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第三章 フリーユの街編
19 番犬はチョロいようです
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英雄コールで恥ずかしい思いをしてから3 時間が経過した。
あれから門兵が連れてきた衛兵長の事情聴取があったり……まあ色々なやりとりがあったわけだが、検問に並んでいた人たちが庇ってくれたおかげで、僕たちは無事フリーユの街に入ることができた。
時は夕暮れ。
別れ際に商人のおじさんに教えてもらった宿屋を目指して馬車を走らせているところだ。
フリーユの街は、中心にある広場から十字にはしる街道を境にして四つのエリアから形成されている。
すなわち。
街のウリでもある大市場がある市場エリア。
商人や観光客が寝泊まりするための宿泊施設が立ち並ぶ宿泊エリア。
大市場で扱われる品々をつくる職人たちが集う職人エリア。
街を守る衛兵が集う駐屯エリアだ。
僕たちが入った門は市場エリアと駐屯エリアの中間に位置していたので、目的の宿屋がある宿泊エリアまでにはそれなりの距離がある。
というわけで、街並みを眺めながらゆっくりと馬車を走らせている感じだ。
市場エリアでは出店を撤収させている街の人たちが見え、駐屯エリアでは難民キャンプを設営する忙しそうな衛兵たちの姿が見える。
「……」
僕は街並みを眺めるフリをしてちらりと真横を見た。
隣に座るシフォンはというと、どこか浮かない顔をしていた。
ずっと申し訳なさそうに目を伏せている。尻尾も垂れ下がっていた。
シフォンがこうなったのには理由がある。
あのあと駆けつけた衛兵により連れていかれた騎士たちだったが、兵長さんの話によれば3人を鑑定したところ重大なことが判明した。
3人のうち2人が偽物の騎士だったのだ。
その2人というのは言うまでもなく取り巻きたちだ。
鑑定により明らかになった彼らの本当の職業は、盗賊。
彼らは盗賊であるにもかかわらず騎士の格好をしていたのだ。
身分を隠そうとしたのだろう、と兵長さんは言った。
僕はそれほど驚かなかった。
盗賊ならチグハグな違和感にも説明がつくし、鑑定を頑なに拒んでいた理由も納得だ。
鑑定されれば一発アウト。
街に入れないからね。
……別に珍妙な名前を隠したいわけではなかったことには、少し残念に思ったけど。
ただ、この盗賊というのが少々問題だった。
二人の盗賊。
どうやらシフォンの元同僚らしいのだ。
つまり僕が殺した盗賊男の部下ということになる。
名前はデビットとマイケルと言うらしく、僕はそれを聞いてはっとした。
マイケルの方は知らなかったが、デビットという名前は聞き覚えがあったのだ。
盗賊が住処にしていた木造の小屋。
そこで盗賊男が呟いた内容にこんなのがあった。
「デビット達は別の任務に行かせてるしな……オレが行くしかねえか」
僕たちを探しに森に入るときに、男が呟いたセリフだ。
別の任務というのは間違いなく今回のことを指すのだろう。
騎士と盗賊が結託して街で何をしようとしていたのか、謎が深まるばかりだが、衛兵の取り調べ結果を待つしかない。
一つ確かになったことは、キレイル家の紋章を掲げていた馬車は本物だったということだ。
二人の騎士のようにハリボテではなく、歴としたキレイル家が所有する馬車だった。それも最新型だ。
僕が衛兵の目を盗んで確認したので間違いない。
騎士一人で馬車をつかうことはないので、この馬車に乗っていた人がいるはずだ。
それに二人分の白銀鎧をどうやって入手したのか。
もしかしたらキレイル家の人間が、彼らに殺されているのではないか。
そう僕が呟いたのを耳ざとく聞いていたシフォンは、自分の元同僚がアリスにとって大切な人を傷つけたのではないか、と考え込んでしまったのだ。
シフォンに僕たちの事情を少し話したのがいけなかったのかもしれない。
「師匠の妹さまに申し訳が立たない、です……」
ーーと、シフォンは、元仲間が犯した罪なはずなのに罪悪感を抱いてしまったわけだ。
それにまだ死んだとは決まっていない。
盗まれたのは確かだろうけど。
考えすぎだと伝えたのだが、シフォンはずっとこの調子だった。
「それにしても鑑定されずに街に入れたのはラッキーだったね」
僕は場の空気を軽くするように言った。
門兵を救ったお礼とかなんとかで、検問をせずにフリーで通ることができたのだ。
本来は身分証が必要なはずだが特別に免除されたのだ。ちなみに街に入る税金も免除された。
あれから検問で待たされるのは嫌だったので正直ありがたかった。
他にも兵長さんは、僕が騎士に傷を負わせたことを上に報告しないでくれると言ってくれたのだ。
検問で仲間が盗賊だとバレた騎士が、情報が漏洩するリスクを避けて自ら喉を掻っ切った、と伝えてくれるらしい。
確かにそれっぽいなと思った。
平民が騎士を打ち倒したという話より幾分か信じやすいだろう。
医者の紹介状もくれたりと兵長さんには感謝しても仕切れない。
曰く、部下を救ってもらったお礼らしいが、ここまでしてもらえるほどのことなのだろうか。
街の人もそうだけどみんな大袈裟すぎなのではないか、と思わなくもなかった。
まあ感謝されて悪い気はしないけどね。
やりすぎは恥ずかしいけどさ。
男の子のように最後まで英雄英雄呼ばれると、流石にむず痒い。
「シフォンは鑑定されるってなったらどうしようと思ってたの?」
シフォンに呼びかける。
会話の基本は相手に質問を投げかけることだ。
シフォンだって僕との会話を無碍にはできないだろう。
なんたって僕は師匠だからね。
師匠らしいこと何もしてないのが現状だけど。
ていうか、師匠って何をすればいいんだろう?
「……ボクには気配遮断があるですから」
ぼそっとシフォンが言った。
あー。
なるほど。
「気配遮断で検問を突破するのかー。って、それ犯罪じゃない!?」
「へ?」
「いや、へ?じゃなくてさ。気配遮断で鑑定を逃れるってことでしょ? でも街に入るわけだから、税金も払わないしそれって犯罪だと思うんだけど……」
すると、シフォンがぷるぶる震え出した。
「そ、そんな……ボ、ボクは盗賊業から足を洗ったはずなのに……無意識に罪を犯そうと……あわわ」
どうしよう。
さっきより一段としょんぼりになってしまった。
実際は罪を犯してないのだから気にしなくてもいいのに、シフォンは考えすぎなところがあるのかもしれない。
顔がみるみる青ざめていくシフォンを見てこれはヤバいと思った僕は、急いで話題を変える。
「えっと……えっと……あ! シフォン見えてきたよ! 今夜泊まる宿だ! 商人のおじさんの話だと海鮮が美味しいんだって! 楽しみだね!」
名付けて餌付け作戦だ。
ご飯で忘れてもらうしかない。
シフォンの耳がピクリと動いた。
ペタンと下がっている尻尾がみるみる上がってい
く。
左右に揺れ始める。
ふりふりから、ブンブンに。
お腹もぐぅ~と鳴き出した。
空腹を思い出したかのようにシフォンはお腹に手を当てた。
「海鮮……」
そして僕は見逃さない。
シフォンが、よだれが出そうなのを堪えていることに。
内心ほくそ笑む。
よし。
頭が完全にご飯の方へ行っている。
これで暫くは余計なことは考えなくなるだろう。
なんてチョロいんだ。
ご飯で釣れるなんてチョロいにも程があるだろう。
ーーでも、これで良いんだ。
考えたって悩んだって、仕方がないこともある。
どうしようもないこともある。
そんなことに無駄に時間を割くより、楽しいことを考えた方が良いに決まっている。
「そうだろ? アリス」
僕は未だに目覚めない妹に呼びかけ、馬車を止めた。
あれから門兵が連れてきた衛兵長の事情聴取があったり……まあ色々なやりとりがあったわけだが、検問に並んでいた人たちが庇ってくれたおかげで、僕たちは無事フリーユの街に入ることができた。
時は夕暮れ。
別れ際に商人のおじさんに教えてもらった宿屋を目指して馬車を走らせているところだ。
フリーユの街は、中心にある広場から十字にはしる街道を境にして四つのエリアから形成されている。
すなわち。
街のウリでもある大市場がある市場エリア。
商人や観光客が寝泊まりするための宿泊施設が立ち並ぶ宿泊エリア。
大市場で扱われる品々をつくる職人たちが集う職人エリア。
街を守る衛兵が集う駐屯エリアだ。
僕たちが入った門は市場エリアと駐屯エリアの中間に位置していたので、目的の宿屋がある宿泊エリアまでにはそれなりの距離がある。
というわけで、街並みを眺めながらゆっくりと馬車を走らせている感じだ。
市場エリアでは出店を撤収させている街の人たちが見え、駐屯エリアでは難民キャンプを設営する忙しそうな衛兵たちの姿が見える。
「……」
僕は街並みを眺めるフリをしてちらりと真横を見た。
隣に座るシフォンはというと、どこか浮かない顔をしていた。
ずっと申し訳なさそうに目を伏せている。尻尾も垂れ下がっていた。
シフォンがこうなったのには理由がある。
あのあと駆けつけた衛兵により連れていかれた騎士たちだったが、兵長さんの話によれば3人を鑑定したところ重大なことが判明した。
3人のうち2人が偽物の騎士だったのだ。
その2人というのは言うまでもなく取り巻きたちだ。
鑑定により明らかになった彼らの本当の職業は、盗賊。
彼らは盗賊であるにもかかわらず騎士の格好をしていたのだ。
身分を隠そうとしたのだろう、と兵長さんは言った。
僕はそれほど驚かなかった。
盗賊ならチグハグな違和感にも説明がつくし、鑑定を頑なに拒んでいた理由も納得だ。
鑑定されれば一発アウト。
街に入れないからね。
……別に珍妙な名前を隠したいわけではなかったことには、少し残念に思ったけど。
ただ、この盗賊というのが少々問題だった。
二人の盗賊。
どうやらシフォンの元同僚らしいのだ。
つまり僕が殺した盗賊男の部下ということになる。
名前はデビットとマイケルと言うらしく、僕はそれを聞いてはっとした。
マイケルの方は知らなかったが、デビットという名前は聞き覚えがあったのだ。
盗賊が住処にしていた木造の小屋。
そこで盗賊男が呟いた内容にこんなのがあった。
「デビット達は別の任務に行かせてるしな……オレが行くしかねえか」
僕たちを探しに森に入るときに、男が呟いたセリフだ。
別の任務というのは間違いなく今回のことを指すのだろう。
騎士と盗賊が結託して街で何をしようとしていたのか、謎が深まるばかりだが、衛兵の取り調べ結果を待つしかない。
一つ確かになったことは、キレイル家の紋章を掲げていた馬車は本物だったということだ。
二人の騎士のようにハリボテではなく、歴としたキレイル家が所有する馬車だった。それも最新型だ。
僕が衛兵の目を盗んで確認したので間違いない。
騎士一人で馬車をつかうことはないので、この馬車に乗っていた人がいるはずだ。
それに二人分の白銀鎧をどうやって入手したのか。
もしかしたらキレイル家の人間が、彼らに殺されているのではないか。
そう僕が呟いたのを耳ざとく聞いていたシフォンは、自分の元同僚がアリスにとって大切な人を傷つけたのではないか、と考え込んでしまったのだ。
シフォンに僕たちの事情を少し話したのがいけなかったのかもしれない。
「師匠の妹さまに申し訳が立たない、です……」
ーーと、シフォンは、元仲間が犯した罪なはずなのに罪悪感を抱いてしまったわけだ。
それにまだ死んだとは決まっていない。
盗まれたのは確かだろうけど。
考えすぎだと伝えたのだが、シフォンはずっとこの調子だった。
「それにしても鑑定されずに街に入れたのはラッキーだったね」
僕は場の空気を軽くするように言った。
門兵を救ったお礼とかなんとかで、検問をせずにフリーで通ることができたのだ。
本来は身分証が必要なはずだが特別に免除されたのだ。ちなみに街に入る税金も免除された。
あれから検問で待たされるのは嫌だったので正直ありがたかった。
他にも兵長さんは、僕が騎士に傷を負わせたことを上に報告しないでくれると言ってくれたのだ。
検問で仲間が盗賊だとバレた騎士が、情報が漏洩するリスクを避けて自ら喉を掻っ切った、と伝えてくれるらしい。
確かにそれっぽいなと思った。
平民が騎士を打ち倒したという話より幾分か信じやすいだろう。
医者の紹介状もくれたりと兵長さんには感謝しても仕切れない。
曰く、部下を救ってもらったお礼らしいが、ここまでしてもらえるほどのことなのだろうか。
街の人もそうだけどみんな大袈裟すぎなのではないか、と思わなくもなかった。
まあ感謝されて悪い気はしないけどね。
やりすぎは恥ずかしいけどさ。
男の子のように最後まで英雄英雄呼ばれると、流石にむず痒い。
「シフォンは鑑定されるってなったらどうしようと思ってたの?」
シフォンに呼びかける。
会話の基本は相手に質問を投げかけることだ。
シフォンだって僕との会話を無碍にはできないだろう。
なんたって僕は師匠だからね。
師匠らしいこと何もしてないのが現状だけど。
ていうか、師匠って何をすればいいんだろう?
「……ボクには気配遮断があるですから」
ぼそっとシフォンが言った。
あー。
なるほど。
「気配遮断で検問を突破するのかー。って、それ犯罪じゃない!?」
「へ?」
「いや、へ?じゃなくてさ。気配遮断で鑑定を逃れるってことでしょ? でも街に入るわけだから、税金も払わないしそれって犯罪だと思うんだけど……」
すると、シフォンがぷるぶる震え出した。
「そ、そんな……ボ、ボクは盗賊業から足を洗ったはずなのに……無意識に罪を犯そうと……あわわ」
どうしよう。
さっきより一段としょんぼりになってしまった。
実際は罪を犯してないのだから気にしなくてもいいのに、シフォンは考えすぎなところがあるのかもしれない。
顔がみるみる青ざめていくシフォンを見てこれはヤバいと思った僕は、急いで話題を変える。
「えっと……えっと……あ! シフォン見えてきたよ! 今夜泊まる宿だ! 商人のおじさんの話だと海鮮が美味しいんだって! 楽しみだね!」
名付けて餌付け作戦だ。
ご飯で忘れてもらうしかない。
シフォンの耳がピクリと動いた。
ペタンと下がっている尻尾がみるみる上がってい
く。
左右に揺れ始める。
ふりふりから、ブンブンに。
お腹もぐぅ~と鳴き出した。
空腹を思い出したかのようにシフォンはお腹に手を当てた。
「海鮮……」
そして僕は見逃さない。
シフォンが、よだれが出そうなのを堪えていることに。
内心ほくそ笑む。
よし。
頭が完全にご飯の方へ行っている。
これで暫くは余計なことは考えなくなるだろう。
なんてチョロいんだ。
ご飯で釣れるなんてチョロいにも程があるだろう。
ーーでも、これで良いんだ。
考えたって悩んだって、仕方がないこともある。
どうしようもないこともある。
そんなことに無駄に時間を割くより、楽しいことを考えた方が良いに決まっている。
「そうだろ? アリス」
僕は未だに目覚めない妹に呼びかけ、馬車を止めた。
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