

 事実を言うと弟は俺のことなのに怒った顔をした。



「兄さん無感動だ。」



「そんなことない。」

 自分は無感動ではない。事実弟には見せないが媚びることも甘えることもある。弟と年が離れているため兄である時間よりも一人っ子であった時間が長かったのだろう。その気質が根強く残っている。だが、弟には絶対にそんな面を見せない。



 数少なく甘える先輩や同期には弟にそんな面を見せたらいいのにと言われた。けれど頑なに断り、弟には兄として毅然と接することを決めていた。



 ある日、何か昔の映画を見た弟が興奮気味で俺の元に走ってきた。



「兄さん!!マックスだよ。マックスって呼ばせてみろ。」

 どうやらあだ名のことを未だに気にしていた様だ。訳が分からないが翌日に数少ない甘えれる同期に話すと笑われた。



「なるほど。いい映画を見たな。マッドの由来を取りながらもそれから逸らす。いいじゃね?マックス。」



「訳が分からない。」



 弟が声高に言い始めたことと同期の呼ばれ始めたことであだ名は「マッド」から「マックス」になった。その数少ない甘えれる同期も先輩方も気が付いたら後ろにいて、下にいて、貶す言葉を吐く口でしか勝てない人間になり下がった。



 自分が上に行き、弟が成長するとともに弟の態度も変わった。理由は分かる。劣等感だ。結局はあいつもみんなと同じ種類の人間だった。



 兄さんと呼ばれていたのにあんた呼びになった。



 あからさますぎて笑ってしまった。



 実は攻撃的だとか噂は聞くがそれは嘘だと一蹴している。



 ドール訓練で弟の出す数値がそれを物語っていて、適性も戦士向きというよりかは工作員向きであると言われても、あいつはいつまでも気弱で俺のあだ名にいちいち反応する理解できない弟だ。



 それに、また失敗した。全く駄目だな。早く辞めてしまえばいいんだ。



 俺の研究の手が止まるのもお前のせいだ。俺の思考を止めるのがこの国にとってどれだけの損害になるかわかっているか?



 お前は考えの足りないところがあるからきっと気付いていないだろ。もっと深く考えて行動しろ。



 兄らしく毅然と説教でもするか。また嫌な顔をされるのは目に見えているが、仕方ない。俺はあいつの兄だからな。





「失敗しちゃったわね。」

 不意に後ろから声をかけられた。



「すみません気付きませんでした。」

 マーズ研究員、マックスは慌てて部屋に入ってきた上司に向き直った。



「いいのよ。気にしないで。」

 入ってきた上司の白衣の女はマックスの前に立ち、残念そうな顔をしている。



「フィーネのパイロットは強い。ヘッセ少尉を退けているのが何よりです。我が国で彼女以上のパイロットはいないのもきっと理解されるでしょう。」

 白衣の女は驚いたように目を丸くすると首を傾げた。



「聞いていないの?そっちじゃないのよ。暗殺か確保の任務よ。」



「え・・・?」



「何のためにレイラちゃんから変えたのかわからないわね。」



「暗殺って・・・・?」



「極秘の方よ。知らないの?」

 マックスはマーズ隊に言い渡されていたもう一つの任務を知って愕然とした。



「は、暗殺って、あいつができるはず」



「あと少しだったのにね。」

 白衣の女は残念そうに言った。



 《あと少し、何だ。できるのか?》

 マックスは言われた言葉を呑みこむのを拒否するように首を振った。



「でも失敗した。やっぱり俺の言った通りで」



「穴埋め任務を与えられたのは、知っている?」

 白衣の女は変わらず残念そうに眉を寄せていたが、目はマックスに対する興味で満ちていた。



「穴埋め・・・・?失敗したから戻ってくるのでは?」



「任務が任務だったからね。」

 マックスは深呼吸をして首を振った。いつもの言葉を言えばいい。





「軍に入った時から任務を優先すると言っているので、自分を気にしないでください。」

 いつも言っている言葉は自然に出た。習慣というべきか、恐ろしいものだ。



 白衣の女は嬉しそうに頷いた。

「やっぱり、あなたは研究が一番の子ね。よかった。」

 女の口調から、マックスの表情はいつもと変わらないようだ。自分がどんな顔をしているのかわからなかったが、マックスは安心した。



 女はマックスの様子を見に来たようで、確認できると部屋から出て行こうとした。



 出て行く寸前に足を止めてマックスを横目で見た。



「本部前までの追撃でフィーネのパイロットを捕まえれるはずないものね。」

 本部前という言葉がマックスに響いた。嫌でも知っている。本部前というのは地連軍本部前だろう。いや、避難船の役割をしているからまだ本部に行くはずない。それまでにフィーネの、あの戦艦をどうにかすればいいはずだ。



