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瘴気の黒い魔物

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だいぶ歩いた

クロードは上を見上げた

陽が高い
木々の葉が太陽の光を遮り
薄暗い森は涼しく静かだった

「動物がいないな」

そういえば、騎士団でも
最近旅人が行方不明になっていると聞いた

黒い猫は人を誘い襲う魔物なのか、、、?

森の中を血痕を頼りに進む

雑草の葉についた血を見つけたとき
水音が聞こえた

草木を分け、開けた場所にでると
泉があった

底から水が湧いているのか、
たまにポコっと真ん中あたりから空気も浮き上がっていた

浮き上がってきたのは空気だけではなかった

赤い血が少し滲むように水を汚していた

「まさか、この泉の中に?」

泉に近づいていくと、空気がボコボコと湧き上がる

何か、上がってくる?

腰に差している剣の柄に手をあてる

目の前に浮き上がってきたのは黒い大きな魚だった

水面から跳ね上がると
黒いモヤが魚を覆い

モヤが散ると同時に黒い鳥に姿が変化した

「姿を変える、魔物?」

カラスのような真っ黒な鳥は
羽ばたくと
上昇し高い木の枝にとまった

クロードは目を逸らさずに
黒い鳥の動きを伺う

鳥もまた、クロードを見た

「、、、、。」

どれくらいそうしていたか、鳥が翼を広げるとまた、黒いモヤが鳥の体を覆う

モヤはそのまま木から落ちると
着地と同時に黒い子猫になった

「にゃあ」

鳥から猫になった、
斬る対象は近くなったが
あいかわらず小さい

「にゃあ」

確かに可愛らしい黒猫は
誘うように鳴き
少しづつ近寄ってきた

森は昼でも暗い
闇は魔物の領域だとティアリアは言った
クロードは剣を構えなおす

すると猫はピタリと動きを止めた

また黒いモヤが猫を覆う
モヤが大きな形をとり
人型の獣のような姿に変わった

黒い瞼が開くと金色の瞳がクロードを見る

「どうもオマエはほかのにんげんと違って、ねこでつれないようだな」

(言葉を、、話した)
クロードは今まで話す魔物や魔獣を見たことがない

無表情を保っていたが内心驚いていた

一緒に暮らしていた時、
ティアリアは魔物や魔獣の弱点や特徴をよく教えてくれた

対峙した時、自分が死なないようにと

(話す魔物は強く狡猾だ)

黒い大きな腕が振り下ろされ
クロードは後ろへ下がり、それを避けた

が、爪が伸びた
避けきれず剣で爪を受けるが
重い

剣の角度を滑らせ魔物の爪をいなすと
どうにか体勢を整え、また構えた

(速くて重い、爪が自在に伸びる)

厄介な、と
思う

「いままで会ったにんげんの中で、いちばん強いな」

魔物の言葉にクロードは笑う

「弱い者ばかり狙ってきたからだろう」

「お前より強いやつはいくらでもいる」

クロードは強く踏み込んで一瞬で魔物の間合いに入りそのまま剣を突き放った

剣は魔物の腹を貫通した

しかし肩を掴まれクロードは逆に押し倒された

剣は貫通したまま
魔物はクロードを見下ろして笑う

「オマエはオレより弱いみたいだな」

クロードの左腕を強引に持ち上げ
魔物は長い舌を這わせる

それでもクロードは怯えも泣きもしない
いつもの無表情で
魔物を見ていた

考えていたのは死んだ家族の事
(ああ、やっと父さんや母さん、、妹に会える)

父や母の顔を思い出し、妹の顔を思い出そうとした

でも思い浮かんだのは小さい姿のティアリアと
今の姿の大魔法使いティアリアだった

(ティア様)

魔物の口が開きクロードの左腕に無数の牙が突き立てられた

痛みと恐怖を抑え耐えた
悲鳴をあげたかったが
それを飲みこむ



それは一瞬で

噛みちぎられた腕の一部も吹き出した血も
痛みも
すぐに消えた



「どういうことだ?」
魔物は不思議そうにクロードの腕をみる

確かに噛みちぎった
血も肉も口の中にある

なのに
クロードの腕には傷ひとつなく
つるりとしている

クロードすら驚いていた
(噛みちぎられたところが一瞬で治った?)

魔物の動きが止まった
クロードは意気をとりもどし
魔物の腹を蹴り上げた

拘束を解こうとするが魔物の力が強く
重いため動かない

その時、二つの太い棒のようなものが魔物を払い飛ばした

クロードの上にいた魔物はすごい力で吹っ飛ばされ太い木に激突した

何があったのか、自分の近くには黒い馬

「ロナ、、!追ってきたのか?」

なんて脚力

そういえば、トラビスとクロードの馬は
ティアリアの魔法がかけられていた

物理攻撃無効
あれはまだ、有効なのだろうか

魔物相手に馬が敵うはずない
「ロナ!逃げろ」
クロードは側に落ちていた剣を拾う
ロナが逃げる時間を稼ぐために

しかし、ロナはクロードの服を咥え引っ張る

「大丈夫だ、今度は油断しないから」

クロードはロナの尻をパンと軽く叩く

「行け!」

ロナは走り出した

その走り去る姿を見てクロードは感謝した

まだ死ねそうにない

木に打ちつけられた魔物がヨロヨロと立ち上がる

「なんなんだ?オマエがやったのか?」

実際は馬に蹴られたのだが
見えていなかったのか
魔物は辺りを見回した

ロナはとうに走り去り姿はない

剣で刺した魔物の腹からは紫色の液体が流れていた

ダメージがあるのかわからないが切れないことはないようだ

その時クロードは思い出した
ティアリアが家を出るとき
餞別にくれたもの

無くさないよう常に身につけている
首にかけてあった石を服の中から取り出す

まるでティアリアの瞳のようなその石は光り輝いていた

「魔を退ける」

お守りだとティアリアは言っていた

あの街灯と同じ光

魔物はそれを見て驚愕した
「なぜ、それがここに」

「オマエがひとがとおる道にあれをおいたのか?」

街道に設置された、光の街灯のことだろう

クロードは肯定も否定もしなかった

「ゆるさない、あれのせいで人間をつかまえにくくなった」

魔物はクロードに向かい突進してくる

「それはこっちのセリフだ!」

剣を構えて迎え打つ

魔物がクロードに近づくにつれ
首にかかっている〈お守り〉の光が増した

魔物は怯む
これを浴び続けると死ぬ

しかし魔物はクロードに迫った
手を振り上げ切り裂ける間合い

魔物は勝ったと思った
しかしクロードの一閃がその腕を切り落とし地面に落ちた


魔物はもう一方の手を振り上げたが
クロードに迫ることはなかった

光を浴びた黒い魔物の体が真っ白な炎に包まれ、真っ白な灰に変わり
風によって散り跡形もなくなる

やがてクロードの胸に下げられた石の光が収まっていく

「魔を、退ける、お守り、、、。」

(すごい)

クロードは体の力が抜けるように膝をついた

(終わった)
どうにか倒せた
大きく息を吐く

ガサッ

「?」

目の端で何か動いた

モゾモゾと黒い腕が泉の方へ這っていく

さっきの魔物の腕だった

クロードが魔物の手を追いかける
魔物の手は黒いモヤに包まれ蛇に姿を変えた

(逃げられる)

その時
ピィィィンと耳を劈くような音がした

と同時に光の矢が蛇の頭を射抜き地面に刺さる

黒い蛇は銀の光に包まれ
やがて光が収まると
そこに落ちていたのは銀色の石だった


(これは、、魔法?)
その光景を呆然と見つめていると
馬の蹄の音がした

振り向くとそこにいたのは自分の馬
そして
跨っていたのは大魔法使い
ティアリアだった

「よかった、無事みたいね」

「ロナ、、ティア様」












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