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6章【虎から逃げて、鰐に会う】
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しおりを挟むそれからは特におかしな方向へ話が進むこともなく、料理を食べ進め……。
「お前に全額支払われるのは気分が悪い。俺が払う」
「いやそれは僕が後々怖いんよ。やから、今日は僕が払う」
「やめろ、山吹に甲斐性無しだと思われるだろ。部下の前でくらい格好つけさせろ」
「今さら守るメンツなんて白菊にあるん? ……って! あっ、ちょっ、待った、タイム! 僕っ、さすがにここでの暴力は良くないと思うでっ!」
二人は現在、会計争いをしていた。山吹は個室から出る時から既に戦場から遠ざけられていたので、黙って静観するしかない。
結局、黒法師という男のことはよく分からなかった。山吹は会計争いを続ける二人を眺めて、今日のことを振り返る。
黒法師が思う【優しい人】には、悔しきかな一理あった。理解以上の納得を、確かに心の中でしてしまったのだ。
その後、反射で答えてしまった山吹にとっての【優しい人】。山吹は自らの大きな瞳を、そっと細める。
ご機嫌取りではなく、ただただ会話を目的として喋ってくれた。
愛想笑いはせず、楽しいときには笑ってくれて、腹立たしいときにはムッとした顔をしてくれて、悲しいときは眉を八の字にだってしてくれた、唯一の人。
そんな桃枝だったから、山吹は『手放したくない』と思った。
──そんな桃枝だったからこそ、山吹は『好きになりたい』と思ってしまったのだ。
「……っ」
どうしよう。どうすれば、いいのか。並んだ二人の背中を見て、山吹は奥歯を噛むしかできない。
今すぐ、彼の胸に飛び込みたい。思うままに飛びつき、そのまま『課長を好きになりたいです』と伝えたくなった。
だが、山吹にはそれができない。……山吹【だからこそ】できないのだ。
山吹が、桃枝にしたいこと。なによりも桃枝の幸福を願う山吹には、桃枝を愛することは許されない。
──どこまでいっても、山吹の思考には【両親】が絡みついて離れないのだから。
愛が優しいものだと、信じたい。
しかし【優しい愛】を信じてしまったが最後、山吹は信じていたものを失わなければならない。
いったい、どうすれば良いのだろう。そんなことを、グルグルと考え続けて……。
「お待たせ、山吹君」
「山吹? どうした?」
「えっ。あっ、す、すみませんっ」
どうやら戦いは終焉を迎えたらしく、二人が山吹のもとへと戻ってきた。
「結局、店員さんから『折半でどうでしょう?』とか言われてしもたわ。もう恥ずかしくてこの店に来れんなぁ」
「馬鹿が、それはこっちのセリフだ」
言い争いが迎えた結末は、折半だったらしい。まぁ、そうなるだろう。むしろそれ以外、山吹には思いつかなかった。
「たまたま通りかかっただけだったのに、奢っていただいてすみません。ありがとうございます」
「ええよ、これくらい。僕ら、独身貴族やから」
「お前まさか、根に持ってるのか?」
忌憚のない言葉を交わし合い、二人は仲良く喧嘩をしている。
「そんなわけないやろ? やから、僕のことをホテルまで送ってください桃枝課長様っ」
「それが狙いか」
「ええやん、人助けやで! 僕、方向音痴やからホテルの場所憶えてないんよ!」
「馬鹿が、大声で主張することでもないだろ」
二人はすっかり、いつも通り。今までと変わらず、これからも変わらないのかもしれない。
……ただ、一人。
「あははっ。お二人はホントに、仲がいいですねっ」
──いつも通りに戻れないのは、山吹だけだった。
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