 本部前に行って戻ってきたのはヘッセ少尉だけだ。あそこには化け物がいる。怪物というべきか、黒い最恐のドール。







「・・・軍に入った時から任務を優先すると言っているので、自分を気にしないでください。」

 いつも言っている言葉を言った時には白衣の女はいなくなっていた。









 ゼウス軍戦艦「ルバート」



 暗殺か確保という極秘作戦に失敗したジュン・キダ少尉とダルトン・マーズ中尉は人気のない倉庫にいた。きっと失敗したことの反省会をしているのだろう。



「あいつ、コウヤ・・・・何で気づきやがったんだ・・・?」

 ジュンは軍帽を床に叩きつけた。



「わからない。俺はそれよりディア・アスールの身体能力に驚きましたよ。ぎりぎりに銃弾をかわすなんて・・・・わが軍の優秀な兵士でも難しい・・・・」

 ダルトンは悔しそうに言った。



「ハクトさん・・・だったよな。ディア・アスールを庇ったやつ」

 ジュンはディアを抱えていたハクトを思い出して自嘲的に笑った。



「そうだね。俺らは呼んではいけない人を呼んでしまったんだ。笑える。」

 ダルトンは諦めたように笑った。ジュンはダルトンが笑う様子を見て少し申し訳なさそうな顔をした。



 反省しながらも諦めたようにうなだれる二人の元に、一人の一般兵がやってきた。



「ほお。本部からか?」

 ジュンは入ってきた一般兵を見て顔色を変えた。



「俺たちの作戦失敗を叱責に来たわけか。」

 ダルトンは諦めたように呟いて立ち上がった。



 一般兵は頷いて、申し訳なさそうに二人を見た。



「キダ少尉、マーズ中尉・・・総統からです。」

 彼の手には一つの手紙があった。手渡す彼の手は震えていた。



 ジュンはそれを乱暴に受け取りダルトンに渡した。



 手紙を渡した一般兵はジュンとダルトンから目を逸らし、縮こまっていた。



「総統様はお怒りってか?」

 とジュンはダルトンが手紙を開くのを待った。ダルトンは手紙を恐る恐る開いた。



「なんて書いてある?」

 ジュンはダルトンの表情と手紙を注視していた。



「「暗殺の失敗の穴埋めに地連の戦艦「フィーネ」を沈めろ。また、フィーネのドールパイロットの生け捕り。作戦は続行。」だそうだ。」



「パイロットなら何でもいいのか?・・・・」



「だろうね・・・・総統が何を考えているのか俺にはさっぱりだよ。」



「仕方ないさ・・・・戦艦フィーネって第6ドームに入る前に戦ったあの厄介な戦艦だな。」



「そうだろうな。これが失敗したら生きて祖国には帰れないだろうね。」

 ダルトンは投げやりな口調で言った。



「失敗しないさ。本部に行かれる前に沈めよう。」

 ジュンはダルトンを元気づけるように力強く言った。



「アランの犠牲の手前、このまま帰るわけにはいかない。けど、今回の失敗は俺のせいでもある。」

 ダルトンは申し訳なさそうにジュンを見た。



「お前のせいじゃない。俺のせいだし、他の隊員もわかっている。だいたいお前が隊長じゃなかったらここまで来ていないはずだ。」

 ジュンはダルトンの肩を叩いた。ダルトンは嬉しそうに頷いた。



「本部に行ったら負け。俺たちは、この戦艦は黒い奴に潰される」

 ダルトンの声には緊張と恐怖があった。









 地連本部



 廊下を歩く長身の男と小柄な女性が話していた。



「知っているか?ルーカス中尉・・・・ドール使いは神経接続により感性が高まっていると。」



「知っていますよ。いまや、へたな感知機器より中佐の感性の方が優れていますから。」

 ロッド中佐の問いにイジーは淡々と答えた。



 ロッド中佐は楽しそうに口元に笑みを浮かべていた。そして考え込むように立ち止まり、人差し指を頭にあてた。



「フィーネはここに向かっている。ドールを2体乗せてな。ニシハラ大尉にしては些か強引に予定を変更したようだが、今になるとそれは正解だったな。」

 ロッド中佐は何かを数えるように指を動かしていた。



「よかったですね。ニシハラ大尉はあなたのお気に入りですよね。」

 皮肉のように片頬を吊り上げイジーは言った。



「フィーネの後ろに数体のドールを乗せた戦艦がいる。おそらくゼウス軍だな。」

 人差し指を口に当ててワントーン声を低く、ロッド中佐は呟いた。



「そうですか。では、ニシハラ大尉が近くまで逃げて来られたら後ろのゼウス軍は全滅しますね。・・・・・あなたの手によって。」

 イジーは最後の言葉だけ冷たく言い放った。



「さて、どうなるだろうか。」



「援軍は送らなくていいのですか?」

 少し心配そうにイジーはロッド中佐を見上げた。



「ハンプス少佐もいる。平気だろう。大尉の怪我が治っていればな・・・・・」



「重傷と聞きました。完治は難しいと思います。」



「大丈夫だ。ニシハラ大尉は死んではならないものだ。それは上もわかっている。ハンプス少佐も地獄を見ている人物だ。何事もなく私の出る領内に来てくれる。」

 ロッド中佐は確信を持つように笑って言った。



「貴方が手を下す判断は変わらないのですね。」



「考えすぎだ。ルーカス中尉。」

 ロッド中佐は大げさに両手を広げて首を傾げた。



「そうですか。では中佐。私は休み時間少し外出させていただいてもいいですか?」

 イジーは声色を変えずに淡々と訊いた。



「君の自由だ。」

 ロッド中佐は気に留めていないようだが、相変わらず動きは演技をするように嘘くさかった。



「ありがとうございます。」

 イジーは礼をして、上司の前だというのにあからさまに急ぎ足で立ち去った。



 イジーの後姿を見ながらロッド中佐はため息をついた。



「君は意外に大胆だからな・・・・・」

 と呟くと廊下の隅の方を見た。



「余計なことはしてほしくないな。」

 独り言のように呟いたが、その声に反応するように隅の方で影が動いた。











 イジーは軍本部があるドームの中でも軍の手が届いているのか心配になるような端っこの荒んだ街並みの通りにいた。



 手に持つのは複数の種類の作業着が載った写真だった。人を探すように辺りを見渡していた。



 軍服は脱いで、ラフな格好だった。通る人々に写真を見せて話を聞いているが、思うような情報は得られていないようだ。



「作業着か・・・・このタイプは見たことあるが、正式な企業の人間じゃないなら自前の場合があるぞ。」



「そうですか。ありがとうございます。」

 イジーは些細な情報でも教えてくれたらいくらか包んで渡していた。どうやら定期的にやっているようだ。



「姉ちゃんだいぶ若いけど、このお金はどこから出しているんだ?」



「こう見えて働ける年なんですよ。お金が入った時にしか聞き込みはしていないです。」



「そうか。むりするなよ。」



 情報を提供してくれた者がイジーの様子を見て同情的に言った。イジーは口元に営業的な笑みを浮かべた。



「これ、軍施設専門の建設会社の作業着だな。珍しいから覚えているよ。」



「本当ですか。」



「ああ。専門っていってもこれは「天」で一昔前使われていたものだ。」



「「天」・・・・一昔前ってことは。」



「今は使われていない。俺も昔「天」で建設に従事したからすぐわかった。最近見かけたよ。」

 何人目かの聞き込みでとうとうめぼしい情報に巡り合えた。



「どこで見ましたか?」

 男に言われたのは、イジーはともかく荒んだ町の者ですら近付くのを敬遠する店だった。色んな噂があるが、裏社会の窓口だとか工作員を拷問しているなどと他人を寄せ付けない話しか聞かない店だった。



 だが、彼女はここで引き下がらずに、一旦人目を気にして聞き込みの際に利用しているホテルに戻り、軍から支給された銃を持った。



 《何かあったらあの人の命令とでも言おう。》

 イジーは無責任なことを考えながら銃を携帯し、聞き込みで得た情報を元に店に向かった。





 彼女が入って行ったのは古臭くボロイ酒場。



「なんだ?ねーちゃんみたいな若い子が何の用だ?」

 彼女が入るなり店の人間は執拗に絡んできた。



「私は軍の人間です。お聞きしたいことがあります。」

 イジーは店の主人らしき人物を見つけ話しかけた。どうやらか弱い娘として聞き込みをするのではなく軍の威を借りようとしているようだ。このドームは軍属であるから有効だと思ったようだ。まして彼女が万一の時に出そうとしている名はもっと力がある。



「金は?」

 主人らしき男は煙草をふかしながら言った。



「は?」



「聞くことがあるならまずは金だろ!!社会のルールも知らないのか?」

 ヤニ臭い息を吐きながら男は言った。



「軍の人間です。」

 イジーは臆することなく続けた。



「知らないのか?ここいらの人間に軍なんか関係ないね。ここでの力があるのは金と暴力だけだ。」

 男は不敵に笑い再び煙草をふかした。



「そうですか・・・・」



「そうわかったなら金をだしな。まずはそれからだ・・・・・」



 カチャ



 言い終わる前にイジーは拳銃を男のこめかみに突きつけた。



「では、これで話す気になりましたか?」

 イジーは表情を崩さず続けた。



「・・・お・・・お前・・・・・軍の人間がこんなことしていいと思っているのか!?」

 男は恐怖の表情を浮かべ必死に言った。



「お前、軍は関係ないと言った。その時点でお前に対する軍法は関係なくなった。それに、これは立派なここで力のある暴力ですよね。」

 イジーは表情を変えずにいた。



「クソガキが・・・・生意気言いやがって。地獄を見せてやろうか・・・・・」



「生意気も何もない」



「あ・・・あ・・・」

 彼女は引き金に指をかけ、全くためらいなく男の手に撃った。



 撃たれた男の手からは血が噴き出ていた。銃にはサイレンサーが付けられており、発砲することは予定にあったようだ。



 撃たれた男は手を押さえ呻いていた。イジーはその男の様子をじっと見つめていた。



「てめえ・・・・」

 男はイジーを睨みつけた。しかしイジーは怯まず男を見た。



「地獄ならもう見た。月でな」

 彼女は静かに男の目の前に銃口を向けた。店の中は騒然としていた。



 イジーの頭の中には壊れ始め分解をしていく巨大な構造物があった。自分がいる船の中は悲鳴とざわめきが響いて、生まれ育った地が壊れていくのをただ見ていた。



 あれ以上の地獄は錚々ない。



「やめろおおおお・・・・」

 店にいた別の男が胸からナイフを取り出しイジーに向って行った。男の大声でイジーは現実に目を向けた。



「やめろ」



 店中に威厳のある男の声がした。イジーも彼女に襲い掛かった男も声の元を見た。



「・・・・・・あなたは・・・」



「その子、俺を捜してきたんですよ。すみませんね。」

 そこにいたのはロッド中佐の部屋にいた作業着の男であった。









 操舵室ではレーダーとにらめっこするリリーとソフィがいた。



「簡単に行ければいいけど、本部まではあと数時間かかるわ。」



「はい。最速で向かっているんですもん。きっと着きます。」

 リリーはソフィに力強く言った。



「そうね。でも、ドール戦は避けられないと思うわ。」



「はい。そうなったら、コウヤ君とハンプス少佐に出てもらうしかないですね。」

 リリーは困った顔をした。ソフィもだった。



「モーガンから聞いたのね。コウヤ君の乗ったドールのこと。」

 ソフィはリリーの顔を見て言った。



「はい。コウヤ君が乗ったあと、何か設定が変えられていて、本部に行って専門の研究者に見せないと変えれないレベルらしいです。でも、コウヤ君が乗ることは出来るみたいです。というか、コウヤ君しか乗れない設定に変えられていたんですよ。こんなことコウヤ君に出来るはずないので、ドールが勝手にやったとしか思えないけど、誤作動が起きたのかとモーガンが頭を抱えていました。」



「じゃあ、やっぱりコウヤ君には出てもらわないとドール二体を出せないのね。」

 リリーは頷いた。



「でも、コウヤ君なら大丈夫ですよ。艦長も言ってましたし、ハンプス少佐も自分よりうまいって褒めていました。」



「心配なのよ。艦長はコウヤ君の負担を考えて本部に向かおうとしたのよ。艦長がドールパイロットのことであんなに理解を示すなんてめったにないのは知っているでしょ?」



「知っています。けど副艦長。私は艦長をドールに乗せないのならいいです。彼は休ませる必要がある。」

 リリーはソフィに断言するように言った。



「知っている。私も艦長にはドールに乗ってもらわないようにしたい。」



「そのためにコウヤ君に頑張ってもらうことになってもいいです。この戦艦は艦長が倒れたら終わりなんですから。」

 リリーはソフィを真っすぐ見て言った。



「そうね。私たちもそうだったわね。」

 ソフィは自嘲的に笑った。リリーはソフィの笑い方を見て少し頬を膨らませた。









 コウヤはシンタロウと別れたことを頭では分かっていても、心が別れについていけてなかった。



 いつも笑い合っていた親友だった。器用になんでもこなすコウヤを羨ましいと言っていたが、シンタロウは自分よりも頭がよくて大人だった思っている。



 実際にかなり頼りにしていた。優しい母に会えたが、シンタロウの存在はコウヤを支えるものであった。



「大丈夫?」

 後ろから優しい声がかかった。



「アリア。」

 もう一人のコウヤを支える存在のアリアはコウヤを優しい目で見ていた。



「羨ましいよ。シンタロウが。」

 アリアはコウヤの様子を見て口を尖らせた。



「そうなのか?」



「うん。だってこんなにコウヤが寂しそうになるなんて、シンタロウはコウヤにとってとっても大切な存在だってわかるから。」



「アリアもそうだって。俺ら三人は親友だろ?」

 コウヤはアリアに笑いかけた。アリアは眉を寄せて首を傾げた。



「本当にそう思っているの?」



「当然だろ?俺らは親友だ。二人は俺の記憶がどうであれ、今の俺を支える存在だよ。」

 アリアはコウヤの言葉に表情を明るくした。



「私、コウヤを支える存在なんだね。」

 嬉しそうにはにかむアリアを見てコウヤは不思議に思った。



「そうだ。アリアも大切な存在だ。」

 コウヤはふと母を思い出した。



 いつも楽しく会話をしながら朝食を作ったり、せわしなく家から追い出して登校させたりと忙しい生活だった気がした。



「母さんに言わないとな。俺、戦艦に乗ってドールに乗ったって。あと、ディア・アスールに会ったとか、俺は生きているって。」

 コウヤは母との日々を思い出し、思わず微笑んだ。自分にはこんなに優しい記憶とそれを与えてくれた人たちがいる。



「アリア。ありがとう。」



「え?」

 アリアは不思議そうな顔をしたがすぐに笑顔になった。



 コウヤはここ最近、記憶が蘇り混乱することが多かったが、今の大切な人たちのことを思うと足元が定まる気がした。







「来た。この前のドール隊だ。」

 ハクトは察知したのか、珍しく滞在していた自室から飛び出してきた。



 ハクトを見張っていたキースが急いで抑えつけた。



「ハンプス少佐!!今回は戦艦も伴っています。ドール戦だけでなく戦艦も相手になるようです!!」



「わかったから。お前は無理に動くな!!」



「しかし、コウヤ君にこれ以上負担を・・・」



「ダメだ。ハクトはドール乗るな!!」

 キースの声が艦内に響いた。





「しかし・・・後ろからドールの小隊が来ていて、それは武器を装備して厄介な奴だと分かっているはずです。」



「コウヤ君の成長チャンスだろ。野暮な邪魔するなよ。」

 キースはハクトを強く押した。



 ハクトはバランスを崩し倒れた。



「艦長!!!!大丈夫ですか?」

 様子を見に来たリリーは、慌てて倒れたハクトに駆け寄って行った。



「ほら、普段のお前なら逆に俺を倒すだろ。」



「ハンプス少佐。自分はコウヤ君に成長は望んでいません。彼は本部に着いたら普通の生活に戻って」



「そうだとしてもお前をドールに乗せるわけにはいかない。最悪でも、本部まで持たせれば勝てるだろ?」

 キースはハクトに言い捨てるように投げやりに言った。



「あの人が出るようなことにはしたくない。」



「だが、奴を利用するのが一番の方法だ。」



「きっとドール小隊も戦艦も皆殺しにされます。」

 ハクトはキースを睨んだ。



「そうだな。」



「ハンプス少佐こそ・・・・コウヤ君に何を期待しているんですか?」

 ハクトはキースを探る様に見た。キースは表情を変えずに首を振った。



「俺はいつでも自分が生き残る道しか見ていない。それは今回も例外ではない。」

 キースはハクトを真っすぐ見た。



「お前は自分の気分と罪悪感でこの戦艦を危険に晒すつもりか?」

 キースの言葉にハクトは俯いた。



「艦長・・・・指示する人がいなきゃ船は動きませんよ。」

 リリーはハクトを立ち上がらせ操舵室に引っ張った。









 出撃準備を言い渡されたコウヤは慌てて赤いドールに乗り込んだ。もう慣れた手つきで神経接続をしていく。



『コウヤ君聞こえるかい?』

 通信機の向こう側からキースの声が聞えた。



「はい。」



『おそらくこれが最後の戦いになるだろう・・・・君が軍に入らないなら・・・・・』



「わかっています。」



『絶対に死ぬな。』



「もちろんです。」

 コウヤは力強く頷いた。



『さあ、行こう。』

 キースの声に従いコウヤはドールの周りを見渡し、出撃体勢を取った。



「はい。」







 専用スーツを着たダルトンはジュンや仲間たちを見て悲しそうに笑った。



「どうした?隊長。」

 一人の隊員がダルトンの様子に気付いた。



「いや、俺は生まれ変わったら普通にまたみんなと友達になりたいと思ったんだ。」

 ジュンは呆れたようにダルトンを見た。



「必ず倒す。そして、沈める。本部に行く前に決着をつければこっちのものだ。なに死ぬ前提で話しかけてきているんだ?」

 ジュンはスーツを着ながら改まった話をするダルトンに軽口をたたいた。



「そうだね」



「アランの元に行くには早いって。手土産が必要だろ?」

 ジュンは他の隊員たちに笑いかけた。



「あいつがめついから手ぶらで来たら愚痴言われますよ。」



「隊長も知っているだろ?アランしつこいんだから。」

 他の隊員たちも笑いながら答えた。



「確かに、手土産は必要だ。」

 他の隊員たちがダルトンの周りに集まった。



「生き残ろう隊長。」



「ゼウス共和国に帰りましょう」

 その言葉にダルトンは感涙した。



「そうだな。狙うは戦艦フィーネ」

 ダルトンは目を閉じて息を吸った。



「マーズ隊いくぞ。」



「「おお!!」」

 ダルトンの低く響く声に隊員たちは叫ぶように応えた。









 ネイトラル所属の船内



 テイリーとディアが向かい合い、書類に目を通していた。



「総裁・・・・ハクトさんのことは・・・・」



「また会える。私はあいつ等の男の友情の邪魔をしたくないからな。」

 淡々と書類に目を通しディアは当然のように答えた。



「お互いのことを想いあっているんですね。」テイリーは羨ましがるように言った。



「そうだな・・・・・自分でも驚いている。」ディアは少し照れていた。



「しかし、あいつ等ってもう一人誰ですか?総裁が気にする人がいましたか?」



「まあな。あいつのお陰で事態は良くもなるし、悪くもなる。」

 ディアは困ったように笑っていたが、とても嬉しそうだった。



「悪くって・・・・とんでもない奴じゃないですか!?」



「まあな。今の情勢をがらりと変える存在価値を持つ存在だ。全く、神の悪戯というべきか、よりによってとんでもない巡り合わせだ。」

 ディアは相変わらず嬉しそうだった。



「では、総裁は何が目的なんですか?何のためにこんな行動を?」



「戦場にいる友を救いたい一心でだ。私は自分本位で動いている。」



「友ってハクトさんですか?」



「彼ではない。私だけの力では彼は救えない。」

 ディアは悲しそうに答えた。



 彼女はいくつかの書類を取り出しテイリーに見せるようにして渡した。



「テイリー君。ハクトや友のことも大事だが、聞かん坊のゼウス共和国が地球に巨大なドームを建造しつつあるという話は聞いているだろう。」



「ええ。ロバート・ヘッセ総統を始めとする要人が関係しているとかの噂でした。しかも、地球上の小国のどこかということで、条約上、私たちは手が出せない上に下手したら地連も手が出せないのではないですか?」



「そうだ。場所の確証がない。分かればきっと攻撃されるからな。今の地連にはそんな恐ろしい軍人がいるからこんなこそこそやっているのだろうな。」



「噂の最強の男ですか。総裁以上のドール使いがいるとは信じられませんが、彼は憎しみで地獄を生き抜いた男ですから不思議ではないですね。」

 テイリーは普段ディアに向けている表情とは思えないほど冷たい目をした。



「詳しいな。」



「・・・ええ。それよりも、総裁はゼウス共和国との関係に何か心配があるのですね。やっぱり戦争は避けられませんか?」

 テイリーはディアに渡された紙に目を通すふりをしてあからさまに目を合わせなかった。



 その様子を見てディアはため息をついた。



「そうだな。もうそろそろで荒れるような気がする。それまで持たせられれば・・・・」

 手に持っていた書類を置きディアは何もない空中を見ていた。



「荒れるとは・・・?一体何があるのです?」



「この戦争の主力は「希望」出身者なのだよ。コウヤが生きていたことでこの戦争に出てくる。間違いなくな。」



「・・・コウヤ?あの子ですか?・・・・彼が生きていたとはどういう・・」





「結局私は何もできないのだな。ハクトにも、コウにも」

 ディアは自嘲的に言いながら笑った。









 コウヤの乗る赤いドールは二回目だからだろうか、かなり動きも馴染んでいる気がする。



 動きやすくなったドールにコウヤは安心して辺りを見渡した。



「キースさん。フィーネが本部近くに行くまでで大丈夫なんですよね。」



『ああ、本部の近くには基本的にゼウス共和国は来ない。こっちの陣地だからな。』



「わかりました。生き残って見せます。シンタロウとまた会う約束をしました。」



『そうだな。何度も言うが、これが終わればお前はもうドールに乗らなくていいんだ。』



「そうですね。もう乗らなくていいんですよ。・・・・・これが終われば。」

 フィーネの後ろに張り付く形で青いドールと赤いドールは並んでいた。



『今回はハクトのサブドールの力は頼れないからそこん所は覚悟しとけ。』



「わかってますよ。怪我人には艦長席でふんぞり返ってもらいましょう。」



『それ通信でハクトに言えよ。』



「じゃあモーガンに言ってもらいましょう。あいつ気を遣わないので。」



『ははは。それじゃあいつもと変わらないだろ。』



「え?やっぱりあいついつもあんな無礼な口を艦長に聞いているんですか?」



『それはハクトに訊いたらいいだろ?』



「そうですね・・・。キースさん来ましたよ。」

 コウヤは向かってくる気配に意識を向けた。



 やはりこの前とほぼ同じメンバーだったようだ。コウヤが壊した赤と黒のドールは、機体は変わっていたがパイロットと機体の種類は変わっていないように思えた。



 徐々に戦艦フィーネのはるか後ろにドールと思われる影が数体見え始めた。



 グレーの一般機が4体、赤と黒のゼウスドールが1体とコウヤが察知したものと同じだった。この前やられたから一般機の隊員を補給したようだ。



「行きますよ。」

 コウヤは近づくドール達に自ら近付いた。だがこの前と明らかに違った。空気がピリピリするというべきか、鬼気迫るようだった。



『コウヤ君、油断するなよ。雰囲気がこの前と違う。』

 キースも感じたようだ。



 コウヤとキースはフィーネから離れ、向かってきた敵のドール隊と戦艦に向かってスピードを上げた。



 リリーはレーダーに映る機影を見て不安そうな顔をした。



「艦長、後ろで交戦が始まるようです。どうしますか?」



「どうもしない。この戦艦を本部の近くまで持ってこれれば二人は撤退できる。それまでひたすらこの戦艦を動かすんだ。」

 ハクトは先ほどまで自分が出ると聞かなかった顔をしていなかった。リリーはハクトの顔を見て安心したように息をついた。



 ハクトはレーダーを確認した。



「だが、敵の狙いを絞るまで援護をする。俺の合図で砲撃しろ。」



「はい。ほら!!」

 ソフィは砲撃担当の者の肩を叩いた。



「は・・・はい!!」

 ハクトは目を閉じた。



「今回は向こうも戦艦ごと戦いに来ている。・・・・4番砲東に15度構え。」

 ハクトはそう言いしばらく黙った。



 操舵室は沈黙に入った。



「撃て!!」

 その言葉と同時に大砲が放たれた。







 コウヤは急に横を通過した砲撃に驚いたが、直ぐに援護だと分かり安心した。



「助かる。」

 通り過ぎた砲撃は敵の戦艦の砲台に直撃し、戦力を削ぐのに大きな役割を果たしていた。



『だが、ずっとはそうしていられない。フィーネが本部近くに行くのが大事だからな。』



「はい。」

 向かってきたドール隊は以前と同じようにコウヤとキースそれぞれにわかれてかかり始めた。だが、ドール隊の後ろから敵戦艦の援護があるのが依然と違った。



『敵ドールに被るように場所取りしろ。向こうにハクトほどの判断を下せる人間はいない。』



「はい!!」

 コウヤは言われた通り、かかってくるドールを盾にするように敵戦艦との位置を取った。



『フィーネのレーダーより遠くに行くな。俺らも撤退することを忘れるな。』



「はい!!」

 コウヤは以前よりも動かしやすくなったドールのお陰で動作に意識を持ってかれないでいた。余裕をもって考えることができた。









 青いドールも赤いドールも決定打を与えない、見るからに時間稼ぎの戦法に出た。



『あいつらわかってやがる。本部に近付いたら何があるかを』

 ジュンが忌々しそうに舌打ちをした。



「当然だ。そして俺たちが本部近くで逃げ出すと思っている。」



『隊長。今回は、様子見は無しだよな』



「当然だ。」

 ダルトンはドールに収納されている武器を取り出し目の前の赤いドールにかざした。



「わかっている。こいつを攻略するのが・・・・」



『ダルトン。やるぞ。』

 ジュンは隊長呼びでなくダルトンを呼び捨てで呼んだ。



「今は作戦中だ!!」

 ダルトンは嬉しそうだが、厳しい声色で叱った。



『知るかよ。』

 ジュンは赤いドールに向かって突進した。彼はドールに収納されている武器を取り出していなかった。

 赤いドールは両手を広げグレーのドールに向かった。



『こ・・・・こいつ』

 ジュンの乗るドールの腕をつかんだ赤いドールはそのままゼウスドールに投げつけたが、それは想定している範囲だった。



 ダルトンはジュンを素早く避けて、ジュンも早く着地の体勢を取り反撃の体勢に移った。



『お前の危惧していた通りだ。ダルトン。この前より動きがスムーズになっている。』

 ジュンは赤いドールを見て感心していた。



「感心している場合じゃない。このドールは死ぬ気で行かないと勝てない。いや、勝たないといけない。」

 ダルトンが先行し今度は2体で突進した。



 赤いドールはダルトンの乗るドールの武器を持った腕をぎりぎりで掴んだ。だが、その隙にジュンが赤いドールの上空に場所取りする形に飛んだ。



『甘いぜ。』

 ジュンはドールの拳を思いっきり赤いドールに叩きつけた。



 赤いドールはその拳を直に頭で食らうのを避け、頬と肩に分けてかすらせた。対応と反応はトップレベルだが、これだけでもコックピットに振動は与えられる。決定打ではないが、中のパイロットが初心者という前提で動いている。ドールの成長は早くても中の体が慣れるのには時間がかかる。二人は揺らす作戦で挑むことにした。その作戦で挑む分他のサブドールを青いドールに充てる。これがダルトンが考えた最善の策だった。



 成長が早い初心者のパイロット。これがマーズ隊の確保に絞った標的だ。



 別に戦艦を沈めなくてもこいつを捕えればいい。



 なによりドール操作で適合率が高い者ほど苦しむと言われている感覚があるという。それは、ドールと人体の神経接続により感覚が同調することにより急所の認識の違いだ。



 ドールの急所は腹部にあるコックピットだ。だが、適合率が高く深く同調すると人体の急所である頭を庇う傾向がある。事実、この赤いドールは頭を庇った。そして腹部に近い肩をかすれさせることを選んだ。



 与えた振動のせいか赤いドールの動きが一瞬弱まった。



 掴まれた腕は仕方ない。想定内だった。持っている武器を放り投げた。



 赤いドールはダルトンの動きを予想外のものと思っているようだ。



「やっぱり初心者だ。」

 投げた武器はジュンが受け取り、ダルトンを掴む腕を狙い斬りかかった。



 だが反応が速い。すぐにダルトンを離し、距離を取った。



『ダルトンの言う通りだ。』



「ああ。適合率が高い初心者。そう評価してたのは正解だった。」

 殺す必要は無い。生け捕りは難しいが、初心者はドールの揺さぶりに慣れないだろう。



「また頭を狙う。」



『了解。』

 ジュンはダルトンに武器を戻した。









 コックピットが揺れて頭がガンガンした。



「やばい・・・・」

 片方を気にするともう片方が動く。複数の敵とやり合うのが難しいというのは分かっていたが、この対峙するドール二体は息がピッタリだった。



 なによりも頭を狙ってきているのがやりにくかった。急いで肩や腕を動かして庇うが、余裕がない。



『コウヤ君!!ドールの急所は頭じゃない!!』

 キースが叫ぶ声が聞こえたがコウヤは言われたことを理解する時間が無かった。



 目の前に武器が迫った。



 急いで避けて肩と捩じるように避ける。



「う・・・」

 打撃を食らったのか振動がコックピットに響いて再びコウヤの頭をガンガンさせた。



 だが、不思議とかかってくる二体のドールには殺意を感じられなかった。



 《殺す気が無いのか?もしかして俺と同じか?》



 コウヤは表面を削ぐような攻撃を繰り出す敵に、自分と同じ殺さずにやり過ごそうとしている気配を感じた。

 だが、鬼気迫る気配は変わらない。



 コウヤはだいぶ離れたフィーネに気付いて距離を縮めようと隙を見て進んだ。



 二体のドールは慌てたようにコウヤを追った。





「艦長。コウヤ君がだいぶ離れています。」

 リリーはレーダーでコウヤが離れた場所にいるのを確認した。



「だが、距離が開いていることに気付いて動き出したな。」

 ハクトは安心したように言った。



「大丈夫でしょうか・・・・・向かわせますか?」

 ソフィが心配そうにハクトとレーダーを見ていた。



「だめだ。とりあえずまだ避難民が多少なりとも乗っているんだ。市民の命が優先だ。」

 ハクトはそう言い苦々しい表情をした。



「最悪はコウヤ君が赤いドールのレーザー砲を使えればいいと考えている。」



「でも艦長、それには適合率90越えでなければいけません。」



「あいつなら・・・・いけるんだよ。」

 ハクトは続けて砲撃の指示をした。











 赤いドールはこちらの思惑に気付いたのか、急に本部の方向に向かって進み始めた。



「くそ!!追うぞ。なりふりかまうな!!」

 ダルトンは舌打ちをした。距離をとって体勢を整えずに行ければいいが、如何せん向こうは反応が速い。距離を取らないと確保どころではなくなるのは予想できる。



 進み始めた時ダルトンは異変に気付いた。



「止まれ!!右だ!!」

 ダルトンの叫びを聞きジュンは素早く止まり、右に移動した。



 その瞬間ジュンがいた場所に砲撃が通過した。



『うわ・・・・』



「戦艦には化け物がいるわけだ・・・・」

 ダルトンは目の前で逃げるように進む赤いドールを見た。



「捕まえるぞジュン。化け物の卵を持って帰ろう。」



『そうだな。』

 ジュンは自分のドールに収納している武器を取り出した。そしてそれを赤いドールに向かって投げた。



 投げられた武器を追うようにジュンとダルトンは赤いドールに向かった。



「殺す気でかかる。多少の傷は許されるだろう。」



『ああ。』

 ジュンの投げた武器は赤いドールの左肩に当たり、ドールの関節部分を潰しながら貫いた。



 あれは相当痛い。初心者ならきっとちびるのではないだろうか。



 ダルトンの予想通り赤いドールは痛みに呻くように動きを止めた。ここが適合率と深い同調の難点がある。ましてや初心者だ。目に見えて呻いているのがわかる。



 ダルトンは武器を構えてドールのコックピット部分を見た。



「お前を信じている。」

 ダルトンは目の前の赤いドールに笑いながら言った。それは決して向こうに訊かれることのない言葉だった。



 コックピット部分を狙いダルトンは武器を振り下ろした。







 経験したことのない激痛にコウヤは呻いた。ドールの神経接続のリスクは聞いていたがこれほどとは思わなかった。痛みに動けず、ただ脂汗を流して気持ち悪くなっていた。



 自分が腕を引きちぎろうとしたドールにこんな痛い思いをさせていたのかと思い、コウヤは痛みの中申し訳ない気持ちでいっぱいになった。



 だが、そんな余裕はなかった。



「殺気は無かったのに・・・・」

 明らかにコクピットを狙う攻撃にコウヤは驚いたが、気が付いた時は遅かった。とにかく自分を守らないといけない。



 出来る動きでドールの体をねじった。ドールを動かしたときに痛みが自分の体のものではないことが分かったが、割り切れるほどコウヤは訓練されていない。



 全力の対応空しくコックピットに衝撃が響き、コウヤの体は痛みと打撃の衝撃に揺られた。



「が!!」



 ゴシャン



 という機械が潰れた音がした。







 ハクトは席から勢いよく立ち上がった。



 ハクトの勢いに操舵室にいた者は飛び上がった。



「それが狙いか・・・・」

 ハクトは顔を蒼白にしていた。



「艦長・・・・?」

 リリーはハクトの様子を心配そうに窺った。



「ハンプス少佐に繋げろ!!フィーネも戻せ!!」



「は・・・はあ?」

 ソフィはハクトの指示に間抜けな声を上げた。



『どうした?ハクト。』



「ハンプス少佐。コウヤ君の状況は分かりますか?」



『悪い。戦っている最中だが、コウヤの様子を見る余裕はない。・・・っと』

 キースは本当に戦闘中らしくたまに危なっかしく言葉を切ることがあった。



「連中の狙いはパイロットだ。」



『は?』



「コウヤ君のドールがダメージを受けている。奴らはコウヤ君を生け捕りにするつもりだ。」

 ハクトの言葉に操舵室は騒然とした。



「え?・・・じゃあいけない!!」

 ソフィは慌てて方向転換の操作をした。



「最悪だ・・・・それだけは避けないと。」

 ハクトは変わらず顔色が悪かった。







 コウヤは気づいた。自分は生きている。



 ギリギリのところで生身に被害を及ぼさせずに済んだようだ。



 相手側の動きが止まっていた。やはり殺す気が無いようだ。安心ができる状況ではないがコウヤは安心していた。だが、コウヤは相手側の攻撃が止まったのはわかるが、動きが制止するようになっているのはわからなかった。



 とっさに何があったのか考えた。自分は目の前に迫ってくる武器をぎりぎりで避けた。



 そう、自分の生身は無事なように



 空気の味がおかしいことにやっと気づいた。



「これは、・・・・」

 コックピット部分の装甲だけはぎとられコウヤは外にさらされた状態であった。



 パイロットが出ていることが理由なのか、ゼウスドールと一般機は明らかに動揺している様子であった。



「今がチャンスだ。」

 コウヤは直接吸い込む汚れた空気になぜか懐かしさを覚えた。そう言えば自分はこの汚れた空気の中で見つかった。絶対に体に良くない空気だ。



 汚い空気を吸っているせいか、体中の血が巡るのがよくわかる。



 コウヤは第1ドームでハクトがやった通り両腕を前に出した。

 掌を開き相手に向けた。



 追い払う必要がある。二体のドールには当てずに威嚇できることは無いか。

 痛みに呻いたおかげか、ドールと自分の鼓動が重なるのを感じた。



 ドールが語りかけてきた。



【イメージしろ。神経は繋がっている。】



 ドールの声だったのかわからない。



 だが、頭の中に浮かんだものが最善な気がしてコウヤは指示に従うことにした。



 コウヤはイメージした。今相対している敵を威嚇する方法を。



 生身で出ているせいか構えるドールの腕方面から熱が伝わる。とてつもないエネルギーが感じられて驚いて思わず腕をブレさせた。



「うわ!!だめだ!!」

 慌てて固定しようとしたが遅く、ドールの両腕からレーザー砲が放たれた。



 エネルギーが大きく、ドールからは自動的に逆噴射がされてコウヤのいるコックピットは激しく揺れた。



 二体のドールの間を狙い撃ち込んだ攻撃は、瞬く間に周囲を砂煙でいっぱいにした。







 レーダーとモニターに映る砂煙の画像を見て操舵室の者は呆然とした。



「うそ。レーザー砲を使ったの!?」

 リリーは呆然としていた。



「エネルギー反応から考えて間違いないわ。」

 ソフィも驚きを隠せない様子だった。



「やっぱりか・・・・コウヤ君の状況は?」

 ハクトはコウヤの身を案じていた。その証拠にフィーネは方向を変えてコウヤの元に向かっていた。



「通信機器に繋がるのですが返答がないです。まだ画像に出るほど近くないのでわからないですが、発せられる信号ではドールの方に激しい損傷があるようです。でも、接続状況の信号から生きています。」



 リリーは自分が安心しながら言った。



「そうか・・・・通信機器は出力に問題があるのかもしれないな。」

 ハクトも安心したように艦長席に倒れ込むように座った。



「艦長!!」

 ソフィがハクトが体調が優れなくて倒れたのかと思ったようで悲鳴のような声を上げた。



「大丈夫だ。コウヤ君を回収しよう。今のレーザー砲で状況は変わったはずだ。ハンプス少佐に・・・・」

 ハクトがソフィを安心させるように手を挙げて言い、キースへの連絡を指示しようとしたとき



「艦長!!本部から連絡が・・・・・」

 リリーが怯えた声を上げた。



「え・・・?」

 ハクトはリリーの様子を見て再び顔色を変えた。









 コウヤは息を呑んだ。



「そんな・・・・・俺は・・・・」

 目の前には中の者が気絶しているのか動かなくなったグレーの一般機が1体と右半身からほぼ半分に分裂したゼウスドールの姿であった。



「お前らは・・・・・」

 コウヤは自分のやった攻撃に驚いたのではない。コウヤの目に映ったパロットの姿に驚いたのだ。



「ザック・・・・」

 第6ドームで会った少年で、ディアを暗殺しようとしていた二人の記者の少年うちの一人であった。



「いいの?手を止めて。今が倒すチャンスだよ。」

 ザックは手を止めたコウヤに向かって叫んだ。コウヤ達と接した時に見せた気弱そうな表情は無いが、ディアに銃口を向けた時の冷静な表情でもない顔をしていた。



「お前等・・・・ゼウス軍だったのか?」



「当たりだよ。コウヤさん、まさか君が軍人であるなんて思わなかったよ。」

 ザックは皮肉気に叫んだ。



「殺さないの?僕はドールを動かそうと思えば動かせるんだ。・・・・ゲホゲホ」

 ザックはかすかに動くドールの腕を動かしながら言ったが、空気の汚さに咳き込んだ。



「半身もがれたんだ。お前とは戦えない。だって限界だろ?」

 コウヤは先ほど感じた痛みを思い出し、顔を歪めて、戦わないようにザックに語りかけた。



「コウヤさん、軍人のくせに軍を知らないね。限界なんかあるはずないよ。」



「なんでだ?」



「半身もがれた痛みより命の危機が大きいんだよ。」



「命の危機?俺は壊れかけたドールに乗っているお前を攻撃しない。なんで危機が・・・」



「戦艦フィーネを沈めるか、パイロットの確保。これが暗殺を失敗した俺らの最後のチャンスなんだ。」



「ザック・・・・・」



「コウヤさん、俺の名前ザックじゃないよ。ダルトン・マーズ・・・・・ゼウス共和国の中尉だ。ザックと呼ぶな。」

 ダルトンはもう動けそうもないドールを使いコウヤに詰め寄った。



 コウヤは完全に戦意を喪失し、寄ってくるダルトンを呆然と見ていた。



「あんた甘いよ。俺は敵だ。ゼウス共和国の人間だってわかっているの?」

 気が付くとコウヤを見下ろす位置にダルトンはいた。



「わかるはずないだろ・・・・だって、お前はこの前会ったとき」



「あんた俺がディア・アスール暗殺しようとしたこと気づいたよな・・・・・ならなんでこうなる可能性は気づかなかったんだ?」

 ダルトンは片手をドールの接続を解除し、自身の携帯している銃を持ってコウヤに向けていた。



「俺は・・・・殺したくないんだよ。」



「じゃああんたこっち来いよ。あんたがこっちに来ればゼウス共和国はきっとまた沢山の地連の兵士を殺せるようになるだろうね。」



「待て、俺だと?ザック・・・」



「ザックじゃない!!俺はダルトンだ!!・・・・ゲホゲホゲホ」

 ダルトンは叫ぶように言うと激しく咳き込んだ。



「コウヤさん。知り合いだから殺せない?知り合いがみんな味方だと思っているの?」

 ダルトンは変わらずコウヤに銃口を向けている。



「お前、何でそんなことを分かっているのに軍にいるんだよ!!」



「俺がこの方法でしか戦えないからだよ!!これでわかるだろ!!」

 ダルトンは悲鳴のように叫んだ。



「ダルトン。お前この方法がわかっているのか?」



「うるさい!!甘ったれた奴に言われたくない!!だいたいあんただって同じ方法をとっているだろ!!」

 ダルトンはコウヤに向けていた銃の引き金を引いた。





 銃声が響いたが、銃弾はコウヤに当たらずに空を切った。



「お前・・・・逃げようとは思わなかったのか?」



「この俺が?・・・・俺はドール小隊を持てるほどの実力者だ。逃げることはありえない。やっと認めてもらえるんだ。ダルトン・マーズの実力だ!!」



「お前は認めてもらうために手を汚して死ぬかもしれないことをするのか!!」

 コウヤの言葉にダルトンは口元を歪めた。



「あんたにわかるもんか。さあ、早くこっちに来い。」

 ダルトンは銃口をコウヤに向けて手招きをした。



「軍に実力を示すためなのか?そんなことのために・・・・」



「軍じゃない!!黙れ!!いいから来い!!」

 ダルトンは声を荒げた。空気が悪いのもあるが、興奮して息を切らしていた。



「じゃあ、なんでそんなにつらそうなのに軍にいるんだ!!」



「仲間がいるからだよ・・・・・」

 ダルトンは動かないドールを見た。コウヤはダルトンの視線の先を見た。



「あのドールの中にお前の仲間がいるんだな。」



「でも、動かなくなった。あんたが殺したんだ。」

 ダルトンの目は憎しみに満ちていた。



「違う、まだ生きている。」

 コウヤはそう言いグレーの一般機の歪んだコックピットを持ち上げた。ダンカンは銃口を構えながらもコウヤがドールを動かすのを許した。



 コックピットの中には、ダンカンと名乗ったもう一人の少年がいた。破損したコックピットの破片で負傷は見られたが気絶しているだけだった。



「ダンカン・・・・お前もか。」

 コウヤは少年の存在を確認して悲しくなったが生きていたことに安心していた。



「生きている・・・・」

 ダルトンは安心したのか、銃口をコウヤから離し、崩れ落ちるように座り込んだ。



「ダルトン。俺、生きていればどんな可能性もあるって最近気づいたんだ。それに、こいつのことをお前が心配したようにダルトンのことをこいつも心配しているはずだ。俺は認められるよりも生きていて欲しいと思う。」



「認められるよりも・・・・はは・・・・あははは」

 ダルトンは何かに気付いたように大声で笑い、操縦席に丸くなった。



「はは・・・・。俺はあんたに認めて欲しかったのに・・・・」

 ダルトンは泣きそうな顔で呟いた。誰に向かって言っているのかは分からなかったが、コウヤに対して敵意は無いようでコウヤは安心した。



「逃げて。もう戦う理由はない。」

 コウヤはそう言いダルトンから離れようとした。



 ガタン



 近くで何かが動いた音がした。



「お前・・・・・隊長から離れろ!!」



 目を覚ましたダンカンであった少年がコウヤに立ち向かってきた。



「まって!!キダ少尉!!!彼は・・・・・」

 そう言いかけたときコウヤは寒気を感じた。









 おかしい、今まで感じなかったのがおかしいほど近くにドールの気配がある。



 冷や汗をかいた。1体のドールが影を作った。



「ダルトンの顔が引きつった。」

 そのドールはキダと呼ばれた少年が乗ったドールの後ろにいた。



「やめろ!!!!」

 コウヤは叫んだ。



 ゴシャッ



 機械が無残に潰れる音と何か有機的な音が響いた。



 ダルトンの顔がみるみる変わって行く



「き・・・・・貴様あああああ!!!!」



「やめろダルトン!!!!」

 ダルトンのゼウスドールは半身がもがれた状態であるのにかかわらず驚異的な速さでその影を作っているドールに突進した。



 コウヤは寒気を感じた。



 強烈な存在感、圧倒的さ、絶対的な力を強く感じた。



 そのドールは、そんなダルトンの全力の速ささえ嘲笑うかのように、ゼウスドールを鷲掴みにした。



 そしてゆっくりとダルトンに恐怖を与えるように持ち上げた。



「やめろ・・・おい。」

 コウヤは持ち上げられたドールに乗るダルトンを見てから縋るように影を作ったドールを見上げた。黒いドールだった。



 ダルトンは顔が引きつったまま笑っていた。



「は・・・ははははは!!・・・なんだよ。」

 大声で笑うと悲しそうに顔を歪めた。



「兄さ・・・・」



 ゴシャン



 ダルトンが言葉を言い終える前に機械が潰れる音がした。



 コウヤはその黒いドールがダルトンを乗るドールごと握り潰すのに目が離せずにいた。



 そして、黒いドールが握っていた物体を手放し、それが地面に落下する音が響いた。その音で何があったのか頭の中をゆっくりと巡った。



「う・・・・・うああああああああああああ」

 コウヤは目の前に広がったさっきまでダルトンが乗っていたであろう何かの塊を見て吐き気を覚えたが、それよりも震えと叫びを止めることができなかった。





 赤いドールの壊れたコックピットの部品の一部から、ずっと響いていたであろう通信の音がコウヤの耳に入った。





『コウヤ君。無事か?返事をしろ・・・・コウヤ君・・・・』

 向こうでキースが慌てるように叫んでいた。





 キースは返事のないコウヤを心配しながらも自分の周りを見渡した。



「相変わらず、圧倒的すぎるな・・・・・」

 キースの周りには、無残に潰されたドールの残骸があり、後方で轟音が響いた。



 轟音の元には敵の戦艦だったものがあり、操舵室と思われる場所に大きく穴が開き、燃料に引火して爆発を起こしていた。その戦艦の上には黒いドールが辺りを見渡すように飛んでいた。



 キースはその光景を見て悲しそう俯いた。



『ご苦労でありましたね。キース・ハンプス少佐。』

 通信機の向こう側から声が聞えた。



「いえ・・・・中佐の力を最後に借りれたからこそここまで来れたのです。」

 キースは絞り出すように言った。



『ハンプス少佐・・・・・お聞きしたい。』



「はい・・・・なんでしょうか?」



『赤いドールに乗っているのはニシハラ大尉ではないな。』



「はい・・・・」



『本部ではぜひお目にかかりたいものだな。』

 笑みがかかった声で通信は響いた。
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