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第五章 冒険者編

55 レッドさんと再会しました

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 冒険者ルド。

 あれはこの街に来たばかりの僕が、アリスとシフォンを連れてママさんの宿に入った時だった。
『モテるからって、調子のんじゃねえぞ!』
 突然だった。
 酒を嗜んでいた赤毛の冒険者に喧嘩を売られたのだ。
 なぜだか彼は苛立っていてやる気満々だった。周りの冒険者もそんなルドを囃し立てているようだった。
 喧嘩を避けることは無理そうだと思った僕は、ルドとの勝負を受けて立つことにした。
 結果は__僕の圧勝だった。
 ルドの猛攻を【追跡スキル】で交わし、【ナイフスキル】でルドの喉元にテーブルナイフを当てて試合終了。
 思いのほか、あっさりと決着がついたことに肩透かしを食いながら僕はその場を後にした。

「……と、そんなことがあってね」

 あれからまだ一週間も経ってないのに随分と昔のことのように感じながら、僕は事情を知らないカレンに小さい声で説明した。
「ふうん。まあ、あのステータスならA級冒険者に勝つのも当然よね」
 カレンはつまらなそうに呟いた。
 どうやら面白い話が聞けると期待していたらしい。
 つまらなくてごめんね、と思いながら僕は尋ねる。
「A級冒険者って?」
「冒険者になるんだから知っておきなさいよ。冒険者は実力に応じてランク付けされているの。F級からA級、その上にS級があったはずよ」
「へえ。魔物と同じような感じかな」
 魔物が強さでランク付けされているように、冒険者も似たような評価基準でランク付けされているようだ。
 実力のない人が間違って実力に伴っていない依頼を受けてしまい無駄な死を遂げるのを防ぐための仕組みだろう。
「となると__」
 僕は、床に這いつくばり僕とカレンとシフォン三人の人間椅子と化しているルドさんに関心の目を向ける。
「ルドさんって実は凄い人なんですね」
「そ、それほどでもないけどな。俺なんてまだまだだ。お前みたいなやつこそがA級冒険者に相応しいと思うぜ」
 三人分の体重がかかっているからか少し苦しそうな声だった。
「そうね。アレクなら、たかがA級なんて一瞬でしょうね。どうせならS級を目指してみたら?」
「たかがA級なんて……だと……」
 カレンがそんな提案をしてくる。ルドさんの絶望する呟きが聞こえたが気にしない。
「S級かあ。僕は万能薬の素材が集まるならなんでもいいや」
 僕が冒険者になるのはランクを上げて認められたいとかではない。
 一角獣ユニコーン鷲獅子グリフォン赤龍レッドドラゴン
 こいつらの居場所を突き止め倒すためだ。
 だから正直ランクはどうでもいい。

「あ、でもランクが足りなくて赤龍に挑んではいけませんってなったら考えるかな」
「赤龍……アレクは勝手にS級になっていそうね」
「勝手にはならないんじゃないかなあ。__そういえばルドさん」
「……ルドでいいぜ。お前にさん付けされると気持ち悪くて仕方がねえ。敬語もやめろ」
「そうにもいきませんよ。ルドさんは僕の先輩なんですから」
「お前、冒険者になりにきたんだろ。なら、なおのことだ。冒険者は強い奴が偉いんだからよ……はあはあ……」

 そういうものなのだろうか。

「辛そう__だけど大丈夫?」

 三人分の体重が乗っているのだから辛くないはずがないのだが。

「このくらい屁でもねえぜ……それより何か聞きたかったことがあるんだろ……?」

 そうだった。

「ルドには仲間がいたと思うんだけど見当たらないのが気になって」

 確かルドには三人の仲間がいたはずだ。
 緑髪の爽やかそうな人。少しおどおどしていた紫髪の人。大きな盾を背負う巨漢の人。
 随分と仲良さそうだったから彼らの姿が見えないのが少し気になった。
 ロビーにいるのは僕たち三人とルドだけだ。
 冒険者はそれなりの人数がいると聞いていたのに、組合内はやけに静かだ。
 シフォンにそっと聞いてみたら上の階にも人の気配はほとんど感じられないらしい。
 他の冒険者は今何をしているんだろう。

「あいつら? 遠征の準備をさせてるに決まってるだろ。出発は今晩だからな」
「遠征?」
「数十人もの冒険者でチームを組んで大規模な依頼をこなすのよ。魔物の一斉駆除とか、遺跡調査とか。でも変ね。わたしの情報網には近いうちに遠征に行く話なんてなかったわよ?」

 カレンが不思議そうに首を傾げた。

「そうなの?」
「近所のおばさん達が噂してなかったもの。間違いないわ」

 カレンがそこまで信用するとは、近所のおばさんとやらは一体何者なのだろうか。
 ともかく。
 カレンの話が本当ならルドの話は変だ。

「……ちっ。口が滑っちまった。まあ冒険者になる奴にならいいか」
 そんな呟きが聞こえた。
 どういうことだろう?
 気にはなったが聞ける状況ではなくなった。

「お、お待たせいたしました!」
 受付嬢が息も絶え絶えで戻ってきたからだ。
 よほど急いで階段を上り下りしてくれたのだろう。
 額が汗ばんでいる。
「そんな焦らなくても大丈夫ですよ」
 彼女の必死さに思わず出た言葉だったが、
「いいえ! そんなわけにはいきません! 組合長のお客様をお待たせするなどあってはいけませんので!」
 もの凄い剣幕で言われては僕も口を閉ざさるを得ない。
 受付嬢には受付嬢なりのプライドがあるのだろう。
 彼女は僕たちの前にくると、さっと手鏡で乱れた髪を整え口角をキュッと上げ僕たちに微笑を湛えた。
 さっきまでの必死さは微塵も感じられない。さすがプロだ。

「アレク様、組合長がお会いになるそうです。どうぞこちらへ______ふぁっ!?」
 しかし整えたばかりの顔が再び崩れた。
 目を見開き、まるで夢を見ているんじゃないかと言いたげの顔だ。
 大きくなった瞳は僕たちの臀部。正確には椅子代わりになっているルドに向けられていた。

「し、ししし失礼ですが……アレク様方が座られているのはA級冒険者のルドさんではありませんか?」
「はい…」僕は若干申し訳ない気持ちで頷き、
「そうね」カレンはさも当然というように頷き、
「師匠に仇をなした愚か者、です」シフォンは本当は座りたくないが座ってやっているんだと言わんばかりに嫌そうな顔で頷いた。

「あんたらウチのエースに何してくれてるんですかぁあああああああ!?」
 受付嬢が爆発した。
 恐怖耐性がなければパンツにシミができていたことだろう。
 迫力満点だった。
 ルドもびびっているのが伝わってくるから、滅多に見せない顔なのだろう。
 美人が怒った顔ほど怖いものはないとは言い得て妙だと思った。

 暫くして受付嬢は落ち着いた。
「……おほん……お見苦しいところをお見せしました」
 形式的な謝罪をした後、
「これはどういう状況か説明いただけますか?」
 至極真面目な顔で聞いてきた。
 当然の質問だ。
 代表して僕が答える。

「話は長くなるのですが」
「組合長を待たせているので簡潔にお願いします」
「そうですね……」
 僕が頭の中で考えをまとめていると。
「こいつの趣味よ」
「ちげえよ!!」

 カレンのあまりに簡潔すぎる答えに、ルドが全力で否定した。
 しかし受付嬢はカレンの言葉を信じたようで。

「まあ。ルドさんにそんなご趣味があったのですね。組合長にもお伝えしておきますので安心してください」
 それはもう素敵な笑顔だった。

「これっぽっちも安心できねえ! 頼むからやめてくれ受付嬢さんよ! レッドさんに伝わったら俺の組合内での立場がなくなっちまうよ! あの人のことだから面白おかしく冒険者に広めるに決まってる! そんなの死んでも嫌だぞ俺は!」

 幸い周囲に他の冒険者は見当たらない。
 みんな遠征とやらの準備で出払っているのだ。

「そうですか……趣味は隠したままがいいと。わかりました。組合長には報告しないでおきますね。これは私とルドさんだけの秘密にしますね」
「ぜんぜんわかってないだろお前! 俺は別に趣味でやってるわけじゃねえ!」
「じゃあどうして、冒険者の憧れの的であるA級冒険者のルドさんがそのような奇行をされているのですか?」
「くっ……」
 ルドが悔しそうに呻くのが顔が見えずとも伝わってくる。
「俺がこいつに負けたからだ」
 顎で僕を指す。
「はい? 話が見えてきませんけど?」
「このルドって人がアレクに喧嘩を売って負けた。にもかかわらず、また喧嘩を売って来たのよ。それで犬っころが『一度敗北しておきながら再び師匠に牙を向くなど許せないです!』ってキレ散らかして……」


 そう。
 カレンの言う通りだった。
 キレ散らかしたシフォンを宥めるために、ルドには椅子になってもらったのだ。

 というのも。
 どうやら獣人は決闘の勝敗で上下関係を決める種族のようで、一度負けた相手には絶対に逆らってはいけないという掟があるらしい。
 たとえまぐれだろうと運に恵まれたものだろうと勝利は勝利であり、敗者は勝者に対し絶対の服従を誓う。
 言うなれば軍門に降るわけだ。
 その時、敗者側についていた配下も勝者側に吸収される。そうやって獣人の一族は大きくなるらしい。

 __で。

 そんな勝負の世界で生きてきたシフォンにとってルドの行動は許せなかったようなのだ。

『こいつには調教が必要です!』
『ちょ、調教!?』

 稀に獣人の中にも決闘の結果を認めず再戦を申し込む人がいるようだ。
 不正だとか、さっきは不調だったとか。理由は様々らしい。
 しかし再戦は認められない。決着はすでについているからだ。
 そんな人たちがどうなるかというと。
 調教されるらしい。
 シフォンの村では三日三晩しこたま鞭でしばかれるようだ。

『もう二度と師匠に歯向かわないように体に教え込むのです!』
『暴力はダメだよ?』
『そ、それじゃあ……』

 上下関係をみっちり体に教え込ませる手段として、妥協したシフォンが選んだのがルドに人間椅子になってもらうってことだったのだ。
 

 僕の説明でようやく受付嬢は理解してくれた。

「ーーな、なるほど。獣人の考えはわからないものですね。でも安心しました。うちのエースにおかしな趣味があったらどうしようかと本気で心配しましたので」
 すると受付嬢は僕をじっと見る。
「な、何か?」
「ただどうしてもルドさんを倒されたという話が信じられないのです。ルドさんは仮にもうちのエースですからね。もしよろしければここで証明してもらえませんか?」
 証明か。
「ルドと喧嘩することになりますよ?」
「構いません」
「構うわ! 俺が構うわ! 勘弁してくれ受付嬢さんよ! 俺は二度とあんな惨めな思いはしたくねえよ!」
「だそうです」
「……そうですか。残念です」
 本当に残念そうに受付嬢は言った。
 単純に喧嘩が見たかっただけなのでは?
 僕が疑いの目を向けていると。
「誰か来るです」
「シフォン?」
 ルドのことがあってから【気配探知】を常時発動していたのだろう。
 シフォンがぴくりと耳を動かし、階段の方を向いた。
 僕とカレンもつられて見る。
 確かに誰かが階段を下ってくる。

「随分と待たされるからぼくの方から来ちゃったよ。もしかして受付嬢ちゃんの焦らしプレイなのかな」
 男性にしては少し高い声。
 どこにいても目立ちそうな金髪。見るからに高級そうな宝石類の数々。
 仕立ての良い白ローブに身を纏い、背筋がピンと張っている。
 どこか青年のようにも感じられる初老の男。
 冒険者組合長__レッドさんだった。
 階段を降りたレッドさんと目が合うと、レッドさんは嬉しそうに笑った。

「数日ぶりだねアレ____________何してんのルド?」

 次の瞬間、レッドさんの目は僕ではなく人間椅子になっているルドに向けられたのだった。
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