3 / 23
第二章 お役所は敵
しおりを挟む
僕の通っていた日本の大学はウィーンの大学と協定関係にありました。
なので、通常であれば一年間の交換留学に申し込むのが最も堅実で合理的だったのですが、なにしろ僕は厩舎小屋に連泊するほど馬のお世話に熱中していたので、成績がすこぶる悪く、交換留学生になる資格を得ることはできませんでした。
だから、大学からの支援は一切受けず、自力で留学することに相成りました。
留学を決意してからは、それまで馬のお世話の合間に塾講師で稼いできたわずかなお金をすべてつぎ込み、ドイツ人の家庭教師を雇ってドイツ語を猛勉強しました。
何しろ、オーストリアにホームステイした時に知り合った友人が言うには、ウィーンの大学に留学するには、入学試験はないが、当然ながらドイツ語の資格(それもかなり高いレベルの検定に受かった証明)が必要だからです。
留学準備を始めたのは日本の新年度で桜が満開の時期でした。
しかし、欧米で新学期が始まる十月が迫っても、入学を希望するウィーンの大学からなんの音沙汰もありません。
メールだけでなく国際電話までかけたにも関わらず、「担当が違う」とひたすらたらい回しにされました。
心配性の僕は居ても立ってもいられなくなり、単身、入学許可もないままオーストリアに乗り込みました。
ウィーン到着後、付け焼刃のドイツ語で交渉できるか不安を抱いたまま大学の入学課に特攻した僕は唖然としました。
「あ、君の書類、こんなところにあったんだ。うん、もう入学許可降りているみたいだね。学生証は今発行しても良い?」
激しい口論になることを覚悟していた僕にとって壮大な肩すかしでしたが、ここまで呆気ないと、半年も待ち呆けていた自分が恥ずかしくなりました。
また、管理体制のあまりのずさんさにこれから通う大学が少し心配にもなりました。
オーストリアには受験制度がなく、ギムナジウムと呼ばれる高校をある程度の成績で卒業していれば、学部に関係なく大学に進学できます。
心理学部や観光学部は毎年定員を大幅に上回り、足切りの意味で試験が行われるらしいですが、受験費が無料なので記念受験する生徒も多いです。
また、入試をしてまで倍率の高い学部へ進学しようと志している生徒は少ないため、とりあえず試験会場に行って答案用紙に名前さえ書けば試験に通る、と新聞で話題になっていたのを覚えています。
さて、大学から入学許可が下りたからといって、留学が始められるわけではありません。
日本国籍を持つ僕にとってオーストリアは外国であり、外国に住むにはビザが必要となります。
そしてビザというのは、延長するのは比較的簡単ですが、初めて取得する際には、外交官でもない限り『移民』としての洗礼を受ける必要があります。
その洗礼とは、たとえ書類が揃っていたとしても、ほぼ百パーセント何かしらの難くせをつけられて却下されるというものです。
僕もその例に漏れず、何時間も並ばされ、さらに正式な入学許可証を見せたのにもかかわらず、「日本の保険はオーストリアの基準と違う可能性がある」だとか「あなたにはここで一年住んでいける経済的余裕があるのか」だとか、さんざん失礼なことを言われた挙句、却下されました。
当初、僕は一年だけの留学のつもりだったので、保険は親に泣きつき、日本のきちんとした保険会社に入れさせてもらいました。
「保険でカバーされる項目が英語で書いてあるのだから、もう一度しっかりと確認してもらえませんか?」と、英語で文句を言いました。
なぜ英語か。それは、馬術部時代、合宿と称して別荘地の高級乗馬クラブでお手伝いをさせてもらっていた時、数千万円規模の馬を購入なさるお客さんから、「外国人と口げんかするときは、絶対に相手の言語に合わせてはいけない」と教わっていたからです。
しかし、現実は思うようには行かないものです。
「ここはオーストリアなのだから、ドイツ語で書いてあるべきだ」
と一刀両断され、泣く泣くその場を去りました。そして、書類を翻訳する専門の人に百ユーロ(約一万円)を払って、保険のカバーする内容をドイツ語にしてもらいました。
先ほど、『ビザは更新するのは楽』と書きましたが、学生は別だと言えるでしょう。
僕は毎年学生ビザの更新の時期が来るたびに苦しい思いをしてきました。
なぜなら、学生は学生ビザでは(ほとんど)働くことができないのにもかかわらず、毎月五百ユーロ(約五万円)近く収入がなければならないからです。
しかも二十四歳になるとその金額はほぼ倍の月九百ユーロ(約十万円)。
最初は親に「毎月五百ユーロ相当の円の仕送りをする」という書類にサインをもらって難を逃れましたが、次の年からは、毎年友だちに頼んで六千ユーロ(当時約六十万円)を借り、「僕の口座にはこれだけ入っていますから、一年間生活できます」と言ってビザを更新。お金は即日友だちに返していました。
口座に必要な額は毎年増え続け、二十四歳になる頃には一万ユーロ(当時約百万円)必要でした。あの時支援してくれた友人には生涯頭が上がりません。
なので、通常であれば一年間の交換留学に申し込むのが最も堅実で合理的だったのですが、なにしろ僕は厩舎小屋に連泊するほど馬のお世話に熱中していたので、成績がすこぶる悪く、交換留学生になる資格を得ることはできませんでした。
だから、大学からの支援は一切受けず、自力で留学することに相成りました。
留学を決意してからは、それまで馬のお世話の合間に塾講師で稼いできたわずかなお金をすべてつぎ込み、ドイツ人の家庭教師を雇ってドイツ語を猛勉強しました。
何しろ、オーストリアにホームステイした時に知り合った友人が言うには、ウィーンの大学に留学するには、入学試験はないが、当然ながらドイツ語の資格(それもかなり高いレベルの検定に受かった証明)が必要だからです。
留学準備を始めたのは日本の新年度で桜が満開の時期でした。
しかし、欧米で新学期が始まる十月が迫っても、入学を希望するウィーンの大学からなんの音沙汰もありません。
メールだけでなく国際電話までかけたにも関わらず、「担当が違う」とひたすらたらい回しにされました。
心配性の僕は居ても立ってもいられなくなり、単身、入学許可もないままオーストリアに乗り込みました。
ウィーン到着後、付け焼刃のドイツ語で交渉できるか不安を抱いたまま大学の入学課に特攻した僕は唖然としました。
「あ、君の書類、こんなところにあったんだ。うん、もう入学許可降りているみたいだね。学生証は今発行しても良い?」
激しい口論になることを覚悟していた僕にとって壮大な肩すかしでしたが、ここまで呆気ないと、半年も待ち呆けていた自分が恥ずかしくなりました。
また、管理体制のあまりのずさんさにこれから通う大学が少し心配にもなりました。
オーストリアには受験制度がなく、ギムナジウムと呼ばれる高校をある程度の成績で卒業していれば、学部に関係なく大学に進学できます。
心理学部や観光学部は毎年定員を大幅に上回り、足切りの意味で試験が行われるらしいですが、受験費が無料なので記念受験する生徒も多いです。
また、入試をしてまで倍率の高い学部へ進学しようと志している生徒は少ないため、とりあえず試験会場に行って答案用紙に名前さえ書けば試験に通る、と新聞で話題になっていたのを覚えています。
さて、大学から入学許可が下りたからといって、留学が始められるわけではありません。
日本国籍を持つ僕にとってオーストリアは外国であり、外国に住むにはビザが必要となります。
そしてビザというのは、延長するのは比較的簡単ですが、初めて取得する際には、外交官でもない限り『移民』としての洗礼を受ける必要があります。
その洗礼とは、たとえ書類が揃っていたとしても、ほぼ百パーセント何かしらの難くせをつけられて却下されるというものです。
僕もその例に漏れず、何時間も並ばされ、さらに正式な入学許可証を見せたのにもかかわらず、「日本の保険はオーストリアの基準と違う可能性がある」だとか「あなたにはここで一年住んでいける経済的余裕があるのか」だとか、さんざん失礼なことを言われた挙句、却下されました。
当初、僕は一年だけの留学のつもりだったので、保険は親に泣きつき、日本のきちんとした保険会社に入れさせてもらいました。
「保険でカバーされる項目が英語で書いてあるのだから、もう一度しっかりと確認してもらえませんか?」と、英語で文句を言いました。
なぜ英語か。それは、馬術部時代、合宿と称して別荘地の高級乗馬クラブでお手伝いをさせてもらっていた時、数千万円規模の馬を購入なさるお客さんから、「外国人と口げんかするときは、絶対に相手の言語に合わせてはいけない」と教わっていたからです。
しかし、現実は思うようには行かないものです。
「ここはオーストリアなのだから、ドイツ語で書いてあるべきだ」
と一刀両断され、泣く泣くその場を去りました。そして、書類を翻訳する専門の人に百ユーロ(約一万円)を払って、保険のカバーする内容をドイツ語にしてもらいました。
先ほど、『ビザは更新するのは楽』と書きましたが、学生は別だと言えるでしょう。
僕は毎年学生ビザの更新の時期が来るたびに苦しい思いをしてきました。
なぜなら、学生は学生ビザでは(ほとんど)働くことができないのにもかかわらず、毎月五百ユーロ(約五万円)近く収入がなければならないからです。
しかも二十四歳になるとその金額はほぼ倍の月九百ユーロ(約十万円)。
最初は親に「毎月五百ユーロ相当の円の仕送りをする」という書類にサインをもらって難を逃れましたが、次の年からは、毎年友だちに頼んで六千ユーロ(当時約六十万円)を借り、「僕の口座にはこれだけ入っていますから、一年間生活できます」と言ってビザを更新。お金は即日友だちに返していました。
口座に必要な額は毎年増え続け、二十四歳になる頃には一万ユーロ(当時約百万円)必要でした。あの時支援してくれた友人には生涯頭が上がりません。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
24hポイントが0だった作品を削除し再投稿したらHOTランキング3位以内に入った話
アミ100
エッセイ・ノンフィクション
私の作品「乙女ゲームのヒロインに転生、科学を駆使して剣と魔法の世界を生きる」がHOTランキング入り(最高で2位)しました、ありがとうございますm(_ _)m
この作品は2年ほど前に投稿したものを1度削除し、色々投稿の仕方を見直して再投稿したものです。
そこで、前回と投稿の仕方をどう変えたらどの程度変わったのかを記録しておこうと思います。
「投稿時、作品内容以外でどこに気を配るべきなのか」の参考になればと思いますm(_ _)m
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
島猫たちのエピソード2026
BIRD
エッセイ・ノンフィクション
2026年もどうぞよろしくお願いします。
「Cat nursery Larimar 」は、ひとりでは生きられない仔猫を預かり、保護者&お世話ボランティア達が協力して育てて里親の元へ送り出す「仔猫の保育所」です。
石垣島は野良猫がとても多い島。
2021年2月22日に設立した保護団体【Cat nursery Larimar(通称ラリマー)】は、自宅では出来ない保護活動を、施設にスペースを借りて頑張るボランティアの集まりです。
本作は、ラリマーの保護活動や、石垣島の猫ボランティアについて書いた作品です。
スコア収益は、保護猫たちのゴハンやオヤツの購入に使っています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる