333 / 466
10章【疾風に勁草を知る】
39
しおりを挟む青梅が去った後も、山吹は泣き続けた。
最早なにが悲しくてなにが苦しいのかも明確に分からなくなったまま、それでも山吹は泣き続けて……。数分、数十分経ってから。
「ごめんなさい。服、汚しちゃって……ごめんな、さい」
「やめろ、山吹。俺のスーツはどうなってもいいから、目を乱暴に擦ろうとするな」
ようやく落ち着きを取り戻した山吹は桃枝の胸元から顔を上げて、目元を拭おうとした。
すぐに桃枝は山吹の手を握り、阻止する。そうされてももう、山吹は涙を流さなかった。
「落ち着いたか?」
「はい。メーワクをおかけしてしまい、申し訳ございませんでした……」
「馬鹿が、迷惑なわけねぇだろ。むしろ、俺の方こそ……っ」
すっかり委縮してしまっている山吹を見て、桃枝は言葉を詰まらせる。
不意に思い出したのは、黒法師の言葉。桃枝が目を離した結果、山吹を傷つけてしまったのだと……不本意ながら、実感してしまった。
なにをどこまで、黒法師が予見していたのかは分からない。だがそれでも、桃枝は黒法師が言った通りに【分からなくても】山吹を見ているべきだった。
悔やんでも、もう遅い。己を責めながら、桃枝は山吹に頭を下げた。
「悪かった、山吹。昨晩、お前を必要以上に責めたこと。それと、今も……お前を傷つけて、泣かせたことも。本当に、悪かった」
ふるふると、山吹は首を横に振る。山吹としては責められる理由があっても、桃枝を責める理由はないと思っているのだろう。山吹はそんな、優しくて弱い男なのだ。
「ボクの方こそ──ボクが、悪かったんです。ごめんなさい、課長。昨晩は課長に不愉快な思いをさせてしまって、今だって青梅と……」
あの状況を見た桃枝なら、きっと『山吹が青梅を誘ったと思う』と。そう、山吹は思っているのだ。
だが、なにをどう見たってそう思えるはずがない。山吹は泣いていて、しかも青梅が強引に山吹を壁に追い詰めていたのは明白だ。山吹が危惧するような印象を、桃枝が受けるはずがない。
それでも、山吹は泣きそうな顔で委縮している。これは全て、昨晩取った桃枝の態度が理由だ。
人一倍、他人からの怒号を恐れて。人一倍、他人からの嫌悪と憤怒に怯えている。山吹の心が脆くて弱いと、桃枝は知っていたのに。
俯いた山吹は、黙った桃枝と対峙してなにを感じたのだろう。いつ怒鳴られるか分からない恐怖を抱えているくせに、それでも山吹は言葉を紡いだ。
「ボクも、課長に好意を明確に伝えたくて。だけどボクは今まで、酷いことをすることでしか、好意を伝える方法を知らなかったから。……だけど、課長はそれが間違いだってボクに伝えようといてくれていたって、少しずつ分かって。だから、だから……っ」
握っている拳が、震えている。声も、肩だって震わせていて。
「分かった気になって、浮かれて、はしゃいで。課長の気持ちも考えないで、お揃いなんて用意して……怒らせて、ごめんなさい……っ」
どうして、山吹の弱さを知っていたくせに。
「……ま、さか」
青梅が嘘を吐いていると分かっていたのに、どうして。
「──この前、俺に見せた【お揃い】は……俺と、お前の……?」
どうして桃枝は、ここまで言われないと気付けなかったのか。コクリと頷いた山吹を見て、桃枝は愕然とした。
20
あなたにおすすめの小説
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
僕の恋人は、超イケメン!!
刃
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる