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第三章 フリーユの街編

30 僕には足を踏まれる才能がありました(?)

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その夜。
僕は宿屋の部屋で横になっていた。

「むにゃむにゃ……」

広いベッドの真ん中を陣取るシフォンはすでに寝息を立てている。
心なしか、同じベッドで眠るアリスは狭そうだ。

「それにしても、疲れた。二人して信じてくれないんだもんなあ」

あのあと僕は必死に二人の勘違いを正すことにやっけになった。

シフォンには、カレンが愛人ではないということを頭に植え付けるように繰り返し教え、
カレンには、カレンはあくまで仲間になっただけで婚姻したわけじゃないことを、それはもう呪文のように何回も伝えた。

本当に骨が折れる作業だった。

作業というと語弊があるかもしれない。

しかし二人の勘違い度合いは常軌を逸していたのだ。

一、二回訂正しただけでは信じてくれず、僕は動物に芸を仕込むテイマーのように体に無理やり教え込むしかなかった。

……もちろん性的な意味ではなく。

しかもタチが悪いことに、二人は互いの勘違いは訂正する癖に自分の勘違いは一切認めようとしないのだ。

そのことで一波乱あったことは言うまでもないだろう。

仲裁しないといけなかった僕の心身はボロボロだ。

粉骨砕身の末、何とか二人の誤解を訂正することに成功したけど。



「長い一日だったなぁ……」


さっきの出来事もそうだけど、今日は本当に濃い一日だった。

思い返せばフリーユの街に着いたのは今日の正午くらいだったか。
それから検問で思わぬ足止めを食らい、進んだと思ったらキレイル家に使える騎士と戦うことになったり、宿についてからも冒険者と喧嘩
したり、厨房でも少女と料理で勝負することになったのだ。

改めて思うけど勝負してばっかりだ。

だから余計に疲れを感じているのかもしれない。

それに肉体的な疲れ以外にも精神的な疲れもある。

商人のおじさんをはじめとした検問で並んでいた人たちからの英雄コール。
冒険者組合の組合長、レッドさんとの邂逅。

今でも実感が湧かないほどの出来事を1日で複数経験したのだ。

疲れない方がおかしいものだ。


……でも、なぜだろう。

疲れているのに、今すぐ眠りたいはずなのに、なかなか寝付けない。

あくびは出るけど目はかっぴらいており眠れる気配がない。

これは何だろう。

今更、シフォンと同じベッドで寝ていることに緊張なんてしない。フリーユの街に着くまではもっと近い距離で休息を取ることもあった。
寝床が変わった途端、意識してしまうなんてことはない。

未だ目覚める気配もないアリスに、一抹の不安を感じているのは確かだ。ただそれは旅の道中からずっと感じていることだし、睡眠時間を削ったところでアリスが目覚めるわけではない。むしろ睡眠時間を削り続ける方が後々に悪影響を及ぼすだろう。今は寝るべきなのだ。

ところが、まるで興奮しているかのように眠れない。

不思議な感覚だ。

……でも、悪い気はしないんだよなぁ。

むしろ心地いいというか。

正体不明の感情に若干の気持ち悪さを感じつつ、無理矢理にでも眠ろうと僕は瞳を閉じる。

コンコン。


「ん?」

そんな時だ。扉が控えめにノックされる。

こんな時に誰だろう?

夜襲の類だろうか?

用心のため枕元に置いておいたナイフを握りつつ、しばらく待つことにする。

すると再びノック。

どうやら単なる客人らしい。

こういう時、シフォンの索敵スキルがあれば誰だか一瞬で分かるんだろうけど。

番犬として雇ったはずのシフォンは残念ながら熟睡中だ。僕が出るしかなさそうだ。

シフォンを起こさないように広いベッドの上を移動しながら扉に近づく。

鍵を開け、外を覗くように扉を開く。

「__カレン?」

そこにいたのはカレンだった。

蝋燭を持ち、少し寒そうにしている。

見ると髪が湿っている。体を拭いたばかりなのだろう。

その状態で待たせるのも悪いと思い僕は廊下に出た。

「こんな時間にどうしたの?」
「ごめんなさい。悪いと思ったのだけど、どうしてもアレクに聞きたいことがあったから……」

申し訳なさそうに目を伏せるカレン。
僕は驚きを隠しきれなかった。

「カレンにも最低限の常識はあったんだ……」
「何か言った?」

じろりと睨まれる。やっぱり怖かった。

「で、話って?」
何事もなかったように話を進める。

「わたし、アレクがレッドさんと話した後に呼び止めたでしょ? 本当はあのとき聞くつもりだったの」

そんなことあったっけ?
僕は思わず首を傾げる。

「忘れたとは言わせないわよ」
「あ、ああ! あの時か! そんなこともあったね」

怒気を孕む声音に僕は必死で思い出した。

そうだ。レッドさんと話した直後、カレンに話があるとか何とかで呼び止められたのだ。

けれどその時はママさんに話があったから「また後で」と断ったのだ。

カレンが言ってるのはその話なのだろう。

思い出した。思い出した。

でも、今話す必要なくね?
そんな風に思ってしまった僕は悪いのだろうか。

だって深夜だよ?

本来なら寝てる時間だよ?

いや、眠れなかったからこうして起きてるんだけどさ。


「話したいのは山々なんだけど、僕明日朝早いから今度にしない? 明日は大事な予定があるんだ」

直後、僕は僕を呪った。
大事な予定があるのは確かだし、今話す必要性を感じなかったのは本当だ。しかし言い方を間違えた。もう少しマイルドに伝えればよかったと僕は後悔した。

「は?」
カレンがキレていた。
カレンが怒りっぽいのは知っていた。喧嘩っ早いのは知っていた。生い立ちに原因があることも知っていた。
ただ、これほどキレるとは思わなかった。

「何それ。ふざけてるの?」
「ごめん……じゃなくて、ごめんなさい」
「前から思ってたけど、アレクって謝れば許してもらえると勘違いしてない?」
「すみませんでした」
「……変な態勢で謝っても許すわけないじゃん」
「ですよね」

土下座作戦失敗だった。しかも土下座が通じてない。変な態勢にしか見えないようだ。
確かに変な態勢だよね。

僕も初めてメイドに教えてもらう前までは、変なことするなーとしか思わなかったわけだし。

そういえば僕に土下座を授けてくれたメイドは元気かな。

ふと、懐かしくなった。

確か……ソフィアだっけ。

なんでも僕がこの宿屋に来る前に、同じ名前の人が厨房で働いていたらしい。
仕事が嫌になって逃げたらしいけど。

まあ、働くって難しいよね。

実際に今日働いてみてしみじみそう思った。

「アレク聞いてるわけ?」
「え? うん、聞いてるよ。ごめんね」

何の話かわからないけど、とりあえず謝っておこう。

「やっぱり聞いてないじゃない!」
一瞬でバレた。

「カレン。遅い時間なんだからもう少し声量落として」
この宿には他にも宿泊客がいる。うるさくしたら迷惑になる。

ガッ!

なのに、なぜか足を踏まれた。

「で、何の話だっけ?」

ガッ!

「痛い…」
全く痛くないけど。

「アレクが話を聞いてないからでしょっ」

さっきよりは幾分か小さい声量になっていた。

なんだかんだ言ってカレンは素直で良い子なのだ。ツンツンしてるだけなのだ。僕としてはもう少しデレが欲しいところではある。

ガッ! 

「なんで踏むの」
「何となくっ!」
「何となくで踏まれる僕のつま先のことも考えて欲しいところだよ」
「うるさい! バカ!」
「ごめん」

ガッ!

「すぐ謝るな! バカ!」

理不尽すぎるだろ。

さっきから何度も足を踏まれているわりにそこまで痛くないのは、カレンが裸足だからだ。対して僕は靴を履いている。踏んでいる方もそれなりに痛いのだろう。カレンもちょっと痛そうにしている。

踏まなきゃいいのにね。

なんて言ったらまた踏まれるから言わないけど。流石に僕だって学習するのだ。

「で、何の話だっけ?」

ガッ! ガッ! ガッ!

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