あやとり

近江由

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六本の糸~研究ドーム編~

52.部屋

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 頭が痛い。記憶をたどってあの女がいる部屋を探していた。

 途中で耐え切れなくなって休んだのは覚えている。

 しばらく休んでいると近くの部屋で大きな爆発音が聞こえた。

 けれど直ぐには動けなかった。

 私はどのくらい休んだだろうか。

 動かないといけない。

 そう言えば人の気配がやたら無くなっている。

 この施設に来た時に大量にいたモルモット達と研究員はどこだろう。

 頭を抱えながら立ち上がると懐かしい声が聞こえた気がした。



 誰だろう。

 確か、一緒に旅をした。彼らに命を預けたこともあった。

 頭が痛むせいなのか、幻聴のようだ。

 彼らがここにいるはずない。



 私は幻聴が止むのを待って動き出した。

 あの女を殺さないと。

 私は復讐しないといけない。



 そう強く考えると頭の声も耐えられる。



「待ってて・・・シンタロウ、コウヤ。」

 あの女を殺したら、私も・・・・







 今までに比べたら大したことがないが、コウヤ達を阻む者が次々と現れた。

 シンタロウは冷静に銃口を向けて引き金を引こうとした。が、手を止めた。

 その様子を見てコウヤは安心した。



 だが、そんなコウヤの安心も束の間でシンタロウは走り出し、脛を蹴り飛ばし、足首を踏み砕いた。

「ぎゃっ」

 骨の砕けた音をたて、廊下に倒れこんだモルモット達はうずくまった。

 踏み砕いた音の反響が止まない中、声と倒れこんだ時の衝撃音が響く。



 ディアは何かに気付いたようでシンタロウの前に空いている手をかざした。

「待て・・・・・こいつらの動きは遅い。」

「ああ。だから、銃を使わずに足を狙った。他の警備と違うな。」

 シンタロウは淡々と答え倒れこんだ者に近付いた。



「・・・・この施設にいるはずの研究者って・・・・どこにいると思う?」

 その様子を見て、ディアに支えられたソフィが楽しそうに顔をほころばせていた。



「研究者もほぼモルモットなわけか・・・・・」

 コウヤは倒れている研究者らしき人物を見た。

「ふふ、違うわ。研究者は頭に負担のかかる手術なんかしないわ・・・・これは」



「・・・・・ドールプログラムの逆接続に使われましたか・・・・」

 カワカミ博士は落胆した表情をしていた。

「それは、完全に開かれないとできないのでは・・・・?」

 ディアはハクトの身に何かあったと思ったのか表情を硬くした。

「媒介なしでの接続ではです。ドール操作の時の神経接続はできます。現にあなた方はドールに接続されて洗脳されかけていたことがありましたよね。」

 カワカミ博士の言葉にコウヤとディアははっとした。

「・・・・そうだ。洗脳は可能なんだ。」

 ディアは働かない頭を痛めつけるように叩いた。



「レイラはドールプログラムに狂わせされて月に上がろうとしていたフィーネのドールを執拗に追い詰めたことがある。俺の言葉も聞かないほどに。」

 シンタロウは呟いくように語った。

 シンタロウは研究者であったものが武器を持っていないことを確認してコウヤ達の方を見た。

「どうする?」

「どうするものない。動けないのなら放置しよう。」

 ディアはそう言うとカワカミ博士とコウヤを順に見た。



「そうですね。正直、機械が埋め込まれているのなら無力化することができますが、機械じゃないのが厄介でした。」

 カワカミ博士は諭すようにシンタロウを見た。



「そんな殺しませんよ。脅威じゃないのなら俺は撃ちません。」

 シンタロウは少し不服そうに言った。



「この先の研究員たちは銃を使わないで倒した方がいいな。できるかシンタロウ?」

 ディアの問いにシンタロウは困ったような表情をした。

「俺、肉弾戦での加減が下手なんです。初歩的な訓練しかしてないので。さっきより動きがいい奴だったら、手加減できるかわからない。」

「そうか。」

 コウヤは先ほどの骨が砕けたと音を思い出して眉を顰めた。



「でも、コウヤを危険な目に合わせるわけにはいかないので、俺が前に立ちます。狙うのは・・・足でいいですね。顎か腹だと加減できなかったときに大変だ。」

「とにかく動けなくしてくれ。最悪股間を蹴り上げろ。軽くでも男なら呻く。」

 ディアが力強く言った。

「うっ・・・・」

 コウヤは思わず想像して表情を歪ませた。





「・・・・・厳重な扉だな。」

 周りのどの部屋よりも大きく、見ただけで分厚さを想像させる扉の前で一人の軍人が呟いた。

「・・・・ここが最後の砦か・・・?大方ニシハラ大尉はここだな。」

 彼は何かを探るように周りを見渡した。

「できれば黒幕を手にかけたかったが、今はそれどころじゃないな。」

 男は腰に付けた銃の残弾数を気にしているようだ。

「・・・・カワカミ博士の協力があれば、入ることは可能か・・・・だが」

 男はそこで言葉を止めて何かを察知したらしく別の方向へ走り去った。









「流石というべきか・・・・医療道具がそろっている。」

 手術室らしき部屋に着いた影、キース、リリー、モーガン、イジーは感心していた。



「機械を埋め込むのに開頭手術を行うからな。それだけじゃなく暴れるやつも出るし、異常をきたしたやつもいた。」

 マックスは慣れているのか手術室の中の道具を収納している壁を探っていた。

「影さんと・・・・そこのキースさん・・・・」

 マックスは遠慮しながら二人を呼んだ。

「俺よりまずは影の手当てを優先してくれ。腕を切り落とされている。出血もかなりしている。影は平然としているがいつぶっ倒れてもおかしくない。」

 キースは片腕を失った青年を顎で差し言った。



「どうせ、できる処置は限られている。腕は戻らない。」

 影は諦めが入った声色で吐き捨てるように言った。

「戻らないのなら、ハンプス少佐の腕の銃弾を抜く方が先だ。」

 続けて言う影にキースは苛立った顔をした。

 それはマックスも同様であった。



「影さん。」

 マックスは影を睨み、叱責するような強い語調で叫んだ。

 影はマックスがここまで強気で発言するとは思っていなかったようで驚きの色を見せた。

 長い前髪で見えないが、おそらく目はまん丸く開かれているであろう。



「俺は、研究者ですが手術も行えます。あなたの処置もできる医者です。」

 マックスはそう言うと先ほど見せた遠慮を感じさせないほどの強制力を感じさせる様子で手招きをした。

 それを見て影は諦めたようにため息をつきマックスの元に寄って行った。



「影の処置をしながらでいいけどよ、ユイちゃんだっけ?どうする?」

 キースは手足を拘束され、今は意識を失っている少女を見て言った。

「そうですね。暴れたら先生とハンプス少佐が動けない状態だと抑えれません。」

 イジーは顔色が悪く壁にもたれかかるモーガンと心配そうにそれを見ているリリーを順に見て言った。



「正直、俺たちにできる処置は無いです。いうなれば、ニシハラ大尉を取り戻せばいいと思います。あの人のプログラム権限の方がユイ・カワカミより上らしいですから。」

「・・・・ニシハラ大尉の存在は必須なのね。彼女が落ち着いてから行こうかと思ったけど・・・」

 イジーは深刻な表情をしていた。その様子から、シンタロウの元に向かうのにユイが安定してから行こうとしていた様だ。

「少しそれは厄介だな。ニシハラ大尉を取り戻すのにユイ・カワカミの存在も必要だと認識している。」

 影は難しい表情をしていた。



「・・・・彼女の意識さえなければ、私が連れて行きます。ここで更に拘束具を加えれば大丈夫でしょう。」

 イジーは半ばやけになっているのかわからないが仕方ないような口調であった。

「ハンプス少佐が回復してから二人で行くといい。と言いたいところだが、お前がレイラ・ヘッセともし対峙した時、冷静でいられるか?」

 影は責めるような視線をイジーに向けた。



「レイラ・ヘッセって該当者だろ?イジーちゃん・・・知り合いなのか?」

 キースは改まった視線をイジーに向けた。

「イジーは適合者6人と同時期に『希望』で滞在していた。」



「私の親友は適合者の一人、クロス・バトリーの妹、ユッタ・バトリーです。」

 その名前を出したとき、心なしか影は口元を引き締めた。

「じゃあ、イジーちゃんは・・・・」

「『希望』関係者です。適合者じゃないですが、私は当時を知る数少ない人物です。」



「・・・・冷静でいられるのか?」

 影は改めてイジーを見た。

「・・・・シンタロウは自分の役目を考え、レイラ・ヘッセを救うために来た。私はニシハラ大尉を助けに来た。」

「・・・・なるほど。ニシハラ大尉を助けるのにレイラ・ヘッセは必要だ。」

「それに、一度対峙してあの人を罵倒したから。」

 イジーは恥ずかしいことを思い出すように言った。

 影はそれを見て安心したような表情をした。

「そうか。では俺も付いて行こうか・・・」

「だめです。」

 マックスは影の言葉をすべて聞く前に断ち切るように言った。



「落ち着いたら影さんはマックスさんと船に戻ってください。俺達も付いていきます。」

 モーガンは相変わらず体調が悪そうだが、表情と語調は強かった。

「ダメだろ。俺とイジーちゃんで行く。幸い俺は両腕ある。」

 キースは呆れながらも嬉しそうに言った。

「ハンプス少佐。」

 リリーは安心したのであろうが、何か罪悪感を匂わせる表情をした。



「イジーちゃんは止めても聞かなそうだし、ユイちゃんをハクト達のもとに連れて行かなきゃいけない。」

 キースは多少の冷やかしを含め、笑顔で言い、イジーを見た。



「・・・・私は割り切ると決めていたのに、シンタロウ達について行かなかったのは私情を挟んだからです。」

 イジーは白状するように呟いた。



 キースは不思議そうな表情をした。

「そうは思わない。あの時安全面を考えたら銃の扱える人物がもう一人いた方がよかった。それに、中佐を気にしてる君が・・・」



「私はシンタロウに諭すようなことを言いながら自身は逃げれる場所に行こうとしたのです。」

「ルーカス中尉は逃げていない。」

 リリーは擁護するように叫んだ。

 そんなリリーを見てイジーは悲しそうに笑った。

「いや、あなたならわかるはず。」

「え?」

 リリーはイジーの予想外の表情に驚いた。



 影はマックスの淡々とした処置を受けながらイジーの表情を見ていた。



「私は、シンタロウが彼女と再会したときにその場にいたくないと思ってしまった。そして、無意識にコウヤさんに押し付けただけ・・・」

「彼女・・・・?」

 その言葉に反応したのはキースだった。



「はい、この施設のモルモットと呼ばれる中にいるはずです。」

 イジーはあの名前を見た時のシンタロウの表情を思い出して少し苦い顔をした。

「待てよ。その彼女・・・・・」

 キースの表情から尋常じゃないものを感じ取ったイジーはリリーとモーガンの顔も見た。

 だが、二人はきょとんとしていた。



「ハンプス少佐知り合いですか?『アリア・スーン』ていう、シンタロウの親友と・・・」

 イジーは恐る恐る訊いた。



 その言葉にリリーとモーガンの顔から血の気が失せた。










「レイラ・・・だと思う。助けに行けるところにいるはず。」

 コウヤは何かを察知したようだ。そして、それを確認するようにディアの方を見た。

 だが、ディアは首を横に振った。

「私の感覚は戻っていない。むしろ、感覚が全く働かない。察知できない。」

 その様子を見てソフィは笑った。

「どうしたんですか?ソフィさん・・・」

 コウヤは睨みながらもソフィに敬語で言った。

「いや・・・流石だな・・・って思ってね。」

「じゃあ、この先にレイラがいるのは確かなんです・・・・」

「コウヤ、ソフィさんの言うことは信用しない方がいい。必要とあれば俺は引き金をいつでも引ける。」

 シンタロウはコウヤのセリフを切り、ソフィに遠慮なしに銃口を向けた。



「情報は必要だ。ただ、判断するのは慎重になろう。」

 ディアは顎でシンタロウに銃を下ろすように示した。

 シンタロウは表情を変えずに銃を下ろした。だが、その指は引き金にかかり、目はソフィを見据えていた。



「シンタロウ・・・・とにかくレイラを助けよう。まずはそれが先決だ。」

 コウヤはシンタロウをなだめるように言うとソフィを軽く睨んだ。

「私は、嘘は言わないわ。だって、今のシンタロウ君、とっても怖いもの。私を抑えているディアさんもニシハラ大尉がかかっているせいか、とっても怖い。」

 ソフィは芝居がかった話し方でカラカラと笑った。



「コウ、レイラの気配はどっちだ?」

 ディアはソフィを一瞥だけし、すぐにコウヤに目線を戻した。

「俺が先頭でいいか?どの部屋かは分からないし、ソフィさんに聞けないだろ?」

 コウヤは先頭を歩くシンタロウを押しのけた。



 ソフィはディアが自分に突っかからなかったのが詰まらなかったのか不満そうな顔をした。だが、すぐに口元に笑みを浮かべた。

「あのね、レイラちゃんのところの方がニシハラ大尉のところより近いのよ。ニシハラ大尉のところはこの施設の中央に位置するといってもいいけど・・・」



「ソフィさん。黙ってください。」

 コウヤは本格的にソフィを睨んだ。



 ソフィはコウヤの目を見て思わず微笑んだ。

「コウヤ君。成長したのね。」

 そのソフィの表情は、いつかの戦艦フィーネでコウヤやアリアを宥めていた時と同じであった。







『あなたが最近ずっとクロスに絡んでるのは知っているのよ』

『誰だお前?』

『私はクロスの特別よ。』

『なんか、結構前にお前に似たようなテンションの女子に絡まれた。』

『それってユイ・カワカミのこと?ちょっと同じにしないでよ!!あんな馬鹿と』

『よくわかったな・・・・・俺誰とはいってないぞ』

『・・・・・』

『似たようなテンションって自覚あるのか』

『うるさい!!だから同じじゃない!!』





 こいつは耳が疲れる。

 自分の発言が失言であっても気力と迫力でなかったことにする。

 とにかく上から物を言うことが多い。

 何てわがままな奴だ。

 俺が何か言うと全力で跳ね返そうとする。

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「隣のクラスの子がかわいいんだけど、すごく性格が悪いんだよね。」

