魔法の呪文

のーまじん

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プロローグ

トト

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 むかし、むかし、外国の小さな村に一人の女の子がすんでいました。

 名前はトトと言いました。
 トトは自分の暮らしが、つまらなくてたまりませんでした。

 町からやって来る商人や旅人は、町での楽しい暮らしぶりや、お姫様の華やかな生活をトトに聞かせてゆきます。

 私も、お姫様のように暮らしてみたい。

 トトは、昼休みになると樫の木が生える小高い丘で小鳥たちを相手に夢の話をするのが一日の楽しみでした。

 だから、友だちは小鳥や動物たちです。

 変わり者のトトを村の少女達は遠巻きに見つめるだけです。

 けれど、トトは一人ぼっちなんて平気です。

 だって、村の少女達なんて、
刺繍やパン作りなんかの、つまらない話しかしないのですから。

 ある日の事です。

 村にみすぼらしい老女が現れました。

 老女は、村の一件一件に食べ物を恵んでくれるように頼みました。

 けれど、不気味な老女に関わりたくない村人は、家の扉を開けようとはしませんでした。

 老女はがっかりしながら、村の外れの小高い丘で休むことにしました。

 そこには、昼御飯を食べようとするトトがいました。

 老女は聞きます。

 「かわいい嬢ちゃん、その美味しそうな食べ物を私に分けてくれないかい?」
「どうして分けなきゃいけないの?」
知らない老女に声をかけられて、トトは不審げに言いました。

「昨日から私は何も食べてない。お腹がすいて死にそうだ。
もしも、恵んでくれるなら、魔法の呪文を教えよう。」
「魔法の呪文?」
トトは老女の言葉に興味を持ちました。
「ああ、願いを三つ叶える魔法の呪文。お前ならすぐに使えるようになる。」
老女はとても魅惑的に言いました。

「本当になんでも叶うの?」
トトは夢見るように聞きました。
「ああ、本当さ。
素敵なお城も
綺麗なドレスも
美味しい食べ物も望みのままさ。」
老女はトトをその気にさせたくて、身ぶり手振りで誘います。

 トトは少し楽しくなりました。

 けれど、トトは賢いので、すぐに老女に言いました。
 「そんな呪文があるなら、私の昼など狙わずに、それで食べ物を出せばいい。呪文なんて、でまかせね。」
トトの疑問は当たり前、確かにその通りです。

 指摘を受けた老女は…
 老女は笑って言いました。

 「なるほど、お前は賢い娘だ。しかし、魔法は誰でも使えるものではない。この呪文は恋を知らない無垢な少女しかつかえないのさ。」

 それを聞いて、少女は老女をしばらく見つめて聞きました。

 「あなたも……、恋をした事があるの?」

 この質問には、老女も少し面を食らいました。

 だって、疑われて石を投げられる事はあっても、
 老女に恋ばなを聞きたがる人間なんて、今まで居なかったのですから。

 「……。勿論あるさ。私も、昔はお前のように若く、真珠のように滑らかな肌と、炭のように黒く艶のある髪を持っていたのだからね。
 これで、結構モテモテだったんだ。
 町では私と食事をしたがる若い男性が……、若くないのもたまにはいたけど。  とにかく、沢山の男性に望まれたのは確かな話さ。」
老女は昔を懐かしむように言いました。

「まち……。」

町と聞いて、トトは急に興味が沸いてきました。

 「いいわ。その話を聞かせてくれるなら、私のお昼を分けてあげるわ。」
トトはそう言って、空腹な老女にパンを全て渡してしまいました。

「お前は食べないのかい?」
老女はパンを貰いながら、用心深く聞きました。

 だって、食事を恵んでくれる人はいましたが、みんなくれる人はトトがはじめてです。

 眉をしかめる老婆を見ながらトトは夢見るように言いました。

 「あら、おばあさんはお腹が空いているのでしょ?
私は町の話に……、町の恋の話に飢えているの。
 おばあさんはパンでお腹をみたし、
 私はおばあさんの話で胸をいっぱいにするの。

 私の願いは素敵なお話を聞くことなのよ。それが叶うなら魔法じゃなくても構わないわ。」
トトは夢見るようにそう言って、老女のトークのハードルをあげました。

 「確かに、それはいい提案だ。
 私の名前はメアリー。これでも、北の国の小貴族の娘だったからね。
 具入りのパンのお礼に、取って置きの話をしてあげよう。
 私のウィーンの舞踏会のデビューの話を。」
「ウィーン!」
トトは思わず叫んでしまいました。

 だって、音楽の都と謳われたウィーンは、大都会です。
 村に来る商人達の話す小さな町とはケタが違います。
 トトの胸は期待でワクワクしました。
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