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4章【不時着サプライズ】

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 いつから、ここに座っていたのだろう。

 正確な時間は分からないけれど……どうやら、相当冷え切ってしまったらしい。


「……ぷくちっ」


 体を震わせた秋在は、そんなくしゃみをした。

 ――くしゃみ、可愛すぎないか?

 と言いそうになり、冬総は慌てて飲み込む。

 ……今は、秋在の可愛さを称賛している場合ではないからだ。


「秋在、大丈夫か? 秋の夜でも、冷えるときはガッツリ冷えるんだぞ? 風邪ひいたらどうするんだよ」


 秋在の頬を、両手で包む。

 そうすると、秋在は無垢な瞳で冬総を見つめた。


「いつ終わるの」
「……バイトか? あと、二時間くらい……かな」
「分かった」


 秋在が、一度だけ頷く。

 そしてそのまま、もう一度……体育座りをした。


(――まさか、ここで待ち続けるつもりか……ッ?)


 そう気付いた冬総は、慌てて秋在の手を引き始める。


「ちょ……ッ! 風邪ひくって、マジで……ッ!」
「一緒に帰る」
「我が儘を言う秋在も可愛いけど、俺はそれ以上に秋在の体調が心配なんだって……ッ!」


 何度も引っ張るが、秋在は頑なに動こうとしない。

 くしゃみをしても、体が震えても、鼻や耳が真っ赤になっても。

 秋在は、冬総を待つと決めたのだ。


(……困ったな)


 こうなった秋在は、冬総の言葉では動かせられない。

 冬総は渋々、秋在の隣に座った。


「……空気と散歩、してるんだっけ?」
「うん」


 秋在は頷いて、リードを撫でる。


「今日、テレビで『空気が読めない人』って話を聞いた。ボクは空気を読むってことがどういうことか分からないから、一緒に散歩することにしたの」
「そっか」


 やはり、秋在の行動理念は謎だ。

 しかし冬総は、打開策を見つけた。

 秋在が握っていた首輪に指で触れ、冬総は秋在を見つめる。


「――空気も、寒がってないか?」


 予想外の言葉に。

 秋在は一瞬だけ、瞳を輝かせた。


「空気と一緒に、中で待っててくれないか? その方が、俺も安心できるし」


 そう言い、冬総は立ち上がる。

 そして、秋在を抱き上げた。

 今度は抵抗を示さず、秋在は素直に立ち上がる。

 手を引き、冬総は秋在をコンビニの中へ連れて行く。

 すると……中にいた店長と、目が合った。


「すみません。俺のバイトが終わるまで、中で待たせててもいいですか?」
「……夏形君の知り合いかい?」
「はい。恋人です」
「お、おぉう……アツアツだねぇ。店長、不意打ちすぎて照れちゃったよ」


 チラリと、店長が秋在を見る。

 そして……親指を、グッ、と、立てた。


「――可愛いからオッケー!」


 許可をもらえて、嬉しいような……秋在が自分以外の男と二人きりになって、寂しいような。

 複雑な気持ちになりながら、冬総は店長に頭を下げる。


(……俺のバイトが終わるまで、残り二時間……。……秋在、店長に迷惑かけたりしない……よ、な?)


 そんな心配を、抱えつつ。

 冬総は残りの二時間……若干、上の空になりながら。

 それでもテキパキと、仕事をこなした。




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