京都残形録 —— 中華道士・劉立澄の怪異食堂

RyuChoukan

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第七話・京都駅・ナビゲーションされる人生ルート(六)

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京都駅の地下街の一角に、目立たない食堂がある。

ごく普通の引き戸に、少し色あせた暖簾。

「定食・丼もの」

と手書きの文字が揺れていた。

時刻は夜十時に近い。

それでも、店にはまだ数組の客が残っている。

スーツ姿の会社員が、片手でスマホを眺めながら、もう片方の手でご飯をかき込む。

制服姿の高校生たちは、塾帰りらしく、気の抜けた顔で夜食をつついている。

油とタレの匂いが、店の空気を濃く満たしていた。

劉立澄と綾女は、隅のテーブルに向かい合って座っていた。

テーブルの上には、九条ネギと豚肉の丼が二人分、小さな徳利に入った熱燗、漬物が二皿。

丼の白いご飯は、タレを吸ってつやつやと光り、その上に乗った豚肉は、醤油と味醂のタレで照りを帯びている。

たっぷりの九条ネギが細く刻まれて山になり、立ち上る湯気の中で、薄い緑色の筋が小刻みに揺れていた。

燗酒を注いだ小さな陶器の杯の縁には、薄く曇りがついている。

「ったく。」

綾女は肉を一枚摘み上げ、ふうふうと息を吹きかける。

「夜勤の道士のリカバリーメニューも、だんだん社食みたいになってきた。」

「社食は、こんなにネギを乗せてくれない。」

劉立澄は、箸でネギの山を軽く押さえた。

ネギの辛味とタレの甘さが混じり、口に入れた瞬間にしょっぱさが先に立つ。少し噛み進めると、葱の辛さが遅れて追いかけてくる。

「さっき助けた中に、教育学部の子もいたんだろ?」

綾女は一口酒を含み、杯を静かに卓に戻す。

「まあ、そんなところ。」

彼はうなずいた。

「どうせあの子たちは、この先も何本か、別の道を歩かされる。」

彼女は彼を見ながら言う。

「今日、君が止めたのは――」

「――ただ、誰かが引いた線から、ほんの少しだけ彼らを引きはがしただけだ。」

彼は彼女の言葉を継いだ。

「君たち、ほんとすぐ線を引いては消して、また描き直す。」

綾女は笑い、箸の先で外を指した。

「こっちでは『進路指導』って呼ばれてるし、君の国ではきっと『人生のプランニング』とか言ってるでしょ。」

彼女は箸でテーブルを軽くコン、と叩く。

「さっきのスーツ男の言ってたこと、全部が全部、間違ってたわけでもない。」

「どの部分。」

「『最後の瞬間、人は一番、外からの指示を信じやすくなる』ってところ。」

彼女は、店の外の方向を箸でさした。

外には、駅の案内板、矢印、アナウンス、路線図が、ありとあらゆる場所に散りばめられている。

見知らぬ街へ来た人間は、それらに本能的に頼るしかない。

「考えてみなよ。」

綾女は続けた。

「君みたいに、『指示の裏側』まで見えて、しかも自分の足で歩いていける人間なんて、そう何人もいない。」

「俺には、たまたま別の視界があるだけだ。」

彼は盃の縁に口をつける。

酒は、最初の一口で舌を少し刺すように熱く、そのあとは胃の奥を静かに温めていく。

「皆が皆、この視界を必要としているわけでもない。」

「でも、本当は多くの人が、『どこかの路地で、誰かに一回くらい言われる必要がある』んだよ。」

彼女は軽く笑った。

「『今歩いてるこのルート、あんた自身の足跡じゃないよ』って。」

彼は少し考えた。

「だったら、せめて何ヶ所かの分岐点で、長めに立っているしかない。」

彼は視線を店の外へ向ける。

食堂の戸口からは、駅の床の一部が見える。

タイルの模様と白線――普通の人にはただの床模様でしかないそれが、彼の目には、うっすらと深い紋を浮かべていた。

「知ってる?」

綾女は、九条ネギを少し自分の丼に追加しながら言う。

「今日、西木屋で飲んでた京大生たち、みんな同じ言い方してたよ。」

「ほう。」

「『あの中国人の先輩は、いつも自分がどこへ向かっているか分かってるみたいだ』って。」

彼女は口元を緩める。

「そういう人は、キャンパスでは人気者だよ。」

「それこそ、サンプル偏差だ。」

劉立澄は、少しだけ笑って言う。

「彼らが見てるのは、俺が踏み固めた、数本のルートだけだ。」

「俺自身が、『踏み出すべきかどうか』迷っている場所は、見えない。」

「たとえば?」

「そうだな――」

彼は少し考え、淡い笑みを浮かべた。

「たとえば、卒業したあと、この街に残るべきかどうか。」

「たとえば、ある人たちを、もっと大きなものに巻き込むべきかどうか。」

「さも選択肢が山ほどあるみたいに。」

綾女は、わざと皮肉っぽく言った。

「君の体質、どこへ行っても厄介ごとに巻き込まれるよ。」

彼が何か返す前に、駅の上空の「裂け目」が、かすかに蠢いた。

他の人間には、ただ街の灯りで白く濁った夜空にしか見えないその一角。

彼には、京都駅の上から伸びる線が、そこからさらに外のどこかへと延びているのが見えた。

その網のほんの一部の下で、今、自分たちは丼飯を食べている。

「見えるだろ。」

彼は天井越しに目を上げる。

「今日、この駅にも、また一行書き足された。」

綾女は顔を上げない。

ただ盃を持ち上げ、彼の杯と軽く当てた。

「じゃあ、その一行もちゃんと帳簿に書いときな。」

彼女は言う。

「いつか帳簿の最後のページまで行ったときにさ――

  結局、誰が誰に、どれだけ借りを作ったのか、ちゃんと見極められるように。」

「その頃までに、この帳簿のことを覚えている奴が残っているといいけどな。」

彼は杯をぶつけ返す。

陶器どうしが小さく触れ合う音は、駅の喧噪の中では決して大きくはない。

けれど、その日一日の終わりを印すには十分だった。

夜が更けるころには、雨足も少し弱まっていた。

東山の中腹に建つ家は、夜の中でいっそう静かに見える。

外から見ると、灯りが点いているのは書斎の窓一枚だけだ。

机には、すでに何ページか書き込まれたノートが開かれている。

彼は新しいページに指をかけた。

ペン先が紙に触れる。

「七件目:京都駅・ナビゲーションされる人生ルート。」

書き終えてペンを置き、指の関節を揉む。

窓の外では、雨がちょうど止んだところだった。

雲間に細い裂け目ができ、街の灯りに濁った夜空が、少しだけ顔を見せる。

京都駅の上空へと伸びていた裂け目が、その高みで一瞬だけ光り、すぐに闇に紛れた。

劉立澄は、そのかすかな光を見つめながら、低くつぶやいた。

「そっちが線を引き続けるなら、こっちは書き続ける。」

夜は何も答えない。

ただ、机の上の湯呑みの縁に、街灯りを反射した冷たい光が揺れた。

茶はとっくに冷めていたが、かすかな香りだけは、まだこの部屋の空気に溶けて残っていた。
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