地獄への道は善意で舗装されている

ヘタノヨコヅキ@商業名:夢臣都芽照

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11章【喉元過ぎれば熱さを忘れる】

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 桃枝のことが大好きで、大切で、可能な限りそばにいたい。
 ここ最近の山吹は、この気持ちをできる限り桃枝にアピールしていた。

 だが、さすがに過剰すぎたのかと。山吹は映画鑑賞を終えた次の休日、桃枝のマンションで考えてしまった。


「悪いな、山吹。せっかく来てくれたってのに、構えなくて」


 山吹の頭をポンと一撫でした桃枝は、表情が硬い。無理もないだろう。

 なぜなら本日、桃枝は仕事を持ち帰ってきたのだから。

 まさか桃枝が仕事を持ち帰るほど多忙だとは知らなかった山吹は、シュンと委縮しかける。
 しかし、数時間前。山吹をアパートまで迎えに来た桃枝は開口一番にこう言った。


『俺は仕事をするが、お前は一ミリも気に病むなよ』


 休日に会うと決めたのは、映画鑑賞を終えたあの日だ。桃枝としても、この多忙さは盲点だったのかもしれない。

 山吹としては、どうしても『申し訳ない』という気持ちが湧き上がって仕方なかった。だが、先手を打たれてしまったためその点に関してはなにも言えない。

 代わりに、山吹はもうひとつの本音を口にした。


「正直に言うと少し物足りないですけど、でも、大丈夫です」


 忙しいのに、それでも会ってくれたのだ。山吹を寂しくさせないようにと、桃枝は山吹のことを想ってくれた。

 だから山吹は、仕事をする桃枝に対して『申し訳ない』とは言わない。伝えたら最後、桃枝が気に病んでしまうから。

 しかし本心を全て隠すのは、それもそれで桃枝が嫌がるだろう。ゆえに山吹は、伝えても負荷にならない本心はジャンジャン伝えることにした。


「ボク、課長と同じ空間に二人きりでいられるなら、それだけでとってもハッピーみたいです」


 これは世辞でも強がりでもなく、本心だ。山吹はニコリと笑みを浮かべて、テーブルに書類を広げた桃枝を見つめた。

 パチリと、目が合う。……と同時に、桃枝の表情が険しくなった。


「クソッ、抱き締めてぇ……ッ!」
「っ! ボクも課長とイチャイチャしたいですっ!」
「もう少し待っていてくれ。……クソッ、仕事め」


 桃枝の表情と感情が一致していないのは、今に始まったことではない。苛立っているのかと誤解させるほど険しい表情のくせに、内心では『山吹可愛い』しかないのだ。

 それでも、仕事に対して思うことはあるのだろう。桃枝はすぐさま書類に視線を戻し、作業を始めようとしていた。

 たとえ一年と少しと言う短い在籍でも、山吹はれっきとした管理課職員である。気合いを入れ、即座に山吹は桃枝へ助力を提案した。


「なにか手伝えることとか、ありますか?」
「いや、特には──」


 桃枝が断りかけた、その瞬間。
 ……山吹の目が、キラキラと輝いている。このまま『いや、特にはないな』と言えば、山吹がシュンと落ち込むのは明白。輝いた瞳は、悲し気に曇るだろう。

 思案すること、一秒未満。桃枝はフイッと、山吹から視線を外した。


「……特には、ないと思ってたんだが。仕事をするのにコーヒーがないんじゃ、話にならないよな。悪いが、淹れてくれねぇか?」
「はいっ、喜んでっ!」


 できない。桃枝には、山吹の笑顔を曇らせる発言なんて、できないのだ。

 嬉しそうに返事をした後、山吹は即座にブラックコーヒーを用意。それからは、邪魔にならないようにと隣に座った。

 書類を見てみるも、内容がサッパリ分からない。コーヒーを用意する以外では、どうやら戦力外のようだ。
 意味の分からない文字の羅列を見ていても、山吹は楽しくなかった。なのでそっと目線を上げ、山吹は書類を眺める桃枝を眺め始める。

 ……が、数秒後。


「悪い、山吹。その、あれだ。……そう熱く見つめられると、集中できない」
「あっ! ごっ、ごめんなさいっ!」
「いや、こちらこそ……」


 黙ったまま邪魔をしてしまったらしい。山吹は大人しく、桃枝の隣でジッとしていることにした。




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