あやとり

近江由

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六本の糸~「天」編~

29.振り返り

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 お母さん早く元気になってね

 また、お父さんとお母さんと一緒にピクニック行きたいな。

 あのね、友達できたんだ。

 となりのユイと、同じクラスのいけ好かないハクト。

 ハクトの奴ディアのことが好きみたいなんだよ。

 あのね、ディアってお父さんの研究にお金出してくれている財団のところの子だよ。

 カワカミ?

 そうだよ。ユイのお父さんってカワカミ博士だよ。

 あとね、この前学校で一緒の係をしたクロスっていう女みたいなやつとも遊んだんだよ。

 聞いてよ。そしたら金髪の生意気な女がうるさくて。

 え?お父さん?

 お父さんは、お母さんの血と同じ人探しているんだよ。

 地球にいるって言ってた。

 研究は?って

 お父さんはお母さんが生きているなら研究はどうでもいいんだって。

 俺もそうだよ。

 また、お母さんのごはん食べたいよ。

 なに言ってるのお母さん。

 早く病気を治してね。








「奥様と会われましたか・・・・」

 執事はコウヤに紅茶を出すと、コウヤの向かいに座った。

「ロッド家は・・・俺の親、ムラサメ家を知っているんですか?」

 執事は優しそうに笑った。

「知っていますとも。表向きは何も繋がりのない家です。叩いてもつながりは出てきません。そこは徹底していましたから。」

 コウヤは言っている意味が理解できなかった。

「レイモンドさんが、軍備の整ったドームを所有しているのは・・・?」

「あれは、旦那様がこっそり作ったものです。旦那様のためにレイモンド様が用意されました。あそこであなたの父上様と連絡を取っていました。」

「あの、表向きの繋がりがないってどういう・・・」

「あなたの母上様のドナーが旦那さまでした。」

「ドナー・・・?」

 コウヤは予想外の言葉が出てきて驚いていた。

「覚えていないのですか?母上様の病気を・・・・」

「すいません。実は、俺・・・・」

 コウヤは自分の記憶がまだまだ不完全なことと「希望」破壊の時に自分がどうなったのか話した。

 執事は黙って聞いていた。が、両親が殺された場面の話をすると顔を青くした。

「ご両親が・・・?いつのことですか?」

「わからないですが、俺はドールに乗せられたみたいです。時期的に「希望」破壊の日です。」

 執事は顔色を青くしたまま悲しそうな顔をした。

「記憶が完全でないのなら仕方ないですね。いずれ思い出すでしょう。」

「あの、ロッド中佐が死んだことを・・・・」

「レスリー様は簡単に死にません。」

 執事はきっぱりと言った。

 コウヤは驚いた。

「え・・・っと俺もそう思います。ですが・・・」

「あなたの聞きたいことは、違いますでしょう?」

 執事は少し冷ややかに言った。

 コウヤは気圧されたが、気を取り直して

「はい。あの、ドナーと患者の家族がどうして接触をしたのですか?」

「あなたの父親は本当に母上様を愛していました。旦那様は、ドナー登録していませんでした。ただ、母上様と旦那様は珍しい血液型で偶然一緒だったのです。それで・・・」

「父さんが頼んだんですね。」

 コウヤは記憶の中にいる父親を辿った。

「はい、旦那様は心優しい方でしたし、ムラサメ博士は有望な研究者でした。」

 コウヤは不思議に思った。こんなこと知らなった。

「親友のことは思い出せてるのに、死んだ瞬間以外、両親のことを思い出せないんです。おれ、薄情な息子ですね。」

 コウヤは自嘲的に笑った。

「辛い記憶もあります。親友との思い出は、綺麗なものだったのでしょう。坊ちゃまもご友人との思い出は綺麗なものです。」

 執事は何かを思い出しているようだ。

「ロッド中佐の友人・・・・」

 ロッド中佐のことを考えたとき、彼の補佐であった一人の少女を思い出した。

 《そういえば、彼女も俺の顔を見て驚いていたような・・・》

「この前もあの人の補佐の方が来られて・・・・人間意外な接点があるものなんですね。・・・お茶のお替りいかがですか?」

 執事はコウヤのティーカップが空になっているのに気付いた。

「いただきます。意外な接点とは?」

「彼女は、坊ちゃまの友人と想い人の知り合いでした。想い人というのは、友人の妹なのですがね。」

 執事は柔らかな笑顔で言った。

 ティーポットを置くと何かを思い出すように目をつぶった。

「あの時はよかったです。坊ちゃまは楽しそうで・・・でも、他人の不幸の結果出会ったのですから何ともいえませんが」

「他人の不幸?」

 コウヤは何か引っかかった。

「ええ、あなたにも辛い記憶ですが、「希望」の破壊です。」

 その言葉にコウヤは驚いた。

「希望」の破壊がきっかけということは、まさか避難者では・・・

「避難者でした。たぶんあなたが考えている通りですよ。」

 コウヤの表情を読み取られたのか執事はコウヤの考えていることを当てた。

「名前・・・・覚えていますか?」

 コウヤは恐る恐る訊いた。手はポケットの中の写真を掴んでいた。



「クロス・バトリー」



 執事がそう言った時、コウヤは見えないものが見えた気がした。

「クロス・・・・あの、こいつじゃ・・・」

 コウヤは写真を出して執事に見せた。

 執事は写真を見てすぐに頷いた。

「この人ですよ。」

 コウヤはクロスの足跡を見つけた気がした。

「・・・・あの、補佐の方が知り合いって言ってましたが、どんな知り合いと」

「妹のユッタ様の親友だったとか」

「イジー・・・・あ、あの子か」

 コウヤはいつもクロスの妹と一緒にいた少女を思い出した。

 じゃあ、彼女は俺のこともハクト達の繋がりも知ってるんだ。

「あの、クロス達は今どこに?」

「存じません。ユッタ様は「天」の襲撃の際に命を落とされました。」

 コウヤはやっとつかんだクロスの足跡が見えなくなった気がした。そして、クロスに何があったのか初めて知った。

「死んだ・・・?ユッタちゃんが」

 あのクロスそっくりの人形のような少女が

 記憶の中の友人の妹は、もう記憶から出てくることはないことを知ったとき、とてつもない無力感と罪悪感を覚えた。

 そして、妹を失ったクロスは何を思っただろうか・・・・

 でも、彼にはレイラがいたはず。

 彼はレイラがいれば立ち直れる。



「ユッタ様と旦那様を亡くした坊ちゃまは・・・・」

 執事は辛そうな表情をした。

「・・・・クロスも、同じかもしれないです。でも、彼には大切な少女がいたので、立ち直っていると思います。中佐もきっと・・・」

 コウヤは写真のレイラを見つめた。



 執事はそんなコウヤの様子を見て、更に辛そうな顔をした。



「・・・コウヤ様。」

 執事はコウヤの前に座った。

「はい。」

「今まで何があったのか教えてくれますか?」

「でも、俺は記憶が・・・」

「いえ、あなたの記憶があるところでいいです。コウヤ・ハヤセとしての話です。」

 執事はコウヤに目を細めて笑った。その顔を見た時にどこかで見たことがある気がしたが、思い出せなかった。



「・・・わかりました。でも、恥ずかしい話もあるので・・・・」

 コウヤはアリアとのことを思い出した。

「そんなプライバシーに踏み込みませんよ。」

 執事は困ったように笑った。

「よかったです。分かりました。」







「・・・俺は、第一ドームでミヤコ・ハヤセを母親に持つ学生でした。」

「母親・・・父親は?」

「母さん気が強くて、甲斐性のない人だったみたいで離婚したんですよ。でも、俺にはしっかり母親をしてくれて・・・」

 コウヤは母を思い出して、無性に会いたくなった。

「コウヤ様は、年齢的に進学か就職か迷う時ですよね。」

「はい。俺は記憶力に自信があるから法律行こうかな、なんて考えていました。特に大きな目標もなくですけどね。」

「ご友人は?」

 執事の問いにコウヤは少し悲しそうな顔をした。

「いつも屋上で夜空を見ていたんですよ。夜に校舎に忍び込んで、その仲間が俺の親友でした。優等生というには品行よくないけど、俺よりも頭のいいシンタロウ・コウノというやつと、色々と家庭に問題を抱えているけど明るいアリア・スーンの二人です。」

「そのお二方は・・・」

「二人とも最初は俺と一緒にフィーネに乗り込んだんですよ。」

 コウヤは思い出して懐かしむように笑った。

「そうですか。どうぞ。続きを・・・」

 執事は優しくコウヤに笑いかけた。コウヤは頷き記憶を辿った。

「戦艦フィーネが俺たちの住む第一ドームに来たんですよ。すごい大きい音がして驚いたのは覚えています。次の日、学校が休みになって、母さんが・・・俺の記憶につながる人がいるかもしれないから行きなさいって、見学に追い出されたんですよ。」

 荷物を投げられ家を追い出される形だったのを思い出してコウヤは母親の何とも言えないガサツさを感じたが、今となってはただ懐かしい。



「記憶につながる人は?」

 執事は興味があるようだ。

「いました。その時は気付かなかったんですけど、俺の初恋だったのかな?・・・この写真のユイ・カワカミと会いました。彼女は俺を探していたって言って、でも、直ぐにいなくなって・・・」

「・・・・ユイ・カワカミですか。では、フィーネが来たことからあなたの記憶は蘇り始めたのですね。」

 執事は目を細めて笑った。

「いえ、その時は全くでした。蘇ったのはもっと先のことです。」

 コウヤは襲撃を受けた時のことを思い出した。







「翌日、第一ドームは襲撃を受けました。俺たちは避難しようと必死で、俺はキース・ハンプス少佐に手を引かれてフィーネに避難しました。その時にシンタロウとアリアは別にシェルターに行きました。」

「ハンプス少佐・・・聞いたことがありますね。」

「そうなんですか?」

「おそらく宇宙では有名人の部類ですね。すみません、続きを・・・」

 執事は会話を途切れさせたことについて謝罪した。

「は・・はい。でも、避難できても・・・わかったんです。危険だってことが。そして、俺はその時艦長をしていたハクトに訴えました。でも、それでも不安で、シンタロウ達が行ったところに厭な気配があったんです。」

「・・・気配ですか・・・」

 執事は納得するように頷いた。

「はい。なので、今度は操舵室に訴えて・・・追い出されました。」

「当然ですね。」

「でも、外で待っていたキースさんが、ハンプス少佐が俺をドールまで連れて行きました。」

「それは、思い切った決断ですね。ですが、ドール操作に秀でたハンプス少佐ならではの判断ですね。」

 執事は感心したように言った。

「ええ。それで、俺はシンタロウ達のいるシェルターをフィーネに運んだんです。リリーには嫌な顔をされましたが・・・えっとリリーっていうのはオペレーターの子です。」

「まあ、一杯避難民を乗せてからの追加ですから当然ですね。」

「はい。でも、後悔していません。だって・・・・あのままだったら死んでいたから。」

 コウヤはドームが破壊された後の光景を思い出した。

「その後、ドームが破壊され、あなたはフィーネのドールパイロットとして乗ることになったんですね。」

 執事はドーム破壊のニュースは聞いていた様だ。

「はい。破壊のニュースはやっぱり知っていらっしゃるんですね。」

「いくら情報が遅いとはいえ、3ヶ月以上前のことです。」

「はは、もうそんなに経つんですね。」

 コウヤは遠い昔のことに思えたが、あっという間であった気もした。

「沢山ありました。その後は・・・」

 コウヤはゼウス共和国の戦艦とドール部隊に追われたことを思い出した。



「親友のシンタロウの様子がおかしくなっていたんですよ。でも、俺は無神経で、あいつのことわかってやれなかった。そんなときに、ゼウス共和国の戦艦とドール部隊に追われました。凌げたのですが、俺は担架で運ばれることになりました。」

「それは、大丈夫だったのですか?」

 執事は心配そうにコウヤを見た。

「ええ。記憶が蘇ったんですよ。・・・・このネックレスとこの写真に関すること、親友とのことが・・・一部でしたけど、それで俺はハクトが親友だと思ったんです。」

 コウヤは見つけているネックレスと持っていた写真を取り出した。

「そうですか。その、親友の方は大丈夫だったのですか?様子がおかしいと仰っていましたが・・・」

「はい。シンタロウは、ドーム破壊で両親を失っていたんです。戦える俺が羨ましくて当たったと言っていましたが、気持ちはよくわかります。」

「ご両親を・・・・」

 執事は悲痛そうな顔をした。







「このあと、第6ドームに入って、久しぶりに戦艦以外で過ごしました。そして、ディアと会ったんです。」

「ディア・アスールですか・・・」

「はい。ネイトラルのトップですから有名ですよね。」

 コウヤの言葉に執事は曖昧に頷いた。

「ディアに会う前に二人の少年と会いました・・・・ザックとダンカンって名乗ってました。ハクトとモーガンとシンタロウとその二人も一緒にご飯を食べて、一時的にでも楽しく過ごしました。」

 コウヤは記者と名乗った二人の少年を思い出した。そして、その後のことも。

「確か、第6ドームではディア・アスールの暗殺未遂があったと・・・」

「はい。まあ、その二人と別れた後に俺とディアが偶然会って、二人でお茶していたら、ハクト達が来て・・・あの二人の世界に入って俺らは置いてけぼりですよ。」

 コウヤは気が付いたら二人で話し込んでいるディアとハクトを思い出して思わず笑った。

「そうですか。お互い特別ですからね・・・」

「そうですね。そして、あの暗殺未遂がありました。」

「では、あなた方が守ったのですね。」

 執事はコウヤを見て安心したように笑った。

「ええ、まあ、ハクトの独壇場でした。身代わりに撃たれて、偽の救急隊から守る様に抱えて逃げて・・・と。」

 コウヤは救急隊を連れてきた二人を思い出して眉を顰めた。

「どうか?」

 コウヤの表情が曇ったのを見て執事は心配そうな顔をしていた。

「・・・その偽の救急隊を連れて来たのが・・・・ザックとダンカンでした。暗殺未遂はあの二人の仕業だったんです。でもディアも守れて、どうにかなりました。」

「・・・そうですか。お茶が冷めてしまいましたね。新しく淹れましょうか?」

 執事はコウヤのティーカップを見て言った。

「いえ、猫舌なので、このまま頂きます。」

 コウヤは紅茶を飲み干した。冷めていたが、話疲れた喉にはちょうど良かった。

 ティーカップが空になるのを見ると執事は立ち上がり、お茶のお替りを淹れます。

 と席を立った。

 どうやらコウヤが話疲れていると思ったようだ。確かに疲れていたが、話すことで自分に何があったのか改めてわかり、すっきりしていた。







 今いる部屋を見渡すと、本当に立派なことがわかる。

 天井は高く、古いデザインだがシャンデリアも立派でソファは皮張りだ。

 壁も頑丈そうで、天窓にはステンドグラスがある。

 本の中でしか見たことのないレンガ造りの暖炉と窓枠の細かい装飾。

「・・・豪華だな・・・」

 思わず呟いた。

「この屋敷は、レスリー様の祖父の代に建てたものです。まだ軍が政治に介入する前で、戦争もしておりませんでした。」

 紅茶のお替りを持ってきた執事が立っていた。お茶の他にも焼き菓子を持ってきていて、コウヤはそっちに目が奪われた。

「お茶菓子は必要ですからね。頭も使わせてしまいましたから。」

 執事はコウヤのティーカップにお茶を注ぐと焼き菓子も勧めた。

 コウヤはそれに応え、焼き菓子を手に取った。

「ありがとうございます。いただきます。」

 焼き菓子を食べ始めると、執事が改めてコウヤの向かいに座った。

「実は、このロッド家は一昔前まで政治に介入する名家だったのですよ。亡くなった旦那様の代ではもう軍が仕切ってたので、没落です。旦那様の親友はご存知の通りだと思いますが、レイモンド・ウィンクラー様です。彼も今は隠居状態に追い込まれて、これからの年齢なのに嘆かわしいです。」

 焼き菓子を食べ終わったコウヤはふと変に思った。いや、変ではないが、引っかかった。

「・・・レイモンドさん。あのドームのその亡くなった親友に用意したとか聞きましたが、かなり面倒見過ぎですよね。」

 コウヤはあまりにもレイモンドが亡くなったレスリーの父に投資しているように思えた。

「そうですね。レイモンド様は家庭を持たなかったので、なおさらです。まあ、まだ50近くなので、これから持てるかもしれませんが、あの人はロッド家に寄りすぎているので難しいでしょう。」

 執事は憐れむように言った。

「確かに、ロッド家は帰る家のようなものと言ってました。」

「はい。・・・・すみません。お話がずれましたね。」

 執事は姿勢を正してコウヤを見た。

 コウヤは慌てて紅茶を飲んだ。猫舌と言ったのを覚えていたのか、少し冷めていた。







「えっと、どこまで話しましたっけ?」

 コウヤは別の会話を挟んだため、どこまで話したか忘れていた。

「暗殺未遂が、二人の少年の仕業だった言うところです。」

 執事が言うと、コウヤは少し眉を顰めた。

「この後が辛い話なのですね・・・」

「はい。」

「無理を言わせるわけにはいきません。ここまでで・・・」

 執事はコウヤの表情を見て首を振った。

「いえ。話します。」

 コウヤは自分に断言するように言った。

「・・・いいのですか?」

「はい。正直言うと、ここから先が俺にとっての転機でした。」

 コウヤは息を吸って吐いて、ゆっくりと呼吸を整えた。



「この後、ディアと話して俺のことを少し知りました。彼女は知り合いだと認めてハクトのことを考えてくれとも言われました。ディアは曖昧でしたが、ハクトは確実に親友だったので、少し不満でした。今となったら仕方ないと思えますが、あの時の俺は自分の事しか考えられなかったのです。」

「そうですか・・・」

「そして、第6ドームを離れるとき、シンタロウと別れました。シンタロウは第6ドームの訓練施設に入って、ドールパイロットを目指すって言ってました。彼には、元々記憶が無いことを話したのもあって、そのままの勢いでディアやハクトのことも話しました。・・・俺に自分で考えろって言ってました。当然ですね。」

 頼もしい親友の姿を思い出してコウヤは少し涙ぐんだ。

「・・・第6ドーム・・・ですか。」

 どうやら執事は訓練施設が壊滅に追いやられたことを知っているようで、悲痛な顔をした。

「・・・そうですね。それはまた後の話になるので、次に行きます。」

 コウヤは話すことで持たれそうになりながらも、つばを飲み込んだ。



「俺の負担を考えて、当初の予定を変更して直ぐに軍本部に向かうことにしてくれたらしいんです。珍しくハクトがゴリ押ししたらしいです。それで俺たちは本部に向かいました。」

 コウヤは先のことを思い出して、手に汗をかいていた。

「大丈夫ですか?」

「はい。・・・その途中で、第6ドームに向かう前に戦った戦艦とドール部隊とまた戦いました。結構ぎりぎりで、俺はコックピットからさらけ出されるまで追い込まれました。」

「・・・そんなに。」

 執事は少し動揺していた。

「はい。でも、レーザー砲ですか?俺が撃てて、形勢は変わりました。その時に戦っていたのはドール二体で、レーザーを掠ったドールは俺と同じようにコックピットからパイロットがさらけ出されていました。」

「・・・・」

 執事は続きを待っているようで、じっとコウヤを見ていた。

「そのパイロットは、ザックでした。今考えると、レーザーを撃つまで時間が持てたのも、彼が俺を見て気が動転したからだと思うんですよ。」

「・・・そうですか。」

「彼の名は・・・ダルトン・マーズと言っていました。一緒に戦っていたのは、大切な仲間みたいで、俺が殺したと顔を歪めていました。」

「復讐心ですか?」

「そうでしょうね。けど、ドールは壊れていたけど、コクピットの中のパイロットは無事でした。キダと呼ばれていたけど、彼はダンカンと名乗っていた少年でした。」

「・・・では、彼らは・・・」

 執事はコウヤの会話の中に明るさを見出したのか少し安心したような顔をしていた。

「その時にキダという少年が起きて、俺を敵と勘違いしたようです。当然なんですが、ダルトンが止めようとしたとき・・・・」

「時?」

「・・・・黒いドールに乗ったロッド中佐が現れました。」

 コウヤは拳を握った。

「・・・あの人が・・・」

「キダという少年はあっという間に殺されて、ダルトンも・・・・握りつぶされました。」

 コウヤはダルトンの最後の表情を思い出した。

「何も知らない彼から見たら、あなたが危険と判断したのでしょうね。」

「・・・そう言っていましたが、もっと違う方法があったはずです。あの人は、殺すことしか選択肢にないと思います。」

 コウヤはその時の無力感を思い出して口元を歪めた。

「そうですか・・・それはつらい経験を・・・」

「本部で治療を受けて、その後、俺は、そんなことを中佐に言って、食って掛かりました。」

 コウヤは自嘲的に表情を歪めた。

「それを聞くような人ではないですよ。」

「・・・俺は中佐に止める手段を与えられました。」

 コウヤの言葉に執事は驚いた顔をした。

「止める手段・・・?」

「白銀のドールを与えられました。そして、ゼウス共和国の者を殺しに行くと宣言されて、その日まで教えてもらいました。」

「あの人が、そうですか。」

 執事は哀しそうにコウヤを見た。分かっているのだ。彼が殺しに行ったのはヘッセ総統であり、それが成功したことを。

「俺は止められなかったです。それどころか・・・・中佐以上の殺戮をして、自分が止められなかった。」

 コウヤは自分を責めるように顔を両手で覆った。

「止められなかったのは・・・混乱ですか?」

「記憶が・・・蘇ったんです。ドールを潰したとき、父と母が俺を庇ってゼウス共和国の兵に殺されるところが・・・」

 コウヤは手を震わせた。執事はコウヤの様子をじっと見ていた。

「それからは俺はゼウス共和国を憎みました。憎しみが確実だったんです。そして、軍に入って・・・またフィーネに乗りました。」

「そうですか。確実だったんですか?その、感情は?」

 執事はコウヤの言ったことを確認するように質問した。

「そうですね。周りのことは分からなかったんですけど、赦せない気持ちが爆発したような感じでした。」

「そうですか・・・すみません。続きを・・・」

 執事は何やら納得した様子だった。

「はい。その後・・・何かを誤魔化すようにアリアと付き合い始めて・・・ここ飛ばしていいですか?」

 コウヤは少し気まずそうな顔をしていた。

「ご自由に。プライバシーは大事です。」

 執事はコウヤの様子を見て察したのか苦笑いしていた。

「えっと、それから俺はキースさんとドールに乗って敵を斃しました。あの時は純粋に自分の力が嬉しかったし、憎いゼウス共和国と戦えている充実感で一杯でした。ハクトに悪いことをした時期ですね。彼は俺を戦わせたくなかったみたいです。」

 コウヤは申し訳なさそうに肩を縮めた。

「そうですか。それから記憶は?」

「・・・不思議なことにドールを乗っても蘇らなくなったんです。すごく不安でした。俺も安定しなくて、フィーネの皆は俺を心配していました。」

 コウヤはモーガンとハクトの視線を思い出した。彼等は自分の変化を心配していたのだ。

「俺はハクトに当たるような真似もして、それにアリアも俺を心配してだか、ハクトやほかの人にきつく当たっていました。」

「はあ・・・」

 執事は理解できないことのようで、少し困惑しているようだ。

「それが変わったのは、ユイに再会したからです。」

「ユイ・・・?先ほどのユイ・カワカミですか?」

「はい。途中で寄ったドームで会いました。でも、彼女は変な男たちに連れて行かれて、俺に会えたからよかったと言っていましたが、俺と他人のふりをしていました。」

「男たちに・・・。」

 執事の顔色が変わった。何やら思うところがあるようだ。

「はい。そして、戦艦に戻ると、出撃を言われて・・・でも俺はユイが心配で。出撃どころじゃなかったんです。それに、アリアとももうこれ以上はダメだと思って・・・別れを切り出したんです。」

「それが賢明です。中々の屑ですね。」

 執事は感心したように頷いた。

「・・・それは否定しません・・・結局誰もいい思いをしていません・・・いや、少ししたかも。」

「・・・続きを。」

 執事はコウヤの呟きを冷めた目で見ていた。

「はい・・・」

 コウヤは軽く頭を下げた。

「その時にアリアからシンタロウのことを聞きました。第6ドームの訓練施設が壊滅状態で、生存者は絶望的だと・・・たぶんハクトもキースさんも俺に隠しておこうとしていたようです。それで俺はだいぶ堪えました。・・・・今もまだ信じられなくて・・・」

 コウヤは思い出して拳を握った。

「そうですか・・・そのアリアさんは大丈夫なのですか?話を聞いている限り、彼女もシンタロウさんと仲良かったはずで・・・」

「アリアは、俺かシンタロウがいれば大丈夫だったんです。彼女は、片方いるから切り替えたんでしょう。というより、俺のことが好きだったようですから・・・俺がアリアよりシンタロウと仲いいのに嫉妬していました。」

「何とも複雑な・・・理解しがたいです。」

「シンタロウは俺もアリアも同じくらい大切に思っていました。男同士だからどうしてもアリアとの距離は出来てしまいます。あと・・・まあ、俺とシンタロウはその、成績も同じくらいでしたから自然と話すことも多かったです。」

「若者という感じですね。学生ですか。」

「そうですね。それから、任務に向かいました。俺はこんな状態のままですが、それだけで撤退は出来ません。俺とキースさんが出て、ゼウス共和国の研究施設らしきものを偵察するというのですが・・・」

 コウヤは目を閉じて、光景を思い出していた。

「思うように戦えなかったんです。敵も大量でしたから、体力を消耗する戦い方になって、そして、俺は撤退を命じられました。」

 コウヤは一息ついて、お茶でのどを潤した。





「・・・地球に研究施設ですか。中々大胆ですね。」

 執事は考え込むように呟いていた。

「でも、俺は撤退できませんでした。そこにでかい黒光りするドールが出て来たんです。」

「ドール・・・でも、あなたほどの実力者であるなら・・・」

「そのでかいドールは俺よりも強かったです。そして、ドールの性能もすごく高くて・・・俺は二度目のコックピットむき出しにされました。」

 コウヤは、その時に外気を吸い込んだことを思い出して咳き込みそうになった。

「・・・・まさか。」

 執事は何か予想がつくのか顔色を変えた。

「・・・そのドールがフィーネの砲撃の衝撃から俺を庇いました。そして、向こうも俺と同じくコックピットがむき出し・・・中にはユイがいました。」

「・・・っ・・・」

 執事は悲痛な顔をした。拳を握ってコウヤを見つめていた。

「砲撃を止めるようにハクトに訴えました。それでも砲撃はユイに向けられた。・・・それはそれを庇って・・・・そこから何があったのかわからないですが、気が付いたらレイモンドさんのところにいました。」

 コウヤは何かに包まれる気がしたのは覚えているが、結局何も思い出せなかった。そもそも何があったのかわかる状況でなかったのかもしれない。

「・・・それからは、レイモンド様からお聞きしています。とはいっても、治療している間の事です。」

 執事はコウヤの方を見て、続きの話を促した。

「・・・ロッド中佐暗殺計画を聞きました。そして、レイモンドさんからハデスドールを借りて、ハクトの助けに向かいました。」

「・・・その、記憶に変化はありましたか?」

「あ・・・忘れていた。」

 コウヤは記憶がユイを庇ったことで大半が戻ったことを思い出した。

「はい。戻りました。ユイを庇ったときに・・・親友の事や・・・母さんのこと。・・・あれ?」

 コウヤは何かに気付いて執事を見た。

「俺、その時に思い出したのは・・・消毒液の匂いと・・・白いシーツだったんです。母さんゼウス共和国の兵士に殺されたのに、どうしてこんなことを思い出すのかわからなくて・・・」

 その様子を見て執事は静かに頷いた。

「・・・あなたは自力で思い出す必要があります。何が正しいのかは、実際に見ていた貴方しかわからないのです。」

「・・・そうですね。でも、俺はそのおかげでゼウス共和国は憎くても、ハクトやみんなを助けないといけないってわかったんです。」

 コウヤは執事を真っすぐ見た。

「・・・そうですか。」

「はい。いいだけハクトに迷惑をかけて、このまま何も無かったはできませんし、俺の父がドールプログラムの開発者だったって・・・俺は無関係じゃなかった。」

 コウヤの言葉に執事は強く頷いた。

「そうですね。・・・その後は、どうやって月に?」

「えっと、ハクトを助けに行ったら、ゼウス共和国のドール3体に会いました。俺が言った時には2体が撤退に入っていて、残り一体はユイが乗っていたのと同じドールでした。そして、俺に敵意丸出しの白いドールがいました。その近くにはハクトの乗ったドールがボロボロでありました。」

「白いドール?」

 執事は不思議そうな顔をした。

「はい。その白いドールと俺は戦いました。とても強かったです。通信を繋げて説得した形で、わかったんですよ。そのパイロットが・・・」

「ディア・アスールですか?」

 執事はコウヤが言う前に言った。

「はい。そして、ゼウス共和国のドールは身動きできない状態にして、パイロットだけを出しました。でも、ユイじゃなかった。」

 コウヤの言葉に執事は少しがっかりしていた。

「そうですか。では、その後はディア様とニシハラ大尉とご一緒に?」

「はい。久しぶりに親友として話しました。それからディアの助けもあって、フィーネを宇宙に飛ばしてもらいました。」





 コウヤは言い終えると残っているお茶を飲み干した。

 執事は何度も頷いてコウヤを見ていた。

「どうかしましたか?」

「いえ、あなたは、ご両親のどっちにも似ていますね。」

 懐かしむように執事はコウヤを見ていた。

「知っているんですか?やっぱり、ロッド家と関りがあったから?」

「いずれ、全て思い出すでしょう。その時に、あなたは今まで以上に辛い思いをするかもしれません。」

 執事はコウヤのティーカップにお茶を注いだ。

「ありがとうございます。その、辛いって・・・」

「いえ、いずれわかります。コウヤ様。「天」では、ここに滞在してください。」

 執事は立ち上がり、コウヤに頭を下げた。

「え?いいんですか?」

「はい。その方が、軍の目を誤魔化してニシハラ大尉と会うことができます。」

「そんなお世話になって大丈夫なんですか?」

 執事はゆっくりと頷いた。

「・・・ムラサメ博士には、お世話になりました。そのお礼をさせてください。」

 執事は屈み、コウヤの目線に目を合わせた。

「・・・はい。その、お世話になります。」

 コウヤは頭を深く下げた。
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