それでもあなたは留学しますか ―不幸な僕の留学記―

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第四章 振り込め詐欺に遭う

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 マイケル・ジャクソンが事実上最後の来日をした時、アメリカから帰ってきたばかりだった大学生の僕はバンダナを頭に巻いたり、自室に星条旗を飾ったりするほどアメリカかぶれで、アメリカが生んだ音楽界のレジェンド・マイケルのファンでもあったので、当然のように東京で行われた彼のショーを観に行きました。
 ライブというほど大層なものではなく、マイケルは一曲も歌いませんでしたが、彼がステージに現れた瞬間、僕の胸は震えました。
 だから、指紋センサー付きの携帯のロックを完全解除し、世界一有名な歌手を携帯のカメラで一心不乱に撮りまくりました。


 翌日、僕は通学中に携帯を落としました。

 マイケルの写真がなくなったことに心を痛めましたが、心のどこかで「携帯は無事に戻ってくるのではないか」という期待も抱いていました。
 実は僕は、ハイスクールでも日本の携帯を紛失したのですが、次の日、教頭先生に呼び出され、「あまり珍しいものを見せびらかしていると次は盗られますよ」と、盗まれたのであろう僕の携帯を返してもらえたのです。

 ましてや今回は、失くした財布だってそのまま返ってくるほど平和な国として知られる日本。
 タイミングよくロック解除もされているし、メモリーに登録されている知り合いの誰かに連絡がいくだろう、と高を括っていました。

 しかし家に着いたとき、僕の背筋は凍り付きます。

「これ、なに?」

 母が自分の携帯の画面をこちらに向けてきました。強い乱視の僕は悪い目を細めながら画面に映っているモノを注視しました。

 なんと、そこには「かあさん」という文字と共に男性の性器の写真が映っていました。

 後日、全く同じ写真が僕のメモリーに入っていた女性に各個人名付きで拡散されていたことが判明します。
 携帯がないため弁明のメールを送ることもできず、僕の周りの多くの女性は何も言わずに去っていきました。
 大学の交友関係なんてそんなものだと思いますが、僕はその時、馬術部の副主将をしていたので、部員が僕のせいで去っていくのは本当につらかったです。
 もちろん釈明しましたが、大抵の場合、遅すぎました。

 前置きが長くなりましたが、この経験から僕は『この世には本当の悪人がいる』ということを知りました。
 そして、僕はウィーンでもそのことを痛感することになります。

 前章の通り、僕は一か月で次に住む場所を確保しなければなりませんでしたが、毎度のことながら『時間もお金もない外国人学生は良い物件を見つけることなどできない』……はずでした。

 そんな簡単に見つけることはできないなのに、切羽詰まってフラットシェアのサイトをスキャニングしていたら、一軒の素晴らしい住居がふと目に留まったのです。

 値段も立地も、それにサイトに載っている写真も文句なし。
「遂に僕にもツキが回ってきた!」と速攻家主にメールを送ると、まるで待っていたかのようにすぐに返信が来ました。
 しかも、外国人の僕に気を遣って、丁寧に英語で。

「ワタシは医者です。この物件は死んだ祖母から受け継いだものなのデスが、お仕事の都合で急にイギリスに行かなければならず、アナタが使ってくれるなら大変助かりマス」

 住所は偶然にも大学の近くだったので、休憩時間に即刻観に行こうかと思いましたが、突然大雨が降りだしたので、止めました。
 あの時、雨の中でも行っていれば結果は違ったのかもしれません。

 さて、そのお医者様は、「三か月分の敷金と一か月分の家賃合計十万円をワタシの口座に送金してくれれば、イギリスから鍵を郵送しマス」とメールを送ってきました。
 さすがに少し怪しかったので、身分証の提示を求めると、すぐに運転免許証のコピーが添付されてきました。
 そして、何度かやりとりを続けている内に、(退居する)約束の一か月が迫ってきました。
 しかし十万円は学生には大金です。

 僕は、縁が切れるのを覚悟で片っ端から友だちに電話をかけ、お金をかき集めました。
 そしてなんとか三人から合計十万円を貸してもらえた僕はネットバンキングで、ワンクリックで海外送金を完了させます。
 ちょうどそのタイミングで、

「おい、このサイトを見てみろよ」

 と、お金を貸してくれた友だちから携帯にリンクが送られてきました。
『怪しいほど好条件の物件』に『イギリス在住のオーナー』、『海外送金後の鍵を郵送』……
 どこかで聞いたような話です。そう、僕が今まさに体験した出来事がそのサイトに事細かに書かれていたのでした。

 しかし時すでに遅しとはこのこと。
 送金ボタンは一分前に押してしまいました。軽いめまいにおそわれながら、僕は閉店間際の銀行に駆け込みます。
 しかしネットバンキングでの送金はたとえまだ振り込まれていなくてももはや止めることはできない、と門前払いを受けてしまいます。

 それならば、と今度は送金先であるイギリスの銀行に「それは詐欺師の口座だから凍結してくれ!」と国際電話で懇願しますが、第三者にそんな権利はない、と一蹴されてしまいます。

 絶望のどん底の僕は、走り回って棒になった足を引きずり、警察に泣きつきました。
 少し前にすごい剣幕で取り調べをしてきた警察でしたが、今回ばかりはさすがに僕のことを哀れに思ったようで、

「この程度の額の授業料で済んで良かったじゃないか。もし君が働いていたら、この十倍はだまし取られていたかもしれないんだから」

 という実に達観した励ましをされ、またもやぐぅの音も出ませんでした。
 どの道、十万円ほどのわずかな金額では警察は重い腰を上げてくれません。
 ましてや犯人はイギリスにいます。こんな些細なことのために警察が、国をまたいでまで連携捜査をしてくれるわけがないのです。
 とにかく、こうして僕は引っ越すどころか、卒業前に一文無しの借金野郎に成り下がってしまいました。

 あれから何年かたった今でも、払い込んでしまったあのイギリスの銀行の看板を見るたびに、腸が煮えくり返ります。
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