 愚痴るようにクラスメイトが俺に話しかけてきた。

 どうやらこのクラスメイトは隣のクラスに気になる子がいるようだ。だが、その少女の性格がすこぶる悪いようだ。

 なんで俺に言うのかわからないが俺は無視するわけにもいかない。

「どんな性格なんだ?」

 俺が質問すると待ってましたと言わんばかりに顔を輝かせた。

「とにかく陰口が多いんだ。外面はいいらしいんだが、女友達に探り入れたら評判が悪くて」

 俺は呆れた。こいつは他人の意見を聞いて判断したのか。

「お前が関わって知ったことじゃないのかよ。」

「だって緊張するだろ!!表面がいいってのは知っているけど、陰口言われたらとか・・・」

「初っ端からけんか腰よりかはましだろ。」

「そんな奴いるのかよ。」

 クラスメイトは呆れたように笑った。

「いるだろ。どのクラスかは知らないけど、金髪の・・・」

「金髪の?」

 クラスメイトの口調が冷たくなった。

「あの・・・・生意気な」

 そう、金髪の生意気な

 言いかけた時にクラスメイトの冷たい視線に気づいた。



 とてもうるさく、他人の言ったことに全力で反撃する奴。

 でも、攻撃性の中に一定の人物への想いが垣間見える。



『俺は他人をいじめるようなことはしない。』

『本当?クロスとあんなに話すなんていじめが目的としか思えないわ。』

『決めつけはよくない。だいたい何でそう思うんだ?』

『だって彼は沢山お話ししたいと思える子じゃないもん。』

『そうだな。』

『やっぱり!!クロスをいじめてるのね!!なんてひどい!!』

『お前の発言の方がひどいだろ』







 無機質な廊下に数ある扉。そのすべてが厳重に見える。

 この中のどれかに親友がいる。

 だが、特徴のない厳重な扉はすべて同じに見える。

 目を凝らし、視覚に頼った。

 だが、風景は変わらず扉はすべて同じに見える。

 耳を澄ましてみてもわからない。変な機械音が響いているだけだ。

 ディアは諦めた表情をし、扉を食い入るように見ているコウヤを見た。

「コウ。私はどうやら感覚が完全に働いていない。」



「大丈夫だ。俺は分かる・・・・」

 コウヤはディアを気遣うように言うと再び自分を笑顔で見つめるソフィを見た。



「なあに?どこだか聞きたいの?」

 バカにしたような口調だが、ソフィの表情は、フィーネの副艦長を務めていた時と似ていた。

 コウヤは複雑な気持ちになり、歯を食いしばった。



「この人はこういう人だ。そう思えコウヤ。人の内面まで気にかけていたらだめだ。」

 シンタロウは淡々とした口調でコウヤをたしなめた。



「ただ、この人が裏切り、情報を流していたことは事実であり、変わらないことだ。」

 シンタロウはコウヤの肩を叩いた。



「いやね。裏切るも何も無いわ。元々私はこっちの人間だっただけ。」

 ソフィの言葉にシンタロウは片頬を上げて笑った。

「じゃあ、元々敵だっただけだ。それこそ内面の考慮なんていらない。」



「シンタロウ。」

 コウヤは慌ててけんか腰になったシンタロウを止めた。



「これだと、どっちがたしなめていたかわからんな・・・」

 ディアは呆れながらも相変わらず周りを見渡している。

「執事さん・・・・いや、カワカミ博士。何かレイラの拘束に関して留意すべきことはありますか?」

 コウヤはシンタロウと同様にソフィに冷たい視線を送り続ける執事、カワカミ博士に向き直った。



「おそらく・・・逆接続をされている可能性があります。ドールとの接続状態であると思われます。なので、大掛かりな装置がある部屋でしょう。扉が何重にもなっていたらわかりませんが、基本的に一つ一つの扉は厚いはずです。なので、扉が厚そうな部屋ですね。」



「長時間の拘束の場合どうする?途中で見た部屋にあったカプセルはおそらくその場合を考慮してだろ?」

 ディアは途中であったカプセルの部屋を思い出した。

 それを聞いてコウヤはシンタロウを見た。だが、シンタロウの表情は変化していなかった。

「そうですね・・・その可能性はあります。ですが、該当者ならもっと丁重に扱われていいと思います。」

 カワカミ博士は安心させるような口調であったが、表情は何か引っかかりがあるようだ。



「問題がありますよ。この扉たちをどう開きますか?」

 シンタロウは廊下に並ぶ無機質な扉を見てカワカミ博士に訊いた。



「そのためにこの女がいるのですよ。」

 カワカミ博士はソフィを何の気遣いもない目で見た。



「そうね。流石カワカミ博士。頭いい。」

「ロックを解くのに必要なわけか・・・」

 ディアはマックスが扉を開けるのに自身の体を使ったことを思い出した。



「ただ、消耗は避けたいので扉は慎重に選びましょう。シンタロウさんの負担が増えるのは申し訳ないですから。」

 カワカミ博士はどうやら扉の先に研究員がいて襲ってくることを危惧しているようだ。



「方向は分かります・・・・俺は、めんどくさい奴だと思っていたけど、レイラとも親友だ。」

 コウヤは曖昧に言い始めたが、最後の方は力強く言った。



 カワカミ博士はそれを聞いて笑顔になった。

「わかりました。」







 生ぬるい液体に入ったような気味悪さに一瞬包まれた気がした。

 触覚では相変わらず座っている機械の無機質な冷たさを確認している。

 でも何故か体は動かない。動く気がしない。

 体の感覚は認識していながら自身の意識は別にあるようだ。

 気味が悪い。

 ただ、今なら自分のこれからのことを考えられるだろう。

 自身の犯した罪と、できること。



 何をしたかというと、罪のないものを犠牲にした。

 戦場での兵士としてのやり取りではない。

 何か外の力や自分以外の意識が働いたとはいえ、自分は大きな過ちを犯した。

 少しの罪の償いのつもりか、救おうとした命。それさえも危険に晒した。

 もしかしたら晒したどころではないかもしれない。

 彼に赦されようとは思っていない。ただ、彼を救い、自分のやったことから目を背けない手段が欲しかった。



 彼といる間だけは、罪の責苦だけではなくこれからの義務を感じることができた。

 私は過去と縋っていた人たちに逃げないで済んだ。



 ただ、その過去こそが自分の義務に結びついていることが何となくわかった。

 それも、先ほどなのか、どれだけ前なのかわからないが、過去と記憶を共有している親友が自分に教えてくれた。

 それは私を幸せにしてくれた。

 でも、私はそれに甘んじていいわけはない。自分がどれだけの思い、命を踏みにじってきたのかを知っている。いや、どれだけか知らないことを知っている。



 大切な存在に会いたいと思っていた。それは今も変わらない。

 でも、そんな自分の願望を叶えていいのか迷う。

 自分のために生きて、悲劇を起こしたのだから。







 廊下を走る足音とキャスターが床を転がる音が響く。

 前を走るイジーは銃を持ち警戒しているようだが走る方を優先している。

 イジーの後ろでストレッチャーを押し走るキースは走ることとストレッチャーに載せてる少女への監視を優先しているようだ。

「ハンプス少佐・・・無理しないでください。」

 走りながらイジーが呟いた。



「そんなことできるわけない。このままだとシンタロウはアリアちゃんを殺しかねない。それは俺が嫌だ。」

 走り続ける二人はしばらく無言になった。



 キャスターの音と足音。その音だけの環境を破ったのはイジーだった。



「私の知っている中で、ハンプス少佐が自分の感情について話してくれるのって初めてかもしれません。」

「は?」

「ハンプス少佐は、基本的に軽口は置いといて諭すようなことしか話していない気がします。」

 イジーは口元にかすかに微笑みを浮かべた。



「・・・・俺は結構自分のことしか話していないと思うぞ。身勝手な行動をしていると自負している。」

 キースの言葉にイジーは首を振った。

「・・・・勘違いならごめんなさい。でも、私思ったんです。ハンプス少佐は・・・・ニシハラ大尉たちのような特別ではないからこそ、誰よりも過酷な戦場を見てきたのではないでしょうか・・・・そして、今のシンタロウのように自分の感情を置いて物事を考えるのができるのでしょう。たぶん、シンタロウよりも器用に、周りにそう察せられないように・・・」

 イジーの言葉にキースは何も答えず、ただ後ろを走っていた。



 二人分の足音とキャスターの音が響く。







「だめだ!!レイラ。」

 いきなり叫んだコウヤにシンタロウ、ディア、カワカミ博士、ソフィは驚いた。

「どうした?」

 ディアは何か察したのか険しい表情をしていた。



「・・・・レイラの考え・・・いや、感情の何かが感知できた。」

 コウヤは曖昧な表現だが確信を持った言い方をしていた。



「・・・・」

 カワカミ博士は考えるような表情でコウヤを

「どんな感情だ?」

 シンタロウは恐る恐るコウヤに訊いた。



「・・・なんとなくだけど・・・・死ぬことに対して受け身だった。殺されてもいいって考えている。」

 コウヤは曖昧だが危機感に満ちた顔をしていた。



「たとえ操られていたとしてもレイラの行ったことについての罪は深い。だけど、レイラがいないとハクトは取り戻せないんだろ?そして、レイラにはまだ役目があるはずだ。それを放棄して死に逃げることこそ避けるべきだ。」

 シンタロウは淡々と言い、コウヤとディアを交互に見た。



「シンタロウさんの言う通りです。」

 カワカミ博士は深く頷きコウヤを見た。

「すぐにレイラさんを探してください。このままだとプログラムに飲まれます。」

 カワカミ博士はコウヤを急かした。



「わかってます。でも、どの扉の先か・・・」

 コウヤが集中した表情でそれぞれの扉を見ていた。

 コウヤが見ている方角には扉が5つあった。

 その様子を一瞥しシンタロウはディアに近寄った。



「どうした?シンタ・・・・」

 ディアに目もくれずシンタロウはディアに支えられたソフィを引っ張った。

「きゃあ!!」

 ソフィは驚き悲鳴を上げた。



「弾はまだある。レイラを飲まれる方が研究員を撃ってしまうことより避けるべきだ。」

 シンタロウはそう言うとソフィの腕を取り、それぞれの扉のキー部分に手を押し当て回った。



 ガタン

 ガタン

 ソフィの手を当てた扉がそれぞれ時間差で開いていく。

 シンタロウは扉の先に気を付けながら開いた。

 1つ目を開いて覗き、様子を見て銃を下向きに放った。

 銃声と衝撃音とうめき声が響いた。

 素早く閉め、別の開いた扉に向かった。

 2つ目の扉は開いて覗くと表情を変えた。

 だが、何も言わずに閉めた。



「コウヤ。この二つはおそらく外れだ。大まかな方角はこっちなら残りは3つだ。」

 シンタロウはそう言うと再びソフィの腕を引っ張り歩き出した。



「シン・・・」

 コウヤは思わずシンタロウの行動を止めようとしたが自分の感知が曖昧であり、ディアの感知能力が使えない今、最善の策なのかもしれないと考えて言葉を止めた。



 シンタロウは残りの3つの扉にソフィの手を次々と当てて行った。

 ガタン

 ガタン

 ソフィの手を当てた扉がそれぞれ時間差で開いていく。



 ガタン

 最後の扉のロックが外れた時



「シンタロウ・・・・」

 コウヤが息を詰まらせながら呟いた。



「・・・・そこだ・・・」
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