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10章【疾風に勁草を知る】
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しおりを挟む山吹を抱き締めたまま、桃枝は口を開いた。
「信じるもなにも、アイツが嘘を言ったってことくらい、俺は分かってたんだ。お前を疑うなんてこと、するはずがない。それくらい俺は青梅を信じていなくて、お前が好きで、お前を信じていたのに……ッ」
まるで、懺悔のように。桃枝は、起こったことを話してくれた。
「俺は、青梅になにも言えなかった。俺はお前のことをなんでも知っているような顔をして、その実、お前のことを少ししか分かっていない」
「……っ」
「お前が最もつらい時期に一緒に居た青梅には、敵わない。そう、分かっちまったから。だから俺は青梅に言い返せなくて、それで昨日、動揺したままお前に会って、それで……ッ」
回された手の力が、強まる。そうされると山吹は、酷く安心してしまった。
「俺は、お前を信じなかったんじゃない。悪いのはお前じゃなくて、俺の不甲斐なさだ」
「白菊さん……」
恐る恐る、手を動かす。桃枝の背へと、手を回すために。
「ボクを嫌いになったワケじゃ、ないんですか?」
「なるわけねぇだろ。俺は一生、お前が好きだ」
「だけど昨日の夜、課長はボクの顔を見たくないって言いました」
「あのままお前を見ていたら、強引なことをしそうだったんだよ。……嫉妬で、気が狂いそうだった」
ようやく、桃枝の背に腕を回せた時。桃枝の唇が、山吹の耳元に寄せられた。
「嫌だろ、お前が誰の男なのかを分からせるなんて。強引に、お前を抱きたくなんかねぇんだよ」
不謹慎、だろうか。桃枝の発言に、顔を赤らめてしまうなんて。
他の誰にも、聞かせないように。あるいは山吹にだけ、聴かせたくて。桃枝の声には、そんな気持ちが込められているような気がした。
「悪い、山吹。ずっとこうしていたいんだが、そろそろ離れるぞ。同じ失敗を繰り返したくない」
「それって、どういう意味ですか?」
「昼休憩時に、お前の頬を撫でたことがあっただろ。それを青梅に見られたらしくてな。俺の不手際のせいで、青梅にお前との関係がバレたんだ」
「そう、だったんですか? ……でも、そっか。だから、アイツは……」
だから青梅は、山吹が『あの人』と濁した相手を桃枝だと断定できたのか。点在していた謎が少しずつ解明されていき、山吹は納得した。
桃枝に言われた通り、山吹は桃枝から身を引く。けれど離れがたくて、山吹は無意識のうちに桃枝の裾を引いてしまう。
引かれた裾に、桃枝は視線を落とす。そして、驚いた様子で目を開いた。
「お前まさか、この指は……」
今になって、桃枝は山吹の指に絆創膏が巻かれていると気付いたらしい。
桃枝の視線に気付いた山吹は、裾をつまんでいた指を慌てて引っ込める。
「あっ、えっと。……あははっ、バカですよね? 割れた破片を素手で拾うのが危険なんてこと、誰でも分かるのに」
恥ずかしい、恥ずかしい、と。子供でも分かるようなことで怪我をした自分を恥じて、山吹は赤く腫れた目で必死に笑みを作る。
しかし、すぐに。
「本当に、すまなかった」
引っ込めた手を、桃枝に握られたから。山吹はまたしても、泣いてしまいそうになる。
「書類、見つかったのか」
「あっ、はいっ。箱は見つけたので、後は中からファイルを取り出すだけです」
「そうか。……どの箱だ。俺が取る」
すぐに手は離され、桃枝は書類の入った箱で埋め尽くされた棚に視線を向けた。
その横顔を見て、山吹はなぜか胸がキュッと詰まったのだが。それは、言わなかった。
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