237 / 466
8章【軋む車輪は油を差される】
11
しおりを挟む場所は変わり、とある店の駐車場。この場所こそが、山吹の希望した【行きたい場所】だ。
車から降りた桃枝は、ほんのりと申し訳なさそうな顔をしながら顔を上げた。
「──本当に、俺行きつけの定食屋なんかでいいのか?」
桃枝の言う通り、ここはなんてことない普通の定食屋だ。山吹にしては珍しい選択だろう。
もっと派手な店を選ばれると思っていただけに、桃枝は肩透かしを受けた気分らしい。山吹に行き先を希望されてからずっと、複雑そうな表情だ。
「チェーン店でもねぇし、周りが好みそうな【季節限定】とかって言う面白味のあるメニューもないと思うぞ」
桃枝の言い分は、分からなくもない。それでも山吹は、意見を変えるつもりがなかった。
「課長が好きな定食屋さん、ずっと気になってたんです。だからボクは、ここじゃないとイヤなんです」
本来なら、山吹の誕生日に行く予定だった場所。その場所にずっと、山吹は桃枝と来たかった。そんな希望が、山吹の表情から見て窺える。
嬉しそうで、楽しそうで。静かにはしゃぐ山吹を見て、それでも物申すほど桃枝は無粋ではない。
「まぁ、お前がそこまで言うなら別にいいが」
本心から、山吹が希望している。ようやくそう納得し、桃枝は山吹と共に列へと並んだ。
大行列、とまではいかない。それでも並んでいることには変わりない現状に、山吹は口を開く。
「さすがにお昼時だと込みますね。列に並ぶの、暇じゃないですか?」
これは余談だが、山吹はネット記事かなにかでこんなものを読んだ。それは【初デートに遊園地は禁物】という内容。
理由は、山吹にとってなんとなく理解できるもの。行列に並んだ際の会話や相手の挙動に幻滅し、愛や恋が冷めるからだ。
前までの山吹なら『くだらない』と一蹴しただろう。幻滅するほどつまらないコミュニケーションしか取れていない自分自身が悪い、と。恋愛に対して冷めきった気持ちを向けていた山吹は、そう思った。
しかし、今は違う。今の山吹は恋愛を【する側】にいる。いくらくだらないジンクスだとしても、知っているのなら回避したい。山吹は桃枝への気持ちを自覚すると同時にいじらしく、自分勝手になってしまったのだ。思わず不安気に、桃枝を見つめてしまう。
山吹の考えはおろかジンクス云々も知らない桃枝は、上目遣いで自分を見つめている山吹を見る。それから、サラリと普段通りの面持ちで答えた。
「──お前の声が聞こえるんだから、暇なわけがないだろ」
ドキリ、と。山吹の胸が、強く高鳴る。
桃枝は決して、山吹を喜ばせるために発言をしているわけではない。あくまでも、自分の本心を答えているだけだ。つまり山吹が、桃枝からのストレートすぎる好意に今さらながらときめいているだけ。
無性に悔しくて、それなのに嫌ではない。山吹は顔を背けながら、桃枝に反論を始めた。
「さっ、サラッと口説かないでください。今朝のナンパ男みたいじゃないですか、もう……」
「馬鹿言うな。俺はお前の色々な部分を知ったうえで言ってんだぞ。あんな見た目だけで人を判断するような奴と一緒にするんじゃねぇよ。第一、お前の見てくれの良さだって俺の方が理解してる。ポッと出のあの男と同列視するんじゃねぇよ」
「どこに対抗してるんですか、まったく」
ぐしぐしと、山吹は自らの頬を手の甲でこする。
恋人と列に並ぶのは、なにも悪いことではないようだ。そう、実感しながら。
20
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます
なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。
そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。
「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」
脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……!
高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!?
借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。
冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!?
短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。
女子にモテる極上のイケメンな幼馴染(男)は、ずっと俺に片思いしてたらしいです。
山法師
BL
南野奏夜(みなみの そうや)、総合大学の一年生。彼には同じ大学に通う同い年の幼馴染がいる。橘圭介(たちばな けいすけ)というイケメンの権化のような幼馴染は、イケメンの権化ゆえに女子にモテ、いつも彼女がいる……が、なぜか彼女と長続きしない男だった。
彼女ができて、付き合って、数ヶ月しないで彼女と別れて泣く圭介を、奏夜が慰める。そして、モテる幼馴染である圭介なので、彼にはまた彼女ができる。
そんな日々の中で、今日もまた「別れた」と連絡を寄越してきた圭介に会いに行くと、こう言われた。
「そーちゃん、キスさせて」
その日を境に、奏夜と圭介の関係は変化していく。
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
ヤンキーDKの献身
ナムラケイ
BL
スパダリ高校生×こじらせ公務員のBLです。
ケンカ上等、金髪ヤンキー高校生の三沢空乃は、築51年のオンボロアパートで一人暮らしを始めることに。隣人の近間行人は、お堅い公務員かと思いきや、夜な夜な違う男と寝ているビッチ系ネコで…。
性描写があるものには、タイトルに★をつけています。
行人の兄が主人公の「戦闘機乗りの劣情」(完結済み)も掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる