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甘い飴に魔力を少々

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夜になり、本来なら活動時間なのだが
黒い瘴気の魔物はただ座って目の前に転がっている銀の玉を見つめていた

(あれはなんなんだ?)
生気ではない
だけど、とてもうまそうなのだ

取り込めばいいのだが
そうしてしまうとおしまいのような気がしてならない

魔物は葛藤していた

(たべたい)

でも、食べれば多分
今のままではいられないだろう

結界に触れる
(やっぱり出られない)

(あの人間のおんな、、ほかの人間たちとはちがう)

瘴気の魔物は本能で感じ取っていた
自分たち魔物にとってあの女は天敵だと

夜が明ける
黒い瘴気の魔物は朝日を避けるため体を作り替えた




ミリアは眠らなくても問題はない
しかし、主人がせっかくあつらえてくれた個室が気に入っていた

ベッドから起き上がり窓の外を見る
ここは塔の上だから景色もいい

ミリアが部屋を見回す

白い壁、清潔なベッド、クローゼット
中でも気に入ったのは大きな鏡がついた鏡台だ

その鏡台の椅子に腰掛けると
鏡に美しい少女が写っている

以前の自分は平凡だった

人工的な皮膚に触れてこの顔を見るたびに傷つけてはいけないと気合いをいれる

大魔法使いティアリアの学友たちは
みんな昔のティアリアに似ている
 と言う

あの美しい主を若くしたような
自分の新たな姿をミリアは大事にしていた

朝になりミリアは個室を出ると
キッチンへ立ち
パンをこね、スープを作り、サラダを作りパンを焼く

ベーコンを炒め、目玉焼きをつくる
お湯を沸かしている間に
奥に作られた主人の寝室のドアをノックした

『ティアさま、あさごはんできました』

クロードからティア様は無ければ食べないが、食事が好きなので用意されたら必ず食べると聞いてから
ミリアはティアリアの食事を作ることを必死に覚えた
クロードは料理の師匠である

ティアリアの魔力の原動力は食べ物なので必ず3食とおやつを食べさせるように!
とロイドさまにも頼まれていた
ロイドさまは自分を作ってくれた3人のうちの一人でティアリアの事を教えてくれる

ミリアにとって第二の主と言える


ミリアの声に
ティアリアは起床し扉を開けた

「おはよ」

『おはようございます』

ティアリアは窓を見た
今日も晴れている

窓の側の棚に目をやると結界の中に魔物の姿がない

「?」
近くに寄り、よく見ると
カーテンの作った影に入るため
小さくなっていた
「これは、、ウサギかな?」
真っ黒なので分かりづらい
子猫より 
小さなウサギが息を潜めていた

ティアリアの魔力のカプセルは食べていないようだ

ティアリアはソレを確認すると
構わず朝食が用意されたテーブルに着く

ミアが淹れたてのコーヒーをテーブルにおいてくれた

「うー今日も最高の朝ごはん、まるでクロードの朝ごはんみたい」

『ししょうはりょうりのてんさいです』

「そうなの!素朴なんだけど味付けが絶妙なの!」

「え?師匠?」

『はい、カイといっしょに、ししょうにりょうりをならっています』

「そっか!いつもありがとうミア」

こういう時人形なので表情はないが
ミリアは心の中で喜び、照れていた



今日は前日の夜に書類整理を済ませたので
魔法石を作成することにした

体が小さくなって久しぶりに思い知った

いかに魔力に頼っていたのか
指につけている指輪も
元に戻ってからすぐに作った

魔石にあらゆる効果の魔法を魔力と一緒に込め非常時に使えるように

前みたいな事があれば
いままでできたことができなくなる
でも、普通はそれで当たり前だった

たまたま魔力があり
それを使える知識を得た

「私は恵まれている」

両親はいないが、後見人を得て学園に通い、こうして今ここにいる

ティアリアは作業台の近くに新たに整理された、棚から素材を取り出すと
朝から黙々と作業に励む

ミリアは作業を邪魔しないように
掃除をしようとした

窓を拭こうとして、ピタリと動きが止まる

窓際の棚には昨日の夕方から
結界に入った魔物がいた

その姿は昨日とは違い、真っ黒なウサギの形をしていた

金色の瞳がミリアを見ていた

『うさぎですか』

嫌な記憶を思い出してしまった

『いまからひが たかくなってカゲがへりますから、もっとちいさいものにかわったらいいのでは?』

ミリアはカーテンを勢いよく全開にした
 
ウサギはバタバタと結界の中で逃げ回った

『おおげさな』

黒いウサギは瞬く間に小さくなる

『トカゲ』

トカゲはわずかな影から動かなくなった


ミリアは主人の様子を伺う

今日は朝から綺麗な石を細かく砕いたり
魔力を込めたり
加工したりまるで職人のようだ

昼近くになるとカルシアとカイがくる

『おそい』

「すまん、昨日飲み過ぎちゃって」
カルシアが言う

『ひどい』

「クロードんとこに行ってだんだよ」
カイが言うとミリアは首を傾げた
『ししょうのところ?』

「アップルパイ食わしてもらった」

「カイは無類の甘党だからな」

「これは大魔法使いにクロードから」
カイがパカっと箱を開けると

ティアリアはりんごの甘い匂いに反応し作業をやめてカイの開けた箱の中身を確認する

「ミア!コーヒーお願い」

『はい』

「まてまて、これはおやつ」
カイは箱を閉じて

買ってきた袋を開ける

「昼メシにしよう」

ガサガサと取り出したのは
ハードなパンに野菜やソーセージを挟んだ大きなサンドイッチだった

「長い!」

「ソーセージが売りの屋台で買ってきた」

「あと鳥焼き」

「わーい、作業して魔力を消費したからちょうどよかった、さすが助手!」

3人は買ってきたものを食べ始めた

「でもすごいよなークロード、若いのに料理はうまいし、剣の腕もかなり強い」

「そうね、私といい勝負かも」

カルシアとカイは嫌な顔をした

「そうだ、あんたは魔法使いのくせになんであんなに剣を扱えるんだ?」

「学園に通っていたときの剣の師が良かったんだと思う」

その時、扉がノックされた

ミリアが扉に向かい
『どなたでしょうか?』
と聞くと

生真面目な声が返ってくる

「クロード•フロイド」です

ミリアは扉を開ける
『ししょう』

「あ、ミリアさんティア様はいらっしゃいますか?」

『はい、どうぞ』

クロードが部屋に入るとカイがアップルパイを切り分けている最中だった

「あ、クロードお疲れ様」
ティアリアがクロードに気づき言葉をかけるとクロードは丁寧に頭をさげる

「前日はお助けいただきありがとうございました」

「なんで、お礼なんて、クロードが倒したんじゃない」

「いえ、お守りが無ければ勝てませんでしたし、最後に魔物を仕留めてくださいました」

「いいよ、クロード、アップルパイ焼いてくれたし」

ティアリアはカイからアップルパイの乗った皿を受け取るとそれを一口美味しそうにいただく

「それはそうと、今日はどうしたんだ?」

カルシアがクロードに訊ねると

「昨日の報告書を提出したのですが、ハイゼル書記官が魔物の詳細をティア様に補足してもらうよう言われまして」

「わかった」

ティアリアはパイを一切れ食べ終わるとクロードから書類を受け取る

報告書を読みながら
窓際のトカゲを見た

「ね、クロード、飴玉ってすぐできるの?」

ティアリアの一言で、クロードによる
飴作り教室が始まった

ティアリアは助手3人がクロードと一緒に飴を作る姿を見て微笑み
執務机に座り
クロードの報告書に書き足していく

連れてきた魔物のことを書いて
待てよと思い直し
魔法で封じた魔物を連れ帰った部分を
魔法を使い削除した

甘い匂いが大魔法使いの部屋に広がる

「おー」
『きれい』

クロードはわずかな材料で琥珀色の綺麗な飴を完成させた

カイが一つ、つまんで口に飴を入れる
頬に手を当て「甘くてうまい」
とクロードにいい笑顔で親指を立てる

「ほんと器用だな」
カルシアは感心して、出来た飴をティアリアが普段、使っている空のガラス瓶にザラザラ入れて蓋をする  

「それ、どうするの?」
ティアリアが聞くとカルシアはニコっと笑って、知り合いの近所の孤児院の子供たちにやると言う

『えらい』
ミリアが褒めるとカルシアは少し照れ臭さそうだった

残りの飴をもう一つの空瓶に移すとクロードはティアリアにそれを渡した

「またいつでも作ります。何味がいいですか?」

「レモン」

「わかりました」
飴を受け取り、ティアリアは書き終わった書類をクロードに返した

「ありがとうございます」

クロードが戻っていくと
助手たちに指示を出して
ティアリアはまた、作業台に戻っていく

瓶から一つ飴玉を取り出すと
宝石に魔力を流すよりもっと慎重に

飴玉に。

飴が壊れないように
少しづつ魔力を込めて行く

(生気もほんの少しだけ)

どうもこの魔物は血肉は好まないようだ、人を傷つけたのは恐怖を煽りたかっただけ

(これなら口にするかも)

壊れやすい甘くキレイな飴はティアリアの魔力と生気が宿る飴となった

「よし」

窓際の結界の中にそれを入れる
小さなトカゲはじっと動かなかった

夕方になりカイとカルが帰っていくと
日が落ち
トカゲは黒い瘴気を放つとまた、形を変えた

ティアリアは作業台からその様子をそれとなく観察していた

黒い子供の姿になった魔物は
結界内に転がる二つの玉を眺めていた

一つは先日入れられた魔力のカプセル
もう一つはとても甘ったるい匂いがする飴玉だ

(甘ったるい匂いの中に極上の生気の匂いがする。人間の食べ物の甘い匂いなど興味はないが、、)

その魔物にとって重要なのは生気

ついに魔物は琥珀色の飴に触れた

そして、堪らずそれを口に入れる

「!」

ほんの少しの極上(生気)がなくなる
しかし、女の魔力が詰まったこれは、

生気と同じくらい我ら魔物にとっての糧になりうる極上の魔力
しかも
飴も甘く、うまかった

一瞬で満たされた

そんな少しでも
今まで襲った人間全てよりも濃厚で極上

満たされた

(これは、、あの女な生気なのか?)

いつの間にか
結界の前にはティアリアが立っていた

この女は天敵で、しかし極上の生気、魔力を持つ魔法使い

「気に入ったかな?」

その声に黒い子供は結界の外を見上げる

女の手にあるのは飴の詰まった瓶

あのひとつひとつに極上の生気、魔力が入っているというのか

魔物はゴクリと喉を鳴らした








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