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8章【未熟な社畜も伝えました】
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しおりを挟むカワイがくれた言葉に対する、返事。俺がこの話題をカワイにしてしまえば最後、どういう形でも俺たちの関係性は変わってしまう。そんなの、ちょっと考えれば分かる。寝起きの俺にだって分かる展開だ。
だから俺は、動けなかった。わざわざ考えなくたって分かってしまう展開に、俺の足は竦んだのだ。
[腑に落ちましたか]
「……うん。落ちた。ストンと、落ちたよ」
呆れた様子のゼロ太郎が、わざと[はぁっ]とため息を吐いた。わざと、俺に聞こえるように。それくらい、ゼロ太郎にとって【俺が動き出せない理由】というものは単純明快だったらしい。
俺に足りなかったのは【カワイと俺の関係性が変わってしまうという現実を受け止める覚悟】だった。言われてしまえば、分かってしまえば話は早い。
ただ俺が、臆病者なだけ。結局いつも、そういう話なんだ。情けないことこの上ない、猛省しなくては。
でも、だけど、それなら。俺はまた同じ言葉を──だけど意味合いの違う言葉を、自分に投げかけた。
──俺はいったい、なににビビっているんだ?
なにも悪い話なんてない。きっとカワイは笑顔になってくれるし、俺にとっても嬉しいこと尽くめだ。なにも、危惧するようなものなんて無いじゃないか。
それなのに俺は、ビビっている。じゃあそれは、いったいなにに? 俺は答えを探すように、自分の手のひらをジッと見つめてみた。
勿論、手のひらには答えなんて書いていない。浮かび上がってくることもないのだ。
だけど、見つめた手は震えていない。それがなぜか、妙に不思議だった。
覚悟、とは。俺が進むべき方向は分かったけれど、じゃあいったいなにを倒せばその道に進めて、そして【覚悟】が手に入るのだろう。
手のひらを見つめて、数秒経った頃。不意に、寝室の扉が開いた。
「ヒト、朝だよ……って、あれ? ヒト、もう起きてる?」
扉を開けたのは当然、カワイだ。姿を現したエプロン姿のカワイは、ほんのり驚いた様子で俺を見ている。
自分で言ってしまうのもなんだけど、カワイに起こされるよりも先に起き上がっている俺は珍しいからね。カワイの驚きも納得だよ。俺は慌てて手のひらを下げて、カワイに顔を向ける。
「あ、うん。今日は、自分で起きたよ。いつも起こしてくれてありがとう。それと、おはよう、カワイ」
「うん、おはよう。自分で起きて、ヒトは偉いね」
あっ、すごく低いハードルでの褒め。もう少し、もう少し頑張ろう。社会人として、保護者として頑張らなくちゃ。
カワイに小さな微笑みを向けられ、喜び以上に反省の意を抱いた時。ベッドに近付いたカワイが、コテンと小首を傾げた。
「それにしても、今日のヒトはいつも以上に寝癖がすごくすごい。まるで、誰かにガーッと掻き乱されたみたい。大丈夫?」
「うぐっ! ……う、うん。大丈夫、だよ……?」
犯人は俺、だからね。大丈夫だよ、うん。……なんて、恥ずかしくて言えないけど。
「今日は、キノコとシャケの炊き込みご飯だよ。……もう起きられる?」
「おぉっ、秋っぽい! いい匂いがするわけだよぉ~っ、起きる起きるぅ~っ!」
普段通りのカワイを見て、俺も普段通りに接する。
ゼロ太郎が教えてくれた【覚悟】は、どう決めたらいいのか。それはまだ、分かっていないままで。
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