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3章【雨に濡れる羊を、狼が哀れむ】
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しおりを挟む俯いた山吹の背に、桃枝は手を回した。
「俺はお前に酷いことなんかしたくないし、ましてやお前にそうされたいとも思わない。だから、お互いが幸せになれる方法を模索して、納得して、理解し合ってから、愛し合いたい」
「課長……」
「俺は、お前が好きだ。この気持ちを信じてもらえるように、俺は努力する。……自分のプライドやメンツばかり考えて、約束を破って──お前に寂しい思いをさせて、悪かった」
一瞬だけ、俯いた山吹の瞳が揺れる。真っ直ぐな謝罪を受けて、なにもかも赦してしまいたくなったからだ。
だが、それはできない。一ヶ月の放置を赦せたとしても、桃枝の愛が正当だとは思えないからだ。……思っては、いけないのだから。
「ボクが課長と同じ形で課長を好きになるのは、ムリなんです。ボクが課長の気持ちを信じてあげることも、諦めてください。……ダメ、なんですよ」
「それは俺に、魅力がないからか?」
「そうじゃありません。課長は、言葉足らずで分かりづらい人ではありますが、ステキな人です」
「なら、今はその評価だけでいい」
「あ、っ」
グイッと、桃枝の手によって強引に腰を引き寄せられる。
「俺はお前と交際を始めてから、なにも恋人らしいことをしてやれなかった。保身ばかりで受け身になって、お前のためになにもしていなかった。そんな俺を『信じろ』なんて、虫のいい話だ。だから、今さっきお前から受けた評価すら、俺には『もったいないくらいだ』と思ってる」
「あの、課長? 近い、です……?」
「だが俺は、お前を振るつもりも誰かに渡すつもりも、ましてやこの関係を【仮】のままで終わらせるつもりもない。いつかは絶対に、お前の方から『好きです』と言わせてみせる。……それが、俺の主張と本心と展望だ」
「か、ちょう……っ?」
ここまで近付いてしまうと、目が逸らせない。山吹は真剣な眼差しで見つめてくる桃枝から、逃げられなかった。
見つめられて、見透かされそうで。山吹は何度も瞳を瞬かせて、戸惑いを露わにし続ける。
「そんなこと、言われても。……ボクには、父さんの教えがあって……っ」
「今はそうでも、いつか必ず俺の言い分を信じさせてやる」
「なんでそんなに、自信ありげな感じなんですか。ボクのこと、ずっと放置していたくせに」
「悪かった。これからはもっと、気持ちのままに構う」
「んっ」
グリグリと、頭が撫でられた。それはなかなかに乱暴な手つきで、おおよそソフトタッチとは言えない力だろう。
しかし、桃枝は分かっている。この力は【わざと】や【山吹の希望を汲んだ】わけでもなく、単純に桃枝の力加減が不器用すぎるだけなのだと。
……それでも、山吹の頬はホカホカと温まり始める。
「頭、なんて。……課長以外から撫でられたことなんて、ないのに……っ」
「前に車の中で撫でたら、嫌がったよな」
「イヤだったわけじゃなくて、だって。……どうしていいのか、分からないんです。優しくされるのは、未知すぎて怖いんです」
逃げようとする山吹の腰を、桃枝は空いている片方の手で抱き寄せた。
「これから、分かればいい。……俺も、分からないことばかりだからな」
「まったくもって、その通りですよね」
「容赦がないな、お前は」
何度も、頭を撫でられる。山吹の髪形はグシャグシャになり、桃枝の撫で方は変わらず遠慮のない手つきのままだ。
「それでも、俺はお前が好きだけどな」
それなのに、目つきだけは優しくて。
「……課長って、むっつりさんなくせにキザですよね」
温まってしまった頬をどうすることもできない山吹は、ただただ唇を尖らせた。
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