小さなメアリー

のーまじん

文字の大きさ
上 下
5 / 5
別れのワルツ

やっぱり、君が

しおりを挟む
 「別れのワルツ?」
メアリーは、ショパンの曲の名前に悲しい響きを感じて、不安そうにアダムを見ました。

 アダムは、不安そうに小さな眉を寄せるメアリーを愛しそうに微笑んで見つめ、
 それから、クリスマスのミサの時の司教様のような難しい顔で、メアリーに言いました。

 「そう、このワルツは、ショパンが、悲恋に終わった、恋人のマリアに贈った曲なんだ。」
「ひれん…('∇')」
アダムの言葉を聞きながら、メアリーは、切なくもロマンチックな予感に目を輝かせました。

 「ああ、ショパンはね、ドレスデンで暮らしたことがあるんだよ。
 その時知り合ったのが、ポーランド人の貴族の娘、マリアと運命的な再会をするんだ。」
アダムは、目を輝かせて興味深く見つめてくるメアリーを見て、楽しくなってきました。
「ポーランド人の貴族…。マリアって、どんな人かしら?」
メアリーは、膨らんだ夢を吐き出すように、とても甘い、少し大人びたため息を一つつきました。

 ピアノの前で座って様子を見ていた叔母のディアナは、ため息をつくその様子が、メアリーのお母さんにそっくりなので、思わず忍び笑いを漏らしてしまいました。

 「とても綺麗な人だよ。」
アダムはそう微笑みながら、心のなかで(多分…)と、呟きました。

 「ショパンはね、ちょうどメアリーと同じような年のマリアとあっていたんだけど、16才になって、可憐なパンジーのように良い娘に成長したマリアを見て、恋に落ちたんだ。」

 多分…

 アダムは、真剣に自分の話を聞くメアリーを見て、少し、罪悪感が沸いてきました。
 なぜなら、アダムは、マリアの絵姿なんて見たことが無かったからです。
 ポーランド人の友達が、パンジーが好きなので、適当に話しただけなのです。
 パンジーは、現在のポーランドの国の花とされています。

 「じゃあ、お兄ちゃんも、メアリーが16才になったら、メアリーに恋をする?」
メアリーは、無邪気にアダムに聞いてまわりを驚かせました。

 フランクは、思わず本を落とし、
 叔母のディアナは、おませな台詞に呆れました。
 アダムは、目を万丸くして…
 それから、かがんでメアリーと目を合わせると、
 「プリンセス。貴女は、フランクより、僕を選んでくれるのかな?」
と、真剣な顔でメアリーを見つめました。

 フランクは、アダムの言葉に、思わず前のめりに姿勢をただし、立ち上がろうか迷いました。

 ベルヌも兄のアダムも大好きですが、メアリーをとられるわけにはいきません。

 叔母のディアナは、真面目な顔を作っていても、アダムの背中が、面白そうに震えて笑っているのを見逃しませんでした。

 ディアナが、アダムをたしなめようと声をかける前に、アダムが悲しそうな顔でこう言いました。

 「でも…、ショパンは、マリアと結ばれなかった。
 マリアが若かった事と、ショパンが病弱だったから。
 ドレスデンを去るときに、ショパンが残したのが、この『ワルツ9番』なんだ。」
アダムはそう言って、ディアナを見ると、ディアナは、肩をすくめて呆れながらもピアノを弾き始めました。

 それは、クリスタルの小さなビー玉のような、
 透明で、少し物悲しく部屋に流れて行きます。

 「一曲お願いできますか?」
アダムが恭しくお辞儀をすると、
 メアリーも、お姫様のように両手を差し出しました。
 二人は、軽く手をとると、ホールドと言う正式な踊りかたではなく、
 波のように揺れながら曲を楽しみました。

 フランクは、その様子をしばらく見ていましたが、落ちた本を拾うと、また、続きを読み始めました。


 「でも…私、やっぱり、この曲を聞くと、小さな頃、フランクと一緒に寝たときの事を思い出すの。
 寒い晩で、眠れなかった私が、フランクのベッドにはいったの。
 屋根を伝う水の音を聞きながら、フランクは、私を抱き締めて暖めてくれたわ。
そうして、お話をしてくれたの。
 この曲を聞くと、私、その時の事を、思い出して、なんだか懐かしくなるの。」
メアリーは、ダンスが終わったあとに、アダムにそう言いました。

 「メアリー、僕と踊ってくれる?」
いつの間にか、メアリーの後ろにいたフランクが、少し、恥ずかしそうにメアリーに言いました。

 「いいわよ。」

 メアリーの嬉しそうな声を聞きながら、アダムは静かに部屋を出て行きました。

 穏やかな時が、屋敷を流れて行きました。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

花雨
2021.07.28 花雨

何を貰ったんだろ??とても先が気になったのでお気に入り登録させてもらいました(^^)
後文章とか参考になりました。他の作品も書かれているようなのでこれから見ます(^o^)良かったら私の作品も観てくださいね(^^)@

解除

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。