地獄への道は善意で舗装されている

ヘタノヨコヅキ@商業名:夢臣都芽照

文字の大きさ
303 / 466
10章【疾風に勁草を知る】

9

しおりを挟む



 建物から出て、山吹は桃枝との約束通りに【駅前】へと移動を終えた。


「おぉ~っ、外や。スイスイ歩いとったけど、山吹君はよくこの駅を利用するん?」
「いいえ、あまり。ですが、こういう公共の施設は案内板を見たら大体の道筋が分かるじゃないですか」
「なるほど~」


 依然として、黒法師が隣に居る状況は気に食わないが。

 なにも納得していないくせに、なにが『なるほど』だ。山吹は内心でそう唱えつつ、キッと黒法師を睨み付けた。


「それよりも、約束ですからね。課長にさっきのこと、話さないでくださいよ」


 心優しく、山吹に対して過保護な桃枝のことだ。青梅との件を話せば最後、最悪の場合には電車での移動を禁止してくるかもしれない。

 いつだって、桃枝には心配ばかりかけていた。これ以上、余計な心労を増やしたくない。そのためにも、黒法師の口止めは必須だ。

 だが黒法師は、そんな山吹の胸の内なんて知らない。若しくは、分かった上で知らないフリをしているのか。黒法師は平然とした態度で山吹を見下ろし、サラリと言葉を紡ぐ。


「けど、山吹君? 僕は『黒法師さんと食事に行くって言って』って言ったやろ? なら君が【約束】って言葉を掲げるのは、こっちの要求をきちんとこなしてからにしてほしいんやけど?」
「なっ。そ、それは……っ」


 しかも、紡がれたのはド正論だ。山吹は思わず半歩、後退してしまう。

 確かに山吹は、黒法師の要求を呑んではいない。だが、かと言って諦めるわけにもいかなかった。山吹は逡巡し、グッと拳を握って……。


「──お願い、します。靴なら、舐めますから……っ」
「──いや僕、さすがにそこまでの特殊性癖は持っとらんのやけど」


 自分ができ得る最大級の屈辱を提案したのだった。
 ここで黒法師からドン引かれるのは遺憾だが、実際問題お気に召さなかったのだから仕方ない。山吹は険しい表情のまま、代案を考え込む。

 ……その時だ。


「──山吹ッ! 無事かッ!」


 こちらに駆け寄ってくる、愛しい恋人を見つけたのは。


「課長……っ!」


 山吹はすぐさま顔を上げ、接近する桃枝に自らも歩み寄った。そして山吹は素早く、桃枝の背後に隠れる。

 となれば、桃枝が次に起こすアクションはどうなるだろう? ……そう。答えは簡単だ。


「──水蓮、お前……ッ! 山吹になにをしたッ!」
「──学生時代の同級生と再会して秒で胸倉掴まれることなんてあるん?」


 黒法師への制裁である。

 本人が説明した通り、黒法師は目が合うと同時に桃枝から胸倉を掴まれた。桃枝から怒鳴られるのも睨まれるのも慣れているのか、黒法師は平然としているが。


「課長、人目に付くところでの暴力はダメです……っ!」
「いや『見えなきゃええよ』みたいな言い方やん、それ」


 山吹が慌てて仲裁に入るも、黒法師からすると引っ掛かる物言いだ。それも不快ではないのか、黒法師は両手を上げて苦笑していた。

 さすがに、山吹から止められては仕方ない。桃枝は深呼吸をしてから、黒法師の胸倉から手を離す。


「オイ、水蓮。俺の山吹に手を出すんじゃねぇよ」
「嫌やわぁ、暴力反対やなかったん? あと、さり気なく所有物扱いするのはいただけないんとちゃう?」

「──あの! 違うんです!」


 自分のせいとは言え、ただならぬ雰囲気だ。山吹は桃枝の手を掴み、説得を始めた。


「今回は……ホント、今回に限っては違うんです。今回限りで違うんです!」
「なんでそんな念を押すん?」

「そうか。信じるぞ」
「なんでやねん」


 友人とその恋人が、あまりにも辛辣すぎる。どう見ても散々な状況ではあるが、さすが黒法師だ。彼はどうやら、この状況が楽しくて仕方ないらしい。




しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます

なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。 そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。 「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」 脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……! 高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!? 借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。 冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!? 短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。

女子にモテる極上のイケメンな幼馴染(男)は、ずっと俺に片思いしてたらしいです。

山法師
BL
 南野奏夜(みなみの そうや)、総合大学の一年生。彼には同じ大学に通う同い年の幼馴染がいる。橘圭介(たちばな けいすけ)というイケメンの権化のような幼馴染は、イケメンの権化ゆえに女子にモテ、いつも彼女がいる……が、なぜか彼女と長続きしない男だった。  彼女ができて、付き合って、数ヶ月しないで彼女と別れて泣く圭介を、奏夜が慰める。そして、モテる幼馴染である圭介なので、彼にはまた彼女ができる。  そんな日々の中で、今日もまた「別れた」と連絡を寄越してきた圭介に会いに行くと、こう言われた。 「そーちゃん、キスさせて」  その日を境に、奏夜と圭介の関係は変化していく。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

ヤンキーDKの献身

ナムラケイ
BL
スパダリ高校生×こじらせ公務員のBLです。 ケンカ上等、金髪ヤンキー高校生の三沢空乃は、築51年のオンボロアパートで一人暮らしを始めることに。隣人の近間行人は、お堅い公務員かと思いきや、夜な夜な違う男と寝ているビッチ系ネコで…。 性描写があるものには、タイトルに★をつけています。 行人の兄が主人公の「戦闘機乗りの劣情」(完結済み)も掲載しています。

処理中です...