上 下
136 / 183
9章【終戦後デイブレイク】

4

しおりを挟む



 目的地は、分からないまま。

 冬総は秋在と、山道の散歩を楽しんでいた。


「……ボクはよく、人に『変わってるね』って言われてた」


 秋在の足取りは、普段と変わらない。

 先程までの妙な焦りは、どうやら消えたらしい。


「別に、イヤじゃなかった。『同じだね』って言われるより、ずっとマシ。ボクはボクの自己を確立できているんだって、嬉しかった」
「秋在らしいな、そういう捉え方」


 一度だけ、秋在が微笑む。


「だから、ボクは何でもできる気になってた。皆と違うなら、ボクはボクにしかできないことができるんじゃないかって……そう思ってた」


 過去形な言い方に、冬総は若干の違和感を抱く。

 けれど、話に水は差さない。

 黙ったまま、続きを待った。

 秋在も秋在で、前を向いたまま……続きを、語る。


「だからね、ボクは家出したんだ」
「そこで【家出】って答えに直結するあたり、秋在は子供の頃から変わってないんだな」
「……子供って、家出、しない?」
「まぁ、俺もしたことあるけどさ……」


 親に叱られて、一度だけ。

 まだ、父親が生きていた頃の話だ。


(秋在にも、そういう時期があったんだな……)


 母親は怒ったりしなさそうに見えるが、確かにあの父親なら厳しそうに見える。

 自分と同じく、親に叱られて家出をしたんだろう。

 ……そう思うと、全く違う人生を歩んでいたはずなのに、親近感が湧いた。


「今から行くのは、ボクが家出して向かった場所。……思い出の、場所」


 こんな山奥を、家出の行き先にするなんて……。


(子供にとったら、怖いんじゃないか?)


 だが、そんなところも秋在らしい。

 ザクザクと土を踏みしめながら、秋在は目的地へ向かう。


「それで、今から行くのはね……」


 一度、秋在は言葉を区切る。

 不意に。


「――ボクが、涙を枯らした場所なんだ」


 ――冬総の手を握る秋在の手に、力が籠った。

 秋在の雰囲気が、少しだけ変わったように思える。


(家出をして、不安だったから……って理由じゃ、なさそうだよな)


 秋在の瞳に、迷いはない。

 けれど、どことなく……不安のような色が窺えた。


「だから、フユフサに来てほしかったの。大事な話をするなら……あの場所が、よかったの」
「……大事な、話……?」


 秋在を見て、もう一度、前を向く。

 するとそこには……池のような川が、広がっていた。


「今から話すのは、ボクにとって大事な話。……もしも、フユフサにとっても大事な話だったなら……凄く、嬉しいな」


 どうやら、この川辺こそが……目的地らしい。

 秋在は冬総から手を離し、数歩先を歩いた。

 そのまま、クルリと、冬総を振り返る。

 ――その姿が、あまりにも幻想的で。

 ――何故だか冬総は、不安になってしまった。




しおりを挟む

処理中です...