5 / 23
第四章 振り込め詐欺に遭う
しおりを挟む
マイケル・ジャクソンが事実上最後の来日をした時、アメリカから帰ってきたばかりだった大学生の僕はバンダナを頭に巻いたり、自室に星条旗を飾ったりするほどアメリカかぶれで、アメリカが生んだ音楽界のレジェンド・マイケルのファンでもあったので、当然のように東京で行われた彼のショーを観に行きました。
ライブというほど大層なものではなく、マイケルは一曲も歌いませんでしたが、彼がステージに現れた瞬間、僕の胸は震えました。
だから、指紋センサー付きの携帯のロックを完全解除し、世界一有名な歌手を携帯のカメラで一心不乱に撮りまくりました。
翌日、僕は通学中に携帯を落としました。
マイケルの写真がなくなったことに心を痛めましたが、心のどこかで「携帯は無事に戻ってくるのではないか」という期待も抱いていました。
実は僕は、ハイスクールでも日本の携帯を紛失したのですが、次の日、教頭先生に呼び出され、「あまり珍しいものを見せびらかしていると次は盗られますよ」と、盗まれたのであろう僕の携帯を返してもらえたのです。
ましてや今回は、失くした財布だってそのまま返ってくるほど平和な国として知られる日本。
タイミングよくロック解除もされているし、メモリーに登録されている知り合いの誰かに連絡がいくだろう、と高を括っていました。
しかし家に着いたとき、僕の背筋は凍り付きます。
「これ、なに?」
母が自分の携帯の画面をこちらに向けてきました。強い乱視の僕は悪い目を細めながら画面に映っているモノを注視しました。
なんと、そこには「かあさん」という文字と共に男性の性器の写真が映っていました。
後日、全く同じ写真が僕のメモリーに入っていた女性に各個人名付きで拡散されていたことが判明します。
携帯がないため弁明のメールを送ることもできず、僕の周りの多くの女性は何も言わずに去っていきました。
大学の交友関係なんてそんなものだと思いますが、僕はその時、馬術部の副主将をしていたので、部員が僕のせいで去っていくのは本当につらかったです。
もちろん釈明しましたが、大抵の場合、遅すぎました。
前置きが長くなりましたが、この経験から僕は『この世には本当の悪人がいる』ということを知りました。
そして、僕はウィーンでもそのことを痛感することになります。
前章の通り、僕は一か月で次に住む場所を確保しなければなりませんでしたが、毎度のことながら『時間もお金もない外国人学生は良い物件を見つけることなどできない』……はずでした。
そんな簡単に見つけることはできないなのに、切羽詰まってフラットシェアのサイトをスキャニングしていたら、一軒の素晴らしい住居がふと目に留まったのです。
値段も立地も、それにサイトに載っている写真も文句なし。
「遂に僕にもツキが回ってきた!」と速攻家主にメールを送ると、まるで待っていたかのようにすぐに返信が来ました。
しかも、外国人の僕に気を遣って、丁寧に英語で。
「ワタシは医者です。この物件は死んだ祖母から受け継いだものなのデスが、お仕事の都合で急にイギリスに行かなければならず、アナタが使ってくれるなら大変助かりマス」
住所は偶然にも大学の近くだったので、休憩時間に即刻観に行こうかと思いましたが、突然大雨が降りだしたので、止めました。
あの時、雨の中でも行っていれば結果は違ったのかもしれません。
さて、そのお医者様は、「三か月分の敷金と一か月分の家賃合計十万円をワタシの口座に送金してくれれば、イギリスから鍵を郵送しマス」とメールを送ってきました。
さすがに少し怪しかったので、身分証の提示を求めると、すぐに運転免許証のコピーが添付されてきました。
そして、何度かやりとりを続けている内に、(退居する)約束の一か月が迫ってきました。
しかし十万円は学生には大金です。
僕は、縁が切れるのを覚悟で片っ端から友だちに電話をかけ、お金をかき集めました。
そしてなんとか三人から合計十万円を貸してもらえた僕はネットバンキングで、ワンクリックで海外送金を完了させます。
ちょうどそのタイミングで、
「おい、このサイトを見てみろよ」
と、お金を貸してくれた友だちから携帯にリンクが送られてきました。
『怪しいほど好条件の物件』に『イギリス在住のオーナー』、『海外送金後の鍵を郵送』……
どこかで聞いたような話です。そう、僕が今まさに体験した出来事がそのサイトに事細かに書かれていたのでした。
しかし時すでに遅しとはこのこと。
送金ボタンは一分前に押してしまいました。軽いめまいにおそわれながら、僕は閉店間際の銀行に駆け込みます。
しかしネットバンキングでの送金はたとえまだ振り込まれていなくてももはや止めることはできない、と門前払いを受けてしまいます。
それならば、と今度は送金先であるイギリスの銀行に「それは詐欺師の口座だから凍結してくれ!」と国際電話で懇願しますが、第三者にそんな権利はない、と一蹴されてしまいます。
絶望のどん底の僕は、走り回って棒になった足を引きずり、警察に泣きつきました。
少し前にすごい剣幕で取り調べをしてきた警察でしたが、今回ばかりはさすがに僕のことを哀れに思ったようで、
「この程度の額の授業料で済んで良かったじゃないか。もし君が働いていたら、この十倍はだまし取られていたかもしれないんだから」
という実に達観した励ましをされ、またもやぐぅの音も出ませんでした。
どの道、十万円ほどのわずかな金額では警察は重い腰を上げてくれません。
ましてや犯人はイギリスにいます。こんな些細なことのために警察が、国をまたいでまで連携捜査をしてくれるわけがないのです。
とにかく、こうして僕は引っ越すどころか、卒業前に一文無しの借金野郎に成り下がってしまいました。
あれから何年かたった今でも、払い込んでしまったあのイギリスの銀行の看板を見るたびに、腸が煮えくり返ります。
ライブというほど大層なものではなく、マイケルは一曲も歌いませんでしたが、彼がステージに現れた瞬間、僕の胸は震えました。
だから、指紋センサー付きの携帯のロックを完全解除し、世界一有名な歌手を携帯のカメラで一心不乱に撮りまくりました。
翌日、僕は通学中に携帯を落としました。
マイケルの写真がなくなったことに心を痛めましたが、心のどこかで「携帯は無事に戻ってくるのではないか」という期待も抱いていました。
実は僕は、ハイスクールでも日本の携帯を紛失したのですが、次の日、教頭先生に呼び出され、「あまり珍しいものを見せびらかしていると次は盗られますよ」と、盗まれたのであろう僕の携帯を返してもらえたのです。
ましてや今回は、失くした財布だってそのまま返ってくるほど平和な国として知られる日本。
タイミングよくロック解除もされているし、メモリーに登録されている知り合いの誰かに連絡がいくだろう、と高を括っていました。
しかし家に着いたとき、僕の背筋は凍り付きます。
「これ、なに?」
母が自分の携帯の画面をこちらに向けてきました。強い乱視の僕は悪い目を細めながら画面に映っているモノを注視しました。
なんと、そこには「かあさん」という文字と共に男性の性器の写真が映っていました。
後日、全く同じ写真が僕のメモリーに入っていた女性に各個人名付きで拡散されていたことが判明します。
携帯がないため弁明のメールを送ることもできず、僕の周りの多くの女性は何も言わずに去っていきました。
大学の交友関係なんてそんなものだと思いますが、僕はその時、馬術部の副主将をしていたので、部員が僕のせいで去っていくのは本当につらかったです。
もちろん釈明しましたが、大抵の場合、遅すぎました。
前置きが長くなりましたが、この経験から僕は『この世には本当の悪人がいる』ということを知りました。
そして、僕はウィーンでもそのことを痛感することになります。
前章の通り、僕は一か月で次に住む場所を確保しなければなりませんでしたが、毎度のことながら『時間もお金もない外国人学生は良い物件を見つけることなどできない』……はずでした。
そんな簡単に見つけることはできないなのに、切羽詰まってフラットシェアのサイトをスキャニングしていたら、一軒の素晴らしい住居がふと目に留まったのです。
値段も立地も、それにサイトに載っている写真も文句なし。
「遂に僕にもツキが回ってきた!」と速攻家主にメールを送ると、まるで待っていたかのようにすぐに返信が来ました。
しかも、外国人の僕に気を遣って、丁寧に英語で。
「ワタシは医者です。この物件は死んだ祖母から受け継いだものなのデスが、お仕事の都合で急にイギリスに行かなければならず、アナタが使ってくれるなら大変助かりマス」
住所は偶然にも大学の近くだったので、休憩時間に即刻観に行こうかと思いましたが、突然大雨が降りだしたので、止めました。
あの時、雨の中でも行っていれば結果は違ったのかもしれません。
さて、そのお医者様は、「三か月分の敷金と一か月分の家賃合計十万円をワタシの口座に送金してくれれば、イギリスから鍵を郵送しマス」とメールを送ってきました。
さすがに少し怪しかったので、身分証の提示を求めると、すぐに運転免許証のコピーが添付されてきました。
そして、何度かやりとりを続けている内に、(退居する)約束の一か月が迫ってきました。
しかし十万円は学生には大金です。
僕は、縁が切れるのを覚悟で片っ端から友だちに電話をかけ、お金をかき集めました。
そしてなんとか三人から合計十万円を貸してもらえた僕はネットバンキングで、ワンクリックで海外送金を完了させます。
ちょうどそのタイミングで、
「おい、このサイトを見てみろよ」
と、お金を貸してくれた友だちから携帯にリンクが送られてきました。
『怪しいほど好条件の物件』に『イギリス在住のオーナー』、『海外送金後の鍵を郵送』……
どこかで聞いたような話です。そう、僕が今まさに体験した出来事がそのサイトに事細かに書かれていたのでした。
しかし時すでに遅しとはこのこと。
送金ボタンは一分前に押してしまいました。軽いめまいにおそわれながら、僕は閉店間際の銀行に駆け込みます。
しかしネットバンキングでの送金はたとえまだ振り込まれていなくてももはや止めることはできない、と門前払いを受けてしまいます。
それならば、と今度は送金先であるイギリスの銀行に「それは詐欺師の口座だから凍結してくれ!」と国際電話で懇願しますが、第三者にそんな権利はない、と一蹴されてしまいます。
絶望のどん底の僕は、走り回って棒になった足を引きずり、警察に泣きつきました。
少し前にすごい剣幕で取り調べをしてきた警察でしたが、今回ばかりはさすがに僕のことを哀れに思ったようで、
「この程度の額の授業料で済んで良かったじゃないか。もし君が働いていたら、この十倍はだまし取られていたかもしれないんだから」
という実に達観した励ましをされ、またもやぐぅの音も出ませんでした。
どの道、十万円ほどのわずかな金額では警察は重い腰を上げてくれません。
ましてや犯人はイギリスにいます。こんな些細なことのために警察が、国をまたいでまで連携捜査をしてくれるわけがないのです。
とにかく、こうして僕は引っ越すどころか、卒業前に一文無しの借金野郎に成り下がってしまいました。
あれから何年かたった今でも、払い込んでしまったあのイギリスの銀行の看板を見るたびに、腸が煮えくり返ります。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
24hポイントが0だった作品を削除し再投稿したらHOTランキング3位以内に入った話
アミ100
エッセイ・ノンフィクション
私の作品「乙女ゲームのヒロインに転生、科学を駆使して剣と魔法の世界を生きる」がHOTランキング入り(最高で2位)しました、ありがとうございますm(_ _)m
この作品は2年ほど前に投稿したものを1度削除し、色々投稿の仕方を見直して再投稿したものです。
そこで、前回と投稿の仕方をどう変えたらどの程度変わったのかを記録しておこうと思います。
「投稿時、作品内容以外でどこに気を配るべきなのか」の参考になればと思いますm(_ _)m
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
島猫たちのエピソード2026
BIRD
エッセイ・ノンフィクション
2026年もどうぞよろしくお願いします。
「Cat nursery Larimar 」は、ひとりでは生きられない仔猫を預かり、保護者&お世話ボランティア達が協力して育てて里親の元へ送り出す「仔猫の保育所」です。
石垣島は野良猫がとても多い島。
2021年2月22日に設立した保護団体【Cat nursery Larimar(通称ラリマー)】は、自宅では出来ない保護活動を、施設にスペースを借りて頑張るボランティアの集まりです。
本作は、ラリマーの保護活動や、石垣島の猫ボランティアについて書いた作品です。
スコア収益は、保護猫たちのゴハンやオヤツの購入に使っています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる