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二.海の上で
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十六歳になったその日、リリィンはそわそわしていた。
誕生日ということで沢山の人魚や他の魚たちがお祝いに来たが、もう海の上へあがりたくてあがりたくて気もそぞろだった。みな末姫が好奇心旺盛なことは知っていたので海の上が暗くなるまでは放さなかったが、その後はあっさりお開きにしてくれた。
「もうっ! 本当に夜まで放してくれないんだからっ!」
リリィンはぷりぷり怒りながら髪を梳かしたり、鱗の状態を確認したりと自分なりに身だしなみを整えた。当然のことながら胸はむき出しである。
「この胸、邪魔だなぁ……」
子どもが産まれたら胸から乳を吸うのだと聞いたが、大きくなっている胸は泳ぐ時に邪魔でしかない。リリィンはぼやきながらもうきうきしながら海の上にあがっていった。
水面は凪いでいた。
そーっと顔を出し、辺りを見回す。初めて見た空の色はリリィンの髪の色と似ていて、彼女は親近感を持った。
静かな、静かな夜だった。彼女はしばらくそのままぼーっと空を見上げていたが、やがて遠くから明るい大きな物が近づいてくるのが見えたので、少しその場から離れることにした。ふと見上げた空には、どうしてか黒い、灰色のもくもくとした塊が西側から近づいてきているように見えた。
「? あれが雲、なのかしら」
明るい大きな物はゆっくりとリリィンのいる場所に近づいてきていた。白くて海に浮かぶそれが”船”と呼ばれるものなのだと彼女はようやく気づいた。船の上からは音楽や誰かの話し声がわいわいと聞こえてくる。あの上にいるのはどうやら人間らしかった。リリィンの好奇心が頭をもたげる。
(人間ってどんな姿をしているのかしら? 一目だけでいいから、見てみたいわ……)
そーっと船の横に近づき、慎重に顔を上げる。一目見たら海の底へ潜ってしまえば捕まることはないだろう。船の甲板には手すりがついていたから、いきなり人間が飛び込んでくることもできないだろうとリリィンは様子を窺った。すると一人だけ人間の男性らしきものがやってきた。彼は疲れたような顔をしており、手すりに寄りかかるようにするとため息をついた。
(人間の姿って、少し私たちに似ているのね)
男性が気付かないのをいいことにリリィンはじっくりと彼を観察した。
(手に水かきはないのね。あの二本の足もなんだか泳ぎにくそう……)
そんなことを思いながら眺めていたら男性が顔を上げ、リリィンの姿をみとめた。
「……え? もしかして……」
まずいと思ったリリィンは急いで身を翻し海の中へ戻ることにした。
「ま、待ってくれっ!」
男性の焦るような声が聞こえたが知ったことではない。彼女は一気に海の底に向かって逃げた。
海の中ほどまで進むともう真っ暗である。リリィンは一息つくと、またゆっくりと浮上し始めた。今度は海面に顔を出すような真似はしない。網などの魚を捕らえようとする仕掛けがないことを確認しながら上がっていくと海の様子がおかしいことに気付いた。先ほどまで凪いでいた海面がどうも激しく揺れていることがわかる。
(もしかして、あの雲……)
西側から近づいてきた雲は嵐の前兆だったのかもしれない。リリィンは船が心配になった。あんな大きな雲が連れて来た嵐に巻き込まれたら船などひとたまりもない。
案の定木の破片やいろんなものが波に巻き込まれて落ちてくるのがうっすらと確認できた。
(もうっ、暗くてよく見えないわっ!)
人間たちはどうなったのだろう。彼女は荒ぶる波にぎりぎりまで近づくと先ほど目にした男性を探した。
「……!? いたっ……!!」
落ちてくる男性を抱き、リリィンはどこへ連れて行けばいいのか急いで考えた。
誕生日ということで沢山の人魚や他の魚たちがお祝いに来たが、もう海の上へあがりたくてあがりたくて気もそぞろだった。みな末姫が好奇心旺盛なことは知っていたので海の上が暗くなるまでは放さなかったが、その後はあっさりお開きにしてくれた。
「もうっ! 本当に夜まで放してくれないんだからっ!」
リリィンはぷりぷり怒りながら髪を梳かしたり、鱗の状態を確認したりと自分なりに身だしなみを整えた。当然のことながら胸はむき出しである。
「この胸、邪魔だなぁ……」
子どもが産まれたら胸から乳を吸うのだと聞いたが、大きくなっている胸は泳ぐ時に邪魔でしかない。リリィンはぼやきながらもうきうきしながら海の上にあがっていった。
水面は凪いでいた。
そーっと顔を出し、辺りを見回す。初めて見た空の色はリリィンの髪の色と似ていて、彼女は親近感を持った。
静かな、静かな夜だった。彼女はしばらくそのままぼーっと空を見上げていたが、やがて遠くから明るい大きな物が近づいてくるのが見えたので、少しその場から離れることにした。ふと見上げた空には、どうしてか黒い、灰色のもくもくとした塊が西側から近づいてきているように見えた。
「? あれが雲、なのかしら」
明るい大きな物はゆっくりとリリィンのいる場所に近づいてきていた。白くて海に浮かぶそれが”船”と呼ばれるものなのだと彼女はようやく気づいた。船の上からは音楽や誰かの話し声がわいわいと聞こえてくる。あの上にいるのはどうやら人間らしかった。リリィンの好奇心が頭をもたげる。
(人間ってどんな姿をしているのかしら? 一目だけでいいから、見てみたいわ……)
そーっと船の横に近づき、慎重に顔を上げる。一目見たら海の底へ潜ってしまえば捕まることはないだろう。船の甲板には手すりがついていたから、いきなり人間が飛び込んでくることもできないだろうとリリィンは様子を窺った。すると一人だけ人間の男性らしきものがやってきた。彼は疲れたような顔をしており、手すりに寄りかかるようにするとため息をついた。
(人間の姿って、少し私たちに似ているのね)
男性が気付かないのをいいことにリリィンはじっくりと彼を観察した。
(手に水かきはないのね。あの二本の足もなんだか泳ぎにくそう……)
そんなことを思いながら眺めていたら男性が顔を上げ、リリィンの姿をみとめた。
「……え? もしかして……」
まずいと思ったリリィンは急いで身を翻し海の中へ戻ることにした。
「ま、待ってくれっ!」
男性の焦るような声が聞こえたが知ったことではない。彼女は一気に海の底に向かって逃げた。
海の中ほどまで進むともう真っ暗である。リリィンは一息つくと、またゆっくりと浮上し始めた。今度は海面に顔を出すような真似はしない。網などの魚を捕らえようとする仕掛けがないことを確認しながら上がっていくと海の様子がおかしいことに気付いた。先ほどまで凪いでいた海面がどうも激しく揺れていることがわかる。
(もしかして、あの雲……)
西側から近づいてきた雲は嵐の前兆だったのかもしれない。リリィンは船が心配になった。あんな大きな雲が連れて来た嵐に巻き込まれたら船などひとたまりもない。
案の定木の破片やいろんなものが波に巻き込まれて落ちてくるのがうっすらと確認できた。
(もうっ、暗くてよく見えないわっ!)
人間たちはどうなったのだろう。彼女は荒ぶる波にぎりぎりまで近づくと先ほど目にした男性を探した。
「……!? いたっ……!!」
落ちてくる男性を抱き、リリィンはどこへ連れて行けばいいのか急いで考えた。
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