上 下
51 / 183
3章【一直線ネゴシエーション】

12

しおりを挟む



 話題の人物。

 冬総が現れたことにより、女子は驚いていた。

 秋在は冬総の登場を受けて、噛んでいたハサミから口を離す。

 それを好機と見た冬総は、すぐにハサミを奪い取る。


「春晴、怪我は……ッ?」


 秋在はゆっくりと、首を横に振った。

 口に怪我がないことを確認して、冬総は女子を振り返る。


「ヤッパリ……お前たちが、春晴をいじめてたのか……ッ」


 その表情は。

 好奇の目を向けられることに対する怯えは、一切……なかった。

 冬総に睨まれた女子たちは、しどろもどろになって言い訳を始める。


「い、いじめてたわけじゃ……っ!」
「だってソイツ、夏形くんと付き合ってるってウソ言うのよっ!」


 怯える女子と、開き直る女子。

 冬総は、背後に隠した秋在を見つめた。


「…………」


 秋在は、女子を睨んでいる。

 今にも……噛みつきそうな勢いだ。

 おそらく、冬総が割って入らなかったら……秋在はこの場にいる女子全員に、怪我をさせていただろう。

 そうしないと、治まっていなかったと思われた。

 秋在をこうしたのは、秋在自身だけではない。

 ――冬総だって、同罪だ。

 だからこそ、冬総は。


「――ごめん」


 ――秋在の肩を、抱いた。


「――嘘を吐いていたのは……俺、なんだ」


 それは、恋人を守るヒーローの声にしては……あまりにも、弱々しい。


「――本当は、俺……ッ。……春晴と、付き合ってる」


 心臓が、早鐘を打つ。

 ――痛い。

 ――苦しい。

 けれど、抱いた肩の温もりのおかげで……怖くは、なかった。


「春晴は、変わってる奴だって言われてて……そもそも、男同士だ。だから、絶対に変な目で見られるって分かってて……それが、ずっとずっと……怖かった」


 女子からすると、冬総はいつも優しくて……【普通の男】だっただろう。

 ――だからこそ【普通に】愛された。

 ――だからこそ【普通に】信頼されていたのだ。

 その姿は……冬総が、望んで得たもの。

 ……望んで、作ったものだ。


「夏形、くん……っ?」
「そんな、ウソ……だよ、ね?」


 女子の動揺は、冬総に厳しい現実として、突きつけられていた。

 皆が思う【夏形冬総】を、冬総自身が……壊そうと、している。

 それでも……秋在の肩を抱く冬総の手は、震えてはいなかった。

 冬総はゆっくりと、首を横に振る。


「嘘じゃない、本当だ。……俺は、春晴と付き合ってる。……だけど今も、物珍しい目で見られるのは……怖い」


 もう一度、秋在の肩を……強く、抱いた。

 秋在は冬総を、黙って……見上げている。

 ――それだけで、冬総は良かった。


「――だけど、秋在を守れないこと以上に怖いことなんて……俺にはきっと、ないんだ……ッ」


 初めて口にした、恋人の名前。

 それは不思議と……口に、馴染んだ。




しおりを挟む

処理中です...